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ON THE WAY

STAY SALTY ...... travelers on the way

12.1 2020

photographer / writer / traveler   Hinata Yoshioka

Hinata Yoshioka
 
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終わらない

旅のはじまり

The Beginning of a Never-Ending Journey

 

私はいつから、旅をはじめたのだろう。

遠い記憶を辿ってみると、「ある日のある人の言葉」にたどり着いた。

と言ってもそれは特になんの変哲もない高校の美術教師の、およそ教師らしからぬ自由なひとことだったのだけど。

「ひとり旅、やってみなよ」

美術の授業中なのに、突如として自分のこれまでの旅を朗々と語り出した先生。

青春18切符を使って鈍行で行けるところまで電車を乗り継いで行く旅の面白さを、課題そっちのけで熱弁していた。

高校に入って間もなくの頃の自分にとって、親から離れてひとりで旅をするという選択肢を目の前にポンと置かれて、そんなことって出来るんだとびっくりしながら話に聞き入っていた記憶がある。

それから思い立ってすぐ、夏休みにひとり旅を企画してみた。

沖縄本島への船の旅だった。

当時はお金もない上、時間をかけてのんびり行くことがきっとひとり旅のステイタスなんだろうと感じ取った私は、大阪から二泊三日のフェリー旅を選んでみた。

沖縄は文化的にとても興味があった場所で、当時沖縄の音楽にハマっていた私にとってはうってつけの旅先だった。

そして。

初めてたどり着いたその場所は、ある意味で日本ではなく「OKINAWA」だった。

湿気た重だるい空気に、降りそそぐ南国の強い日差し。

時間軸がずれているかのような古い市場の空間では、レコード感たっぷりの沖縄民謡がひたすらループされている。

暑さと異次元感でとろけそうになっている身体を引き連れつつ、どこか遠くと繋がった意識のままでそこら近辺を漂い歩いてみる。

何とか現実を保とうと頑張ってはみるものの、もう諦めなさいなイヤサッサーと言わんばかりのウチナーグルーブにいつの間にか巻き取られてしまっていた。

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道路では迷彩模様の米軍車が頻繁に行き交い、のんびり走るバスの車窓には走れど走れど途切れないフェンスがひたすら流れ過ぎていく。コンクリートのボロくて低い建物にペンキで直書きされた横文字の店名、剥き出しの露天の前では店番をしているオバーが座って短いタバコをふかしている。明らかにそこは、私が知っている日本ではなかった。

 

とても人見知りの感はあるのに、どこか人懐っこい沖縄の人たち。道を歩いていたら突然後ろから声をかけられたことがあった。

「あんたの髪、きれいねー」

振り返ると、にこにこしながら歩いてくるオバーがいた。進行方向が同じだった私たちは、まるで前からの知り合いのように会話をしながらそのままゆっくりと道を歩いていく。

「私も昔は髪を伸ばしていたんだけど、もう今はこんなだよ。あんたの髪がうらやましいさー」
「そうなんだ、どのくらい伸ばしていたの?」
「腰の下まであったよー、長くしていたよ」

ずっと喋り続けながら気がつくと街外れの大通りまで来ていて、そこで目的地が別方向になった私たちは、まるでいつもそうしているかのようにバイバイと手を振って別れた。

じっくりとその場を感じる時間がある、まるで溶け込むほどに…
それが私にとっての「ひとり旅」だった。

初めてのひとり旅以来、私には旅ぐせがついてしまった。一度行ったらもう止められないのだ。それは未知の世界の広がりに心を震わせる喜びであると共に、帰る家を見失ってしまったようなどこか寂しいことでもあった。


今までに旅をしてきた国を数えてみると、もう50カ国近くなっている。そのほとんどが船旅での短期滞在という形ではあるのだけれど。ピースボートという船で世界一周へと2回のチャレンジ、2回と言えども経路は違うのでとにかく沢山の国へと足を運んだ。

 

船旅の良さは言い尽くしがたい。

まず言えるのは、とにかく移動が楽だということ。

自分の部屋があって、荷物を毎回まとめたり運んだりすることもなく、日常のような生活を続けながら朝起きると次の国に着いているという驚き。

デッキから外を眺めると、昨日までは摩天楼だったのに今日は砂漠!みたいな突拍子もない面白さがある。

若いうちは荷物を背負って苦労しながら自力で旅するぞ!みたいな所にエネルギーを費やしていたけど、もう最近は疲れるのも早くなってきたのでその辺は手を抜きたいというのが本音だ。

だけどそれだけが理由でもなく、船には他にも楽しみがたっぷりある。

例えばデッキからの景色、イルカやクジラ達といった生き物に出会ったり、ジャングルに架かる大きな虹、流氷やオーロラまで、とにかく沢山の感動に出会えるのが船のデッキなのだ。ただの移動手段や宿泊場所ではなく、船の移動もまた旅そのものといったところ。
実際に私はこれら全てをデッキでリアルに体験した。

船旅が最高!とは言え、私は荷物を持っての移動旅を完全に止めてしまった訳ではない。

勿論いまだにウロウロするのは好きだ。

バスや飛行機を乗り継ぎながら国内移動もしている。

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どうやったらお金をかけずに長旅ができるかを考えた挙句、そうだ、リゾバがいいはず!と、この歳になってリゾバをやってみたのが2年前。

熊本の古い温泉街で2ヶ月間、旅館で働きながら休憩時間に毎日あちこちの温泉をハシゴして巡った。

勤務先の温泉も入れると、2ヶ月間で100回は温泉に入ったと思う。

これも自分の中では長い旅に出かけているようなものだった。

一度に旅する期間は、最長で2ヶ月。

ハワイ島とセブ島の滞在はどちらとも長期戦だった。

戦いと言ったのも自分にとっては結構ことば通りで、移住するきっかけを見つけることを目的に頑張って滞在していたのがこの2箇所。

だけど人生そんなにうまくいくものではない。

というか、私の覚悟が足りなかっただけなのかも知れないけれども、どちらもが成功せぬままに終わってしまった。

 

実は沖縄へは、過去12年間住んでいたことがある。

それは21歳の時に旅に出かけたまま一年間住み着いたのがことの始まりで、その後も気がつけば八重山諸島の西表島に6年、その後は沖縄本島で6年といった具合で導かれるままの移住だった。

私の移動はほぼ、ご縁に始まりご縁に終わる。

今でも沖縄は大好きだけど、ハワイ島に出会ってからはそちらに意識が持って行かれてしまっている。どうやら私は、大自然があるスピリチュアルな場所に引き寄せられるようだ。地元の神戸にこのまま住むのも悪くないと思えたけど、やっぱり自然のエネルギーがもっと強い所でないと自分の本領が発揮しにくいというか、違う所にチャンネルが合ってしまいザラつくということが分かってきた。

いつの間にか旅を越えて、生活の話になってしまった。どこからが旅でどこからが生活なんだと聞かれると、もはや混在してしまってどう答えていいものやら分からないのが正直な所だけれど。


生活があってはじめて旅があり、帰る場所があるからこそ旅をめいっぱい楽しめるということを最近は感じている。

どういうことかというと、生活とか帰る場所というのは実際の場所や空間だけではなくて、仲間や家族、自分を受け入れてくれるものがある場所、ということを意味している。

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旅先で楽しい時間を過ごしている時でも、ふとした瞬間に、自分には何も待っていてくれるものが無いという寂しさに囚われることがあった。

それは帰る場所がどこにも無いということを意味していた。

そうなると旅はただの放浪でしかなく、ゴールもなくあてのない旅はどこか悲しみを伴うという事に気付いたのだ。

 

旅に出るなら、しっかりと生活基盤を築いてから。

ようやくそう思うようになったのが最近で、旅することばかり考えて日々を適当にしたり友達やネットワークづくりをおこたったりということをせず、丁寧に暮らそうと思いながら少しずつその土台を築き始めている。

そう、帰りたいと思える場所がちゃんと世界のどこかに存在するように。

 

と、言いつつも。

この先には、もっと新しい生き方があるのではないかとも考えている。

一箇所だけに定住しなくても、家族や友人とずっと一緒にいなくても、あちこちへと移動しながらでも…必要な時に必要な場所にいたり、必要な人といたりすることが可能であれば、それでいいのではないかということ。

ひとりひとりに自立した自分の生活とスペースがあり、だけど時には家族といたりパートナーといたりする時間もある感じ。

お互いのスペースに出たり入ったりしつつ、またはコミュニティーのような居場所を持ったりするなど、自由な生き方の選択肢はこれからどんどんと新しい方向へと広がっていくような気がしている。

そして。

旅は、相変わらず生きる刺激を与えてくれるものとして、また自分自身の中身をスッキリ整理したり、爽やかな風を流し込んだりしてくれるものとして存在し続けて欲しい。

新鮮な驚きや出会い、それらはいつも輝きとなって私の中にキラキラと流れ込んでくる。

もちろんそれは旅でしか得られないものではないけれども、その大きなひとつとして、またはワクワクする素敵な生き方として、旅という異空間をいつまでも持ち続けていけたらと思っている。

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photographs and text - Hinata Yoshioka

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photographer / writer / traveler

Hinata Yoshioka

フォト&ライター。国内を転々と旅した後、沖縄にたどり着き12年を過ごす。現在は神戸を中心に活動中。ハワイ好きでフラ歴もあり、ロミロミマッサージのセラピストとしての一面も持つ。好きなことは料理・物作り・音楽・読書・写真・旅などあらゆることに興味はつきない。世界を船でぐるり2周した物語もWebで掲載中!!

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therapist / writer / traveler   倉光寿美子

Sumiko Kuramitsu
 

ON THE WAY

STAY SALTY ...... travelers on the way

11.1 2020

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旅の途中、飛行機の中でちょっと泣く

Crying a little on the plane during the trip.

飛行機の中で泣くという経験をよくする。

初めて泣いたのは、北海道から東京へお嫁に行った時。

大好きな人との新生活の始まりは嬉しかったけれど、

生まれ育ち、10年の社会人生活を送った大地を離れる時にはセンチメンタルになった。

飛行機の最前列で涙がポロポロ落ちてきてしまうのを、

隣の伴りょは気づいていなかったけれど、

向かいに座っていたキャビンアテンダントさんが目で

「大丈夫?」と気遣ってくれたのを覚えている。

 

東京に住んでいた16年間、旅は沢山した。

本当に沢山。

年に2回は最低、

10回くらい海外に飛んだ年もあったかもしれない。

この時期、

出かけた先から日本に帰る飛行機でちょっと泣いた。

翌日からまた戦いの日々が始まるのかと思うと、

辛くて涙ぐんだ。

正確にいうと、泣いちゃうと決意が揺らぎそうで

ぐっとこらえた。

東京での日々は、

元夫が持っていた小さな会社の経営の一部を担っていて、

生活のほとんどを仕事に費やしていたから、

海外にいるひと時は貴重な休憩時間だったのだ。

 

 

今考えるとあの頃の旅は、勿体無いとしか言いようがない。

旅立つ前の晩は徹夜して不在中の仕事を片付け、

朝方、出発ギリギリに現地の気温を訪ねて、

スーツケースに荷物を詰めこんだ。

旅のプランは休暇の場合は元夫に、

社員旅行や仕事の場合は社員にお任せ。

飛行機の中で死んだように眠り、

現地ではただプランに従って動いた。

そんな感じだったから正直、よく覚えていない国も多い。

セラピストとなった今ならば

興味津々でじっくり滞在したいと思える、

いわゆるパワースポットと呼ばれる地にも

沢山行っていたのだ。

本当に勿体無い。

 

離婚し、仕事も辞めて、

アルゼンチン、ブエノスアイレスに住み始めて6年。

日本からみると地球の真裏、

時差12時間、季節も真逆の南米の地だ。

今のわたしは、日本に向かう飛行機で泣く。

またすぐに戻ってくることがわかっていても、

南米の地を飛行機が離れる瞬間にキュンとなる。

我慢しないで、えーんと泣く。

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アルゼンチンのエネルギッシュな大地と、

青い空に魅せられている。

力強い生命感溢れる空気が元気をくれる。

アーティストに優しい文化と、

そしてアルゼンチンタンゴの聖地であるこの街が好き。

ここに住む理由の一つは、

本場のタンゴを生活の一部として生きることが、

この街ならば容易いからでもある。

人々は愛情深く距離感が近くて、温かみがある。

通常、人々の挨拶は抱擁とキスなので、

一度それに慣れてしまうと、

その心地よさから離れることは容易ではない。

人肌恋しいという感覚を植え付けられてしまうのだ。

街歩きの楽しさもわたしを魅了している。

ブエノスアイレスの街は南米のパリといわれ、

歴史ある建築物が並び、緑と花と街角アートがそれを彩る。

 

アルゼンチンは政治経済、治安においては決して安心、

安全な国ではないけれど、

わたしの心はここにいると何か温かいものに抱かれているという感覚があって、

自由であって、そして安心していられる。

しかし残念なことに、

その感覚はこの地を離れるとふっと消えてしまうのだ。

だから日本にいる間は、

とても寒くて寂しい気持ちになる。

「日本のことは恋しくないの?」

とアルゼンチン人からよく聞かれるが、答えは「NO」だ。

日本が嫌いとかそういうことではない。

日本はわたしの内側にあるのだ。

日本の風景も空気感も文化も伝統も、

いつでも、ここ、わたし自身の中にある気がしている。

だから乖離している気がしなくて、

日本を恋しいと思う感覚が湧かない。

 

ブエノスアイレスに住み始めた頃は、

「どうかわたしをこの国の子にしてください」

とアルゼンチン原産の木、オンブーの幹に

額をつけてお願いしていたものだが、

今は、アルゼンチンに住む日本人という自分が

最も自分らしいと感じている。

 

アルゼンチンに住む日本人のわたしは、

今年もまた日本に里帰りする。

日本に向かう飛行機の中で、きっとまた、えーんと泣く。

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photographs and text - Sumiko Kuramitsu

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therapist / writer / traveler

倉光寿美子

北海道出身。東京での企業人、結婚生活を経て、

2014年離職、離婚、その年の末よりブエノスアイレス在住。

レイキティーチャー、ヒプノセラピーセラピスト。

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ON THE WAY

STAY SALTY ...... travelers on the way

10.3 2020

traveler / nomad worker / photographer   Michi

Michi
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ポートレイトと

ノマドと旅と。

Portraits, nomads, and travel.

“旅で出会ったあの人の顔”

そこでしか見る事が出来ない自然や美しい街並み、アートや音楽に、美味しい食事。

旅の醍醐味はたくさんあり、どれも大好きです。その中で私がこれまで訪れた場所を思い出す時、頭に浮かぶのはいつもそこで出会った人々。
 

それなのに悲しいかな。顔って時間と共に忘れてしまうもので..。

 

旅で出会った人達の顔をいつまでも忘れないように写真に残したいと思ったのが旅をしながらポートレイト写真を撮り始めたきっかけでした。

この人、気になる!と直感で感じたら、言語の壁で難しい時もあるけれど、写真を撮る前は5分、10分でも、基本的には雑談をさせてもらうようしています。

「コインを投げて表が出たのでここに1人、テント暮らしをすると決めて20年。最近はちょっぴり寂しくなってきた。」と話してくれたスペインの自由を愛する人。

 

「チベットの友達に会いに行って、みんながどうしているか、暮らしは大丈夫なのか、この目で確かめたい。」と話してくれたインド、ラダックの95歳の僧侶。

 

「来てくれてありがとう。またおいで。」と何度も手を握ってくれた美しい藍染の民族服を着たベトナムのおばあちゃん。

 

体調を崩した時、スペシャルハーブティを調合して飲ませてくれ、「中東やフランスの影響が強いけどここはやっぱりアフリカなんだよ。アフリカの自然が助けてくれる。」と話してくれたモロッコの友達。

 

イスラム教の断食、ラマダン終了後、「お祝い事だから食べな食べな!」と食べていた軽食をお裾分けしてくれたバングラデシュのお兄さんたち。

 

ストリートパフォーマンスを行う為、世界中からバスカーがやってくるオーストラリア。都会の喧騒の中、静かにヒーリングミュージックを奏で、立ち止まる人々と交流していたバスカー。

 

住んでいたアパートの下で実家を出る花嫁を盛大に送り出す為オーケストラの一員として演奏していたネパール、笛奏者のシャイで美しい女の子。

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そこに暮らす人々、色んな思いでその地を旅する旅人たち。彼らの話を聞きながら、写真を撮らせてもらうのはいつでもワクワクします。
数日だけの短い旅行でも、無期限の長期旅でも、知らない土地で、出会った事のない人に出会う事は、いつも私に新しい世界を教えてくれます。

 

時にはショッキングともいえる慣習があったり、ハプニングがあったりします。

新しい場所に行く時はいつも「危ない事ないかな。友達出来るかな。素敵な旅になるかな。」と不安になります。

でもその地を離れる時、「出たくなーい」となるのは、そこで出会った人達のおかげです。
ホームって場所じゃなく、気持ちなんだなぁと痛感します。

“デジタルノマドとして無期限の旅に出る”

無期限で旅に出る前の数年、ベンチャー企業で会社勤務をしていました。仕事の傍ら、趣味の写真で少しずつ撮影の依頼も頂くようになりました。でもどうしてもまた旅に出たい思いが募りに募っていきます。


「仕事を続けながら、旅をさせてほしい」と思いきって切り出した時「みーちゃん(私の会社でのあだ名)らしいよ。行っておいで!」と背中を押してくれた会社のボス。気持ち良く受け入れてくれた同僚たち。みんなのおかげで数ヶ月後、日本を出発。無期限の旅を始めました。

 

デジタルノマドサラリーマン(ウーマン)として、仕事しながら旅を続ける事で、これまで以上に行く土地土地の暮らしぶりを見せてもらえている気がします。

 

停電でインターネットが切断して、自家発電しているカフェを慌てて探し歩いたり。

 

滞在先にあるシェアオフィスを使ってみて、どんな職種の、どんな人が来ているのか覗いてみたり。

 

アパートを借りてみたら、近所に凶暴な野良犬がたくさんいて、半ベソかきながら、死に物狂いで家に帰ったり。

 

近所にあるスポーツジムやサウナに通ってみたら、いつも来るマダムが愉快過ぎたり。

 

公園でやってる太極拳に飛び入り参加してみたり。

 

ヨガのレッスンに通ってみたら、知らなかった自分の身体に気づいたり。

 

初めて見る食材で自炊してみたり。

 

日本では免許がないけれど、海外では車の国際免許で乗れちゃうバイクで数日間旅に出たり。

 

そして50代、60代でバックパック1つで旅する旅人にもたくさん出会い、旅をするのに遅すぎるなんて事まるでないなと勇気をもらったり。

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旅に出たいけど、忙しくて行けない人、色々な事情があって今は動けない人、たくさんいると思います。そんなみなさんに私の旅の記録が、いつか来る旅のヒントになったり、刺激になったら嬉しい限りです。

思いきってComfort zoneを飛び出した先にあったもの、これからも発信していきたいと思います。

photographs and text - Michi

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traveler / nomad worker / photographer

Michi

10代、国内中心に少しずつ旅を始める。

20代、旅に出る→お金が底を尽きたら、東京に戻る→稼いでまた旅に出る、を繰り返す。

30代、数ヶ月の旅を続けながら、ポートレイト写真を撮り始め、2019年デジタルノマドとして働きながら無期限の旅に出る。

 

人との出会いを大切に、土地土地で出会う様々なものや、ノマド情報をブログで綴っています。

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STAY SALTY ...... travelers on the way

9.4 2020

writer / traveler   Mana(まな)

Mana

ON THE WAY

 
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桃の味、

ローマの夕陽

Flavor of Peaches,

Sunset in Rome

旅は人生の縮図なのかもしれない。

 

始まって、味わって、幕がおりて。

 

それを繰り返すうちに、「生きるコツを掴めた」
ちょっとだけそんな気がしている。

 

 

初めて飛行機に乗ったのは、生後6ヶ月の頃だった。

父の転勤に合わせて、

母とともにニューヨークへと向かった。

 

その時すでに、

「旅」する人生が始まっていたように

今ふりかえると思う。

いや、旅行会社で働く父、海外旅行好きな

祖父母と母のもとに生まれた瞬間から

もうそれは決まっていたことなのかもしれない。

 

旅を愉しむことが、

わたしの人生の軸になるということが。

「愉しむこと」。

 

それはようやく最近できるようになってきたことだ。

 

過去にモヤモヤしたり、

未来にソワソワしたりして、

今目の前にあるものを味わうことなどせず、

これまでずっと過ごしてきた。

 

例えば、桃。

 

まんまるい桃が目の前にある時、

ただ切って、器に盛って、口に運ぶ。

そんな調子だった。

 

グラデーションのあるピンク色も

ふんわりとした甘い香りも

柔らかな肌ざわりも

包丁をいれた時の弾ける音も

口いっぱいに広がるみずみずしさも

あの儚い味わいも

 

全部ないことにしていた。

ところが、旅をかさねている間に

人生の真ん中にある「味わう」ことが

ずいぶんと上手になっていた。

 

日程が決まっている「旅」。

その中では、時間に限りがあることを

意識せざるおえない。

「終わり」も何度も経験してきた。

 

深呼吸するように、

存分にきらめくひと時を身体に取り入れなくちゃと
旅のすべてを惜しむようになったのは、

きっとそのせいだろう。

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そんな歴史ある街で、惚れ惚れとしたのが夕陽だった。

 

ホテルの近くで見つけたスポットへ

毎日同じ時刻に出向いた。

古い街並みに映える夕陽と

ローマの夕暮れ時の空気に心をあずけた。

 

日常の不安も忘れ、

観光地をめぐらなくちゃとセカセカすることもなく、

ぼんやりと空を眺めていた。幸せなひと時だった。

 

見つけたと書いたけれど、

実はそこは誰もが知っている舞台。

 

映画『ローマの休日』(1953年)で

オードリー・ヘップバーン演じるアン王女が

ジェラートを食べるシーンで有名なあのスペイン階段だ。

 

その階段の上から、スペイン広場と夕陽を愛でた時間は

今も心に優しく刻まれている。

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3泊でローマに滞在したことがあった。

2017年の終わりのこと。

 

ローマといえば、観光名所の宝庫だ。

コロッセオ、フォロ・ロマーノ、

真実の口、トレヴィの泉、サンタンジェロ城、

ナヴォーナ広場、サン・ピエトロ大聖堂、

ヴァチカン美術館、システィーナ礼拝堂などがある。

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8月の終わりのある夕方、外のベンチに座っていた。

都内でもお気に入りの、洗練された空間が広がる場所だ。

 

夏はこの時間帯から夜までの風が気持ちよくて、

外でついぼんやりと過ごしたくなってしまう。

 

ふと見上げた空は、少しずつ桃色に色付き始めていた。

 

高くそびえるビルの横を飛行機が通る。

るんと音楽を奏でるように、心が踊ったのがわかった。

 

きっとまた旅に出かけられる日が来るだろう。

 

それまでの間、旅が教えてくれた

生きるコツを心の支えに

日々を過ごそうと想う。

秋のそれに変わってしまう前の迫力ある

真っ白な雲を目に焼きつけたり

 

帰り道にお花屋さんに寄って

とびっきりの一輪を選んでみたり

 

黄昏時にたそがれてみたり

 

隣にいる家族の匂いをくんくんかいでみたり

 

もうすぐ旬が終わってしまう桃を

五感で味わい尽くしたりしながら。

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photographs and text - Mana

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writer / traveler

Mana(まな)

旅と日々に学び、言葉を紡いでいます。

 

東京生まれ。幼少の頃をニューヨークで過ごす。上智大学卒業。

2015年から年に3回ほど海外へ出かけるようになりました。

noteにてエッセイ集「宝石箱」や旅の情報を、

YouTubeにてラジオ「 #旅の美学 」を配信中。

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ON THE WAY

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8.2 2020

designer / photographer / traveler   HOLLY

HOLLY

旅暮らしという

ライフスタイル

と共に

Along with the lifestyle of travel and living

一年半前から旅暮らしというライフスタイルを送っている。

 

始まりはごく一般的な小さなワンルームの部屋、

当たり前のように会社に勤め賃貸で暮らしながら、

この生活は本当に自分の選択なのか、

世の中の当たり前に流されているだけなんじゃないかと思い始めていた。

 

「いっそ定住を辞めてみよう、旅しながら仕事をしてみよう。」

そう考えた私は勤めていた会社を辞め、

持ち物のほとんどを手放し、

片道だけの航空券とバックパック一つで旅にでた。

 

我ながら無鉄砲である。

しっかり持続可能な状態を作った上で旅に出る方が正しい気はするが、とりあえずやってみようというのが性分。

 

こうして私の先行きの思いやられる旅暮らしが始まった

___。

旅をしていて日本とは全く違う文化に戸惑うも、

人々の優しさと親しみ深さに大変助けられた。

その国に対し抱いていたイメージは変わり、

メディアの情報を鵜呑みにせず

自分自身で体験することの重要さを知った。

 

紛争をしていた国の今の姿を見るために

旧ユーゴスラビアの国々も巡った。

今は平和になったが、当時の建物に残る爆撃の跡や

おびただしい数の墓地などから、

やはり紛争は現実だったのだと思い知らされる。

 

一度訪れると

「世界のどこか」で起きたことが、

「私が暮らした、あの人が住んでいるあの場所」で

起きたことに変わり、

自分事として捉えられるようになるのだ。

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その後も一つの町で数日過ごしては次の街へ移動していくスタイルで、中東・東欧諸国の国境を次々と超えていった。

 

見たことないものを見て、

知らなかったこと知り、

私の目を通して見た美しい国々の姿を

カメラに納めていく日々を過ごした。

 

時には野宿し公衆トイレで髪を洗うという

原始的なことをしたのも、

クレジットカードを紛失して窮地に陥ったのも

今ではいい思い出。

 

 

「旅」と「暮らし」を両立させるためには仕事が必要で、

デザインやライターのお仕事でわずかなお金を稼いだ。

初めて収入が入ったときは特別嬉しかったが、

収入が全くない月も多く、

自分の知識、実力、全てが及ばないことを悟った。

 

一度帰国してWebデザイン、マーケティング、ブランディングを勉強し、フリーランスデザイナー兼フォトグラファーとして活動を始めた。

 

コロナウィルスの影響により移動はしにくくなったものの、これからやりたいことはたくさんある。

動画も撮りたいし本も書きたい、

また再び世界を旅できる日を夢見て、

今は自分のスキルを磨く時間として前向きに捉えている。

 

これからも旅暮らしというライフスタイルと共に、

こんな生き方ありなんだ!と誰かの勇気になれば嬉しい。

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designer / photographer / traveler

HOLLY

HOLLY

旅暮らしを始めて一年半。ぼっち好きでたまに豪快。

フリーランスデザイナー兼フォトグラファーとして

グラフィック、Web、写真、イラストを中心に活動中。

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ON THE WAY

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7.1 2020

Illustrator / writer / traveler   吉原 紅

Beni Yoshiwara

どちらもおいしい、

アナログ旅と

デジタル旅

Both delicious, analog journey and digital journey

初めて一人で海外に出たのは、1995年。20歳の時だった。

開港して間もない関西国際空港から、シンガポール経由でロンドンに向かう便。

その目的はイギリスの語学学校に通って英語を身につけることだったため、純度100%の遊び目的ではなかった。

それでもわたしにとっては初めての海外渡航で、しかも単独、通学という条件も重なっていたため、決してお気楽なものではなかった。

時代背景。

今のようにネットで航空券が買える時代でもなかったし、携帯電話を利用していたのはごく一部の人だけだった。

その代わりにわたしがその初めての海外に持っていったのは、「地球の歩き方」という定番ガイドブックと、ヨーロッパの鉄道時刻表を網羅した「Thomas Cook」という2冊の本。

旅のお供というにはそれらはあまりにも分厚く、持ち運びにくく、重かった。

事前に情報を得る手段は、本の中の文字にしかなかったのだ。

そんな時代の話。

航空券は旅行代理店に足を運び、直接その場で現金購入した。

そこに至るまでの情報源は、リクルート社が発行していた情報誌。

そのためのお金は、必死にバイトで貯めた。
当時わたしは水も弾くような20歳の女子大生だったが、興味の方向はほぼ旅に限定されていた。

それくらいの女の子と言えば、恋やファッションやメイクに全神経を注ぐくらいの勢いがあるものだ。

ところがわたしが当時着ていたものと言えば、ビブレで買った千円そこらの服だったし、メイクも適当。

本来ならそんな分野に注ぎ込まれるはずの20歳女子が働いた理由は、旅の軍資金目的でしかなかった。

華も色もあったもんじゃない。

わたしの主要な渡航目的はイギリスの語学学校への通学であったが、旅程はそれだけでは済まなかった。

学校のカリキュラムを修了した後は、フランスに渡ってドイツにまで足を運ぶという目論見を立てていたからだ。


その理由も実に、貧しい若者らしかった。

イギリス単純往復なんて勿体ない。

どうせヨーロッパに渡るのなら、もっといろんな場所に行ってやる。

そう思ってのことだった。

重たい鉄道時刻表を用意したのは、その移動を考慮したからだ。

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結果わたしは、イギリス、フランス、ドイツの三カ国を訪れる計画を立てた。
今でもその時の記憶を呼び起こすたび、若気の至りと無謀さにふっと口角が上がる。

ロンドンIN、パリOUTのオープンジョー。しかも乗り継ぎ要の航空券。

それは複数枚綴りの、薄っぺらなカーボン紙だった。

現金をそのまま持ち運ぶと盗難の危険性があったため、旅行者用小切手(トラベラーズチェック)に替えて持っていった。

これらを紛失することに対しては、道中いつも緊張感があった。

持っていた紙の類はだいたい必需品に相当していたし、風で飛んでいくようなペラペラカーボン紙の航空券は、パスポートに並ぶ貴重品だった。

 

あれから25年。
重たいガイドブックは不要に。

現地情報や地図、分厚い時刻表はすべてアプリに。

トラベラーズチェックは世界から消え、決済のほとんどはカードに。

クリックのみで予約決済されるヴァーチャル航空券。

スマホだけですべて完了する搭乗手続き。

かつて大事に持ち歩いていた航空券は、濡れもしなければ破れもしなくなった。

これだけのシステムが、25年どころか15年そこらで完成してしまったのだ。

それでもわたしが幸運に思っていることは、アナログからデジタルへと紡がれていった旅スタイルの変遷とその違いを、この身で体験できたことだ。
何度も見開いたために破れかけた地図を広げながら、知らない外国人に指差しで道を尋ね、それでも道に迷っては幾度も絶望した。

紛失や盗難が怖くて、シャワーに行くにも航空券を所持していった。

自分の足で歩き回って、勘だけを頼りに泊まる宿を決めた。

時刻表Thomas Cookを捲っては鉄道の乗り継ぎ時間を調べ、ペンでチェックを入れた。

不特定多数が発信する溢れんばかりの情報がなかったために、自分の五感と見聞をよく頼りにした。

20歳からそんな旅を2年ほど続けた後は、世間一般的に就職・結婚・育児の到来。

それらはわたしの旅への触手を、見事15年ほども制した。

自分と子供と仕事のことしか頭になかったその15年の間に、かつての旅のスタイルは消滅してしまっていた。

そこから海外一人旅を再開したのは2013年。

わたしが知っていたあの頃の旅は、少なくとも日本では手に入らなくなっていた。

新たなるデジタルなトラベルを実際に経験してみて、驚きとテクノロジーの進化に対する感謝は勿論あったが、失われたものに対する一抹の寂しさも否めなかった。

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わたしたちはもう、そう簡単に道に迷えなくなった。
自分だけの秘密だと思っていた場所は、既にネットで発見されている。
わたしたちはもう、パスポートとカードとスマホだけで海外に飛べる。
話題の最新スポットも、口コミで人気の宿も、瞬時に知ることができる。

あの時代のアナログな旅も、今の時代のデジタルな旅も、どちらも旅であることに変わりはない。

それでも時々思い出してはこう思う。

あのもどかしさと不便さを、あの歳で経験できて良かったと。

 

二十歳。

早すぎず、遅すぎずのいい塩梅だ。

 

だけど40代となったわたしが今再び、あのアナログ旅をやれと言われたらどうだ?  やれる自信はあるか?  ふっと失笑してしまう。
だからわたしはそう、やっぱり幸運だったのだ。

photographs and text - Beni Yoshiwara

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Illustrator / writer / traveler

吉原 紅

Beni Yoshiwara

1975年生まれ。求人広告代理店勤務を経て、フリーランスのグラフィックデザイナーに。

20歳の時に海外一人旅に目覚め、そこからバックパッカーとして数ヵ国を旅しました。

現在はイラストを描いたり文章を書いたりしながら、40代での世界一周を夢見ています。

絵と文章の他は、写真とお洒落も好き。日々の生活の中にある美をいつも探しています。

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