DVC00065_2.jpeg
#03
AUGUST 2020
8-3.jpg

PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

征く。

 

 

Sense of wonder

 
Yurica Terashima

8.2 2020

photographer   寺島由里佳

センス・オブ・ワンダ

「ユキオ」くんとの出会い

 

「それは、独立して、1年目の頃。

もう12年くらい前だと思います。
 

上野でのお仕事の合間に時間があったので、ふらりと上野動物園を訪れました。 

久々の動物園はとても静かで、みんな寝ていて。

それまでの動物園のイメージはわたしにとってネガティブな印象しかなく

「檻の中でかわいそう」という苦い気持ちの方がこの頃は大きかったんですね。

そんなことを思いながらさらに進んでいくとホッキョクグマのエリアに到着。
ふと見上げると、何やらホッキョクグマが直立していました。

 

 かわいいじゃないか… !

 

さっきまでは動物園を憂いていたのに、この出会いがすべてを変えてしまったのです。

それがホッキョクグマの「ユキオ」くんとの出会いでした。

 

最初は単純に「ユキオくんがかわいいから」という

とてもシンプルな理由で動物園に通っていました。

そして何度か通ううちに少しずつ動物ごとの生態データ情報が蓄積されていきます。

そのうち、それぞれの個体のキャラクターなどが理解できるようになり

ますます愛おしい存在が増えていったのですね。

動物たちそれぞれへの興味関心が湧いたことで

1つまた1つと動物園へ抱いていたネガティブな感情が消えていきました。

そして「動物園が誕生した理由」「動物園の本当の役割」など少しずつ調べたり

自然と園内で目についた活動報告などの看板や配布物から知るようになったのです。

 

社会生活を送る上で、しかもクリエイターとして生きてゆく上で

お金を稼ぐことや成果物を生み出してゆくことは切っても切れない大切なことです。

でも、その実、その活動内容は刺激にあふれながらも

とても忙しく、疲弊も消耗も伴う日々の大変な営みです。

それはそれで、自分が求める「もう1つの大切なもの」を

ある意味犠牲にしている日々とも言えるわけです。

動物園に行けば、心身ともに自由になれる気がして。

心の中で見て触れて感じることができ

大きく深呼吸をして何ものにも捕われることのない時間を過ごすことができます。

ここに来れば「とてもシンプルで1番大切なこと」を思い出すことができるのですね。

それは言葉にできず、目に見えなくて、とても温かいもの…

わたしたちが生きてやがて死んでいくこと。

この世界の美しさや喜び。

説明できない不思議な出来事や大自然の神秘の力。

自分が求める「もう1つの大切なもの」がここにはあったのです。

そしてこの動物園を巡って、動物たちをカメラに収めるということが

次第にライフワークになっていったんですね。

 

思えば、私がこの仕事を選んだのも「思いつき」でした。

志を持って入社した、クルマの設計デザインをするという

CADエンジニアとして働いていた会社の研修期間中に

ふと降りてきた大きくてとても明るいエネルギーのようなワンダーな思いつき。

ある朝急に「私はカメラマンになる!」と決めたのです。

 

生きていると、道を選んだり、何かを選択する機会の連続だと気づきます。

そんな中で常に何を指針にしたり頼りにするのかは人それぞれだと思います。

もちろん選択の中には経験という大きなエネルギーが欠かせないものもありますが

経験のないことを選んで決断する時に必要なことは、

こういう不思議な力の作用というものがあるのではないか。

私にはまさに

「センス・オブ・ワンダー」ともいうべき感覚が道を示してくれるような経験が常にあるのですね。

 

役者として生きた経験

 

小学2年生から大学生まで、役者として仕事をしていました。

小学2年生のとき、ミュージカル「アニー」の出演者を募集していたので

親がオーディションに応募してみたらなんと合格して 。

その舞台は役者業未経験の幼い私に、やることなす事全て巨大な壁となって迫ってきていました。

学校も早退したり修学旅行も欠席しました。

演技、歌、ダンスだけではなく、経験値の何もかもがゼロでしたから。

それでも、半年後多くのお客様の前で歌って、演じていました。

スポットライトを浴びたあの時の感動は今でも忘れることができません。

そしてその日々は

小さいながらも、「現状をどうしたら打開できるのか」を毎日必死に学ぶ日々でもありました。

どうしたらいいのか、日々淡々とトライ&エラーをしていたと思います。

導いてくれた指導者やスタッフの方々によって示されたその先に見えた答えを

なんとか習得しようと必死だったのです。

そういう不器用なトライ&エラーをこの頃から経験できたことは、

その後のフリーランスのフォトグラファーとしての活動や

仕事やプロジェクトに立ちはだかった壁たちを乗り越えるために必要な

そういうチカラを身につけることに繋がっていたのかなと感じています。

そして、そこで経験したことが悩みにぶつかっても「なんとかなる」とか

「やってやれないことはない」と思えるような今の私に深くつながっていて、

今の人生にとって大きなエネルギーと自信になっているのかもしれません。

 

 

新しい命

 

私のお腹の中には今、小さな命が宿っています。

妊娠6ヶ月の安定期を迎えています。

もともと私には「わたしは男性になりたい」というような想いが大きかったのではないかと思っています。

女性としての性を存分に味わい尽くしたいという気持ちと

それを差し置いてでも、自分の人生を自由に生き抜きたいという両極端の気持ち。

わがままなわたし自身と常に戦ってきたように感じています。

多分これはずっと子どもの頃からずっと引きずってきた感覚なのですが

とうとう高齢出産という年齢になってから

後悔だけはしたくないので妊活にトライすることにしたのです。

 

今の日本社会の子育て環境や世界情勢や自然環境などを鑑みて

本能的に近年は子作り自体を躊躇っていたのも事実です。

ただ次の世代には次の価値観が生まれるし

また違う進化をしていく過程のような気がするので

それに対して良し悪しを個人が勝手に判断すべきではないとも思ってもいました。

さらに、ここで1つ妊活で難しい壁が。

旦那さんの仕事柄1年のうちに半年以上、多い時は3/4は海外へ出張へ行ってしまうため

自然妊娠でのタイミングが難しいと感じていたんですね。

数少ないチャンスに一か八かに賭けるには、

高齢の今となっては勝てない賭けだと思っていたので、

2019年夏に体外受精ができる専門クリニックへ行くことになりました。

その時、わたしは37歳、旦那さんが41歳。

結婚した当初はいつか自然妊娠できたらいいなと思っていましたが、

2人の生活そのものが時間と距離を隔てていることが多いので

タイミング法や人工授精ではなく、最初から抵抗なく体外受精スタートを希望。

結局、顕微授精になったのですが、最短コースでトライして

今年2020年3月に無事妊娠することができたのです。

 

妊娠して、お腹の中の子どもと一緒に過ごしていて、

今はゆっくり母になっていく変化の時間を味わっているところです。

お腹からノックされるときの不思議な感覚や、

今日も元気に育っているのか気になって仕方がない毎日です。

命を育むという神秘的で素晴らしい経験の真っ只中にいるのだと思うと、

思い切って妊活に踏み切って良かったと思っています。

 

 

センス・オブ・ワンダー

 

これまで、ただ好きでライフワークにしていたことが

自然と仕事に結びついて

動物園と関わる貴重な時間と機会をいただくことも少しずつ増えてきました。

そんな中で、動物園とそれに関わる環境そのものにまつわる様々な問題も知ることになります。

そして、数えあげればキリがないたくさんの課題と密接に

今も精一杯現場で取り組んでいる動物園の方々が多くいることも知るのですね。

何か力になれないかと常に考えている状態なんです。

とにかく、わたしにできることは「動物園に今日も行く」ということしかないと思いました。

かわいい推しメンに会いに行くだけでも元気をもらえますし

原点に立ち返る時間になります。

これからも、書籍、雑誌、アプリや写真教室の開催などで、動物、動物園へ出会う機会を増やして、

その楽しさ、素晴らしさを伝えられるのは、わたしにとっては写真しかなかったので、

少しずつでもたくさんの方に魅力を発信できるようにこれからも活動していきたいと思います。

 

そして、子どもが産まれた後、これまでと違った価値観に出会うのかなと思っています。

復帰した後もこれまでのがむしゃらな働き方とは変わって、

子どもの成長に合わせてスケジュールを組んだり、

仕事や撮影内容ももしかしたら変わるのかなと思っています。

写真や動画を通じて、子どもの事を発信していきたいと旦那さんと話していたので

SNSの発信内容もまた変化していくのかもしれません。

 

これまでも興味関心あることに対して、自然と仕事に変わっていったり、

次の出会いに結びついてきたので、出産後もまた何かしら違う変化に出会えると確信しています。

それが今から楽しみで仕方ないです。

自身にとって必要なことしか人生に起こらないと思って生きてきたので

最適なタイミングに、出会って別れて、何か失って得ているのかもしれません。

なので、こうして今を存分に葛藤しながら、一瞬一瞬を大事にしていこうと思っています。

そして、そこでまた、「センス・オブ・ワンダー」な感覚と出会えたらいいなと思っています。

 

その感覚はこれからもきっと、私の道しるべであり続けるのかも知れませんから。

text and photographs -  Yurica Terashima

5
6
2
7
9
4
8
profile_web_terashima yurica2.jpg

photographer

寺島由里佳

Yurica Terashima

ポートレイトを中心に、広告雑誌媒体などで活動中。ライフワークで動物園にいる動物たちを撮り続け、全国・世界の動物園を巡るのが夢。ポストカード、iPhoneケースなど企業とのコラボグッズ開発の他、立教大学の講師、企業・行政とのイベント企画なども行う。

logo_yuricamera.jpg
  • ブラックTwitterのアイコン
  • ブラックInstagramのアイコン
  • note-bk
 
2018-01-16 05.05.47 1.jpg

PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

征く。

 

 

When you forgive yourself,

no one can take it away from you 

自分を許すと誰にも奪われない

親譲りではない無鉄砲で大人になっても損ばかりしている。

 

突然、花の仕事をしようと思い立ったのは、

お勤め約10年、フリーランスになって7年ほど経った頃だった。

それまで花屋のバイトすらしたこともなく、

パソコンをいじるだけの全く違う職種だったにもかかわらず、

そんな文字通り頭ん中お花畑状態の発想に至ったのは、

当時気持ちの面で大きな変化があったからかもしれない。

 

 

まだ働き始めて間もない20代の頃、

ある時私がミーティングで出した改善策に周りから反対意見が挙がり、却下となった。

ところが数分後、別の人の発言に皆んなが賛同したと思ったら、

さっき私が言った事と全く同じ内容だった。

反対したその舌の根も乾かない内の掌返しに椅子から転げ落ちそうになりつつも、

 

「ああ、人っていうのは話の内容じゃなくて誰が言ったかを見てるんだ」

 

と衝撃を受けたことを覚えている。

 

実績もなく、周りの信頼も得られていない私が、

たとえ有益なことを言っても何も説得力がないらしい。

それならば、もっと私自身が人生経験を積んで、

もっと発した言葉を真っ向から受け取ってもらえるような重みのある人間にならないと!

そう初々しい私は思い始めることになった。

 

 

さて、その後の私は、長い年月をかけて、

いわゆる多くの人が経験するような酸いも甘いものクエストを次々とクリアしていくことになる。

 

結婚、出産、離婚、子育て鬱、転職、独立。

イタリアの取引先が倒産し、

「お金がないから代わりに僕が飼ってるオウムあげるけど、いる?」

と社長から手紙が届き、債権が回収できないことを知った時もある。

 (オウムは貰わなかった)

 

病気で働けなくなったり、

DV毒親との死別があったり、

子どもとの関係がこじれたり。

 

そんな具合に、まあまあ色々あった事だし、

そろそろあの頃欲しかった経験値的なものが貯まってきたはずだった。

それなのに、結局しんどい思いをしただけで、

何かを成し遂げたわけでもないし、

大したことができるわけでもないし、

特別な経験を積んだわけでもないという実感しかなかった。

仕事はやりがいがあったけれど、

いつも世の中の基準で正解と言われるものを探していて、

プロジェクトを、その場を、失敗ではない方に転がそうと必死だった。

一見、それは仕事だから当たり前に思えるけれど、

実際は、正解に見えることに近づけることや失敗しないことは、成功ではなかった。

 

そして、何よりも

自分が発案して完成までこぎつけたものが

他の人の成果として表向きに発表することになった時、

華やかな会場の外でメディア向けのお土産を地味に用意しながら、

「結局あの頃と変わってないな〜自分」

と愕然としてしまう。

 

そんな自分はやはり経験が足りず、

あるべきレベルに達してないからまだまだ薄っぺらいのだと、

潜在意識の中でさらに「もっと苦労しようよプロジェクト」は加速した。

 

 

しかしながら、そんな折り、あの若かりし頃の

「ミーティングで私と同じ意見が採用される事件」

のアンサーソングともいうべき出来事が頻発したのだった。

 

とある機会での意見交換、

子育てで大事なのはこんな事でと、ある方が熱弁。

周りも私も聞き入って共感したが、その方には子育て経験がなかった。

 

・・・あれ?

 

時はSNS時代に突入。

「○○に行った時の経験を活かしてコンサルタントになりました」

とつぶやく誰かはとっても説得力がある若い起業家だ。

でも、行ったっていうのは1回のようだ。

 

・・・あれ???

 

誰かに自分の言葉を信頼してもらうためには、薄っぺらい自分じゃダメで、

実績だとか、経験に基づいた考えとかが必要なんじゃないのか。

でも、若くても経験が浅くても、

私も共感できたり、信じたい気持ちにさせてくれる人がいる。

どうしてその方たちは、多くの人の信頼を得られたのか。

それはこういう事だった。

たとえ浅い経験でも、

「そこまではやった」という事実を自分に認めてあげられている人は、

それをありのまま成果として伝える事を自分で自分に許している。

今のレベルでできることを心の底から信じている人は強く、信頼できるのだ。

 

当時の私は、経験の浅い分野に対して強く意見することは、

知ったかぶりのようで何となく気が引けていた。

どこかに1回行ったくらいで知ってるような事を言ってはいけないような気もしていた。

でもそれは、誰かに禁止された訳でもなく、自分で自分に許していないだけだった。

せっかく作った自分の成果を奪っていたのは他人ではなく自分だった。

 

とかく、周りの人というものは、自分が自分を扱うように自分を扱ってくるものだ。

自分を粗末に扱えば、周りも自分を粗末に扱ってくる、といった具合に。

つまり、自分を許可できず、認められない私は、

周りにも信じてもらえる訳がなかったのだ。

 

「なんだ、いいんだ自分のこと許しても・・・」

 

私に足りないのは、

苦労して言葉を裏付けるような経験や実績を積むことではなく、

いつもその時点まで自分がやってきた事を認めてやる事、

ただそれだけだった事にようやく気づく事ができた。

それはまるで、

遠い旅先に向けてわらじを編み、

竹皮で包んだおむすびを胸に忍ばせつつ峠をいくつも超え、

血の滲む足がもう一歩も前に出ないと倒れかけた時に、

「じゃあ後はヘリで行こうかぁ」と言われたような気分だった。

それがあるなら最初に言ってよ最初に、という。

 

 

今から数年前のそんな気づきの後、

堰を切ったように、私は自分を信じて見切り発車でも何でもやりたいことをやるようになった。

無鉄砲に始めた花の仕事も、

もちろんまだ何十年も磨いていかなければいけないヒヨッ子である事は認識しているけれど、

それでも卑屈な気持ちは全くない。

ある一定のレベルを到達点にして、

その点との差異がある自分を恥じるのではなく、

「至らないかもしれないけど、でも、今の自分はこれだから」

と堂々と思うことができる。

現状への満足は成長を止めることになりかねないが、

暫定的な今の立ち位置までやってきた自分を許して認めると、

またそこから精進しようという気になるから不思議なものだ。

 

 

ある時、ふとこんな事を思う。

「人間って60兆個もの細胞があって、毎日がん細胞やあらゆる菌を免疫力で死滅させて、怪我したら治してくれて、数十年分もの記憶を蓄えていて、この世にないものを生み出したり問題を解決したりするクリエイティビティがある。こんな奇跡のように高性能で精巧な生き物、宇宙を探してもいないかもしれない。

あっ!でも、その高性能な貴重な生き物、そういえば私も持ってた。この自分!! 」

 

自分はちっともすごくないけれど、

人間っていう生き物はスゴい!という感覚を持つと、自分の未来を信じられる。

試しにいろいろやらせて成長させてみたくなる。

性能を強化していったらどうなるのだろうと。

そうやって自分の先々を良い方に信じて託せるような感覚を

自信というのだろうと思う。

最近は承認欲求という言葉がよく使われるようになったけれど、

誰かに認められることよりも、

自分で自分を認めて許すことで揺るぎない自信がつく。

 

人間の色気みたいなものも同じで、

「いえいえ、私なんか」と卑下したらそこでせき止められるけれど、

「私はこういう所もあるんです」とその人が自分に許したラインまで、

色気はダダ漏れてくるような気もしている。

 

 

草木の花はいずれ散る花。無常の姿。

花を生けることは、

根を絶たれて死へ向かうまでの一瞬の命の煌めきを浮かび上がらせる祈りの行為。

そして、その自然と切り離す作為的な提示によって観る人の感覚に語りかける。

 

人もまた無常の存在であるけれど、

今の瞬間に個性を見い出し、

それでいいと認められたら、

そして、

それをありのままに提示していくことを自分に許せたら、

伸びやかに成長して大輪の花を咲かせるに違いない。

floral designer   杉山香林

8.2 2020

Karin Sugiyama

text and photographs -  Karin Sugiyama

594B989E-A981-46A0-903C-EFDCFDC198B4
A0CB5B9D-E21F-41B7-BB10-A45E822C791B
2017-10-14 07.31.51 1
0C2715A6-9EBD-4B98-9F62-B2ADC7B8C140
2016-10-16 11.28.44 1
IMG_20161031_182241

floral designer

杉山香林

Karin Sugiyama

撮影でのフラワースタイリング、イベント・ウェディングでの装花、御祝い花などで、固定のスタイルを持たず、コンセプトに応じて多様なデザインを提案するフラワーデザイナー。

広告代理店、IT企業などでマーケティング・コミュニケーションに従事したのち、2008年株式会社アンジュウシを設立、企業の環境保全活動やサスティナブルな社会を創る取り組みへの指針作りやプロジェクトの企画、マネジメントを行う。

その中で、植物の美しさや生きざまに惹かれ、自然界にこそこの世の真理があり、持続可能な社会を築くためには、樹木や草花などの植物に触れ、憧れと畏怖を感じることが必要と考え始める。

2016年4月、装花TOKYOを開業、華道における学びを活かしながら、ヨーロッパでフラワーアーティストに師事したエッセンスも取り入れ、花一輪の個性を活かすスタイリングを目指している。

  • ブラックInstagramのアイコン
  • Facebook

BRAND『装花TOKYO』

オートクチュール・フラワーブランド「装花TOKYO」
「装花TOKYO」は、店舗を持たないアトリエスタイルのオートクチュール・フラワーブランドです。命を持つ生花のみにこだわり、特別なシーンのフラワースタイリングをオーダーメイドでご提供しています。

 

​生花の命の煌めきを活かす空間づくり
商品ディスプレイや撮影用プロップ、プロモーションイベントのフォトブース作りなど、特別なシーンにおいて、草花が持つ命のインパクトと視覚的魅力を活かした空間づくりをサポートします。

 

​「アート」ではなく「デザイン」する
装花TOKYOは、「アーティスト」ではなく、「デザイナー」として、クライアントの皆さまとプロジェクトの目的と課題を共有し、草花での解をデザインすることを目指しています。

したがって、1つのスタイルに絞ることなく、花の毒々しさや艶かしさ、可憐さ、草木の清々しさや力強さなど、目的に応じて植物の多様な個性を発揮させていくアプローチ方法を試みます。

入荷可能な場合は、街のお花屋さんであまり見かけないような草花もご提案しています。

42428D22-CA0A-403F-BD5C-8E60CE5161EA.JPG
P7160037.jpg
#04
SEPTEMBER 2020
issho.kapy.jpg

PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

遷す。

 

 

A little bit on the side of

all living things

 

幼稚園の時には、虎になりたいと思っていた。

大きくて優雅で強い、猫の王様のような虎に。

でも子供心にそれは無理かなと思ったので、

将来なりたいものを書く紙に、「とらどしになりたい」と書いた。

それだったらなれるかもしれないという希望を持って。

でも即座に先生に、「ムリ。絶対に成れないわよ」と言われて絶望した。

他の子は「パン屋さん、なれるといいね」「ピアノの先生、素敵ね」などと言われているのに、

私だけは「ムリ」と断言されたのだ。絶対に、と。

物心ついた時から、生き物に惹かれた。

生まれが吉祥寺だったので、

井の頭自然文化園には通ったと言っていいほど連れて行ってもらった。

はな子さんやビーバーのような哺乳類だけでなく、

オオサンショウウオやカメやカイツブリも大好きだった。

不思議で面白くて仕方なかった。

近所の犬や猫にももちろん寄って行き、

手を噛まれても次の日も撫でに行っていたそうだ。

 

だから、なぜ自分は人間側なのだろうと思っていた。

小学生の頃、二十歳までずっと私の面倒を見てくれていた師匠猫に、

どうして私は猫になれないんだろうと聞いていた。

そのうち本を読んで、将来なりたいものが動物行動学者や獣医になった。

でも高校3年生の時に、理系に進めばどの分野でも解剖や動物実験を免れないと気づいた。

どうして大好きな生き物をこの手で、

食べるため以外の目的のために殺せるだろうと思い、

それなら描くほうに行こうと思った。

少しでも生き物の側に

printmaker   猫野ぺすか

9.4 2020

Pesca Nekono
IMG_2864
1716F312-9ECE-4B0E-8D00-242D1DA6521E
IMG_4416-2
IMG_1026

 

それから30数年経って、

紆余曲折あったけれども、

今は動植物の絵を描くことが仕事のメインになっている。

とても幸運だと思う。

挿絵や装画、絵本の絵、展示販売する絵、もちろん人間を描くこともあるけれど、

基本は「動物を描かせてください、描きたい」と言っている。

方法は、木版画と消しゴムはんこと焼き絵。

焼き絵は4年前から始めたものだけれど、

動物の毛並みを表現するのにとても合っていて、気に入っている。

焼き絵の技法を使った絵本も2冊出た。

特に「おおかみとしちひきのこやぎ」(フレーベル館)では、

編集者さんは版画のイメージで依頼してこられたのに、

「どうしても子ヤギや狼の毛並みを焼き絵でやりたい」と言って展示を見に来てもらい、

納得していただいた。

そしてこの絵本で、

私の守護神のような存在である念願の狼を描くことができるようになった。

あまりに好きな動物は、理想が高すぎて描くことができない。

描こうとしても力量不足で、「狼はもっと力強くて大きくて美しくて…」と思ってしまうのだ。

 

猫も同じで、なかなか自分で納得いく猫を描くのは難しかった。

猫との付き合いはそれこそ四十数年にもなる。

自分と分かちがたい存在だ。

猫は本当に素晴らしい生き物で、

描いても「本当はもっと柔らかくてしなやかで温かくて美しくて…」と思ってしまうのだ。

猫をちゃんと描けるようになったのは、ごく最近、2年前だ。

きっかけは、子猫の兄弟が新たにうちにやってきたことと、

初めて壁画の仕事をいただいたこと。

8m×3.4mの大きさの作品を、木版と焼き絵のデータを組み合わせて作った。

なんでも好きなように描いてくれて良いというオーダーだったので、

私がずっと創り続けている「アイルリンド」という、

物言う獣や不思議な生き物、植物がある世界を描いた。

その中に、2匹の猫の肖像を描いた。

それは人間の子供と同じくらいの大きさで、

子供たちがその前で一緒に写真を撮っているのを見たとき、

ああ、やりたいことにまたひとつ近づけた、とうれしかった。

 

私がずっとやりたいと思っていること、

それは生き物の素晴らしさを人に伝えること。

ただそれだけなのだと思う。

自分が感じている、生き物の不思議さ面白さ、美しさ可愛さ、命の温かさ。

それを少しでも人間に伝えることができたなら。

どうして自分が人間なのか、彼らの側ではないのか。

それをずっと考えてきて、

いま人間である自分にある役割は、それなんじゃないかと思うようになった。

そして絵本という媒体に関わることで、

特に子供たちに、

まだ小さく柔らかいうちにこそ、

生き物の素晴らしさに触れて欲しいと思っている。

そして彼らのことを考える人間が少しでも増えてくれればと願っている。

 

今は世界の状況が厳しくて、動物よりも人間が大事だ!という人も少なくない。

でも、動物たちが生きやすい世界は、人にとっても優しい世界だと思うのだ。

小さな生き物に心痛める子は、きっと他の子供をいじめたりはしないだろう。

生き物を育てることで、自分が面倒を見なくては死んでしまうものがいることを知るだろう。

死を経験することで、悲しみや愛しさがわかるだろう。

生き物を知ることで、人間社会の外にある、豊かな大きな世界を知ることができるだろう。

 

そんなふうな願いを持ちながら、生き物の姿を描いていきたいと思っている。

text and photographs -  Pesca Nekono

7goatshyou4.w2
IMG_9832
issho.kuma
聖母子
IMG_1012-2
yushin
IMG_2802
sugusokoewb
IMG_9843
IMG_6671.jpg

版画家

猫野ぺすか

Nekono Pesca

吉祥寺生まれ。版画と焼き絵で作品を制作。

挿絵や装画、絵本などを手がける。

個展、グループ展多数。消しゴムはんこワークショップも各地で開催。

絵本に「おおかみとしちひきのこやぎ」(フレーベル館)「いっしょ いっしょ」(福音館書店・こどものとも0.1.2.)「ちいさいきのいす」(鈴木出版・こどものくに)「カラスのスッカラ」(佼成出版社)「ぺんぎんちゃんのぼうし」(鈴木出版・こどものくに)「こひつじとことこ」(福音館・こどものとも)など。 

  • ブラックFacebookのアイコン
  • ブラックInstagramのアイコン

絵本『おおかみとしちひきのこやぎ』

版画ではなく、初の全部が焼き絵技法の絵本となります。

狼が大好きなので、その毛並みを書きたいと思い、焼き絵にしました。

7匹の子ヤギが主人公のはずなのに、狼メインの本となってしまいました。

フレーベル館

引き出しのなかの名作・9

末吉暁子/文 猫野ぺすか/絵  

西本鶏介/監修 

表紙1.jpg
吊るした花3.jpg

PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

遷す。

 

 

Would you like to waltz with a listening demon?

私は、あっちでもこっちでも色々な人に質問をぶつけてしまいます。

不躾だし、そもそも品がない行為かもしれないと思うのですが、聞かないではいられません。

 

私の仕事は、本を編集したりプロデュースしたりすることです。

私が主に関わっているビジネス書の世界では、

著者にインタビューすることを通じて原稿を完成させることが多く、

本によっては10時間も20時間も著者に話を伺います。

 

だから私の質問好きは、仕事のせいで開発されたのかもしれないし、

あるいはこういう性格だから、この仕事に巡り合ったのかもしれません。

どっちが正解かはわからないけど、いやきっとどっちも正解なのだろうけど、

とにかく仕事でも仕事以外でも、しょっちゅう誰かに何かを質問しています。

暑苦しいヤツですね(苦笑)

 

で、最近私のこの行為が何かに似ていると気がつきました。

「読書」です。

私は「人」という「本」を読んでいるのだと思うのです。

 

面白そうな本が目の前にあったらページをめくらないではいられないように、

面白そうな人がいたら「質問」というツールを使って、その人を読み始めてしまう。

 

「会社員をやめて自分で商売を始めたのは、何かきっかけがあったんですか?」

「最近の自慢話を教えてください」

「誰かをカッコいいって思うのはどんなときですか?」

などなど。

 

飲み屋だったり初対面の仕事相手だったり旅先で出会った人だったり、相手はさまざま。

最初はそれでも当たり障りのない質問から始めます。

相手が扉を少し開けてくれたら、ズズズイーっと奥を目指して一直線。

質問と答えの応酬を何度か続けているうちに、

知らない世界がだんだん見えてくるともう止まらない。

 

たとえば、活躍している人は皆、問題を課題に変えるのがとても上手なこと。

神楽坂という街が、飲食業界の人にとって独立して勝負する格好のスタジアムになっていること。

パン屋さんでも陶芸家でも手仕事をしている人は、自分の言葉を持っている人が多いこと。

いろいろなことを私は「人という本」から知りました。

ジャンルも、ミステリーだったり、ラブロマンスだったり、ビジネスだったり実に多彩。

ヒト本(いちいち「人という本」と書くのメンドくさい。縮めちゃっていいですよね?)におよそ駄作はありません。

 

知識が得られて面白いだけでなく、次第に立ち現れてくる未知の世界が興味深い。

外国を旅して車窓の風景に心が踊るような感じとでも言いましょうか。

 

でも、自分は楽しくても相手にとってはそうとは限らないということは、

キモに銘じなくてはいけないなと思うのです。

 

幸いなことに、私という聞き魔のおかげで、言語化できていなかった想念がクリアになった、

スッキリしたと感謝されることもあります。

話しているうちに、大切なことに気づけたと言われることもあります。

でもその一方で、「しまった!」と思わせてしまうこともあるからです。

 

たとえば数年前、馴染みの美容院で起きたこと。

何年も通っていた原宿の美容院で、私はついつい聞きすぎました。

 

私「美容師さんとお客さんは、オープンな場所ではあるけど一定時間を2人っきりで過ごすみたいなものじゃないですか。どっちかがどっちかを好きになるみたいなことってあるんですか?」

美容師さん「ありますよー。ボクこれでもモテますよー」

私「でもYさん、独身ですよね? やっぱりお客さんとは恋愛しないように気をつけてるんですか?」

美容師さん「いいえ、そんなわけでも無いんですけどー…」

 

このあたりまでは、普通ののんびりした会話だったのです。

その次の私の発言がマズかった。

私「相手と自分の好きのタイミングが一致するのって、奇跡みたいなものですからねー」

要は、相思相愛なんてそうそう起きないですよね、と相手に合わせたつもりでした。

 

いまでも覚えているのですが、この瞬間その美容師さんのハサミが止まりました。

そして、学生時代に奇跡的に出会った女性と恋に落ちたこと、

ところがその女性は親友の恋人だったこと、

結局親友もその女性も自分も不幸になったこと、

いまだに後悔を引きずっていることを話してくれました。

 

店内は結構混んでいましたし、美容師さんはその店のオーナーでもあったのですが、

多分4、50分くらいでしょうか、

私たちは彼の大学時代の辛い恋の思い出から抜け出せなくなりました。

 

やがて話は終わりカットが再開。私は普通にお勘定をして帰りました。

成就しなかった恋がその後の彼の人生に及ぼした影響に思いを馳せながら。

 

このことがあったあと、私は2度ほどそのお店に髪を切りに行きましたが、

結局その店に通うことをやめました。

その美容師さんが、薄皮1枚分だけよそよそしくなってしまったからです。

心の奥にしまっていたことを無理に引き出してしまったと気づいたのは、そのときです。

 

ヒト本を読む行為が、実際の本を読む行為と決定的に違うところは、ここかもしれません。

実際の本は、面白ければどんどん読み進めればいいけれど、

ヒト本は、いくら面白くてもページは慎重にめくらなくちゃいけない。

 

ヒト本のページは、とっても破れやすい。

一緒にワルツを踊るように、相手に集中して丁寧に慎重に呼吸を合わせること。

無理に踊らせないこと。

 

強引にまとめると、私は相手と上手にワルツを踊りながら、その人の物語を読みたいってことですね。

相手の足を踏んづけないようがんばります。

聞き魔とワルツを踊りませんか?

book editor & publishing producer   米津香保里

9.4 2020

 Kaori Yonedu
 

text and photographs -  Kaori Yonedu

IMG_3515
空雲
月面小皿
公園の鳩
お茶カフェ
桃とブッラティーナ
吊るした花
IMG_2121
ぴょんきち
奈良.jpg

書籍編集者&出版プロデューサー

米津香保里

Kaori Yonedu

書籍編集者&出版プロデューサー。
株式会社スターダイバー代表。
ビジネス書を中心に本の世界で15年超。
神楽坂の地で本づくりやコンテンツ制作に勤しんでいる。
著者の代わりに本を執筆するライターの養成塾「上阪徹のブックライター塾」事務局。
本屋さんのイベント情報をお届けするサイト「本屋で.com」主宰。

  • ブラックFacebookのアイコン
Do not hesitate to contact me to discuss a possible project or learn more about my work.

© 2020 by ALOHADESIGN

Proudly created by Tsutomu Kinoshita

Contact
editor in cheaf and
art director and designer
:
Tsutomu Kinoshita
director
:
Ayumi Ogo
Mikiko Shirakura
Social
  • Facebook
  • Twitter
  • Instagram