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PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

憶う。

 

 

A view of the future after

1,000 years

山崎美弥子 interview

 

 

 

 

Q、アートの世界に進もうと思ったきっかけは?  

 

物心ついた頃から、絵を描いていました。

身の回りにある紙切れや鉛筆など何でも使っていつも描いていました。

誰かに言われたわけでもないのに、幼い頃から、自分が描いたものには価値があり、いつか多くの人々が求めるものになるので、たとえしくじってもゴミ箱に捨ててはいけないという、可笑しな思いがありました。

でも、大真面目だったのです。

最近気がついたのですが、わたしは過去生においても絵描きであったことがあるようです。

ですから、絵描きである自分というものを幼い頃から魂が覚えていたのでしょう。

小学生の時は、宿題で描いた絵を持って登校すると、先生に「大人に代わりに描いてもらったんだろう。」と言って叱られました。

現在の作風ではわからないかもしれませんが、絵を上手く描くことが生まれつき得意だったのです。

当然ですよね。

過去生にプロの絵描きのキャリアがあったのだとしたら。 笑。

わたしにとっては、絵を描くということが好きであるという以上に、一番楽に表現が出来る方法だったので、その道をそのまま歩いただけなのです。

美大を卒業し、絵を描いて生きていくことをごく自然に決めました。

でも、どうすれば実際にそれができるのかは見当もつかなかったので、とにかくあてずっぽうに、作品を持って仕事をくださいと歩きまわりました。

そして、最初にいただいたオファーが、書籍の表紙の絵を描くことだったのです。

以来、イラストレーターと呼ばれるようになり、人々が望むものを何でも描いて、満足してもらえることに喜びを見出していました。

ところが二十代の後半に、これからは描きたいものだけを描こうという直感に従い、そのようにすると急に現代美術作家(アーティスト)と呼ばれるようになったというわけなのです。   

  

Q. アーティストの道を決めた時、どんな将来を想像していましたか? それは実現していますか?  

  

本当の自分が誰なのかを、いまだしっかり思い出せなかった若い頃に思い描いた未来は、資本主義社会が作りあげた価値観の中で、世界的に評価され、その価値体系の中で一流とされる、例えばニューヨークの画廊で作品が販売され、オープニングレセプションでは高級ブランドの香水をまとい、華やかにシャンパンを飲んだりすることでした。

それは実現していません。

でも、それがたとえ実現していたとしても、それはわたしの魂が本当に求めるものではなかったということを、現在のわたしは知っています。

その当時のわたしには、想像さえできなかった美しい未来を今、アーティストとして生き、リアリティとして体験しています。  

世界のラグジュアリーホテルよりも素晴らしい、ここちよさの中にいつも自分を置いています。

  

Q. なぜ、ハワイの離島へ移住したのですか? 東京で暮らしていた時との気持ちの変化は? 

  

決めて移住したのではありません。

東京のコンクリートに囲まれて生まれ育ったわたしですが、自分の感覚に嘘をつかず、真実を求めながらも、 流れに身を委ねて生きていました。

同時に自分が知らぬ間に組み込まれた不自然な現代都市社会へ疑問を感じ、いつもそこから向け出せる扉を見つけたいと心の奥で祈っていました。

やがて夫に出会い、気づくと、太平洋で船上生活を始め、四六時中、海と空だけを見つめる日々を送るようになっていたのです。

遂に探していた扉を見つけたと感じました。

そして、この小さな島にたどり着いて住まうことに。 

…思いもしないかたちで、祈りというものは叶うものなのです。

 

船を降り、島に上陸してからは二人の娘を授かり、最初の十数年間は、かつてサンダルウッドの森だったという丘に夫が建てた家で暮らしました。

そして、今から三年前にその家を後にし、現在は、海と空を見渡せる131番地の家で生活しています。

この家には「131番地の天国」というテーマ曲があるのです。

これは、わたしが愛する、それは美しいウクレレのインストゥルメンタル・ナンバー。

かつてこの家で暮らしていたことがある、島生まれのハワイアンミュージシャンが、この家にインスパイヤされ、作曲したナンバーなのです。

自分が愛した曲の、その家のオーナーになるなんて、誰が想像できるでしょうか? 

住み始めてしばらくは、その事実に気がついてさえいませんでした。

なんという祝福。人生は奇跡に満ちています。

 

横たわる水平線。

夜明けの光が山の輪郭から天に突きさすよりも早く、夫が挽いた新鮮なオーガニックコーヒーの幸福な香りに目覚め、 馬や犬、あひるなどの動物たちの世話をします。

それからこの131番地にわたしたちが植えた草花や木々に水を与え、雑草を抜いたり鉢を植え変えたり。

それらをすべて終えてから、ようやくわたしはアトリエでカンバスの前に座ります。

一日の終わりには、まるで映画のクライマックスのようなサンセットを背景にした家族四人のディナーテーブル。

ベッドに滑り込む前には、ガーデンに設置したキャストアイロンのバスタブで、満天の星たちに見つめられながら、ゆったりと一日をふりかえるのです。 

 

隣接した住居の灰色の壁が、窓枠からはみ出す四角い東京の部屋で暮らしていた頃のわたしは、一日中、プレイヤーからの音楽を、絶やさずにはいられませんでした。

幸福感が自然と湧き上がってくるような環境に自分を置いていないという事実を忘れようとするためでした。

でも、この島に暮らして、音楽をかける習慣はなくなりました。

なぜなら、山々から渡ってくる風の歌声、小鳥のさえずり、馬のいななき、海から届く、さざ波のささやき。

そんな音たちに囲まれながら毎日をおくっているからです。 

あれほど愛したお気に入りの曲、「131番地の天国」でさえ、もう、スピーカーから流れて来ることがありません。

その曲の世界の中に、今、わたしたちはこうして生きているから。  

そうです。

わたしたち自身が音楽そのものになってしまったから。

Miyako Yamazaki

10.3 2020

artist   山崎美弥子

1000年後の未来の風景

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Champagne Gold Loves Light Blue
New Day
Color of Grass
Light
Painting of Ocean
Moon Above Island

Q.  人生の中で、忘れられない出来事はありましたか?  

 

…もちろん。

でも、それについてここで手短に語らせていただくよりも、10月10日にリトルモアから発売の新刊「モロカイ島の日々〜サンダルウッドの丘の家より〜/山崎美弥子 文・絵」をぜひとも読んでいただきたいです。

 

Q.その新刊について少し教えてください。

 

そうですね…。

2011年、大震災が起きて、日本の人々の胸がざわつき、苦しみ、悲しみ、迷い…、様々なこころの体験をしていた時のことでした。

天界からの声を聞くことができる友人から、不意にメッセージが伝えられたのです。

「待っている人々がいる。本を書いてください」と。

その言葉に急き立てられるようにわたしは書き始めました。

それから一年余りでわたしは本を書き上げることができましたが、その後、書かれたものが実際の本になる機会はなく、九年間ものあいだ静かに眠っていたのです。

ところが、昨年の初め、日本から、二人の女性が島まで訪れ、わたしの描いた海と空の絵をお求めになって帰っていかれました。

のちに彼女たちがわたしの書いたものを本にしたいと、動きはじめたのです。

当初、二人からクラウドファンディングによる出版を提案されましたが、わたしはお断りしました。

クラウドファンディングというものの性質上、もしかしたら、助けてくださろうということで、本を読みたいとは思っていない方々からも資金援助をいただくことになってしまうかもしれない。

そのことに不自然さを感じたからでした。

もちろんそう感じたのは、この本についてのみであり、クラウドファンディング自体は素晴らしいものです。

でも、天界からのメッセージにうながされるように書いたもの。

本当にそれがかたちになる必要があるのなら、おのずと道が開かれるはず…

そんな気持ちがあったわたしは、この本づくりは、あくまでもみずから望んでくださる出版社やスポンサーが現れたらにしたい…と、二人に伝えたのでした。

その後、二人は出版の実現に苦戦します。

でも、2020年、今年の三月、「作りましょう」という出版社が突然に現れたのです。

それはちょうど、世界の国々で日常の変化を強いられはじめ、日本の人々の胸が再びざわつきはじめた頃でした。

…こうして出版のプロセスがスタートした直後、二人の女性のうちの一人が、思いもかけず天に召されてしまったのです。

なんということなのでしょう。

あまりにも驚いて、そのことをどう受けとめればよいのか…。

わたしは、ずっとこたえを探しています。

今というタイミングで、世の中へこの本を送り出すことができる。

…彼女がいたからこそ、この本が出版されることになった事実だけは間違えありません。

…彼女は天使だった…とさえ感じてしまうわたしは不謹慎でしょうか?

そうであるなら、本当にごめんなさい。

でも、魂は肉体の死によって終わりはしない。

ふと、彼女がわたしのそばにいるように感じることがあります。

それは、あたたかくふんわりとした感覚。やさしいミストのように。

 

Q. 絵を描く上で心がけていることはありますか? 

  

作為のないこどものように描くことです。

意識はわたしの中に在る1000年後の未来の風景にフォーカスします。

もしも描いている時に様々な「思考」が浮かんできたら、 絵筆をとめます。

あるいはそれでも描くことをやめなかった場合、その「思考」と、絵を描くという行為をわたしは完全に切り離します。

それはおそらく、臨死体験をしたという人々が、自分の肉体を、魂である自分が空中から眺めたというようなエピソードを読んだり聞いたりしたことがあるかもしれませんが、そのように切り離された感じです。

思考する自分と、絵を描く自分が同時に存在しています。

思考していない方のわたしが描いているのです。

そのようにすることによって、「思考」をカンバスにはのせないようにしています。

なぜそうするかというと、わたしたちの日常にはあらゆる「思考=思い」がすでにあふれかえっているから。

「思い」というものほど、時に邪魔になるものはなく、この世界にもう一つそんなものを増やす必要は無いからなのです。

すなわち、「思い」のこもった絵を描きたくもなければ、わたしは見たくもないのです。

わたしたちが求めているのは「思い=思考」ではなく、真理だから。

今、わたしの目前に広がる海と空に、思いがあるでしょうか。

風景はただ、絶対的に存在しているだけ。

たとえ風景というものに、魂が宿っていたとしても、そこに「思考」はありません。  

そして、それは、…真理ですよね。 

  

Q.  絵を描く時のコンセプトや、インスピレーションは?  

  

わたしは、眩い1000年後の未来の風景を描いています。

こどもたちや、こどものこころを持った大人たちへの道しるべとなるように。

では、1000年後の未来とは、一体どんなところなのでしょう。

それは、無条件にすべての存在が受容される世界…。

海と空を絵描くときも、花を絵描く時も、いつもわたしがこどもの頃に一度だけ神様に見せてもらったことのある、1000年後の風景の真ん中にわたしは立つようにしています。

四角いカンバスは時空を超えた窓。その先に広がる世界は、1000年後の未来であると同時に、もしかしたら1000年前の過去であるかもしれません。

そして、たった今の、この瞬間でもあるのです。

カンバスの、窓枠のような四角の向こうに、視線を投げれば、そこには、一切の条件も無く、わたしやあなたを、どんな時も受け入てくれる世界が果てもなく広がっているのです。  

  

Q.  実際の風景、特定の場面などを切り取って描いているのでしょうか?  

    

実は、こどもの頃に神様に見せてもらった1000年後の風景には、色や形はありませんでした。

それは無色無形の一元の世界だったのです。 

…それでもあえて、かたちあるわたしたちのこの世界でそれを表現しようとした時、このような色彩が生まれたのです。

そして同時に、その色たちは、この島の海と空が創り出す無限に移り変わるグラデーションに、そして海沿いで、可憐に咲く花々が放つフレグランスの彩りに、それはよく似ているのです。

そうです。

この島の風景は、あの愛おしく懐かしい未来の風景に似ているのです。

この地球上で、出会うことができるかどうかはわからなかった、1000年後の未来の風景。

それをもう一度、この目で実際に見つめることを、ずっと追い求めていたからこそ、きっとわたしは、その風景によく似た面影を持つ、この島に辿り着いたのかもしれません。

 

Q.  壁にぶつかった時は?

    

壁に直面した時…。

まずは、勿論苦しみます。

苦しむ、かっこう悪い自分というものを許して。

信頼する人に自分をゆだねて話を聞いてもらい、 たとえば二日間は存分泣いたり悩んだりするのです。

でも、そのあとはとにかく、なんでもいいから何かを、始めるようにしてきました。

そして、どうにかなるという自信を持つのです。

その自信に根拠はいリません。

壁が大きければ大きいほど、それを乗り越えたあとに広がる風景が美しく見えるという人生の真実を、大人になった私はもう知っています。

ですから、苦しみながら、どこかでもう一人の自分がワクワクしていることさえあるのです。

乗り越えられない壁はないのでしょう。

自分が乗り越えると決心してしまえさえすれば。 

でも、あきらめようとしたことだってあります。

そんな時には神様から叱咤されるのです。

だからもう一度決心するしかないのです。 

そして、苦しむ時に、励ましてくれる人たちがいる。

そのおかげで乗り越えることができた。

そのことをいつも思い出しています。

Q. 絵が描けなくなるときもありますか? 

 

筆が進まなくなることはありません。

「自分が描いている」という気持ちもありません。

でも、万が一何かが上手くいかないことがある場合、例えば、この島には画材を買える店はありませんから、絵の具がもうなくなってしまったとか、カンバスもないとか、そんなことはあります。

でもそれでも 頑張ってどうにかしようとせず、そのままにします。

急いで解決する必要はありません。

上手くいかないことは、その時にはできなくてもいいことだと思っています。

必要があれば自ずと問題は解決していくんです。 

  

Q. これからどのように生きていきたいと考えていますか?  

  

…今、そして今からの世界では、過去には想像もできなかったようなことが起きて来るかもしれないと…そう、感じています。

必ずしもネガティブなことを言っているのではありません。

いずれにせよ大切なのは、自分の力で、目の前で起きている現象を理解するということ。

頭で理解するだけでなく、魂の奥から悟るような感覚。

誰かから聞いたことをただ信じるのではなく…。

そんなふうになれるために、日頃から自分のこころに耳をすますことをわたしは大切にしています。

そして自然を感じることを大切にしてきました。

これからも。

そして、意識すること…。

祈ること。

…祈りとは思いもかけないかたちで届き、叶うものなのですから。

Q. 最後に読者に伝えたいことは?  

 

…もしも今、生きるために必要なものはすべて、すでに十分与えられているとしたら、これからも与えられ続けるとしたら、あなたはどうしますか? 何をしたいですか? 

…思い切って今日、それをやってみてください。

できる方法を見つけるのです。

 

 …わたし、ですか?

…カンバスに描くことでしょう

…あの懐かしい1000年後の未来の風景を…。

そうです、今日も。

 

text and photographs -  Miyako Yamazaki

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Painting of Ocean
Painting of Ocean and Sky
Painting of Flowers
Paintings of Ocean and Sky
Paint Brush
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アーティスト

山崎美弥子

Miyako Yamazaki

1969年東京生まれ。
多摩美術大学卒業後、東京を拠点にアーティストとして活動。
一転し、2004年より船上生活を始める。のち、ハワイ・モロカイ島のサンダルウッドの丘に家を建てる。
現在は東に数マイル移動し、「島の天国131番地」と呼ぶその家で、心理学者の夫と二人の娘、馬や犬たちと、海と空や花を絵描きながら暮らしている。

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エッセイ『モロカイ島の日々――サンダルウッドの丘の家より』

ハワイ諸島のなかでも、もっとも古い記憶をとどめる島、モロカイ。
導かれるように彼の地に渡り、島をつつむ色彩を見つめ描きつづける画家の、心の旅。
生まれ育った東京での暮らしにふと空白を感じ、渡ったハワイ。
パートナーと出会い、船上生活を経て自らの手で建てた家で2人の娘を育て過ごした10年間――。
個展では120点もの作品が完売しやわらかな文章にも支持が集まる大人気アーティストが綴る、日々の記録。
息苦しい今こそ、あなたの心に届けたい。
海、空、星、そして大地――ハワイの風に包まれる、奇跡と祝福に満ちた7章のエッセイ。

 

10/10発売 アマゾン先行予約受付中

モロカイ島の日々 サンダルウッドの丘の家より

山崎美弥子・文と絵

Little More刊

 

この本の印税はすべて、モロカイ島の、環境、教育、健康、ハワイ文化などの保護&維持活動にたずさわる団体や個人への寄付とさせていただきます。

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Do not hesitate to contact me to discuss a possible project or learn more about my work.

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