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PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

萌す。

Called to a place

私は現在、タイの高校でタイ人に日本語を教えている。

タイに来る前は、メキシコで7年間教えていた。

この話をすると、メキシコ!?タイ!?といつも驚かれるし、自分でも昔思い描いた未来とはずいぶんとかけ離れたところにいるなぁと思う。

実を言えば、メキシコもタイも(なんなら今の職場ですら)そもそも"プランA”ではなかった。

それでも、私は場所に呼ばれたのだと思っている。

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「将来は海外で働きたい」

これが幼稚園の頃からの私の夢だった。

小学5年生の時から親に頼んで英語の塾に通わせてもらった。

英会話スクールにも通ったし、大学の夏休みにはアルバイトで貯めたお金でアメリカにホームステイもした。

ずっとずっと「海外=英語圏」だと思っていた。

その考えが変わったのは、大学3年生の春休み。

副専攻で日本語教育を勉強した私は、メキシコでの3週間の教育実習に参加した。

念願の海外実習。

私は小学部に配属され、小学6年生の担当になった。

スペイン語がわからなくて大変だったが、生徒たちはみんな人懐っこくてとてもかわいかった。

メキシコ人のご家庭でホームステイもさせてもらい、週末はピラミッドや博物館にも連れて行ってくれた。

実習が終わる時、「卒業したら、うちで働いてみませんか?」と声をかけていただいた。

おそらくその時は半分冗談だったのだろうし、私も本気にしていなかったが、その年の夏に正式に面接をしていただいた。

しかし両親は「ちゃんとした日本の団体からの派遣じゃないとダメ」と猛反対した。

当時は就職氷河期だったが、卒業間近になればさすがに就職先が決まっている友人の方が多かった。そんな時期に、とある派遣の最終面接の通知が届いた。

結果は不合格。

卒業して路頭に迷うのかとすごくショックだった。

その次の日の夕方。

メールを開くと、メキシコの学校から「正式に採用します」と連絡が来ていた。

捨てる神あれば拾う神あり。

どうにか両親を説得し、メキシコに行くことが決まった。

Satomi Uchino

5.2 2021

Japanese language teacher  内野里美

場所に呼ばれる

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一度実習で行ったことがあるとはいえ、実習と実際に働くのとでは全然違った。

実習は小学部だったのに配属先は中高部になり、動物園のようなやんちゃなクラスに毎日手を焼いた。

それでも同僚は尊敬できる熱心な先生方ばかりで、新人の私を丁寧に育ててくださった。

日本語教師的基礎体力が鍛えられたし、ここでの学びは今でも私のベースになっている。

この学校を任期満了の3年で退職し、その後メキシコ中部の地方の大学でも教えた。

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結局メキシコには7年いたのだが、途中で1度タイに行こうとしたことがある。

30歳手前の女の"焦り"が私にも人並みにあり、「このままここにいていいのかなぁ」という漠然とした不安を感じていた。

そんな時、タイで教える仕事に応募して最終面接まで進んだものの、またもや不合格。

がっくり落ち込む私に、メキシコに長く住む日本人の知り合いがこんな言葉をかけてくれた。

「焦らなくても大丈夫!場所に呼ばれる時が必ず来るし、そういう時は物事がトントンと上手く行くから!」と励ましてくれた。

「場所に呼ばれる」という考え方にその時初めて出会ったが、思い返せば私はメキシコに呼ばれて来ている気がする。

それならもうちょっとここにいてみよう。

期限を決めて、もう少し頑張ってみることにした。

決めた期限までに、タイミングやチャンスの類はついぞ来なかった。

腐れ縁の恋人と一旦距離を置く感じだろうか。

私は何の当てもないまま日本に帰国することにした。

メキシコはもうお腹いっぱい!何の未練もない!と思っていたのに、飛行機の中で涙がずっと止まらなかった。

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日本に帰ってからは辛い日々が待っていた。

もう日本語教師はやり切ったし、他の可能性を探してはみたが、あまり熱が入らなかった。

不合格、不採用を何度受け取っただろうか。

私には価値がないんだと悲しかった。

適当に短期の派遣の仕事を3つぐらいやったが、全然楽しいと思えなかった。

「生きがい」や「やりがい」を見つけきれず、1日がものすごく長く感じた。

家から一歩も出ない日々が続いた。

気がつくと「もう一度海外で日本語を教えたい」という思いがふつふつと湧き上がっていた。

そんな折、大学の恩師から連絡があった。

「タイで働いている知り合いが後任を探してるけど、チャレンジしてみない?」

一度諦めたはずのタイ行きのチャンスが突然転がり込んできた。

もしかしたら、今がタイミングなのかもしれない。

とりあえず急いで履歴書を送ってみると、2週間とたたず採用通知をいただいた。

その日は12月26日。

1日遅いクリスマスプレゼントだと思った。

「焦らなくても大丈夫!場所に呼ばれる時が必ず来るし、そういう時は物事がトントンと上手く行くから!」

かけてもらったその言葉通り物事はトントンと運び、私はタイで働くことになった。

​****

タイにはこれまで一度も来たことがなかった。

タイ語ももちろんゼロ。

それでも同じアジア圏だし、雑多な街の感じや、街中に祈りの場所がいっぱいあるところがメキシコと似ていてすぐに馴染んだ。

職場に日本人は私しかいないが、いい意味でタイ人らしからぬまじめで几帳面な同僚とともに毎日日本語を教えている。

笑いと学びに溢れ、私と学生と互いにエネルギーを交換しているような、そんな授業ができた日は、命の炎がジュっと音をたてて燃えているような感覚がする。

生きている実感がする。

体は疲れているはずなのに、心がエネルギーで満ち満ちてくるのを感じる。

日本語教師はもうやり切った!味わい尽くした!と思っていたのに、この仕事はまだまだ面白みがあって、私を常にワクワクさせてくれる。

あの時辞めなくて本当によかった。

失敗ばかりで、”プランA”の人生では全くないけれど、場所に呼ばれたこれまでの自身の歩みを私は割と気に入っている。

これから先いつまでタイにいるのか、どこへ行くのか全く予想もできないが、私を呼んでくれる場所がきっとあると信じている。

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text and photo - Satomi Uchino

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日本語教師

内野里美

Satomi Uchino

メキシコで7年教えたのち、2013年からタイの公立高校で教鞭をとっている。

YouTubeで日本語教材配信中。

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