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#27
November  2022
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PEOPLE

#42

STAY SALTY ...... people here

Sweat and Stubbornness

Flower Life

 

汗かきベソかき花人生

A moveable feast / 移動祝祭日

 

『もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、
その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。
パリは a moveable feast (移動祝祭日)だからだ。』

                 アーネスト・ヘミングウェイ

****

この巻頭エピグラフは、実際にヘミングウェイが若い友人に語った言葉でした。

その短編集は「移動祝祭日」と名付けられ、彼の遺作となりました。

 

1920年代、彼が小さなパリのアパルトマンに住み、空腹を抱えながら、情熱的に執筆活動を始めた頃の回想録の様な短編集です。

 

私も幸運なことに、若い頃パリで暮らした日々がありました。

1990年代、情熱的にフラワーデザインを学んだ頃のことです。

 

帰国後に、この本と出会ったのですが、パリの街の描写がそのまま私の思い出と重なっていました。

まるでヘミングウェイと同時期にパリにいた様な錯覚をして、私の移動祝祭日が輝き始めました。

汗かいてベソかいて、いつも飢えていた。

そんな日々を愛おしく回想します。

いつまでも昇らぬ太陽

 

私が最初に降り立ったパリは、真冬のどんよりとした、薄暗い灰色をしていた。
ヨーロッパの冬は、いつまでたっても太陽が昇らない、闇の中から1日が始まる。
メトロの駅まで歩く間にも、心が折れかかる。
なかなかフランス語が上達しない事や、何でも時間通りに進まないフランス社会へのフラストレーションがたまりに溜まっていたし、あまり良い精神状態ではなかった。

 

朝から花の学校へ行き、午後の実習を終えて、夕方から語学の学校へ通っていました。
どちらの学校でも、私は常に劣等感を抱えて周りの人たちと自分をつい比べてしまう。
さすが、アールドヴィーヴル(生活芸術)の国。
フランス人の感性は突き抜けていたし、夕方の語学学校は、日中働いているヨーロピアンばかりでフランス語の習得も日本人の私より有利だった。

フラワーアーティスト/花の活動家

熊谷珠樹

11.7 2022

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悪くないはかなり良い

「pas mal (パ マル)/ 悪くない。」

たいてい、先生は私の作品をそう評しました。

悪くなく、良くもない。

どーでもいい作品なんだなと下を向いた。
否定から入る表現は、あまり良い印象を抱けないものです。

しかしそれは、しばらくフランス語を勉強してみて、その言葉の深い意味を知るのでした。

 

「pas mal ~」の意味は、けっこうな~とか、かなりたくさんの~など、ポジティブな意味合いで使われます。

江戸っ子だって「悪くないね~」という時、かなり気に入っている様子が伺えますね。
遠回しに言うことが、ちょっと粋だったりする。
私の作品、結構良い評価をもらっていたんだ!

ずっと劣等感を大切に抱えていたなんて…
バカだね~と自分を笑い、暗がりに一筋の光がさした気分でした。

 

そのうち、先生は「トレ・ジョリー/とても綺麗」と評するようになって行きました。

どんなに嬉しかったことか。

 

自分の内側に闇を抱えることで、オリジナルの美学が生まれる。
外へ発散するよりも、グッと自分の内側に抱えてしまう。
そして、ただ黙って言いなりになるのではなく、暗がりの中で、手探りで試行錯誤を続けること。

その時に何かを掴む。
そんな境地に至ったのでした。
 

愛のない女にならない

 

Comme quoi une femme sans amour ? 
C'est comme un fleur sans soleil. Ca deperit.

愛の無い女っていうのは、お日様にあたらない花みたいなものよ。
萎(しお)れるの。
                          ー映画アメリよりー

 

灰色のパリから、小さな希望の光が差し込んで、季節は春へ。

 

ある日曜日の午後、学校の友達からホームパーティーのお誘いが来た。
早くパリの生活に慣れたいのと、語学の勉強になるから、そういうお誘いは喜んで伺います。
しかし、コンビニもないパリのこと、日曜日に気の利いたお店が開いているわけがない。

街は完全にクローズ状態。
さあ手土産に困った!
私は当時、日本代表の大和撫子を背負った心境で、素敵な手土産を持って行くことは外せない。

仕方がない…もうあれしかない。
手ぶらで行くより、いちおう日本製品だし、珍しがってくれるかもしれない。
ストックしてあった柿ピーを持って行くかあ。
大和撫子、大いに妥協である。

 

私は昔から柿の種が大好物で、ストックがないと不安になるくらいハマっていたのです。
それは、缶に入った、高級なものではなく、コンビニでも買える、いわゆる柿ピーというもの。
「日本から何か送って欲しいものある?」

と聞かれれば、すぐさま「柿ピー」とリクエストしていたから、パリにも沢山ストックしてあった。


そんな風にして、パリの屋根の下20代女子がひとり、ワインのお共に(ビールといきたいところ…

しかしフランスのビールはまずくて高い)柿ピーをポリポリなんて、全然オシャレじゃない。

誰にも見せられない裏の顔。

エレガントじゃない、ヘルシーじゃない!

わかっちゃいるけどやめられない。

そんなお年頃に特有の、後ろ暗さがありました。
疲れ過ぎた日には、柿ピーでディナー終了なんて日も結構ありましたね。

理想と現実の間に揺れる大和撫子であります。
 

そんなわけで、禁断の柿ピーを恐る恐る手土産に友人宅を訪ねました。
ところが、どっこい。
さすが、私が愛した柿ピーはたいしたもんです。
日本のおつまみは、質が高いね!と、みなさん、バクバク食べるのですよ。
ディナーの前なのに、全力で完食。
今では「旨み」はフランス料理界で注目されていますが、この柿ピーで彼らは初めて、旨み体験をしたのではないでしょうか。
カツオエキスの旨みに醤油がブレンドされ、ピーナッツがまたピースメーカー的な役割を果たしていて、スナック菓子なのにジャンキーとは程遠い味わい。
柿ピーが、美味しいと言われた事が死ぬほど嬉しかった。

後ろ暗い心が共感者を持ったことで自信をつけたのでした。

 

さらに、あの頃の私のフランス語ときたら、テレビとラジオから聞き取った言葉と、フラワースクールの校長先生が話す上流言葉(ざーます言葉的な)が混じって、ヘンテコで、おかしかったと思われます。
例えば、「お茶でもいかが?外は、馬の小便みたいに雨が降っていますわ」(土砂降りの雨と言いたい)と、ニッコリ話しているわけです。

気の利いたおつまみを持って来るおもしろい子だと、それ以来、ホームパーティーのお誘いが増えて

急にモテモテに。
何がうけるか分からないから、人生って愉快です。
 

私はこう思った。

劣等感を抱きしめてあげよう。
そして、柿ピーが好きなら愛を持って、美味しく食べればいいさ!
ジメジメした心をお日様にさらしてしまおう。

愛が枯れて、萎れてしまう前に。

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経済よりアムールの街

パリに来て半年くらいたって、段々と日常会話が成立するようになりました。

ヘンテコな言い回しでも、相手が笑ってくれたらそれでコミュニケーションは大成功。

そんな風に思えるようになったら、自然と劣等感も消えて行きました。


日本人は、言葉が通じるかどうかを気にし過ぎる。

それも、正しい言葉使いで。
もし、それで外へ飛び出すチャンスを掴めずにいるとしたら、なんて勿体ないこと。
私がパリ行きを決めた時、誰もが第一声、「フランス語話せるの?」と聞いてきました。

私は答える。

「ボンジュールとメルシーしか知らん」

愛を語るのに正しさはいらない

 

伝えたい思い、相手を知ろうとする情熱。
それがなければ、いくら語学を習得しても本当のコミュニケーションは生まれない。
自分は何のために今ここにいるのか?
という問いに、明確な答えを持たないと、使いもしないツールをたくさん増やしてしまい、人生は大混乱です。


私があの頃、パリに居続けた理由はひとつ。
目の前の人が喜んでくれるブーケを作りたいから。
学校から持ち帰った花をアレンジし直して、アパルトマンの管理人さんにプレゼントするのが喜びだった。
マルシェで花を買い、ブーケを作って友達の家へ持っていくのが楽しかった。
それは、シロツメグサで花冠を作り、母にプレゼントした幼い頃と何ひとつ変わっていない。
野原で花を摘むのは真剣勝負で、その余力で学校の勉強をしていたようなものです。
私にとって、目の前の人が笑顔になることにこそ、情熱を傾ける価値があるから。
人によって、その価値は違うでしょう。
それがオリジナリティーを生むのですから。

壁を壊せ

 

We can be heroes, just for one day

僕らはヒーローになれる 

たった一日だけなら

       「Heroes/ David Bowie」

 

***

人は、内と外を区別する境界線を引きたがる。
外からの侵入を防ぐために、または、外へ出さないために、壁を必要とする。

私たちは、知らずに自分の周りに壁を張り巡らせてしまいます。
外と内を隔てる思い込みの壁です。
だから、実在はしません。
実在しないから、気付かないことが多い。
創作とは、壊すことから始まります。
古いものを壊すから新しいものが生まれる。
生み出す力と破壊力のぶつかり合い。
歴史的な大作には、見る人の心を震わせ心の壁を打ち破るパワーを持つものがあります。
学校の教科書で見た名作の数々は、実物をその空気感と共に鑑賞してこそ本来の意味を持つことを思い知りました。

芸術作品に触れることで、私の心に、新しい創作の種が蒔かれる。
毎週末、通い続けた美術館巡りが、私に多くの種を植えつけてくれたのでした。
技術的なことや、デザイン的な事以上に、何を人々に与えられるのかということがアートのミッション。
アート作品は、壁に阻まれそうになる私のヒーロです。
そしてそこからインスピレーションを与えられた私たちは、日々の小さなチャレンジで、自分の壁を打ち壊して行きます。
そして、それを身近で見ている人たちのヒーローになれるのです。

メリーゴーランドに乗って

 

緊急事態宣言が発令された2020年。

私はしばらく対面レッスンを休止していました。

その間に、会えない人たちに向けて毎週メルマガを書いて送っていました。

それがこの「汗かきベソかき花人生」です。

今回は、初回から数号を書き直してこちらへ掲載させて頂きました。

 

この後、私は国家検定、国際コンクールと挑戦が続き、人生の激流にのみ込まれて行く…

というストーリー展開になるのですが、始まりの部分が全てを語っているように思います。

 

0からスタートを切るはずが、自分の思い込みでマイナス方向へと転がり落ちて行く。

ほんの小さなつまずきが重なっただけで、人は簡単に劣等感を抱いてしまうものです。

それをニュートラルな0地点へ振り戻すことで、ようやく物事は動いて行くのではないでしょうか。

 

さて、冒頭のヘミングウェイの言葉は、どんな時に語られたのでしょう。

ある作家志望の若者からこんな相談を受けました。
「今の仕事を辞めて、パリで暮らしてみたいと思う。そして、自分に作家になれる才能があるかどうか、見きわめたい」
それに対しヘミングウェイは、
「適切な助言を与えるのは難しいことだが、ひとつだけ、これだけは間違いないと、かねて思っていることがある。」

と前置きをしてこう言った。
『もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで過ごそうとも、パリはついてくる。パリは a moveable feast (移動祝祭日)だからだ。』

作家として成功するのかどうかを超越した世界観。
一度流れた電流の回路は、そう簡単になくならない。
しびれる電流が全身に流れ、一生消えない回線が確立してしまうかのように。
頭で考えることって、人生のほんの数パーセントの有効性しかないけれど、体験することは、一発で人生を変えてしまうほどの威力を持つのだろうと思います。
恐れず、それに手を伸ばせるのか。
ほんの一瞬間に決まってしまうこともあります。

正しさより楽しさを選べと、そうヘミングウェイは言っているように私には感じられます。

そして、誰にとっても、それぞれの移動祝祭日は人生にやって来ます。

 

ヘミングウェイの時代から70年後のパリに居た私は、同じ景色を見ていました。

通りの名前も番地も変わらない。

あの頃のままのカフェも、公園も。

オスマン様式のアパルトマンも。

それはパリジャンの頑固さに映ることもある。

 

東京という街は、たった数年で私を浦島太郎にしました。

道が変わり、新しいビルが街並みを変えて、時間に急かされて道に迷う。

そこが、しなやかでタフな東京の良さと映ることもある。

 

パリのあちこちで見かけたメリーゴーランド。

それは移動祝祭日にふさわしい遊具。

どこで暮らそうと、私は花で人々の移動祝祭日を彩りたい。

 

私にとって花はメリーゴーランド。

text and photo - Tamaki Kumagai

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フラワーアーティスト/花の活動家

熊谷珠樹

都内アトリエにて行う教室運営のほか、フローリストの枠を超えて、子どもたちに向ける花育活動や、

空間装飾、他業種コラボなどを積極的に行い、クリエイティブな活動を行っている。
花を軸とした名言を次々生み出す言葉の達人でもある。
花の世界を飛び越え幅広い年代の人々から支持を集めている

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#26
October  2022
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PEOPLE

#41

STAY SALTY ...... people here

I'm home. Welcome back.

ただいま、おかえり

我が家の次男のルーティン

 

15時過ぎになると、学校帰りの小学生の話し声が自宅に近づいてくる。

もうすぐ小学校3年生の次男が帰ってくる。私はこの子どもたちが帰宅する時間が好きだ。

 

「ただいまあ」。

 

と言いながら、彼はどさっと玄関にランドセルを放るとすぐにトイレへ行き(←学校から帰ってくると安心するのか大きい方が出るとのこと・笑)、“用”が済めば「お腹空いた、おやつない?」とおねだりしてくる。

 

彼からは、ふんわりと甘く優しい給食の匂いが漂ってきて、いくら忙しくてもその匂いを嗅ぎたくなってギュっと抱きしめてしまう。

最近は嫌がられることも増えて、終わりを感じて寂しいのだけど、ギュッ、までが我が家の次男の帰宅後のルーティン。

 

こうやって、顔を合わせて、「ただいま」「おかえり」が言えること、お互いの気配を感じながら宿題したり仕事をしたりする時間があることは、きっと私がおばあちゃんになったときに思い出す「しあわせな日常」なんじゃないかな。

 

仕事が立て込んでいて忙しいときは「もう少し一人の時間で集中したい!」と思うこともあるけれど、あと2~3年も経てば、この子どもたちの声が徐々にクレッシェンドしてくる時間が懐かしくなるに違いない。

 

じきに給食の残り香が嗅げなくなる日がくることを想像すると、のどの奥がぐっと熱くなってくるのです。

ライター/はぐくむ株式会社 代表取締役

高橋かずえ

10.7 2022

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 私の仕事

 

ここで少しだけ自己紹介を。

 

私は、2005年からライター業を軸に、企業向けのコンテンツをずっとつくり続けている。

 

執筆だけのときもあれば、編集者となってパンフレットもつくり、必要であればディレクターとなって映像を手掛けることもある。

とにかく制作の仕事が好きだ。

 

ライターというと、雑誌や書籍を思い浮かべる方が多いかもしれないが、私の仕事では本屋さんに並ぶような媒体のお仕事をするのはごくわずか。

仕事の9割が会社のマーケティングや採用に関わる部分のサポート業務になるため、あるときから自分の仕事に「マーケティング支援コンテンツ制作」と名前を付けて仕事をしている。

 

「何しているかよくわからないけどライターの人」と思われていそうだが、そう言われながらも仲間が増え、作れるコンテンツの幅は広がり2022年で独立してから17年が経った。

 

毎年、崖っぷちで、仕事とプライベートの境界のない毎日ですが(汗)、まぁまぁ長くこの道を歩み続けた今、『人生とはその「今日一日」の積み重ね、「いま」の連続にほかなりません。』という稲盛和夫さんの名言がぐっと身に沁みる。

 

まだまだですが、継続することで、独立15年を過ぎたあたりからやっと自分の仕事の価値や得意な部分を肯定できるようになりました。

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在宅ワーク、最高です!

 

仕事の内容はさておき、私の仕事人としての人生を振り返って、「これだけは絶対によかった!」と言えることをひとつ、ここでお伝えしたい。

 

それは、2005年からずっと在宅ワークを続けていることだ。

 

2022年9月現在、コロナ渦で在宅ワークがだいぶ浸透したが、それよりもはるか昔から在宅ワークをしてきた“プロ在宅ワーカー”の私からすると、在宅ワークは子育て中の人たちに全力でオススメできるとても都合のいい働き方である。

(3人の子育てをしてきた私がいうのだから、間違いない!)

 

だって、「ただいま」「おかえり」のひとことで、(今日の声の調子だと学校で楽しいことがあったなぁ)、(おや? 元気がないから何かあったのかな)、と、子どもの様子を察することができ、ほんの数年しかない貴重な子育ての時間を目の前で見守ることができるのだから。

 

学校で発熱すればお迎えに行ける。

子どもの習い事の送迎もやりくりすればできる。

我が家の次男に限っては、帰宅後にトイレに行くかどうかで健康チェックまでできちゃうのだ。

 

手がかかる子育て期間が終わろうとしている今だからこそ、紆余曲折はあったけれど在宅ワークを続けられてよかったと心から感じる。

 

何か特別なことができる母親ではないが「ママはパソコンばっかりだったけどさ、いつも一緒にいれたよね!」と胸を張って言えるのは、なかなか悪くないと思う。

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働きやすさも、働きがいも

 

2021年に「オンラインアシスタント」という仕事を小さくスタートしてみたところ、予想以上に反響が高くて驚いている。

ここでいう「反響」というのは、オンラインアシスタントの仕事をしていただいている周りのママたちからだ。

 

オンラインアシスタントとは、すでにお取引のある企業様から、日々の細々としたWeb周りの業務を切り出してご依頼いただく仕事だ。

おもにホームページやSNSの運用代行がメインの仕事になるが、お客様からも「本業に専念できる!」と非常に喜んでいただいている。

 

まずは私の周りのママたちに声をかけて、1日1~2時間くらいの仕事をお願いしてみたところ、「この仕事ができて本当によかった。ありがとう!」と感謝の声が届いた。

恐る恐る声をかけてスタートした仕事だったので、この予想外の言葉は、うれしくて涙がでた。

 

ちなみに、オンラインアシスタントの仕事は、これまで私が子育てをしながら在宅ワークで得たノウハウをもとに、「働きやすさ」と「働きがい」が得られるように、チームを組んで仕事をしていただいている。

 

万一のことがあってもサポートし合えるよう、ひとりにかかる負担は大きすぎず、スケジュールも余裕をもって、できるだけ似た業務をルーティンで回せるようにチーム編成を検討しているところだ。

 

よく、取材記事になるような、子育ても仕事も両立しているバリキャリはもちろん素晴らしいけれど、みんながみんなしたいわけではないし、他人には見せないだけで気持ちに折り合いをつけながら働いているのかもしれない。

 

ひと月に1~2万円分の少ない仕事量だったとしても、家で仕事ができる安心感、稼ぐことができる自信、働き続けることの誇りは大きな価値があるものだ。

 

子育て中は社会から切り離された孤独さもあるから、家族以外の誰かから「ありがとう」と言ってもらえることは、生き甲斐にもつながるだろう。

 

まだまだ小さな芽が出たばかりの仕事だが、私の4人目の子どものような存在として法人も設立したところだ。

もっと多くの人たちが「ただいま」「おかえり」が言えるように、私は在宅ワークを推進していきたい。

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プロ在宅ワーカーの反省点

 

ああ、予想以上に真面目な話が続いてしまった…!

 

在宅ワーク推進派の私が、在宅ワークをするなかで後悔していることがあるとすれば、働きすぎているところだ。

 

40歳を過ぎた今、無理な働き方は人生を短くしてしまいそうで、仕事をルーティン化できるよう業務効率を模索するようになった。

目の前の仕事をこなしていくことで精いっぱい…、というのが正直なところだけれど、オンラインアシスタントのママたちとも仕事をシェアしながら体制を整えていくことが次なる目標だ。

 

子育ては、成長の喜びと寂しさが隣り合わせだ。

 

色んな考えがあるのは承知の上で私の理想をお話すると、いずれ終わりが来てしまう子育て期間は、給食の残り香がかげるようなに近い距離で、ゆったりとした気持ちで、限りある子どもとの時間を過ごしてもらいたいものです。

もちろん、自分自身にも言い聞かせながら。

 

もうすぐ、「ただいま」「おかえり」の時間がやってくる。

text and photo - Kazue Takahashi

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ライター/はぐくむ株式会社 代表取締役

高橋かずえ

はぐくむ株式会社 代表取締役。富士山の麓、山梨県富士吉田市出身。

企業向けコンテンツ制作、ITママによる小さな会社向けのオンラインアシスタント、LINEマーケティング、住宅業界の専門ライターをしています。パラレルキャリアでシナジーを生みながら、私は私らしくやっていきます♪

photo - Tomoko Osada