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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

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桜田香織
コーディネーター/旅行代理店/ジャーナリスト

東京出身、イタリアはシチリア島在住。

元日本航空(株)国際線乗務員。

仕事柄20代から世界を飛び回り、腰を落ち着けたのが大好きな国、イタリア。

日本の常識どころか、イタリアの常識もまかり通らないシチリア島で、

テレビ、雑誌のコーディネート、旅行業、ジャーナリズムと、何足ものワラジを履く生活。

シチリア料理とその歴史のエキスパート。

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2024年の始まりは

2.10.2024

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

2024年の始まりは

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あっという間に今年も1ヶ月が過ぎようとしている今現在、2024年初めてのコラムだ。

 

皆様いかがお過ごしだろうか?

コロナ以来全くなかった仕事が少し戻ってきて、1月は北イタリアとドイツに出張へ出かけた。

のんびりと料理をしたり、お絵描きをしながら過ごす日々も楽しいけれど、仕事の緊張感もなかなか良かった。

出張の後ローマで相方と合流し、3日間のプチ旅行も楽しめてしまった。

ローマへ行くのは何年振りだったか?

仕事先のホテルで、夜「ローマで食べたい物リスト」を書き出しておいた。

まずはこの時期にしか食べられない「プンタレッラのサラダ」。

これはチコリの一種で、少し苦味と歯応えのある野菜をアンチョビのドレッシングで頂く私の好物。

数年前にパレルモで見つけて購入した大喜びをしたのだが、本場のそれは別物だと実感。

冬の時期、ローマ中のお店に置いてあるはずなので、これからローマへ行かれる方は是非試してみてほしい。

プンタレッラのサラダ

パスタで言えば「カーチョ・エ・ペーペ」。

ローマで有名なのはカルボナーラやアマトリチャーナかもしれないが、私はカーチョ・エ・ペーペ、何故ならなかなか自分では上手に作れないから。

3回に一回は成功するのだが、2回はどうも・・・・、納得のいかない結果となってしまう。

 

メインは子羊とサルティンボッカ。

ローマの子羊は有名で、アバッキオと呼ばれている。

シンプルに炭火焼きにするのだが、確実に美味しい。

サルティンボッカは小麦粉を塗した子牛肉に生ハムとセージを乗せて一緒にソテーし、白ワインを加えて少々煮詰める。

これは我が家の食卓にも時々上がる一品だ。

でも食べられなかったので、パレルモに戻ってきてから「ローマ料理」を出すお店で食べた。

自分で作れば良いのにね(笑)。

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ローマのピッツァ

そして絶対に外せないのがローマ風ピッツァ。

日本ではナポリ風の、厚みがあってフワフワ生地が主流だと思うが、私は断然薄くてクリスピーなローマ派。

シチリアでもナポリ風が主流で、ローマ風には出会えないから、この機会を逃してはいけない。

 

現地でタクシーの運転手さんやお巡りさんに聞きまくり、「絶対に美味しい」と言われてお店へ行ったのだが、人が食べているのを見て「こりゃダメだ」と思ってしまった。

シチリア人の相方も、「これはひどくない?」と言うので、ここでピッツァはやめておきましょう。

毎回真剣勝負の旅の途中の食事、1回外れるとかなり凹んでしまうのだが、たまたま隣に座ったアメリカ人男性とウクライナ人女性のカップルと話はじめ、結果楽しい夜になったので満足。

食事は「何を食べるか」は勿論大切であるけれど、「誰と食べるか」も同様に大切。

初対面であっても話が弾み、笑いの絶えない夜だった。

私は旅での出会いは一期一会でいいと思っているのだが、珍しく連絡先を交換した。

結果、翌日の夜もご一緒することになったのだった。

 

行ったことのない美術館、期間限定で空いていた美術館にも行かれ、30年近く振りにバチカン美術館へも行くことができ、ラファエッロやミケランジェロと再会を果たした。

住むには色々と問題があって大変だと言う話も耳にするが、それはシチリアも同じ。

ローマはやはりローマ、永遠の街だと思っている。

なにしろJALでフライトしていた頃、初めて到着したローマで恋に落ちた私なので、私にとってのイタリアの原点でもある。

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相方からのお誕生日プレゼントは、オペラのチケット

二重のお誕生日

この一月の最後の日曜日、実は私の誕生日である。

そして、私は30年前の誕生日に日本を立ってフィレンツェに到着し、私のイタリア生活が始まったので、実は二重の意味のある誕生日。

そう、イタリア生活丸30年になったのだ。

こんなに長く暮らすことになるとは、当時は思ってもいなかった。

法律が変わって就労ビザが取れることになり(これはかなりの重労働であったが)、周りの人に恵まれて、助けられながらの日々。

一番最初にフィレンツェの移民局へ行き、「滞在許可証」を申請した時、「イタリアの銀行口座がないと出せない」と言われ、びっくりして銀行へ行ってみたら「滞在許可証がないと口座は開けられない」と言われ、夜明けから移民局に並んでいた私は疲れと絶望感で図らずも涙がポロポロとこぼれ出してしまったことを覚えている。

これが噂に聞いていたイタリアの理不尽さか!

それを見た銀行の方がオロオロとして、「泣かないで、泣かないで。僕と一緒に2階へ行こう。口座開設してあげるから」と、私の肩を抱いて2階へ連れて行ってくれた。

 

結果、口座開設できて、「滞在許可証が出たら、持ってきてね。」と言われて解決。

イタリア男性は女性に優しいと聞いていたが、本当だった。

女の涙に弱いと言うのも本当だった。

あの時もしも係員が女性だったら、こんなに簡単に解決しなかったのではないかと、後になって思ったっけ。

ラッキーだった。

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お絵描きも細々と続けてます。ローマで食べた美味しいもの達

過去を振り返る今日この頃

こんな風に、この30年の様々な出来事が甦ってくる。

とっても楽しかったことや辛かったこと、そして沢山の方々に助けられたこと。

困って途方に暮れていると、誰かが手を差し伸べてくれた。

そう、私は周りの人に恵まれていると思う、本当に有難い。

受け取った沢山の優しさを思い出す。

パレルモでの生活はそう簡単ではなく、頭にくることも沢山あるのは事実だが、私を受けれてくれたイタリア、そして優しい人達、それを忘れずに私自身困った人に手を差し伸べることのできる人間でありたいと思う。

 

2022年、2023年と辛いことも沢山あったので、今年は空を飛ぶように自由に、そして笑顔で過ごそうと思っている。

11月

12.10.2023

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

11月

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今年も後わずか、この時期多くの人がこの一年を振り返っているのだろう。

私の2023年は通常とはかなり違っていた。

以前も書いたが、去年の11月に4年以上振りに帰国をし、その間に母が他界したので滞在を伸ばして4月半ばまで5ヶ月も東京にいた。

そして再び相続の手続きを終わらせるために9月下旬に帰国し、2ヶ月の滞在。

今シチリアに戻ったばかりである。

つまり、一年の半分以上も東京で過ごしたということ。

こんな年はイタリアに住み始めてから始めてのことであった。

相続の件は置いておいて、今回とても楽しみにしていたことがあった。

それは「金木犀の香り」。

実は(おそらく)お花の香りの中で一番好き。

ただ開花の時期は短く9月終わりから10月半ばくらいまでの2週間ちょっとであり、最後にこの時期に帰国したのは2017年だったから、実に6年振り。

金木犀というと芳香剤を想像する人も多いらしいが、本物のお花の香りは素晴らしい。

ところが帰国して数日経っても全く匂ってこない。

実家の庭にもあるのだけど、全く咲いていない。

友人達に「金木犀はどうした?」と聞きまくったら、皆口を揃えて「そうね、今年はまだね」と、呑気な返事。

おそらく猛暑だったから、今年は開花が遅れているのかもね、何をそんなに焦っているのか?と、笑われた。

その後、近所を歩いているとどこからともなく香ってきた。

やったー!

そしてその数日後には庭の金木犀もしっかりと花が咲き、毎朝2階の窓を開けて空気の入れ替えをすると香りが飛んでくる。

これだけでどれ程幸せを感じることができたか、日本在住の方には理解できないかもしれない。

桜のように派手ではないけど、その姿を見せないことも多いけれど、香りの主張は素晴らしい。

勿論桜を愛でるのは日本人誰しもそうであると思うけれど、春の沈丁花と秋の金木犀は確実に季節を感じさせてくれると思う。

 

もう一つのイベントは、小学校から高校まで一緒だった友人達との同窓会に参加できたこと。

前回の帰国中の友人とのランチの時に、「十数年振りに同窓会をやろう」という話になり、その場で日程を決定。

還暦のお祝いを兼ねての同窓会。

11月なら私も参加できるかなと思っていたが、実現したのがとても嬉しかった。

アメリカ在住の人もこの日の為に帰国。

なんと48人も集まった大掛かりな会であった。

言い出しっぺグループの1人であった私はイタリアからは何も準備に加わることができなかったので、当日は早めに行って風船を膨らませたり、飾り付けのお手伝い。

近況報告では病気の話や親の介護の話も出たが、多くの友人が活躍しているのを聞いて励みになった。

これから長年の夢だったカフェを開くという人までいて、そのカフェに別の人がケーキ類を卸すなど、同級生コラボも嬉しい話。

次回は是非行かなくては。

 

前回の長い帰国中、体調を崩し、原因不明の足の腫れ、食中毒とあまりに色々あったので、今回はしっかりと保険をかけての帰国だったが、何もなし。

そういう物なんだろうなぁ。

何もなければ無駄だった気もしてしまうが、かけてなかったら又不調があったかもしれない。

そう、そういう物なのだろう。

今年の東京の秋はいつまでもダラダラと暑く、異常気象だった。

いきなり雨が降って気温が10度くらい下がって寒くなり、又その後20度越えという日が続いた。

シチリアへ戻るとこちらも同様、12月だというのに20度を越えていた。

通常は暖房をつけるのに、これ又変な感じである。

 

いつもはシチリアへ戻ると日本が恋しくなるのだが、今回は初めて「ホームに帰ってきた」という感じがしているのも不思議。

別にパスタやイタリア料理が恋しかったわけでもなく、食生活に関しては東京の方が良いと思っているけれど、「今現在はここが私の居場所」と実感した。

多分実家にはもう母がいなかったからなのかもしれない。

実家では普段兄が一人暮らしをしているわけで、彼の生活リズムを崩さないようにと、かなり気を遣っていたからかもしれない。

日本で沢山の友人達が私の帰国を待っていてくれたと同様、パレルモでも私の帰宅を待っていてくれた友人が沢山いて、バンバン連絡が入り会う予定が埋まっていく。

有難いことである。

友人は数が多ければ良いという物ではないと思っているのが、私は困った時に頼りにできる友達が多く、本当に恵まれている。

私も彼らにとってそういう存在でありたいと強く願う今日この頃。

 

さてさて、2023年はもう終わりに近付き、12月を楽しく過ごせれば万々歳。

良い年だったか悪い年だったかと問えば、辛いこともあったけれどそれを乗り越えたのだから良い年だったと言える。

そして2024年は更に楽しい事を増やしていきたい。

同級生達から沢山パワーをもらったし、まだまだやりたい事を実現させる時間はある。

その為に今日できることは何?と、自分に問いかけてみる。

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8月 日々の生活の中で

8.5.2023

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

8月 日々の生活の中で

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日々の生活

 

6月下旬ごろに書いた前回のコラムで、「シチリアに春が来ない」とぼやいていたが、なんと7月に入ってから春を飛び越していきなり夏がやってきた。

それもかなり強烈で、すぐに40度越えの毎日。

しかもシチリアにしては湿度も高く、これ、やばいんじゃない?という感じだった。

幸い今年はクーラーが入って、リビングだけだけれども何とか暑さを凌げる状況。

そう、去年まではクーラー無しの生活だったのである。

寝室は扇風機のみ、まぁいざとなったらリビングのソファーで寝れば良いっか。

7月中旬にはイタリア半島のつま先部分、カラブリアへ1週間の旅行へ出たが、カラブリアも同じような暑さだった。ちょっと歩くだけで、と言うか歩かなくても外へ出た途端に汗だくになるほどで、そんな中考古学公園など外回りの観光も強行。

これからますます暑くなるはずだし、どうなるのかしら?と、一抹の不安がよぎる。

 

無事旅行を終えて帰宅しても、暑さはどんどん増していく。

もちろん日本ほどではないけれど、湿度で日没後も肌はべっとりと汗をかいた状態だった。

その後、例の奴がやってきた。

例の奴、それはアフリカからの季節風「シロッコ」である。

強風と共に砂埃まで運んで来る、かなり厄介な奴。

日本で言うと、中国の黄砂みたいな感じかな?

シロッコはとてもドライなので湿度は急激に下がるが、気温は上昇する。

何と47度まで上がったパレルモ地方。

これで湿度があったら・・・、確実に命を落としそうな勢いだ。

窓を閉め、絶対に熱風を入れてはいけないし、開けていたら砂まで入ってくるので大変なことになってしまう。

窓を開けるとどんな感じかというと、オーブンを開けた時と同じような熱風が顔を襲う。

日曜日から始まって、火曜日までの3日間続いた。

大抵シロッコは3日間なのが面白い。

初日は友人たちと出かける用事があったので外出したが、レストランのテラス席にはほぼ誰もいなく、エアコンの効いた室内に陣取っている。

それでもいまだに「クーラーは体に良くない」だという輩がいるのがシチリア。

その考え、古すぎないですかね?

月曜日は47度でとても外出できないし、エアコンつけっぱなしで、夜もそのまま就寝。

リビングだけでも付いていれば多少違うし、消したら室内の温度がどこまで上がるか考えただけでも恐ろしい。

3日目の火曜日、この日はもう大変なことになっていた。

友人一家が住んでいる山の方も大火事だと聞いたので、すぐに電話をしてみたら、前日の夜から避難命令が出ていたとか。

避難所もなく、少し下ったところにある広場で一晩過ごしたと言って、ヘトヘトの声をしていた。

夫婦と大学生の娘、そして犬2匹と一緒に避難。

風向き次第で一瞬にして全てが燃えてしまう恐怖って私には想像するしかないけれど、実際はそんなものではないだろう。

海岸線からすぐ後ろには山が連なる、ちょっと長崎に似た地形のパレルモ、火事は山を降りてかなり街まで近づいた。

毎年山火事が勃発するシチリアだけれど、こんなひどい状況は初めてだった。

水曜日になるとシロッコが収まり、20度近く気温が下がって、30度くらいになった。

何だか涼しく、そして心地よく感じる30度。

これなら普通に生活できるわ。

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そんな私の最近のお気に入りの過ごし方

 

暑くて死にそうになってもまだ生きている私、その私がこのところ時間を費やすのが「お絵描き」だ。

帰国中の3月、偶然見つけたオンラインでの色鉛筆お絵描き講座に即申し込んだ。

もう15年くらい1日1ページの「ほぼ日手帳」を使用していて、一時はそこに食べた物のイラスト的なものを描いていた事があったのだが、放置して4年半が過ぎていた。

「描きたい」と言う気持ちはあったものの、なぜかできなかった。

この講座を目にした時、そしてその先生の絵の雰囲気が私の好きなタッチであったことから、迷わず申し込み。

この先生のやり方は、下書きなし、直接ペンで描いていく方式。

歪んでも良い、実物と違っても良い、とにかく描こう、なのだ。良いじゃない。

そもそもお題目が「大人の絵日記」と言うのも素敵だわ。

YOU TUBEで自分のペースで進む事ができ、ズームで時々みんなと顔合わせ。

週に一回のペースでFBに絵を投稿してコメントをし合う。

久し振りに描き始めたら、やっぱり難しくて手が動かないわけだが、みんなの絵にも刺激をうけて続け、3ヶ月の講習が終了。

 

3ヶ月で上達したかと聞かれるとそんなに簡単ではなく、まだまだ「子供のお絵描き」から抜け出せないのだが、とにかく楽しい。

そしてお絵描きを始めたことで、いくつか変わって来た事がある。

まずは物をよく観察するようになったこと。

形をとるためにも観察は必要だが、色を塗るのも難しい。

ローストポークの色はグレーに近いか、それとも茶色か?

そんなことを考えながらローストポークを食べたことはなかった。

お醤油の色だって、36色の色鉛筆からどれを選べば良いか?

何色を混ぜれば良いのか?

そして知らなかったお花の名前を知るようになったし、建物の作りもよく見るようになった。

今までだって目の前にはあったのに、気にも止めていなかった物がいかに多かったかに気が付いた。

それが何だと思う人もいるかもしれないが、私はそれで良い、楽しいから。

 

毎日持ち歩くことのできる、モレスキンの小さな手帳も買った。

ほとんどは写真を撮って、帰宅してからそれを見ながら描くのだけれど、バールに座って目につく物を描いた事もある。

私が再びお絵描きを始めて、意外にも喜んでくれているのが相方だ。

持ち運びに便利な24色の色鉛筆のセットをプレゼントしてくれたので、早速先日のカラブリア旅行へ持参した。

 

ずっと放置してあった水彩色鉛筆、水彩絵具もクローゼットの奥から引っ張り出し、全ての色鉛筆を丁寧に削ったら、何だかますます楽しくなってきた。

今の所食べ物のイラストが多いけれど、建物と人物が描けるようになりたいな。

それが出来るようになったら、実は考えているやりたい事があってね。

やりたい事が見つかったのも、お絵描きのお陰だわ。

この出会いを大切にしようと思っている。

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シチリアの春は何処へ?

6.10.2023

DAYS /  Kaori Sakurada Column

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シチリアの春は何処へ?

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5ヶ月という長い一時帰国を終え、シチリアへ戻って2ヶ月近くが過ぎた。

今年の東京は春の訪れが早く、4月に半袖で出かけたこともあった。

ところが!シチリアへ到着した夜はかなり肌寒くて、びっくり。

空港でお迎えの人達の服装を見ると、まだダウンを着ている人も沢山いた。

到着はほぼ夜中だったので、そして長旅でとても疲れていた為、深く考えずに帰宅。

 

ところがその後も気温が全く上がらず、「春はどこ?」と言った気候。

涼しいだけではなく、とにかく雨ばかり。

シチリアにも梅雨が来たかと思ってしまうほどであった。

雨が降らない日でも曇り空が多く、この2ヶ月近くで気持ちよく晴れた日は数えるくらいなのである。

こんな年は初めて。

去年もなかなか気温が上がらず、その後一気に夏になった記憶があるが、毎日毎日灰色の空を見るなんてことはなかった。

太陽をこよなく愛するシチリア人の顔も曇っていく。

会う人会う人、みんな口を揃えて悪天候の話をしている、一体春はいつくるのか?と。

例年この時期はもう海で泳いで日焼けをしている人が多いのだが、今年はまだまだそんな感じではない。

雨の日は普段スクーターやバイクで動く人が車を出すため、道路も渋滞が激しくなるという、非常にわかりやすい現象も起こる。

私自身、シチリア人ほどではないけれどこの天気に辟易としてしまう、気温が上がらないのは良いけれど青空と太陽は見たい。

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春は来ないけれどちゃんとやって来た物

 

そんな異例のシチリアの春だが、ちゃんとやって来た物もある。

それはマグロ、地中海のマグロの季節の到来だ。

地中海のマグロは5月から7月くらいが旬、待ちに待ったシーズンである。

今年は日本でも結構食べたので、いつもよりは余裕があったのだが、やはり魚屋さんの店頭にマグロが並ぶとウキウキしてしまう。

シチリアではマグロの切り方も豪快で、尻尾の方からガンガン輪切りにしていく。

「解体ショー」なんて存在しない(笑)。

そして嬉しいことにトロも赤身も値段が同じなのだ。

多くのシチリア人は赤身を好むので、間違いなくトロが手に入る。

厚めに切ってもらい、さっと両面を炙って中はレアの状態で食べると、もうその瞬間は至福の時である。

シチリア料理の定番で、玉ねぎたっぷりの甘酢ソースをかけるのも好きだし、赤身でカツレツにするのも好きだけど、一番美味しいと思うのはやはりシンプルな食べ方だと思っている。

 

地中海のマグロは大昔から食べられていて、今から2500年くらい前のギリシャの壺にも描かれているくらい。

魚屋さんがマグロを売っているシーンが壺の絵柄になっているのを見た時は、結構驚いた。

更にその前にも(年代がはっきりわからないのだけど)小さな島の洞窟の壁画にもマグロが描かれているのが見つかっている。

シチリアの中でも有名なのは「ファビニャーナ島」で、島西部のトラパニという街から船で行かれる。

紀元前から始まり、一時少々途絶えたものの、9世紀アラブ人統治下にはかなり大掛かりなマグロ業がなされていた。

それから現在に至るまで、この時期にはマグロが市民の食卓に上がるのだ。

凄い伝統、凄い歴史。

20世紀に入ってから、このファビニャーナ島には保存の為にマグロを缶詰にする工場もあり、島民のほとんどがこの工場で働いていた。

そう、つまりイタリア初のツナ缶の登場である。

残念なことに工場はとっくの昔に閉鎖されてしまった。

 

春の来なかった今年だったけれど、ちゃんとマグロはやって来た。

贅沢は言わない、それで良しとしよう。

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長い日本の滞在で思うこと

4.10.2023

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長い日本の滞在で思うこと

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シチリア在住、桜田香織です。と言っても、去年11月に4年振りに帰国してからそのまままだ東京にいる。

実はお正月明けに母が亡くなり、2月半ばにイタリアへ戻る予定だったのをずらした次第。

現在は相続の手続き、遺品の整理、そして実家の片付けに追われる毎日。

母のいない実家はなんとも形容し難い雰囲気があり、妙な感じである。

離婚してからここ数年実家で母と暮らしていた兄は仕事が忙しく、早寝早起きの私とは時差のある生活、あまり顔を合わせることもない。

帰国してすぐに忙しかったり体調を崩したことは前回書いたが、それでも日本の生活を楽しむことができているのも事実。

年明けからせっせと友人とも出かけ、なんと言ってもイタリアへ戻る日をずらした為、8年振りに桜を堪能できた。

実家の周りの緑道はどこも桜並木、わざわざ出かけていかなくてもお花見が楽しめてしまうという、なんとも恵まれた環境なのだ。

 

思いの外早く咲き始めた今年の桜、そして最初の週末にかなり気温が下がって大雨。

これで散ってしまうかと思ったら、予想に反して持ち堪えてくれた。

勝手に8年振りの私のためだと思い「よく頑張った、桜よ」とお礼を言う気持ちが溢れてくる。

日本のお花見、多くの外国人にはこういう習慣はないわけで、日本特有の文化だ。

イギリスだってドイツだって、ガーデニングには力を入れてお花大好きな国民だけれど、桜の下でお酒を飲んだり騒いだり、そういう宴会的なものは存在しない。

私はビニールシートを敷いてお花見をした事がないけれど、歩きながらの「お花見散歩」が好き。

桜吹雪の中のお散歩も実現できて、大満足であった。

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もう一つ日本で楽しんでいることは、「おひとりさまモーニング」。

駅近くにはいくつかスタバ的なお店があり、昔ながらの喫茶店ぽいお店もある。

ほとんどのお店は朝7時オープンなので、8時頃には出かけていって、1人で朝食とコーヒーを楽しんでいる。

スマホのKindleで本を読みながら、1時間弱のんびりと過ごす。

色々な方が新聞を読んだり、パソコンで作業をしたり、この空間と時間がとても和む。

それはほとんど音がしないから。

ガチャガチャとした音、大声でおしゃべりをする人達が皆無のこの空間は、イタリアのバールとの大きな違いである。

バールも大好きだけど、長いをする場所ではない。

一方日本はゆっくりと腰を落ち着かせる事ができ、これは戻ったら懐かしく思うだろうなと、今から寂しく思う気持ちも浮かんでくる。

日本人には普通の空間であろうが、私にとっては特別。

そしてその後1時間近く散歩をする。

車の通らない住宅街、大きな公園、歩く場所はいくらでもあるので、日によって変えている。

そして繰り返しになるが、桜が咲き始めてからはひたすら桜並木を眺めながらの贅沢お散歩となったわけ。

 

そして勿論旧友との再会。

学生時代の友人、職場の友人、今年に入ってから大勢の友人と時間を共にすることもできた。

近況報告、昔話、誰と会っても話は尽きない。

若い頃とは話題も変わり、健康、病気の話、親の介護、相続、自分の老後・・・。

一方イタリア人とはあまりこういう話題にならない。

「もうこの歳になったら、いつ何があっても不思議ではないわよね」的な話題、イタリア人はとても嫌がる。

縁起でもない!という感じ。

病気や死についての話題は気軽にできないのが日本人との大きな違いだなと思った。

日本の友人とは笑いながらこういう話ができる。

 

更に日本の美味しい物の数々。

手軽にテイクアウトもできるし、近所には食べるところも沢山ある。

イタリアへ戻る日が近づいて来たので、もう一食も無駄にはできない、厳選しなくては。

 

トータルで5ヶ月の日本の生活、イタリアに住み始めてからこんなに長い帰国は初めてで、何だか変な感じもしているのも事実だけど、時間はどんどん過ぎていき残り2週間となった。

やらなければいけないことと、やりたいことをどんどんこなし、充実した時間を過ごしたいと思っている。

と言いながら、ダラダラとテレビを見る時間も楽しい(笑)。

 

今回の帰国は色々な意味で今までとは違って戸惑うこともあったけれど、私を優しく迎え入れてくれた東京に、友人に、桜に感謝。

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4年振りの帰国

12.15.2022

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4年振りの帰国

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シチリア在住桜田香織ですが、現在念願の帰国中で、東京の実家で過ごしている。

2019年秋に帰国予定だったが2週間前に転んで肩を骨折し断念、翌年の2月下旬にチケットを変更したら、コロナ。

高齢で持病もある母が私の帰国をひどく怖がり、なかなかお許しが出ないままに年月が過ぎていった。

 

そんな母がもしかしたら手術をしなくてはいけないということになり、兄から「一回帰ってきて」という連絡が入ったのが9月中旬だった。

諸事情があって結局イタリアを立ったのは11月中旬、やっと、やっと・・・という気持ちでいっぱいだった。

 

11月からローマー羽田間の直行便が飛ぶようになり、待った甲斐があったというもの、成田着と比べると格段に楽であった。

月末にとあるプロジェクトのサポートチームに入っていて、シチリアにいる時からミーティングが続いていたが、いろいろと課題も出されていきなり忙しい毎日。

1日おきのミーティングは日付が変わるまで行われ、プラス母の介護・・・。

どうもいつもの帰国のように、「帰ってきた〜」とのんびりとする時間もなく、友人と楽しむ時間もなく、急かされるような毎日。

そうしたら体に様々な異変が出て、まずは足首が腫れて歩くと痛い。

もうくるぶしが見えなくなるくらい腫れてしまい、抗生剤を飲む。

イベントまでは青色吐息でたどり着いた感じだった。

もう精神的にも肉体的にも限界を感じ、こんなに疲れているのは何年振りか?

歳のせいか?

 

その後さらに体調を崩し、数日寝込んで現在やっと復活した状態。

その中での母の介護は結構大変で、東京を満喫することなく1ヶ月が過ぎた。

これから楽しまなくては(笑)。

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しかし、そんな中でも東京の空気を吸うのは良いものだ。

車のクラクションの音はしないし、道は綺麗だし、とにかく「全てが優しい」と感じられる。

実家のシャワーも、シャワーヘッドの穴がイタリアのそれよりも小さいからか、水圧は十分、だけれども優しい。

レストランやお店での対応も優しいし、とても丁寧。

優しさに包まれている感じが、とても心地よい。

何か手違いがあっても人のせいにしないでしっかりと謝ってくれるし、そもそも海外在住が長いと「期待値のハードル」がとても低く設定されているので、こちらも頭にくることがないという事実もある。

 

そんな東京で、今年は年末年始を過ごすことになっている。

母は日に日に衰弱してきているので不安もあるが、私にとっては10年以上振りの日本のお正月が楽しみで仕方ない。

大したことはしないし、かなり質素なお正月になると思うが、お節料理を食べて、お参りへ行って、その空気を味わうだけでエネルギーチャージになるはず。

今はシチリアを横に置いておいて、東京の風に身を任せ、包まれる毎日を心から幸せだと思う。

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シチリア産のモッツァレッラ

11.7.2022

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シチリアの風に包まれて

シチリア産のモッツァレッラ

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先日とある友人が「チーズ屋さんへ行ったら、シチリア産の本物のモッツァレッラが売られていたの。

買わなかったけれどそんなものが存在するとは知らなかった」と言っていた。

そりゃイタリアにいるのだから、モッツァレッラなんてどこにでも売ってはいるのだが、「本物の」となると少々話が違ってくる。

何故ならば「本物」である為には水牛の乳から作られなくてはいけなく、本家本元はナポリを州都とするカンパーニャ地方。

なので、通常スーパーや小売店で売られているものは、その地方で作られた輸入品というわけ。

勿論普通の牛乳で作られる物もありそれはそれで美味しいけれど、料理に使うならともかく、そのまま食べるのならばやはり水牛さんの勝ちなのだ。

牛乳のならシチリアのあちこちで作られている。

 

しかしシチリア産があると聞くと、最初に浮かぶ疑問は当然「シチリアに水牛っているの?」ということだった。

そしてそれはどこ?

シチリアと一言で言っても四国よりやや大きい島なので、どこの地方の話だろうか。

 

早速検索してみると、何となんと我が家から車で30分くらいの距離ではないか!

そこに水牛がいる?

これは行くしかないでしょう。

 

高速を降りてすぐに脇道へ入ると、そこはもういきなり田舎の風景になり、道路も舗装されていない。

頼りになるGoogleマップを眺めながら進んでいくと、簡単に到着。

駐車スペースに車を入れると、ヤギやらロバやら鶏などが迎えてくれた。

 

チーズ屋さん自体の店構えはとても簡素、お邪魔しまーすとドアを開ける私と相方。

お店の方が出ていらっしゃり、お話を伺うと二代目のオーナーとの事。

二代目ってことは一代目がいらっしゃるわけで、ということはこのチーズ屋さんはいつから存在するのだろうか?

なんとオープンして25年にもなるというからびっくり。

その間モッツァレッラを作り続け、なのにあまり知られていなかったなんて・・・。

本物のモッツァレッラというからには、水牛がいるのですか?などという失礼な質問をした私に対し、「裏に100頭いるから、見に行ってきたら?」と。

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やー本当にいましたよ、水牛さん達が。

柵に近付いてみると、好奇心旺盛なのか向こうから寄ってくる。

つぶらな瞳が可愛い。

暫く見入ってしまった私である。

その近くに川が流れているそうで、時々そこへ連れていくとのこと。

そうよね、水牛だから水が必要よねと、普通に納得。

 

到着したのは10時ごろだったが、朝一で絞った乳から作られた、「本物のモッツァレッラ」を無事購入することができた。

お値段は1Kgあたり14€、今の換算だと約2000円くらいになる、円安・・・。

 

このすぐ近くにパンの美味しい村があるので、そこへ寄り、一軒しかないバールで一休み。

その後パンを購入して帰宅。

早速お昼に食べましょう。

出来立てのモッツァレッラはやはりそのままで、しっかりと味わうのが一番。

まずは一切れ味見をしてから、トマト、玉ねぎ、アンチョビ、オリーブオイルと混ぜてパニーノにした。

シチリアの定番パニーノと言えるかもしれない。

 

家を出てから帰宅するまで、一休みの時間を入れても2時間ちょっと。

こんなに簡単に、手軽に、手頃に楽しめるなんて、何だか徳をしたような気持ちになり、身近にある楽しいことを見つけられるって、最高だと感じた日となった。

そしてこういう日常を送っていくと、人は必ず豊かになれる。

と、少なくとも私はそう思っている。

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イタリア人は時間にルーズ?

10.7.2022

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

イタリア人は時間にルーズ?

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秋の気配

まだまだ日差しは強いけれど秋の気配を感じるパレルモ地方、年々暑さに弱くなってきている私にとってはちょっとホッとする季節の到来。

思えば今年の夏は暑くて長かったなぁ。

いや、気温で言ったら去年の方が暑かった。

私の住んでいるあたりでは47度まで上がった日があったし、島の東側であるシラクーサ付近では52度というとんでもない気温を記録した。

でも去年は夏の始まりが遅かったのだ。

6月に入ってもまだグズグズと涼しい日が続いていた。

それに比べ、今年は5月下旬に既に30度に達し、つい先日までずーっと35度以上の日々。

クーラーのない生活はかなり厳しい。

 

そして今夏を振り返ってみると、本当に人と会わない夏だった。

まぁ長期休暇へ出かける人も多いし、友人との食事会なども夏は減るのだが、それでも本当に出かけなかったわ。

8月下旬に予定されていた「オンラインイベント」に参加する為、その取材やビデオ撮り、そして慣れない編集に時間を取られたのもあるのだが、暑くて身体が動かないというか、億劫であった。歳をとったということかしら?

 

そして今、休暇も終わり、夏中ガラガラだった町にも人が戻ってきて、通常の生活という感じ。

しっかりと渋滞も戻ってきた。そして友人と出かける生活も復活。

 

久し振りに友人と待ち合わせをすると、シチリア人の時間の観念を目の当たりにする。

アバウトなんですよ、とっても。

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イタリア人の時間の観念とは?

大昔にイタリアの中部、フィレンツェに住んでいた頃の話。

「イタリア人は時間にルーズ」ということは色々聞いていたのだが、実際は全く違って驚いた記憶がある。

みんな時間に正確だったのだ。

「へー、イタリア人、巷で言われているのと違うじゃない」と思った。

どこでこんな悪い噂ができてしまったのかしらね?と。

まぁ電車の遅れは今でも有名だけど。

 

ところがその数年後、シチリアに住み始めて発覚した事実に又しても驚いた、その時間のルーズさに。

オペラやコンサートの始まりが10分以上遅れることもある。

イベント開始も「まだ人が集まっていないから」と、大幅に遅れることも普通。

個人で言えばそもそも待ち合わせの時に、「じゃぁそこに6時か6時半ね」と言う。何それ??

私にとって、そして多くの皆さんにとっても、6時は6時、6時半は6時半でしょう?

この約束の仕方、携帯電話が普及していない時からそうだったのだ。

時間厳守が当然の父に育てられたせいか、私は非常に正確。待ち合わせに遅れるということは、まずない。

人を待たせるのは自分のストレスとなってしまう。

だから6時に待ち合わせ場所へ行き、結局全員集合するのは7時過ぎだったりするから非常に疲れる。

大人数の待ち合わせだと、「自分が遅れても皆はお喋りしているから大丈夫でしょう」という、私には思い付かない発想をしている彼ら。

「皆を待たせては申し訳ない」という気持ちにはならないらしい(笑)。

 

全員がもれなくスマホを持っている現在、尚更この「アバウト感」が全面に押し出された感じである。

遅れても連絡が取れる、会えなくても連絡取れる・・・。

確かに携帯は便利だけど、ますます時間にルーズになるシチリア人。

 

と言う事で、友人とのお出かけが増え始める秋になると、毎年彼らの時間のスーズさを思い起こさせられるわけである。

一応彼らの名誉のために言っておくと、きちんと来る人も存在する。

 

私の周りには「国際結婚カップル」も多く、ポーランド人、ベラルーシ人、ウクライナ人、ブルガリア人、と結婚しているシチリア人男性軍、彼らは皆時間に正確。

そして妻である外国人女性軍は「夫の支度が遅く、待ち合わせに遅れるかとハラハラしてお尻を叩いた」と口位を揃えて言うのが面白い。

我が家も同じだからね。

 

郷に入れば・・・と言われるが、それは然り。

だけども私はこれからも時間通りに出向いて、ひたすら「待つ」と言う無駄な時間を過ごすことになるのであろう。

これもシチリアの一部、毎回イライラするなと、自分に言い聞かす私である。

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少し空気の入れ替えを

7.11.2022

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

少し空気の入れ替えを

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毎月シチリアからお届けしているが、今月はちょっと足を伸ばしてフランスから。

丁度1ヶ月くらい前、以前からお付き合いのある「フランスのポルシェクラブ」の方から言いなり連絡が入った。

ル・マンで行われるポルシェのイベントに招待してくださると言う。

しかし、既にイベントまで10日くらいしかなく、即決してエアーチケットとホテルを押さえなくてはいかないわけで、一瞬頭の中が「どうしよう?」状態になってしまった。

相方と3時間くらい考えて、よし、行きましょうとなった。

 

6月のパリはもちろんどこもかしこもホテルは満室、そしてイベントのある時のル・マンは尚更のこと難しい。

数時間パソコンと睨めっこしながら、やっとお部屋を確保。ふー。

 

コロナ以前、私達の最後の旅行もフランスだったっけ。

毎年2月にパリへ行くのだが、2020年は念願のMont-Saint-Michelへも行くことができた。

そして帰宅してすぐにコロナ。

それ以来の旅行だし、それ以来の空港だし飛行機ということである。

ワクワク。

 

パリはいつ訪れても美しいと思うけど、この時期のパリは最高。

夜10時まで明るいし、冬とは太陽の光が全く違う。

夏のヨーロッパはどこも素敵なんですけどね。

そして2年以上シチリアから出なかった私の目には、色々な物が飛び込んできた。

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イタリア人とフランス人の違い

 

午前中の便でパリ到着、丁度ランチタイム頃にホテルにチェックイン。

まずはお昼を食べましょうと出かけて、良さそうなカフェが見つかったのでそこに着席。

そこでまず気が付くのは、フランスのお店のテーブルが狭いこと。

どこもかしこも小さな丸テーブルなのが面白い。

注文をすると、カラフェに入ったお水がタダで提供される、多分水道水?

満席に近いのに、周りの人の声が静か。

シチリア人とは声のトーンが大きく違う、シチリアだったらどこへ行っても「うるさいなぁ」と思うから。

 

周りを見渡していると、上品でエレガントという印象のパリの女性たちが、結構いい加減であることにも目が行く。

テラス席の床の上にも、平気でハンドバッグを置くのである、これイタリア人はしないこと。

布製のバッグでも置いてしまう。

外の席であったからか、タバコを吸う人がかなり多い。

 

別の日の大雨の夜、カフェの軒下のテーブルがうまっていたのにも驚いた。

いくらヒサシがあるとは言え、足元は水浸しなのに、そして風向きによっては体にも雨がかかるのに。

イタリア人ならこういう日は外に座らない。

目の前の道が工事中で、埃まみれになりながらもテラス席に座る人も多い。

 

そしてフランス人は「床に座る」。

美術館でもセーヌ川沿いでも、普通の広場でも地面に座る。

これもイタリア人が絶対にしないこと。

公園の芝生の上で・・・ならもちろんあるけれど、地面には座らない。

 

これらの事は前から知っていた事だけど、改めて目に留まった事柄の一部。

でね、思ったわけですよ、「空気の入れ替えしたな」って。

普段目にしている事と違うことを見たり感じたりするって、それだけで刺激になる。

たとえ既に知っていた事であっても、その存在すら忘れていることが多いから。

 

日々の生活の中で「気付き」というのはとても大切だと思っている。

自分の体調、小さな変化も含めて、気付くか気付かないかの差は大きい。

だけれども同時に「慣れ」というのが存在し、慣れれば慣れるほど努力をしなくなるし感覚が鈍ってくる気がしている。

 

今回のフランスで再び私が認識した事柄は、別に大したことではないのだけど、私の心と頭に新鮮な空気が入った気がしている。

そしてこの空気の入れ替え、日常生活の中でも探して行きたいと思いながら帰路に着いた。

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市場を歩こう

5.5.2022

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

市場を歩こう

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突然だけど、私は市場を歩くのが好きだ。

旅行で違う国、違う街へ行った時も、できるだけ足を運ぶようにしている。

「している」と言うより「したい、行きたい」と思う。

国や土地によってその在り方や表情は様々で、観察していると色々と見えてくる(気がする)。

 

フランスやドイツの市場はで私が知っている所はどこも、通路も広く歩きやすかった。

ベビーバギーを押したお母さんも余裕で歩ける道幅。

ゆっくりと買い物できる感じ。

デンマークの首都、コペンハーゲンで訪れた市場はもっと高級なイメージだった。

売っている物も陳列の仕方も私が思う市場のイメージとは違い、お高いデリカテッセンのような雰囲気だったっけ。

 

さて一方、シチリアの市場はどんな感じか?

私の住んでいるパレルモだけでなく、シチリアの大きな街の市場はかなり混沌としているのが常識。

ベビバギー?

とんでもない!

そんな道幅はありませんよ。

無理矢理なら通れるけれど、あの人混みをバギー押しながら歩くのは至難の業。

そしてそのごった返した狭い道を平気でスクーターが通っていく・・・。

悪気がなくてもバッグが服の一部が引っかかりそうなので、気を抜いてはいけないのがシチリアの市場。

勿論残念だけど悪気のあるスリもいなくはないので、貴重品をしっかり抱えて歩こう。

 

パレルモの市場は我が家から決して近くではないので、そう頻繁にいくわけではない。

だから行く時はいつもウキウキ。

まずは色と騒音と匂いにガツンとやられてしまう。

そう、パレルモの市場はとってもカラフル。

どこの街でも見られるような野菜や果物から、他では見かけない物、一体どうやって食べるのか全く想像のつかない物まで、それらを眺めるだけで脳の活性化につながっている。

だから市場ではボーっとしていられない。

今ではイタリア料理の代表格になっているトマト、でも実際持ち込まれたのは17世紀に入ってからだったって、どれだけの人が知っているのだろうか?

しかも最初は毒性のある植物だと考えられていて、オーナメント用だった、とかね。

それを知っていれば、じゃそれ以前のイタリア料理はどんな物だったのか?と言う疑問が湧いてくる。

ね?

脳の活性化につながるでしょう?

 

かと言って、皆ながみんな歴史好きだと言うわけでもない。

必ずしもお勉強をしてから行かなくてはいけない場所では決してない。

陳列の仕方を見るだけでもその土地の人間の気質が伝わってくると思う。

几帳面なのか、(シチリアのように)大雑把なのか。

その土地の生活が見えてくる。

そろそろマグロの季節到来のシチリアだが、豪快に尻尾から輪切りにしていくなんて、日本の和食人が見たら腰を抜かしてしまうだろう。

解体ショー?

そんな物は存在しないのだ。

ガンガン切っていって、頭なんてほぼ捨ててしまう・・・。

チーズだって同じ。

フランスの市場のチーズ屋さんはまるで宝石を売っているかのような店構え。それらを扱う手付きもシチリアとは違いがある。

もっとずっと丁寧なの。

シチリアのチーズ屋さん、ここでもでかい包丁でガンガンと切って計り売り。

これだけでも文化の違いを感じることができる。

楽しくない?

 

そんなことを考える気にもなれないと言うあなた、大丈夫、楽しみ方は他にもあるから。

近年観光客にお金を落としてもらう為、市場内にやたらと簡易食堂が増えた。

立ち食い屋台的な物から、きちんと座って給仕してもらえる所までスタイルは様々。

ずらっと並んだお料理は、住んでいる私が見ても食べたくなる。

前菜が豊富なシチリア料理、色々頼んでワインをグビッとやれば、悩みも忘れて幸せに包まれること間違いなし。

 

人と食材が市場と言うフライパンの中で混ざり合う、絡み合う。

まるでパスタのようだ。

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これからは自分で考えないと

4.5.2022

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

これからは自分で考えないと

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シチリア在住の桜田香織です。

ロシアとウクライナの戦争が始まって1ヶ月以上が過ぎ、ロシア人の友人もウクライナ人の友人もいる私としては、とても悲しい気持ちになってしまう。

日本からは遠い国でしょうが、ヨーロッパからは近いと言うこともあるから。

何だかいきなり暗い話になってしまいましたね。

連日戦争のニュースが絶えない中、逆にコロナの話題はめっきりと減っている。

シチリアもほぼ通常の生活に戻り、EU諸国やアメリアからの旅行者が増えてきている。

現在はワクチン3回接種済みの「グリーンパスポート」を提示しないとレストランにも美術館にも入れないけれど、4月からはその義務もなくなり、室内でのマスク着用の義務も解除されるという。

そして5月からは完全に通常の生活になるという。

大丈夫かなぁ?と思っている人が多いけれど、そう言いながら既に弾ける気配満々のシチリア人。

そんな中、2年前、2ヶ月以上続いた最初のロックダウンが解除されてすぐのことを思い出した。

 

相方が「パオロから電話があってね」と。

パオロって誰?どのパオロ?」と、私。

同じ名前の人が沢山いるので、ややこしい。

「僕の高校の時の同級生、会った事あるよね?」ある、会ったことある、数年前に40人くらい一緒のランチで一度だけ。

その時に何故かFBで友達申請されて、一応お友達になっている。

コメントもいいねもしないんですけど。

そのパオロさんから、来月最初の週末にパレルモから100Kmちょっと離れた所にあるアグリツーリズモへ行こうというお誘いを受けたという。「君と相談してから返事をすると言ってある」と言うのですが、聞いたら週末2泊3日だと。

しかも10組20人で行くのだと。 

これを聞いた瞬間、「バカじゃない?」と思いましたよ、私は。

 

まだ私達はバールでコーヒーを飲むこともしていない頃で、勿論レストランへも行っていない。

仲の良い友達とも会っていない。

それなのに20人で泊まりがけの週末プチ旅行? 有り得ないでしょう。

規制がなくなったと言ってもマスク着用は義務。

スーパーやお店へ入る時の手袋も義務。

そして1mのソーシャルディスタンスを保つのも義務。

そんな中で旅行? 

それもほぼ全員知らない人達と? 

聞けばそのアグリツーリズモはパオロさんのお友達が経営していて、勿論自粛期間はお客様もいなくてクローズ。

規制緩和と共に再オープンしたので、応援の為に友達を引き連れて泊まりに行きたいのだそう。 

その気持ちは素晴らしいと思うし、助けてあげようというのは良いこと。

でも、どうしても知らない人達と20人で知らない所へ泊まりに行く気にはなれません、今はまだ。 

出かけるならばまずは仲良しと。

会いたい人が何人もいます。

そして外食するならば知っているレストランで。

私はそう考えてそのお誘いはお断り。

政府の規制がなくなったからといって、コロナ自体がなくなったわけではないわけで。

私はずっと必要以上に恐怖を感じたり、神経質になることなく過ごしてきましたが、それはやるべきことをやっていると信じていたから。

でも他人がどう生活しているかは計り知れないんですよね。

今回も段々となぁなぁになってきて、政府の規制がどんどんなくなった今、自分で考えて、自分の行動を決めていかなくてはいけないと思う。

 

皆んな楽しみたいのは同じで、お誘いがあってしかも大勢参加となると、「皆んなやっているのだから良いのだろう、大丈夫だろう」と考える人は多い。

でも、私はそうは考えない。

規制がなくなったと言っても、だからと言って何をやっても良いとは思っていない。

簡単に例えると「未成年はお酒を飲んではいけません」という法律があって、皆んな守る。

だけども20歳になったからといって、好きなだけ飲んで良いわけでもないでしょう? 

酔っ払って恥をかいたり、急性アルコール中毒になって死にそうになったりする程飲むべきではない。

そこは「飲んでも良いけど、自分でコントロールしながら」という事で。

今回の状況も同じ事だと思っている。

規制は無くなりますよ、だからこの先はあなたの頭で考えなさいという事。

2年前のこのお誘いを見てもわかるように、通常生活だ〜と弾ける人が出て来ると思う。

この先どうなって行くのかなぁ?

少なくとも周りが何をしようと、何を言おうと、私は自分の頭で考えて、納得したことしかしないだろうと思ってる。

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春の兆しとシチリア人の陽気さ

3.6.2022

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

春の兆しとシチリア人の陽気さ

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これを書いている2月現在、日本はまだまだ寒い日が続いていると聞いていますが、こちらは一足先に春の兆しが訪れてます。

このまま春になるわけはないけれど、陽も延びてきて気持ちの良い日差しを楽しめる。

そうなると外へ飛び出して行きたがるシチリア人。

非常に単純でわかりやすい人達です。

元来、特に女性は寒がり屋さんが多いシチリアの人だけに、ポカポカした陽気になるとじっとしていられないみたい。

「ランチへ行きましょう、散歩へ行きましょう」的なお誘いが増えてくる。

ランチはもちろん野外、そう、お店の方もお天気が許せばドンドンとテラス席を増やしていく時期なのです。

と言っても、ちょっと風が吹いたりすればいきなり肌寒さを感じるわけで、しっかりとコートを着込んでの食事にもなったりすることも。

私は暖かい室内へ行きたいと思うけれど、彼らに囲まれていては嫌と言うのが難しい、多数決で絶対に負けますから(笑)。

面白いもので単純に太陽の陽を浴びていると人々の顔は明るくなるもので、笑い声も大きくなっていく。

何となくお祭り気分になるのでしょうか?

つい一歩引いて眺めてしまう私なのですが、楽しそうな人の輪に囲まれているとこちらにもその気分が伝染してきます。

そう、これがシチリア人の気質の一つ。

これが逆に出るとどうなるかというと、少々雨模様の日には来るはずだった電気屋さんが来ない確率が上がり(晴れていてもすっぽかされることもあり)、友人と会っても「寒い、天気が悪い」など、会話が愚痴から始まることが多くなる。

誰であってもお天気が良い方が気分はアップするでしょうし、過ごしやすい気温の時には穏やかな気持ちになるのは珍しくないけれど、シチリア人はその辺がとってもはっきりしていて面白い。

これ程天候がすぐに気分に現れる人種って、他にいるのかしら?

感情の起伏の激しい彼らだから、いい意味でも悪い意味でも巻き込まれるのです。

そしてそれは疲れることもあるけれど、俯瞰してみているとまるで舞台を見ているような、映画のワンシーンを観ているような、そんな感覚に陥ることがしょっちゅう。

フムフム、なるほどなぁと、彼らのストレートさに感心してしまう。

 

冬の終わりから春にかけて天候がクルクル変わるので、こういう「天気と気温に左右されるシチリア人」の生の姿を目にする機会が多く、密かに楽しんでいる私。

こう言う楽しさは彼ら本人には全く自覚がないみたいなので、尚更面白い。

愛すべきシチリア人と、再認識する瞬間です。

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私が感じるシチリアの風が、皆さんのところに届きますように

2.5.2022

DAYS /  Kaori Sakurada Column

シチリアの風に包まれて

私が感じるシチリアの風が、皆さんのところに届きますように

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初めまして、イタリアはシチリア島在住の桜田香織です。

シチリアってどこ?

日本の子供が世界地図を、ヨーロッパの地図を習う時、一番早く覚えるのがイタリアだと思っています。

「長靴の形をした国」で知られているので、見分けるのが簡単。

そしてその長靴のつま先でポーンと蹴られた小石が「シチリア島」。

小石と言っても20あるイタリアの州の中で一番大きく、地中海で一番大きな島であり、紀元前から色々な民族の支配下に置かれていたという長い歴史を持っています。

このシチリア島、噂によると神様だとか太陽だとか、誰かとてつもなく大きな存在に口づけをされたと言われ、まぁ簡単に言えばとても祝福されていると言うことでしょうか。

 

有名なギリシャ神話「オデッセイ」が故郷へ帰るまでの10年間さまよったのもシチリア島周辺だと言われているのを、ご存知でしょうか?

そう考えると、とてつもない大昔からギリシャの神々にも目をかけられていたと言うことなのかしら?と、思ってしまいます。

実際ギリシャ神話にはシチリア島が舞台になっている場所が多々ありますし、伝承されています。

島の一部はギリシャの植民地であったこともあり、それも理由の一つなのでしょう。

 

フェニキア、ギリシャ、古代ローマ、ビザンチン、アラブ・・・と、あちこちの文化が取り入られ、それらは建築物にも食にしっかりと残されています。他民族に侵入されると言うことはもちろん戦争も起きるわけですが、それを乗り越えての現在のシチリア、イタリアが統一されてたったの160年なのでどの地域にも地方色が強く残る国ですが、その中でもシチリアは独特だと思っています。

 

私の住んでいるのは西部、州都であるパレルモです。

アラブとスペインの影響が強く残っている所、ギリシャの影響は全く見られません。

そう、四国よりやや大きいこの島は場所によって香りが違う、空気が違う。

細かく言えば気質も違う。

そんな場所に身を置いて早20年を迎えた私。

最初はそれ以前住んでいたフィレンツェとは色々勝手が違い戸惑ったことも多かったのですが、流石にもう慣れたでしょう?と思うと驚くことに遭遇してしまう。

まるでびっくり箱のようで、時には素晴らしい宝石が飛び出し、大抵は「やばい、どうしよう」的なことが飛び出してくる。

そう、シチリアは侮れないのです。

 

「イタリア」と「シチリア」は切り離して考えなくてはいけない。

旅の支度は万端と思って到着しても、予定していた宿泊先に部屋がなかったり、窓がなかったり。

予定していた時間に長距離バスが来なかったり、予約しておいた美術館が休館だったり。

色々と起こります(笑)。

と、旅行中でしたら笑い事ではないですよね。

それでも一度いらしたほとんどの方が「また来たい」とおっしゃる理由は何?

それほど不思議な魅力があるのでしょう、何せ神様だか太陽に口づけされていますから。

 

一般的にシチリアに対するイメージは沿岸部、海でしょうが、小麦畑が広がる内陸部も素晴らしい。

有名なブラッドオレンジをはじめとする柑橘類も有名。

文化の融合と食と歴史が絡み合うのがシチリア。

このコラムはできるだけ主観に基づいてお届けしたいなと思っています。

日々の生活の中に普通に過去に関わった他民族の影響が顔を出す、それが当たり前過ぎてシチリア人自身は感じていないケースも多いのです。

現在のシチリア、勿論若者はマックに走り、アニメが好きで、ブランド物のジーンズを履いてスマホをいじってる。

そこだけ切り取ればどこにでもある現代の風景だけど、歩いていてふと路地を抜けるシチリアの風に、私は間違いなく歴史を感じます。

 

その風が皆さんのところへ届きますように・・・。

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