


麻耶
ITプログラマー/通訳
米国、中国滞在後、新世紀の幕開けからスウェーデンストックホルム在住。
本業 ITプログラマー、不定期に海外ロケ補助、リサーチ、通訳。
プライベート パンデミック関連のボランティア活動。

9.10.2026
DAYS / Maya Column
バルト海をヒールで闊歩して
対岸の彼女

対岸の彼女、という題名の小説があった。
内容はすでに朧げになっているが、読後、多少複雑な心情に襲われたことだけは記憶している。そんな私にも、対岸の彼女(女友達)がいる。
その彼女と私は、いつも橋の中間点で別れる。彼女のマンションと私のマンションのちょうど中心地点にあたる場所である。
私が人生の第三幕を開け、新たな住処を探していた時、私はある地域を重点的にまわっていた。それは彼女の住む地域の近くであった。はっきりとしたかたちで意図していたわけではないが、彼女の存在は漠然と意識をしていた。
彼女のマンションは、ストックホルムの中心地域からかろうじて外れているところに位置している。この街は中心地域を一歩でも外れるとマンションの価格が多少下がる。彼女のマンションからは湖が一望できる。このような恵まれた物件を中心街で購入しようとしたら価格的にとても手が出ない。
私はストックホルムに住み始めて以来、ずっと中心街のほぼ中心にて暮らしていた。街の中心からは水景は臨めないが、それほど長く暮らしていると街に愛着が湧いてくる。
結局、私は中心街の端の端に位置するマンションを新しい住処として選んだ。彼女の住処のちょうど対岸にあたる。しかし彼女のマンションの居間とは異なり、湖は居間の窓から身体を乗り出して微かに見える程度である。それでも私は中心街にかじりつくことを選んだ。
数日前、彼女は橋を渡って私の漬けたキムチを取りに来た。その後、それを美味しい美味しいと三回も称賛のメールを送ってくれた。
逆に私がこちらで購入したものは「いらない」、と失礼に感じられるほど強硬に突っ返す。私はそのような応対をする人を他に知らないため、最初は驚いたが、最近ではそのような態度にも慣れてしまった。いらないのに受け取ってしまって、他の人に譲るというような行為よりは裏がなくて良いのかもしれない。
電話の長話も嫌い、会った時は長くても二時間でお開きにしたがる。時には、完全に彼女のペースに乗せられているような気もしないではないが、それでも良い。長々と話す必要もないのだ。

話は変わるが、 スウェーデンで大親友になった女性に日本で再会したことがある。彼女がまだスウェーデンで暮らしていた頃、私たちは家族同然の付き合いをしていた。会わない日でも毎日一時間近く通話をしていた。
その彼女と日本のイオンモールを一緒に歩いていた時、唐突に言い渡されたことがある。
「貴方とは、知り合ったのが異国でなかったら絶対に親友にはなっていなかったと思う」
その言葉はニュアンス的に良い意味には解釈できなかった。
「私はね、通常の人と気が合うの」、彼女はそう続けた。
通常の人とは果たしてどんな人であろう。人それぞれ個性というものがある。彼女のその言葉一つで、私たちが親友として、異国にて助け合った五年余りの月日が否定されたようで私は一瞬、空虚感に包まれた。
すなわち、異国の狭い日本人社会ではあまり選択の余地もないので、ケミストリーの合わぬ人でも仕方なく仲良くしていたのだ、というようなニュアンスであったのだ。
すでに五年以上も経つのに彼女のその言葉を咀嚼しなければいけない瞬間が時々訪れる。たとえ日本に住んでいたとしても、心から信頼し合える親友が簡単に見つかるという保証はないであろう。大概の人々の社会的生活範囲はさほど広くはない、と想像する。
私は、無神経なその言葉を発した彼女の浅慮さと、何を始めても継続出来ない彼女の持久力の無さを、なかば憐れみ、なかば蔑んでもいた。かりに、彼女に日本で出会っていたとしたら、私も彼女を親友の対象として選ぶということはなかったかもしれない。
しかし、私は、海外で選択肢が狭かったため、さほど価値観の合わぬ人間を親友として選ばざるを得なかった、という彼女の価値観には同意出来ないのである。
海外だからこそ、バックグラウンドを超えた多様な人(グローバルな友人)と出会うチャンスはある。だから私は、目の前の出会いを『選択肢がなかったから』などと言う理由で片付けたくないのだ

話を対岸の彼女に戻す。
私は控えめにも親友と呼んでいるが、彼女の方はそう思っているかは定かではない。彼女は自分の感情をさして表現しない。私に関しても彼女が本当に私の親友であるのかは判断できない。しかし、マンションという高価な買い物をする時に、彼女の存在を意識しながら選んだのであるから、彼女に特別な親しみを感じていることに疑いの余地はない。
少なくとも彼女には、「ここでは他にさして気が合う人も見つからないからこの人と時々会っている」、などと感じていてはほしくない。
彼女とは久しぶりに会ったので、話したいことは多かったが、彼女は橋の中間点の矢印のところで佇み、「今日はここで別れよう」、と言う。私はもう少し歩いても良いと提案したが、彼女は不動だにしない。それでもその場に佇みながら少し話をしていたが、
「この橋は交通量が多すぎて、うるさすぎるから今日のところは帰ろう。今日は手作りのキムチを頂きに来ただけだから」、と言い放ち、身を翻して橋の向こうの自分のマンションの方へ歩いて行った。
手作りのキムチの受け渡しをする、あたかも日本の近所付き合いのようである。
私はしばらく、彼女の華奢な体がさらに小さくなってゆくうしろ姿を見守っていたが、次第にそれも橋の勾配の下へ消えていった。























