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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Momoko Nakamura Column

Fly Me to the Moon

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中村桃子
フリーライター/構成作家

大阪在住

関西大学社会学部マスコミ学専攻卒

学生劇団「学園座」演出・役者OG

喜劇作家・檀上茂氏に師事

「大阪シナリオ学校 演芸台本科」卒

ラジオ番組ADから大阪の制作会社勤務を経てフリーのライターとして活動

 

ストリップ劇場と旅芝居の芝居小屋と酒場に通い、とある書籍化に向けた原稿企画2本に取り組む日々。

ウェブマガジン「tabistory」にて酒場の話と誰かにとってのHomeの話、2種類を連載中。note「桃花舞台」も(ほぼ)1日1note、1日1エッセイ更新中。

 

東京・湯島の「Bookstore & Gallery 出発点」で5月から2箱「本屋・桃花舞台」をスタート。

SNS以外に、SNSを超えての〝繋がりの場所〟を、と、おすすめ本と、フリーペーパー、置いています。

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過去の仕事など詳しいプロフィールは

https://momohanabutai1122.seesaa.net/article/202011article_1.html

ただいま、おかえり、いってらっしゃい

2.10.2024

DAYS /  Momoko Nakamura Column

Fly Me to the Moon

ただいま、おかえり、いってらっしゃい

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「旅って何だろう? と考える。

「自分の居場所から離れて、滞在あるいは移動中であること」と杓子定規に考えてみる。

そう仮定すれば、旅を続けることは難しい。

どんな場所だって、たとえそれが、飛行機の窮屈な座席だとしても、

そこで長い時間を過ごしてしまえば、やがて自分の居場所になってしまうだろう。

自分を取り囲む環境に対して、「ここは自分のいるべき場所ではない」と意地を張り続けることは、並大抵の意思の力ではできないと思う。

だから、多くの場合、旅はどこかで終わりを迎える」

『未必のマクベス』(早瀬耕著、ハヤカワ文庫、2017)。

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「現実ばっかり見てるんやから夢見させてくれや(笑)」

昨年12月の頭に行った温泉地の劇場で、

とても楽しそうにしていた一見さんが、同行のお仲間にツッコまれて、言っていた。

10何年かぶり? に出演する大好きな踊り子さんを観に出かけた地でのことだ。

名も知らないもしかしたらこの先一生会わないかもしれないお客さんの言葉がなぜかとても胸に残った。

一か月後、年の初め最初の日に、この劇場がある地を含む一帯が、そのようなこと、になるなんて、誰が想像しただろう。

年明け、元旦に起こったこと、年があけて事の真相があきらかになったたくさんのこと。

年があけても終わらず続いていること、次々にあたらしい事実が出てくること。

目を覆いたくなること、でも、もう目を瞑ったり瞑った振りをしたりは出来ないこと。

天災も、人災も。

今まで目の前にあったけれど、見すごしたり、

見てみぬふりをしてきたかもしれないたくさんのことが目の前にある2024の始まりだ。

あまりのことに、これまで以上に言葉が出ない。

という人は、わたしを含め、今、多いのではないかと思う。

自分たちになにが出来るのか。力のなさ不甲斐なさにやきもきした・している人も少なくないのではないか。もどかしいこと、くやしいことは、多すぎる。

この気持ちすら、傲慢なのかもしれない。

けれど、もっと、考えたり、動いたり、そのためには。

まずはもっと知ること、知ろうとしなくては、と改めて思わされた、思わされている。

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あの温泉地の夜は、思い出すたび、ふしぎな心地になる。

行ったのは初めてではない。何年も前に人に連れられて訪れたし、

旅芝居・大衆演劇の公演先としても、各地の温泉とセンターは馴染み深い。

もう閉館してしまったものも少なくないが、幾つも足を運んだことがある。

笑えることも、笑わなしゃあないことも、たくさんあった。

でも、なんだ、なんやろう。

その舞台を「ほんとうに好きだ」と思った人を追いかけて行く、地方の温泉地の劇場。

ばたばたと行って、観て、ばたばたと帰るとしても、一泊の旅。

馴染みのない地。ローカル鉄道。湯けむりの町。

足湯。屋台村(一人でよぉ入られへんかったけど)。老舗のデッカい寂れた旅館。

ドキドキと、そわそわと、緊張と、わくわくを感じるのは、何度どこへ行っても、きっと旅の醍醐味だろう。

熱と酔い、酒があっても、酒がなくても、ふわふわと。

わいわいとがやがやと、シン……ッと。

追っかけさん、一見の「ちょっと入って観てみよう」なお客さん、

地元の人、さまざまな人が集う劇場は、都会(という言い方はおかしいけれど)のそれとは、また違う雰囲気で、不思議な夜だった。

あったかさやふしぎな懐かしさのようなものもあって、ほんとうに「夢みたいだな」と思った。

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夢じゃない。

「夢だけど、夢じゃなかった」

御存じ、宮崎駿監督作品『となりのトトロ』の名台詞。

「夜の夢ことまことなり」

これは、江戸川乱歩が好んで色紙に書いたと言われるフレーズ。

正確には「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと」。元はポーの「A Dream Within A Dream」。

夢であってほしいようなことも、夢じゃなくて。夢のようなことも、現実で。

その境界線があいまいになるのが旅なんかなあ。

旅ってなんや。

旅って旅だけど日々、生きることそのことそのものかもしれへん。

人生かもしれへん。

って、なんやそれ。

年が明けて、立て続けに身内が亡くなった。

どちらも名も知らぬ思い出も出てこないような間柄の年上の者だったが、

うち一件はとある遠くの島にまで行ってのお別れで、もう一件は地元である大阪だった。

こういったことが続くと、日々や人生とやらに想いを馳せざるをえない。

日々は旅。のようなもの?

柄にもなく感傷的になってしまうのは、日々低空飛行気味になる冬やからかな。

 

そんなこんなで、冒頭の引用が、飛び出した。

昨年末、新幹線の乗車前に立ち寄った新大阪駅の書店でPOPに目が釘付けになった。

≪どうか最初の1ページだけでも立ち読みして欲しい≫

言うたな? そこまで言うたな? いつ何時誰の挑戦でも受けるわたしは読むことにした。

1ページ立ち読んで、ちゃんと買うた。

内容はなんだかまるでビッグコミック系漫画みたいだった。

ハードボイルド、経済、恋愛(初恋の人だのなんだの)、犯罪、アクション、旅。

主人公もまわりもなんだか気取っていて、もとい美学があって、

なんや、これ、ちょっとお洒落な島耕作?! 文体はハルキというかチャンドラー風?

つまりはなんだかいけすかない。

でも、表紙をめくって、まず最初にあらわれるこのフレーズが、なぜだか、頭を離れない。さすが。POP。なるほど。冒頭。

 

旅ってなんや。

ただいま、おかえり、いってらっしゃい、おつかれさま。

 

東海道新幹線のチャイムが昨年7月21日から変わったことはご存じの方も多いだろう。

『AMBITIOUS JAPAN!』から、なぜかUAの歌となった。

初めて聴いたのは昨年劇場へ向かう際のことで、「わぁ」となったが、もう慣れた。

でも、もうひとつ、旅に出かける際の「わぁ」がある。

10月31日に終了となった車内販売サービスの代わりなのか、

コーヒーの自動販売機がホームに設置されたことだ。年明けに気付いた。

SHINKANSEN COFFEE。って名前そのまんまやん。しかもこいつが、クセモノやねん。

購入ボタンを押してから、豆が挽かれ、抽出され、カップを手にするまで、1分半かかる。

発車時間ぎりぎりにホームに上がってきた人が、購入ボタンを押すも、放ったまま乗ってしまうのも何度か見た。

「1分半かかりますよご注意下さい」的な説明書きが貼られるようになったのも見た。

しかも、1分半の間、新チャイムとなった歌が爆音で流れる。

「会いにいーこう」

なんの罰ゲームや。

隣の自販機で気まずそうな顔や真顔になっている初めてさんと目が合うことも少なくない。

そこまでの過程を経て提供された味は美味しくもなければ不味くもない。

ぼーっとした頭に、苦みと旨味、夢と現実、with爆音。知らない人と笑い合う。

 

あなたはどちらへ? 春は目の前。よい旅を。

月と靴下

12.10.2023

DAYS /  Momoko Nakamura Column

Fly Me to the Moon

月と靴下

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それは満月の翌日のことだった。

 

わたしにとって11月は大事な月だ。

大好きな劇場で大事な興行がある。

大好きで大尊敬する踊り子が出演して8年目となる。

京都にある劇場の開館記念興行、「金銀銅杯」と名付けられたこの公演は、

昭和40年代から続くらしい。

実力も人気も兼ね備えた踊り子たちが出演し、

全国からの熱いファンがそのステージを楽しみに訪れる。

ここで彼女を観たことがきっかけで追いかけるようになった。

舞台や劇場、人間やその尊厳、人が生きることについてより考えるようになり、

人間が、より一層、嫌いだけど、好きになった、愛しく思えるようになった。

と、いうことは前号vol.33「PEOPLE」でも語らせていただいた。

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楽しい日々というか週を過ごしながらもいろんなことはある。

仕事も私事も日々わんさか。働かざる者推すべからず。

親だのなんだの絡みのこともわんさか。若くなくなった者の「あるある」だろう。

俗世の諸々から逃れられる人は誰も居ない。

頭の中は観た・観る舞台のことでいつもいっぱい。でも日々いろんなこともいっぱい。

無事に迎えられた楽日、大好きな踊り子さんや共演の踊り子さんが、それぞれのステージを終え、皆、拍手、喝采、「おつかれさま~!」。

各地の劇場へ旅もしくは帰っていかれるだろう笑顔を見て、ホッ&ストンと人心地。

たまった仕事やそぞろになった私事を片付けたり、

でも、次の週も推しである彼女が出演する劇場に行き、さあ次の予定も考えななあ。

そんな日々を過ごし、所用や仕事関係で東にも行った。

見たかった絵を展示最終日に駆け込んで見た。

東の知人に頼まれていた「阪神タイガース優勝記念五紙セット」などを渡した。

渡すついでに一杯じゃない一杯をやったりもした。

帰り道、ほろ酔いの頭でふと見上げると、大きな月がまぁるく出ていた。

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ビーバー・ムーン。

 

この数年、月を見るようになった。

ジャズや俳句を愛する粋人からの受け売りである。

各月の満月には名前があることも知り、面白くなった。

11月の〝ビーバー〟には、狩猟の月など、いろんな説があるようで、

齧歯類なあいつらの、獰猛なのに惚けた顔が頭に浮かび、笑ってしまう。

スピリチュアルや信心深さとは縁遠いし好きではない。

でも少々酒の入ったアタマで見上げた月は、妙におおきく、

凄味さえ感じられるような気がして、笑いながらも、じぃんとなった。

 

「DAYS」へのお誘いをいただいたのは、その翌日だ。

 

先にも触れた前号の「PEOPLE」には不思議で嬉しい縁から寄稿した。

大好きな一枚の絵と、舞台と劇場、人と人びと、つまりは、自己紹介の文を、

絵と、劇場にちなんだ、いや彷彿とさせるような雰囲気と余韻あるデザインの中に入れて下さり、縁や人間のおもしろさ、かけがえのなさとありがたさ嬉しさを思った。

そんな同Webマガジンの不定期連載コラム「DAYS」は、さまざまな国や地域で暮らす素敵な皆さんの想いと記録だ。ええの?! こんなアナーキーな大阪の物書きが参加して?!

せやけど嬉しい。めっちゃ、嬉しい。

 

ちょうど件の絵を見た、2日後のことだったのだ。

 

絵は想像していたものよりずっとちいさかった。

展示最終日の館内には人が群がっていて、待ちきれずに、皆の頭の後ろから覗いた。

ちいさいから、ゾクリとした。陰影に。「漫画みたい」褒め言葉。

帰り道に考えた。「彼女は、どんな気持ちでこの絵を描いたんやろ?」

もしかしたら「すげぇ絵を描いてやろう」とかじゃなかったかも?

彼女にとって光と影は自然と見えていたもので、「え? なんで皆描かんの?」だったのかも?

かの絵を目当てに集う人、絵の中の光景とシンクロするような、不思議で、俗で、人間すぎる光景と、そこに居る己へのツッコミと笑いからか、考えた。

タイムマシーンはない。彼女には会えない。

仮にもし会えたとしても人の心の中は、わからない。でも、ふと。

 

まるで、月を見ているときみたい。

 

誰もが見る。見上げたらある。

見えたり隠れたりするけれど、いつも自然とそこにあって、

その日その日で「かたち」が変わる。

太陽みたいにいつも明るく元気にぱあーっとじゃない。

ぼんやりしていたり、主張していたり、雲に隠れたり、また出たり。

まるくなったり欠けていったり。明るかったり暗かったり。妖しかったり、優しかったり。

だから古来より様々な人の想像力を掻き立ててきたのだろう。

皆が日々や想いを乗せて見てきたのだろう。

当たり前やけど、不思議で、不思議やけど当たり前な、「そこにあるもの」。

光と陰は表裏一体、どちらもいっしょで、どっちもどっち。

そうして、1日は始まり、終わり、続いていく。

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わたしは、美しいものが好きだ。

「究極」や「完璧」やそれに近い(と思う)ものに憧れ、惹かれる。

でも、同じくらい、「どうしようもないもの」や「俗っぽいもの」にもまた惹かれてならない。

「厄介やなあ、あほやなあ、しゃあないなあ」「ああ、もう、なんか、なんなんや」

不完全だけれど完全を目指そうとすること、理解し合えないものが例え出来なくても無理だったとしても、しようとする、ことや姿。

完璧じゃないけど、ないから、完璧を目指そうとすることまたも美なんじゃないか。

例えばそのあがきやもがき、悩みも苦しみも、まるいものも、欠けているものも、陰るものも、あほなものも、それもきっと、美しさであり、人間だと思ったりする。

 

前回は「花」で今度は「月」。大阪弁で言うと「いきってる」?!

でも、「何を書こうかな」と考えたときに浮かんだのは、このようなことで、

ちょうど、きれいな、月だった。

 

花月という言葉をご存じだろうか。

大阪・吉本興業の劇場「なんばグランド花月」の名にも使われている。

由来を、若き日に師事していた、吉本新喜劇の創始者である老作家が教えてくれた。

「人生というのはな、花と咲くか月と陰るか、いちかばちかの勝負っちゅうこっちゃ」

血の気の多いわたしは今も時折思い出す。でも、ちょっとアレンジしたい気持ちもある。

「花と咲こか、月いっしょに見よか」

アレンジちゃうし。粋さもないし。でもなんだか「Let's」の気持ちなのだ。

いろんな場所で、それぞれの今いる場所で。同じ気持ちになったり、違ったりしながら。

そんなゆるゆるつながる「Let's」って、なんかちょっと素敵やない?

12月、今年最後の満月は27日の「コールド・ムーン」。

どうぞあったかくして「Let's」である。

身体冷やさんように。靴下とか大事やで。もこもこのとか、二重履きとかでね。

これも、美。美じゃないけど、美やねん、きっと。

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