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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Sachiko Kuroiwa Column

パリの屋根とバイオリン

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黒岩幸子
ヴァイオリニスト/教師

パリ在住。ミラノ交響楽団第一ヴァイオリン奏者を経て渡仏。

フランス内外のオーケストラ及び室内楽奏者として活動を続ける。

近年ではパリで後進の指導にも情熱を燃やす。noteで様々な考えを発信している。

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5.5.2022

DAYS /  Sachiko Kuroiwa Column

続・それでも世界は美しい。

シュールな現実、濃密な仮想空間。

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2022年の春は思いのほか早くやって来た。

パリではワクチンパスが取り下げられて、既にひと月以上が過ぎ、特定の場所を除いてはもう3年前のイースター休暇と何ら変わらない賑やかさが街に戻っている。

何事もなかったかのようにカフェのテラスで笑いさざめく人々や、人気のパン屋の前にできる夕方の行列、メトロのホームで抱きしめ合う恋人たち。

 

これらの情景はクラピッシュの映画に出てくるワンシーンような、私達のよく知っているパリの姿に【とてもよく似て】いる。

でも何かが違う。それらはすべて【質量】みたいなものを失っていて、どこか透明に見える。

変わったのはパリか?それとも私か? 

たぶんその両方だ。

もしかすると私は今日もパラレル・ワールドに来てしまっているのかもしれない。

でも一方で、今【現実】と呼ばれているこの混沌として油断を許さない世界よりも、もっと味の濃い現実というものが自分の中に存在している。

それは音や自分の気持ち、感触といった感覚の世界の現実のことである。

 

私は音楽家なので、音と対話することが仕事である。

つまりウンザリするほど自分の内部を見つめ、いつもイメージの中に答えを探している。

【音】は肉眼でこそ見ることはできないが、臨場感をもって感じとることができる存在だ。

もっと言うと、演奏者は音の場所すら正確にイメージすることができる。

それは自分自身の中にしか存在しない【仮想空間】みたいなもので、その空間の中で私はヴァイオリンを弾いているというよりは、ゆったりと運転席に座ってフロントガラスをひっきりなしに横切っていく映像(音)を眺めながらハンドルを操作しているイメージだ。

 

〈我に返ってはいけない〉

 

これはプロの演奏者なら誰もが知っているステージの上での教訓である。

緊張して我に帰ったら最後、次の音符が記憶から消えてしまう恐れすらある。

それは【気がつく】ことで【考える事】が始まるからである。

これはまさに〈感じること〉と〈考えること〉が別物だということを表している。

そして一旦考えてしまえば、そこで仮想空間は途切れ、音のイメージも途切れてしまう。

だから演奏者は曲が終わるまでずっと、いわば仮想空間(イメージの世界)に居続けなければならないのだが、これを理想的な状態で実現するにはかなりの意識的訓練が必要になる。

 

興味本位にYouTube で量子力学の二重スリット実験の解説動画なんかを見ていたところ、理系の脳を1ミリ も持ち合わせていない私でも気がついたことがある。

それは、ひとが【観察】を始めた途端にそれまで【波動】だったものが【粒子】に変化し物質化してしまうという実験のプロセスが、同様に【観察】することで大きく本質を変化させてしまう演奏のメカニズムを彷彿とさせはしないか?ということだった。

 

かの有名な【引き寄せの法則】は、すでに量子力学の分野でも科学的に証明されつつあるらしいが、この【引き寄せ】で最も重要と言われているのもまたイメージする力である。

イメージするということは、間違いなく何かを具現化するための第一歩だ。

 

それが芸術の分野であれば、頭の中の見取り図が実際の建築になったり、彫刻になったり、又は音になったりする。

逆に言えばイメージがないところに何も起きないし、何も作り出されない。だから引き寄せの法則が常に言うところの〈臨場感をもってイメージする〉ことが、人生における夢の実現と密接に関係しているということは、アーティストにとってみればなんら驚くに値しないことなのかもしれない。

 

ちなみに素晴らしいものをイメージをしやすくする方法が一つある。

それは気分を良くすることだ。

これは音楽でも同じで、自分の理想の演奏をイメージしようとすると暗い気持ちではかなり難しくなる。

ポジティブな気分、ほとんど楽しいとすら言える気分になると素晴らしいイメージの力は増す。

 

今の私の人生が私が過去にイメージしたものの結果であるとするならなんと奇妙なことだろう!

東京やミラノに生活していた時代は、映画や音楽を通して飽きることなくパリのイメージの中で生活していた。

パリという街は当時の私のなりたいもの、求めているもの、憧れているもの全てを凝縮した世界以外の何ものでもなかった。

そんなふうにパリのことばかり考え続けた結果、今日私はその都市のど真ん中で毎日を送っている。

その意味においては、私は見事にパリを引き寄せたと言えるだろう。

 

3年後の自分は一体何を引き寄せて暮らしているのだろうか?

そのヒントはまさにこの瞬間、私が【活き活きと】イメージしているものがいったい何かということだろう。

未来へと繋がるパイプは今この瞬間も休むことなく形成されているのだから。

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