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STAY SALTY ...... means column

"FAY" Satoko Column

カリフォルニアの風

from  San Diego / U.S.A.

"FAY" Satoko
writer

2012年に前夫を自宅で看取り、人生を再構築すべく2014年にカリフォルニア州サンディエゴに移住。

仕事では個人から社会まで、幅広い意味での健康と幸せ「ウェルビーイング」をテーマに取材執筆を行うほか、エッセイや短編の執筆も。

 

プライベートでは再婚した夫と犬2匹と暮らし、波乗りとヨガにいそしむ日々。

FAY(フェイ)はアメリカでのニックネーム。

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4.1.2021

DAYS /  Satoko FAY Column

カリフォルニアの風

日にち薬

 

アメリカ、カリフォルニアに引っ越しをしてこの春で丸7年を迎えた。

 

7年前の3月末、ロサンゼルス国際空港に降り立ったとき、わたしにはこちらに親類も友達もいなかった。

頼りは、その前年に北カリフォルニアのシャスタを旅したときに出会ったロサンゼルス在住のYさんと、これから入社する会社の上司と同僚だけ。住む家さえ決めておらず、当面はホテル暮らしで、到着の翌日から会社に出社するという、いま思えばだいぶ無謀な引っ越しだった。

 

日本では湘南鵠沼で二世帯住宅の一軒家に暮らしていたが、引っ越しのために厳選して持ってきた荷物はスーツケース2つぶんだけであった。

亡くなった前夫が「当面生きていけるくらいの金額は残す」と言って残してくれたお金は、その言葉通り、当面生きていくために使わせてもらったため、渡米時にはアメリカ暮らしで必須の車を買うための代金くらいしか銀行口座には残っていなかった。

ゼロからスタートとはまさにこのことだ、というくらい、なーんもなかった。

 

でも、希望はあった。

 

と書きたいところだが、はたして希望はあったのか、あんまり覚えていない。

ただ、日本にいるのがつらかったから逃げてきた、というのが近い気がする。

 

わたしの20代後半から30代後半は、よくもわるくも亡くなった前夫一色であった。

どこに行っても、何をしても、彼との思い出があるような気がしたし、思い出せば思い出すほど、いまここに彼がいないということが大きく感じられてつらかった。

わたしは、残された人生を、泣いて力なく過ごしたくなかった。

笑って生きたかった。

だから、どこか遠いところに行きたかった。

彼のことを思い出させるものがないところに行きたかった。

そういういろいろがあってのアメリカ移住、であった。

 

***

 

海外移住は来てしまえばなんとかなる、とよく言われる。実際、なんとかなったから、いまのわたしがある。

でも、振り返れば、最初の3年くらいは必死であった。

 

渡米したてでまだ歯科保険に入れていない時に、10年以上ずっと大丈夫だった歯の詰め物が取れるとか。

ケチって格安の中古車を買ったら、買ったはなからスピードメーカーが動かなかったとか。

さすがにそれは販売店に無料で直してもらえたが、今度は1週間後にエンジンがかからなくなったとか。

その車は最終的にはラジエーターが漏れるようになって、直すお金も買い換えるお金もなかった当時は、トランクにラジエーター液を積んで、毎回、乗る前に自分で補充していた。

 

どれもこれも20代の若者であれば人生経験としてネタになるが、わたしはそのとき30代も後半で、日本では何不自由なく暮らせていたのに、アメリカでは不自由ばっかりで、なぜこんな思いをしてアメリカにい続けるのだろうと自問自答したものである。

 

結局、日本に帰らなかったのは、帰ったところで、前夫はいない、わたしが望む暮らしはもう日本にもない、とどこかでちゃんとわかっていたからだ。

日本に帰ってもアメリカにいてもどうせ夫はいないなら、なんだか大変なことがいろいろ起こって生きるのに精一杯というアメリカのほうが都合がよかった。

毎日やらなきゃいけないことが多すぎて気が紛れたからだ。

 

石の上にも3年とはよく言ったもので、たしかに3年目あたりから、「あれ? わたしもう、そんなに一所懸命にならなくても生きていられるかも」と思えるようになった。

のちに再婚する現夫と、趣味のサーフィンを通じて顔見知りになったのも、この頃のことだ。

***

 

毎年、桜の季節がきて、SNSのタイムラインが桜の写真で埋まると、懐かしさと恋しさで望郷の念にかられたのだが、今年は不思議とその気持ちはなく、「日本の桜はやっぱり綺麗だなぁ」と心から堪能できている自分がいることに気がついた。

 

きっと、これまでは、「今年も日本で桜を見ることができなかった。

もう○年間、お花見をしていない」という考え方をしていたのだと思う。

それまで30年以上、春が来れば桜を愛でるということを当たり前として生きてきたわけだから、当たり前だったことができないと嘆くのは自然な心の動きだろう。

でも、7年が過ぎた今年、わたしの心はわたしの知らないところでようやく諦めて吹っ切ったように見える。

わたしにとっては、桜を愛でることのない春が当たり前なのだと。

 

来年になると、亡くなった前夫を知っていた歳月より、彼なしで生きた歳月のほうが長くなる。

もしかしたら、わたしは彼はもういないのだとようやく心の奥深いところで諦めて吹っ切れているかもしれない。

いまなら日本のどこで何をしても心塞がれることなく楽しめるようになっているかもしれない。

 

「日にち薬」とはよく言ったもので、即効性はないけれど、とにかく時間を稼いでいればじわじわと効いてくる。

そして、ある日突然、すごく効いている、ということ気づくのだ。

 

3.1.2021

DAYS /  Satoko FAY Column

カリフォルニアの風

サマータイム

 

アメリカに暮らしているわたしにとって3月の一大イベントといえば、夏時間が始まることだ。

 

いわゆるサマータイム、といわれるやつ。

 

正式にはDaylight Saving Timeといい、それまでより1時間、時計が早まる。

せっかく日照時間が長いんだから、その時間を有効活用しましょうということ。

わたしは勝手に、朝早くから夕方遅くまでめいっぱい太陽を楽しもう、と意訳しているけれど。

 

これから夏に向けて、どんどん日は長くなり、実際、8時くらいまで明るい時期もある。

 

仕事を終えてもまだ太陽が出ているというのは、想像よりずっとずっと自分を明るい気持ちにさせてくれる。

 

お酒飲みの友人は、一仕事を終えて、太陽がまだ出ているうちに乾杯ができるのがうれしいと言う。

お酒が得意でないわたしは、仕事の後にサンセットサーフィンできるのがうれしい。

 

朝もだいたいサーフィンしてから仕事をするので、夏は働きながら朝夕2セッションってことも不可能ではないのだ(やるかどうかは別として)。

 

 

歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏が、いまの人類社会は「虚構」を作り、それを「信用」することで成立している、というような趣旨のことを著書で書いていると知り、なるほどと思っている。

 

夏時間もまさにそのわかりやすい例だと思う。

 

今日からは1時間時計の針を早めようね、という虚構を、みんなで協力してやるから成り立つ制度。

 

昨日までと今日からは、大自然の視座で見たら、たぶん境目などないのに、人間が「今日から夏時間にしましょう」と決めただけ。

 

これは新年もそうですね。

 

日本に暮らしていたときは実感がなかったけれど、カリフォルニアに越してきたら、日本でいう元旦である1月1日は普通に過ごして、むしろ旧正月を祝うという民族グループがたくさんいて、自分の常識は必ずしも標準ではないんだなぁと、書くとたいそう当たり前のことを、初めて実感をもって学んだ。

 

これを虚構に結びつけるとすると、コミュニティーごとに信じている虚構が異なるということだ。

 

***

 

さて、サマータイム。

 

アメリカでは3月の第2日曜日から始まるので、今年は3月14日から。その日の深夜2時に、時計を1時間進める、とされる。

 

スマホやパソコンの時計は何もしなくても自動的に夏時間に対応するが、その他の時計は自分で戻さなければいけない。

 

すぐやらないと面倒になるので、なるべくすぐやるようにしているが、時々、時刻を変え忘れている時計があって、いざというとき混乱する、ということもよく起こる。

 

夫は強者で、ほぼ毎年、時刻を変えずに通す。

けど、そのかわり、「今は一時間早めに見たほうがいい時期だっけ? この数字をそのまま信用していいんだっけ?」と毎回ちょっと混乱している。

だったら一手間かけて変えてしまったほうが効率的なのに、と思うが、もう互いにいい大人なので、余計な口出しはしないことにしている。

 

昔、もっと若い頃は、時計の針に縛られて生きたくないと思っていた。

 

今も、その傾向は、若干ある。

 

ただ、みんなで時計という虚構を生み出し、その虚構を信じることで成り立っている今の社会で、時計の針に縛られないっていうのは、なかなか難しい。

 

「わたしは時計の針を無視して生きる!」っていうことをみんながてんでばらばらにやりだしたら、いまの社会はうまく機能しなくなってしまう思うので。

 

でも、一方で、社員の担当部署を定期的に変えている会社についての新聞記事のことも思い出すのだ。

 

うろおぼえなのだが、一人一人の社員が次に希望する部署を事前にすりあわせたりはしていないのに、部署替えの希望を聞くと、どこかの部署に希望者が集中してしまうことはなく、おもしろいくらいぴったりと振り分けられて、希望でない部署への変更をお願いすることはまだ発生していない、というよう内容の記事だった。

 

もしかしたら、本当の本当の深いところでは、人を自由にさせると社会はちゃんと自然に調和して機能するようにできているんじゃないか? 

 

それにはもっと人類社会が進化して、みんなが自分や他人、いや、それ以上のもっと大きな何かを信頼できるようになる必要があるんだろう。

けれど、いつか、遠い未来には、「みんなでこれを守ろうね」と「虚構」を明文化しなくても、自然と協力しあえる世界が実現するんじゃないか?

そんなことを夢見ながら、わたしは今年も3月の第1週の日曜に時計の針を1時間進める。

 

2021年の、夏のはじまり。

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