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DAYS

STAY SALTY ...... means column

本トのこと

Satoko Kumagai Column

from  Kyoto / Japan

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熊谷聡子
絵本のこたち

京都・伏見の絵本屋さん「絵本のこたち」の店主。

絵本を通して、文化の伝承・交流などを通して、

想いや感じたことを発信中。

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6.2.2021

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

音楽をお月さまに

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ハリエットの奏でるチェロを聴くと両親は

オーケストラで演奏する将来の娘の姿を思い浮かべます。

どんな演奏なんだろう?

正確で丁寧で、控えめで品の良い音色ではないかな。

だけど、ハリエットは自分ひとりでチェロを弾くのが好きなのです。

人前で演奏するなんてまっぴらなんです。

 

でも、「私、オーケストラに入りたいんじゃない」って

はっきりとは言ってないと思う。

ある時、「将来は、オーケストラの演奏家になれるね」って言われて、

つい、「そうかな?」なんて調子を合わせてしまって

嬉しそうな両親を顔を見てたら、「そんなのまっぴら」って言いそびれて、

きっと、そのままなんじゃないかな。

今になって「オーケストラに入りたくない」なんて言ったら、

両親はきっと、悲しい顔をする。

そんなことは望んでない。

 

称賛されたいわけじゃない。ただ、ずっと好きでいたいだけ。

それって、変かな?

みんなと一緒がイヤなわけじゃない。

ただ、誰にも合わせる必要なく自由に好きなことをしたいだけ。

それって、わがままかな?

傷つけたいわけじゃないの。ただ、ひとりが好きなだけ。

それって、さみしいかな?

 

ハリエットは、ひとりになりたかっただけなのに、

フクロウを傷つけてしまったり、お月さまを驚かせてしまいます。

 

ハリエットはいい子なのだと思う。

とても愛されて、大事にされてきた子なのだと思う。

だけど、少しばかり重荷に受け止めていたのかもしれない。

受けるばかりで、与え方を知らなかったのかもしれない。

誰かを傷つけることが、怖かったのかもしれない。

 

お月さまと出会い、ハリエットの心に少し変化が訪れます。

お月さまはそこにいるだけで、誰かの思い出を飾り、誰かを助けます。

そんなお月さまが、ハリエットのチェロを聴きたいと。

 

ハリエットのチェロはどんな音を奏でるのだろう?

静かで穏やかでやわらかくやさしい音色ではないかな。

きっと、月の光のように。

 
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Book 『音楽をお月さまに』

文|フィリップ・ステッド

絵|エリン・ステッド

訳|田中万里

ぷねうま舎

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5.2.2021

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

すてきなひとりぼっち

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冒頭で心をわしづかみにされてしまった。

絵の上手な一平くんは、絵を描いて見せてと教室でみんなに囲まれて

でも、子どもの関心は、すぐにあっちこっちに散らばって、

絵が描けた頃には、ひとりぼっち。

でも、一平くん、こんなひとりぼっちは、なれてるって言う。

雨の日に転んで、傘がこわれちゃったときも、

誰にも気づかれずに置いていかれて、ひとりぼっち。

そんなひとりぼっちも、なれてるって言う。

 

なれてるっていうのは、よくあることっていう意味で平気ってことじゃない。

平気を装うのは、少しばかり上手かもしれないけど

忘れてしまえるほどじゃない。

また、ひとりぼっち。

 

気づかないってことは、誰かをさみしくさせてることにも気づかない。

一平くんだって、気づかないうちに誰かを不快にさせてしまうこともある。

もし、相手の目を見て話してたら、気づいたかもしれない。

 

だけど、ちょっとした困りごとに手を差しのべたら、

目と目を合わせて会話を始めたら、

もう、ひとりぼっちじゃない。

ほんの少し、相手のことを気にかけるだけで。

 

本当はみんな、ひとりぼっち。基本はひとりぼっち。

ひとりぼっちも悪くないです。

誰もいないってことは、ひとりじめ出来るってことですから。

夜明けの空も、静けさも。

 
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Book 『すてきなひとりぼっち』

作|なかがわちひろ

のら書店

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4.1.2021

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

地球のことをおしえてあげる

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地球に寝そべって、男の子が長い長い手紙を書いています。

金色がふんだんに用いられた美しい表紙カバーです。

カバーを外した本体表紙がまた素敵です。

見たこともない宇宙の友だち、どんな姿をしてるのでしょうか?

広い宇宙のどこかにいる会ったことのない友だちに

地球のことをおしえてあげると、男の子は手紙を書きます。

地球は大きな太陽の近くにあって、すぐそばには月があるよ。

緑と青に見える星なんだよと。

どんなところに、どんな人々が住んでいて、どんな暮らしをしているかとか、

何もないように見える海にも様々な生き物がいること。

人と人は争いもするけど協力もできる。

老いるけど助け合える。

私たち地球人はこんな風ですよ。

君たちは?

いつ、地球にきてくれる?

そんな、長い長い手紙を書いています。

作者のあとがきによると、この本のアイデアがうまれたのはブータンのヒマラヤ山脈の頂上だそうです。

非営利の国際組織セーブ・ザ・チルドレンの活動で、10人の子どもたちと一緒にいた時、世界中の子どもたちの心がひとつになるお話を作りたいと考えます。

ルワンダやコンゴ民主共和国、インドやシンガポール、ニューヨークにいる時も同じことを考えました。

そうして世界中の子どもたちと話したのちに、アイデアを物語にするのにも子どもたちの手助けがありました。

例えば、「宇宙から来た誰かにおやつをあげるとしたらなにがいい?」

まだ見ぬ相手を想像する子どもたちの答えは思いやりにあふれています。

歯があるかどうかもわかりませんからね。

そして、地球のことを説明することは、とても難しいです。

顔も暮らし方も考え方も、みんなそれぞれに違い、一人として同じ人間はいません。

これが典型的だという地球の人間を表す人は一人もいません。

けれども、みんな地球に生まれて暮らしているという点では同じ。

宇宙の誰かに地球を説明することを想像してみましょうか。

ちょっと、良いように言いたいなぁなんてことを思ってしまいますよね。

地球上のみんなが、ちょっと良いように言いたいなぁって考えたら、世界は少し、良くなるんじゃないかなぁ。

Days Top
 
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Book 『地球のことをおしえてあげる』

作|ソフィー・ブラッコール

訳|横山和江

すずき出版

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3.1.2021

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

ポッコとたいこ

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ポッコという女の子のカエルがいました。

お父さんとお母さんと一緒に、静かな森のきのこの家に暮らしています。

お父さんとお母さんは、ポッコに太鼓をあげたのは間違いだったと考えています。

お父さんは静かに暮らしたいのです。

ポッコがうるさくするので、お父さんは外へ出るように言いました。

でも、あまりうるさくするな。

お父さんは目立ちたくないのです。

ところが、外で太鼓をたたくポッコに、ひとり、またひとりと仲間が増えて…

 

カナダのイラストレーターで漫画家のマシュー・フォーサイスの暖色ベースの絵は色合いも美しく、コミカルな展開も楽しい作品です。

ポッコたち一家のご飯を作ったりポッコに話して聞かせるのはお父さん。

お母さんは本を読んでばかり。

でも、お父さんよりはポッコに理解があるようです。

文中、「女の子のポッコに」とあえて書かれているところからも、ジェンダーの視点から読むことを誘われます。

ポッコは才能豊かな女の子なのでしょうね。

何を与えても、両親の予想の斜め上をいく使いこなし方をします。

ですが、お父さんは間違いだったといいます。

目立ちたくないのです。

ポッコが男の子だったら、どう思ったでしょうか。

ポッコは家を出て、静かで美しい森でひとりで太鼓をたたいてる時、「しずかすぎる」と、思います。

もしかしたら、ポッコと同じように楽しく暮らしたい動物は他にもいるけれど、目立つことを嫌う家族に静かにしていることを要求されているのかもしれません。

途中、仲間に加わったおおかみが同じ仲間のうさぎを食べてしまいます。

ポッコは毅然とした態度でおおかみを叱りつけ、おおかみは心から反省します。

ポッコも小さいけれど、おおかみを恐れて逃げ出したりしません。

ポッコはリーダーとしての資質も十分に備えているようです。

大勢の動物たちがポッコについていきます。

音楽の音はどんどん大きくなり、やがてポッコのお父さんとお母さんも巻き込みました。

お父さんは、驚いて「やめてくれ!」といいますが、先頭のポッコを見て、お母さんに言います。

「すごく いいんじゃないか、あの子!」

森が静かだからといって何も問題がないとは限らないのです。

本当に心が求めていることに気づかないようにさせられているのかもしれません。

気づかせる存在は、うるさいと感じるかもしれません。

 
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Book 『ポッコとたいこ』

作|マシュー・フォーサイス

訳|青山南

化学同人

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2.1.2021

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

追悼 安野光雅さん

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画家で絵本作家の安野光雅さんがお亡くなりになりました。

安野さんの代表作をあげれば枚挙にいとまがありませんが、私にとって特別な絵本は、1968年に福音館書店のこどものともから発行され、半世紀以上にわたって愛されつづけているロングセラーの『ふしぎなえ』です。

その絵本をはじめてみたのは、実家近くのお寺でした。

昔からの田舎の町には児童公園もなく、お寺が地域の子たちの遊び場になってました。

お寺にはピアノもあり、週に1、2度、先生がやってきてピアノ教室がありました。

私はピアノは別のところで習っていたので、友だちがレッスンしている間、ひとりで大人しく小さな本棚の本を手にとって読みふけってました。

『お釈迦さまの誕生』とか、そういう本の中にまじって、『ふしぎなえ』があったのです。

『ふしぎなえ』では、とんがり帽子のたくさんの小人たち……小人かどうか分かりませんね。

決めつけちゃいけません。

とんがり帽子の人々が天井にぶら下がって……ないですね、絵本を逆さにすると、ちゃんと立ってます。

歩道橋のような階段を上ったり、上ったり、延々上らないといけないですね。

疲れ果ててる人もいます。小さいのか大きいのか、上なのか下なのか、はたまたどこにつながってるのか、見たこともない不思議な絵。

外国の雰囲気の漂うふしぎな絵の世界に夢中になって、いつまでも眺めていました。

お寺の御堂の高い天井や仏様の掌の上に、とんがり帽子が隠れてるんじゃないかと、息をひそめて、あちこち探してみたりもしました。

絵本って、おもしろい! わたし、絵本が好きだ。

と、自覚した最初の絵本が『ふしぎなえ』です。

中学生になって、もう小さい子たちのようにお寺で遊ばなくなり、どうしても手元に置いておきたくて、お小遣いで最初に買った絵本も『ふしぎなえ』でした。

 

絵本のこたちは古い民家を改装したのですけど、靴を脱いで上がるようになってます。

お寺で畳の床に『ふしぎなえ』を広げて見いってた覚えがあるので、そうしました。

『ふしぎなえ』は、絵本のこたちの原点です。

物事をいろんな方向から見てみること、見えない側を想像すること、見えてるものが思い込みでないか疑ってみること、ああでもない、こうでもないと考えてみること。

そういうのが楽しい! 

と思えるのが『ふしぎなえ』です。

ニュースで訃報を知った時、絵本のこたちでは安野光雅挿画展を開催中でした。

ギャラリーの壁にかけた安野さんの絵に囲まれながら、悲しいけれど安野さんという作家のおかげで、この世界はずいぶんステキになったよな、と思いました。

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Book 『ふしぎなえ』

安野光雅 作

福音館書店

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1.3.2021

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

メアリ・ポピンズ

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ロンドンの桜通りのバンクス家に東風にのってやってきたメアリ・ポピンズは、

階段の手すりの上を、しとやかに滑り登るという軽業をやってのけます。

これでもう、バンクス家の四人の子どもたち、上のふたりのジェインとマイケルの心を鷲掴みにするのですね。

しとやかに、ってところが大事です。

メアリ・ポピンズは分別をわきまえた大人ですから。

就業にあたっての条件も、バンクス夫人にきちっと交渉して自分の希望を叶えます。

雇われる身だからといって、へりくだった様子は全くなく、自分の方が世の中をよく知ってるという風に毅然とした態度はあっぱれ。

メアリ・ポピンズって、こんなに大人だったっけ?

魔法が使えて、気ままでお洒落で、子どもみたいな人じゃなかったっけ?

『メアリ・ポピンズ』は愉快で楽しいお話ですけども、子どもが大人になるにつれ、失っていく想像力や、常識にとらわれていく寂しさを描いたお話でもあります。

バンクス家の下のふたり、双子の赤ちゃんのジョンとバーバラは、日の光やムクドリとお喋りが出来ます。人間の大人には解らない言葉で。

けれど、他の人同様、そのうちムクドリの言葉がわからなくなります。

ジョンとバーバラは忘れてしまったことにも気づかず、ああ、その時が来たんだ、と解るのはムクドリの方。

メアリは「泣いてんの?」とムクドリを冷やかします。

こんなことは当たり前で、何百回と見てきたという風に。

メアリ・ポピンズが特別なのは、子どもの心を残したまま、大人の分別を身につけた稀有な人なんですね。

 

常識にとらわれない人は、メアリの他にも、自分の描いた絵の中に入れるバートや笑いガスで宙に浮かぶウィッグおじさん、夜空に星を貼り付けるコリーおばさんがいます。

メアリはそれぞれの人に対して、思いやりと礼儀を尽くして付き合います。

大人であるということは、自己主張が出来るだけでもないし常識的であることでもない。

バンクス家の子どもたちに対しては、子守りとしての厳格な態度を崩しません。

気難しく、何でも知ってるのに簡単には教えてくれないメアリは、マイケルが理由もなく悪い子だった火曜日には、マイケルを問い詰めることもせず、逆に理由もなく悪い日もという態度で、さらには不思議な磁石で世界の広さを見せます。

自分が小さな子どもだということを思い知ったマイケルは、メアリのそばで安心して、ゆっくりと時間をかけてミルクを飲み、温かいベッドの中で生まれてきてよかったと心の底から思います。

そんなマイケルを前にして、メアリは感傷に浸るでもなく、子どもが幸せなのは、さも当然という態度で夕食の後片付けをするのです。

『メアリ・ポピンズ』は、子どもにとっては愉快なお伽話。

大人にとっては、大人になるってどういうことだろう? と考えさせられるお話です。

子どもに接する時「子どもの目線に立って」とはよく言われることですが、子どもに合わせるということではないと思います。

メアリ・ポピンズは、子どもの見えている世界を理解しつつ、世界への扉を開かせることの出来る人。

自分という大人と出会うことで成長を促すことが出来る人。

ロールモデルにしたい人です。

 
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Book 『メアリ・ポピンズ』

作|トラバース

訳|岸田衿子

絵|安野光雅

朝日出版社

https://cotachi.thebase.in/items/37508020

12.1.2020

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

おばけのいる家

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うちの実家におばけがいるんです。

雨戸がガタガタいったり、柱がミシミシ音を立てたり、天井裏で小さい足音をたてたり、何か棲んでましたね。

あれは、おばけです。

その証拠に正体を現したことがありません。

いるのは構わないんですけど、テレビのリモコンを隠したり、目覚まし時計を勝手に止めたりするのはやめてほしいですね。

もし、姿かたちがあるとしたら、白くて丸くてふわふわ浮かんでますね。

人見知りがはげしくて、少し怖がりで、思い悩むタイプかも。

話してくれたら、喜んで相談にのるんですけど、打ち解けられないまま、実家を離れて20年が経ってしまいました。

 

しおたにまみこさんの『やねうらべやのおばけ』に登場するおばけは、古い家の屋根裏部屋に、もう長いこと一人で気ままに暮らしています。

誰かがきた時はガラスみたいに透明になって、眠る時はマッチ箱に入れるくらい小さくなります。

だから、誰もおばけのいることに気がつかないんです。

ところが、あるときから、この家の女の子が屋根裏部屋に毎日やってくるようになり、おばけは面白くありません。

自分だけの場所を取られたような気がしたのです。

だけど、女の子が屋根裏部屋で探していたのは、実は・・・

 

ひとりが気楽でいいや、目立ちたくないし誰にも気づかれないていい、と口では言っておきながら、気づいてもらえると案外、うれしかったりする。

そういうことって、ありますよね。

普段、十分に人と接していると思ってても業務連絡以外してなかったり、家族と会話してるつもりでも小言しか言ってなかったり。

自分の思いどおりに行動させようと頑張っても上手くいかなくて、ポロリとこぼした本音がスルリと伝わる。

伝えるって、狙うとなかなか難しいものがありますね。

それは、大人も子どももあんまり変わらないんじゃないかなぁ、と思います。

 

しおたにさんの黒を基調に粒子の集合で描かれたような独特の表現は、木炭鉛筆で丹念に描き込まれた不思議な世界。

ざらりとした画面の中にシャープなラインやツルリとしたガラス質のおばけが、なんともミステリアス。

一枚描くのに1〜2ヶ月かかることもあるという緻密な作業。

その原画を間近で見たいと、11月27日から12月15日まで、絵本のこたちギャラリーで原画展を開催中です。

ぜひ、ご覧ください。

 

※ご来場の際は、新型コロナ感染予防にご協力ください。

 
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Book 『やねうらべやのおばけ』

作|しおたにまみこ

出版|偕成社

https://cotachi.thebase.in/items/36597979

 

11.1.2020

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

イワンの馬鹿

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『イワンの馬鹿』です。

決して「イワンは馬鹿」ではないのです。

馬鹿という言葉は、知恵の足りないことを侮蔑して使うこともありますが、バカ正直やバカでかい、釣りバカ日誌、あと、天才バカボンとかですね。

真っ直ぐで器の大きい様子や、他が見えなくなるくらいに夢中になったり、「馬鹿と天才は紙一重」ともいうように、常人には真似できない規格外の人や行動を指しても使います。

さて、『イワンの馬鹿』です。

子どもの頃は、イワンのどこが馬鹿なんだろう?

なんてことを思ってましたが、正直を貫くって並大抵のことじゃありません。

そんなことを実感するイヤな大人になってしまいました。

 

軍人の長兄、商人の次兄はそれぞれの国を治めますが、小悪魔に唆され全てを失っては実家に戻ってきます。

いわゆるデキる兄たちと違って欲のないイワンは、兄たちの言う通りに財産も放棄するし、老いた両親の面倒をみながら手にタコを作って農業に勤しみます。

あまりにも無欲なために悪魔のささやきもどこ吹く風。

逆に小悪魔の仕掛けを幸運に変え、一国の王になったイワンは軍事力でも経済力でもなく、自らがそうしてきたように持続可能な自給自足の国を作ります。

イワンと暮らす末の妹は耳が聞こえず上手く話せないけれど、誰が働き者でそうでないかを見分ける術を持っています。

ああ、いいですね、そういうの。

上手く立ち回ったり、小狡く人を丸め込んだり、楽をして搾り取ったり、そんなことが「デキるヤツ」と評価され出世していく組織もありますが、そんな世知辛い世の中で、イワンの馬鹿っぷりのなんと清々しいこと。

まさに、今の時代に読み返したいお話です。

 

レフ・トルストイ(1828年8月28日−1910年11月20日)は、『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』といった大作や、非暴力主義者としても知られます。

『イワンの馬鹿』はトルストイの理想の生き方が描かれているのでしょう。

アノニマ・スタジオ出版の小宮由さんの新訳『イワンの馬鹿』は、リズミカルでとても読みやすく、親子で楽しみながらトルストイの真髄に触れることの出来る本です。

滑らかなタッチの線画の挿絵はハンス・フィッシャー。

『こねこのぴっち』(岩波書店)や『ブレーメンのおんがくたい』(福音館書店)でもお馴染みです。

少し古風で大人っぽい装丁で小学校高学年から中学生くらいのお子様への贈り物にいかがでしょうか。

きっと、言わんとすることは伝わると思います。

願わくば、イワンほどではなくても普通に、正直に生きてたら馬鹿を見ない世の中になってほしいですね。

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Book 『イワンの馬鹿』

作|レフ・トルストイ

絵|ハンス・フィッシャー

訳|小宮由

出版|アノニマ・スタジオ

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10.3.2020

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

ギリシャのブルース『レベティコ』

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ギリシャ壺のような赤土色を背景に描かれる、表紙の男スタヴロス。

自ら額にグラスをぶつけて血を流す激しさ。

 

音楽より血の方がいいってんなら… オレを殺せ! 今すぐに!!!

さもなきゃオレたちに演奏させろ

 

彼はレベテース。

1920年代のギリシャに生まれた大衆音楽「レベティコ」を演奏するミュージシャンだ。

 

物語の舞台は、1936年10月のアテネ。

半年の服役を終え出所するレベテースのリーダー格マルコスをスタヴロスはじめ仲間たちが迎えにいくところから始まる。

当時のギリシャは、第一次世界大戦や希土戦争の結果、数世代にわたりトルコ住んでいたギリシャ正教徒がギリシャに送還され、その数は150万人にものぼる。

彼らは悲惨な生活を強いられ、都市の門前に出来たスラム街には、その日暮らしをする人々で溢れていた。

その中に含まれていた音楽家たちにより、トルコ音楽がギリシャに持ち込まれて誕生したのが「レベティコ」だ。

ギリシャとトルコの関係は長く複雑で、それぞれのルーツは混じり合っている。

レベテースは西洋と東洋が混じり合う象徴的な存在であり、そのことで目の敵にもされた。

1936年に政権を握ったメタクサス将軍は独裁体制をとり、言論も規制した。

東洋的なるものを排除し、人々の頽廃を招いた原因にレベテースを槍玉にあげ、取締りを強化する。

確かに、スラム街に暮らす人々は先の見えなさに苛立ち、無気力で暴力や麻薬に溺れる日々を過ごす。

気怠く卑猥で野蛮なレベテースの奏でる音楽は、社会から見放された哀切を歌い、投げやりな気持ちを吐き出し、やりきれない思いを抱える人々を結びつける。

ことわっておくと、本書には下品な表現もある。

けれど、痺れるほどカッコいいのは、第二次世界大戦を目前に控え、不穏な自由に歌うことさえ疎まれる窮屈な空気のなか、レベティコが人生の真実、だれの言いなりにもならない魂の自由を歌っているからではないだろうか。

 

『レベティコ-雑草の歌』は、大人のためのバンド・デシネだ。

バンド・デシネとは、フランス語圏のマンガのことでグラフィックノベルともよばれる。

多くは大判のハードカバーで出版されており、絵本とマンガの中間のような体裁をとっているが、絵本では物足りないYA以上の大人にも読み応えのあるストーリーと絵に力があり注目のジャンルだ。

 

作者のダヴィッド・プリュドム(David Prudhomme)は、1969年フランス生まれ。

レベティコの虜になったというダヴィッド・プリュドムの絵が素晴らしい。

身体を揺らしながら踊る姿からはリズムが聴こえそうだし、音楽と音楽の生まれた背景や精神が生み出す世界を演出しているのは、陰影の表現だろう。

全編にわたる光と影の繊細な表現に目を見張る。

室内の仄暗さ、屋外の陽光を表現する陰と影。木蔭が作る模様まだら模様。

次第に暮れて夕陽に染まる赤。夜の闇。

夜の酒場の暗さが昼間のハシシ窟の暗さとまた違うのだ。

乱痴気騒ぎを経て小舟を漕ぎ出し海の上で迎える夜明け。

太陽は何事もなかったかのように世界を明るく照らし濃い影を落とす。

だけど、何事もなかったわけではない。

とどまるもの、抜け出すもの、流されるもの。

それぞれの選択がある。

魂は自由だ。

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Book 『レベティコ-雑草の歌』

著:ダヴィッド・プリュドム

訳:原 正人

サウザンブックス社

発行:2020年10月

 
 

9.4.2020

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

長田真作の世界

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長田真作さんの最新刊『ほんとうの星』『そらごとの月』が、303BOOKSから、2冊同時発売になりました。

 

赤と黒で描かれた『ほんとうの星』と、『そらごとの月』は青と黒の不思議な世界。

ぽっかり開いた表紙の穴は、いびつで、何かを象ってそうな、案外、何でもなさそうな、何か引っかかる形をしています。

 

『ほんとうの星』の星は、自分がほんとうに星なのか自信がなさそうです。

他の星たちに「ねぇ、君たちは星だよね?」って聞いてみると「あたりまえでしょ」って、そんなこと疑問に思ったこともないみたい。

 

僕は星だよね? ほんとうに星? 星って何だろう?

ほんとうって何だろう? 探しているのは、何だろう?

 

もしかしたら、誰でも感じたことがあるかもしれない。

居心地の悪さや生きづらさ。

自分には、もっと別な場所があるんじゃないかとか、このままでいいのか、とか。

 

もしかしたら、そんなこと考える必要はないのかもしれない。

 

 

『そらごとの月』の月は、ねむれない。

もう、ずっと、ねむれず起きてるしかない。

夜はいつまでも終わらず、夜のすきまから見える、闇にうごめく奇妙な生き物たち。

 

夜はしつこくまとわりついて、月を決して離さない。

いっそ、夜に身を投げようか。

夢に食べられてしまえ!

 

夜の闇の中にいたのか、自分の中の闇に囚われているのか。

 

長田真作さんは、2冊同時や3部作といった形で出版されることが多く、対になったり連作で物語がすすむ。

相反する世界や矛盾が内包されていて、一つひとつの要素が複雑に絡みあってはいるけど、溶けて混ざっているような気はしない。

混沌としたなかにも、キラリと光る何かがありそうな、そんな何かを見つけたいという気持ちになる。

 

ふと、ニーチェのあの格言が浮かぶ。

 

怪物と闘う者は、自らも怪物にならぬよう、気をつけるべきだろう。

深淵をのぞきこむ者は、深淵からものぞきこまれているのだ。

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Book 『そらごとの月』

長田真作|作

303BOOKS

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Book 『ほんとうの星』

長田真作|作

303BOOKS

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8.2.2020

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

ぼくといっしょに

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京都も市内の中心部は人が増えているようです。

当店は観光地から離れてますので、あまり変わりはありませんけども。

準備不足が否めないまま始まったGo to トラベル。

どこかへ行ってしまいたいけど、どこへ行ったらいいものやら。

 

そんな時、空想が助けになりますね。

『ぼくといっしょに』は、とても気持ちのいい絵本。

空から見た街の様子から始まります。

飛ぶ鳥の目線から見た景色を鳥瞰図と言いますけど、今の感覚ならドローン瞰図といった方がしっくりくるでしょうか。

 

おつかいをたのまれた「ぼく」。

どうする? 道はけわしいぞ。

途中の森にはドラゴンもでるし、ゴツゴツの岩山をこえた先には大海原。

海賊におそわれることもあるからね。

やおやさんにりんごを買いに行くには過酷すぎやしませんか。

タネを明かすと、広い庭の木々が森に池が海になんですが、子どもの豊かな想像力で、どんな場所だって大冒険。

息を呑むほど美しいデマトーンの絵は、見るたびに発見があります。

 

作者のシャルロット・デマトーンはオランダの絵本作家。

オランダは、子どもの幸福度が世界一といわれています。

学校では好きな教科から学ぶことができ、ワークライフバランスが浸透しているので、家で家族と過ごす時間が長いそうです。

この絵本に描かれる町の家々の庭からも、それぞれに暮らしを楽しんでる様子が垣間見えます。

子どもが幸せを感じながら、自由に空想の翼をはためかせ冒険に出かける。

そんな国があるなんて、おとぎ話みたい。

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Book 『ぼくといっしょに』

シャルロット・デマトーン|作

野坂悦子|訳

ブロンズ新社

 

7.1.2020

DAYS / Satoko Kumagai Column

本トのこと

バウルを探して

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バウルって、ご存知でしょうか。

バングラデシュの農村部に暮らすか、村から村へと移動する吟遊詩人、どのカーストにも属さない人々。

そのワードだけで神秘的過ぎるし、吟遊詩人てスナフキンしか思い浮かばないんですけど、ユネスコの無形文化遺産にもされているらしく、ということは、実在するんですね。

『バウルを探して』は、まさにバウルを探す旅のノンフィクションです。

旅人の川内有緒さんは、当時、国連を退職したばかりという経歴も面白い。

バウルって何だろう? どこに行ったら会えるんだろう?

下調べからガイド探し、詳しく知ってそうな人探しから、この旅は何かある。

出発前から何か不思議な力に導かれてるとしか思えないのです。

 

既に幻冬舎から2013年に出版され、翌年、新田次郎文学賞を受賞されていますが、今回の三輪舎刊『バウルを探して 完全版』は、装丁も工夫がたっぷり。

その全てが過不足なく、例えば、背表紙がついてないから剥き出しの丁合は織物の模様のよう。

虹色の綴じ糸も美しいのですが、それだけでなく、パカッと開きが良いので見開きの写真もストレスなく見られます。

なぜだろう? 

今日、届いたばかりなのに、既に何年もそばに置いてる本のように手に馴染むのは、さすが、矢萩多聞さん。

もうひとつ、大きく違うのは、旅の同行者で写真家の中川彰さんの写真がふんだんに収録されていること。

既に文章を読まれてる方には、ああ、あの場面とすぐ分かる写真がたくさんで、一度見てしまうと写真抜きには考えられない、なるほど<完全版>としか言い表せません。

 

実は、写真家の中川彰さんとは一度だけお仕事をご一緒したことがあって、もう20年以上前なんですが、出版社に勤めてた頃、ある美術家のインタビューに同行していただきました。

会社の人はみんな、アキラさんって呼んでました。

インタビュー中にも手持ちのカメラで撮影されてたんですが、終了後にポートレートも、とケースから取り出されたのは木製フレームの8×10だったかな? 大きなカメラがとても美しくて、美術家さんも私も、しばし、じーっと見入ってました。

時間があったので珈琲を飲んでから帰ろうかと立ち寄った喫茶店で、さっきのカメラの話をふってみました。

木製フレームのきれいなカメラですね。

やっぱり、仕事道具にはこだわりがあるんですか?

「カメラ向けられるのって、怖いやん? ボクもこんな風貌やしな。ちょっとでも、和らいだらいいなと思て」

ああ、そういう風に対象を向き合う人なんだな、相手を構えさせないように。

写真家は見る方で被写体は見られる方、という一方的な関係ではなくて対等に、というようなことを、何だかいろんな言葉で話されてたのをぼんやり聞いてました。

ちゃんと聞いておけばよかった。

言い訳すると、言葉を探す旅に出てしまったな、という感じに置き去りにされたのです。

正確に言い表す言葉、嘘が混らないような言葉を探すアキラさんは、写真も素とか本質とか、表面的じゃないものを見ようとしてるのかなと思いました。

その頃から、アキラさんはバウルを探してたのかもしれない。

アキラさんがバウルなのかもしれない。

 

「あなたの中に すでにバウルがいるのだよ。こうして私を探しに来たのだから」

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Book 『バウルを探して』

川内有緒・文

中川彰・写真

三輪舎 刊