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DAYS

STAY SALTY ...... means column

酸いも甘いも

Shiha Uenomori Column

from  Tokushima / Japan

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上の森シハ
agriculteur

頭脳派のWebライターから、体力派の農業人・アグリキュルターへ転職。中山間地域でみかんやすだちなどの果樹畑を所有する農家の下、収穫や剪定などの仕事をしている。

noteでは、コロナの影響を受けて農業の仕事を視野に入れ始めた人、異業種から農業への転職に興味がある人向けに、果樹系農業について語ることも。

趣味は味の比較と分析。

  • note
 

7.2.2021

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

流れて縁<えにし>

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2019年の6月、祖母は現世から天国に移動しました。


すると、秋に祖父の弟夫妻が「私たちの代わりに、柑橘を収穫してくれないか」と連絡をしてきたのです。

体は老いて思い通りに動かず、成人してるお子さんはほかの職業に就いててお手伝いは無理。
かと言って、実を生らしたまま放置すると果樹がダメになってしまうし、毎年納品している工場からの信用を裏切りたくない。
初心者でも大丈夫。
お給料は全部そちらが受け取ってくれていい。
いつ収穫するか、曜日も時間帯も自由。

好条件でした。

 

うちの父は屋外の仕事に就いてて私はライターの契約をほとんど解除、母は主婦。
隣の市町村で暮らす兄に頼まれて幼い子どもを預かり、保育園や小学校の行事に参加する日も不規則に訪れるので、私と母のどちらかが長時間働くことが難しい状態でしたから、夫妻のご厚意は助かりました。

収穫した実を自家用車の荷台に積んで運ぶのですが、偶然にも納品先の工場に居る社長は、祖母が仕事でお世話になっていた家の次男さんで、私の下の名前を考えてくれたのは、その人のお父さんです。
「事実は小説より奇なり」ですね。

でも、これだけで終わりません。

 


2ヶ月のあいだにすべての実を収穫し、最終日に
「農業とはもう縁がないのか」
「寂しくなるなぁ」
と思いながら車一台分しか通れない坂道を緩やかなスピードで上っていると、小さな畑で農作業をしているお婆さんに声をかけられました。

スカウトです。

そのお婆さんは、いま私が働いている農園の切り盛りをしているPさんのお母さん。
しかも、たまにお手伝いで来るPさんの妹さんは、私が園児だったときの担任。
驚きの連続に母と2人で「お爺ちゃんとお婆ちゃんのおかげだね」と感謝しました。

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今年、Pさんは実家付近で同じく柑橘農業をしているLさんからアドバイスをいただいたり話をするようになったのですが、Lさんの息子さんとうちの兄は小さい頃から大の仲良しです。
狙ったわけではないのにどうして。

兄と言えば、私たちが弟夫妻の畑で収穫作業をする前は、兄の同級生が経営してる所で短期間、オクラの袋詰めをしていました。

 

今年買った川崎昌平さん著『重版未定』には、こう書いてあります。

「流されるな、流れろ」

祖母が天国に旅立ったあと、ライターの仕事を泣く泣く削ったときは不安と苛立ちを抱えて周りの状況に流されるままでしたが、残してくれた縁を受け入れて流れに乗ってからのほうが順調良く進んでいます。
もちろん頭の片隅では、安定した状況が続くとは思っていません。
不安はあります。

将来なにかがまた起きて農業の仕事を辞めても、私は新たに紡がれる見えない流れを信じ、良かったと思うことでしょう。

 

6.2.2021

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

はみ出る視点

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中学2年生の頃、祖母と一緒に北海道へ行ったとき、親戚のおばさんが私に「ある物」を譲ってくれました。

富士フイルムのコンパクトカメラです。

薄ピンク色にハローキティのワンポイントが入ったそれは、撮る楽しさを我が人生に植え付けた原点と言って良いでしょう。

烏滸がましく、将来はカメラマンもいいなぁ等と浮ついた妄想をしました。

 

車に乗り、千歳空港から釧路にある家まで、片道約5時間の長距離移動。

2匹で仲良く行動する野生のキツネ。

薄紫色に染まっている富良野のラベンダー畑。

少し離れた場所で車が走っても、知らん顔で草を食べるマイペースな牛たち。

私は夢中になって、カメラのレンズを向けました。

 

しかし、別の日に硫黄山や阿寒湖を見に行くと、なんとなくつまらない気持ちに。

閑散とした屈斜路湖へ行ったときは未確認生物のクッシーが現れて欲しいなぁなんて、執拗に水面を見つめたものです。

中学2年生の私は動く物のほうが、表情を捉えやすいと感じていたのでしょう。

 

 

その年の秋は修学旅行で、東京・千葉に行きました。

可愛い物が溢れているディズニーランド。

日本の政治を決める国会議事堂。

お台場にある、遠い未来の建築物みたいな外観のフジテレビ。

東京タワーの特別展望台から見える美しい夜景。

皇居内にある、厳かな雰囲気の二重橋。

映える観光名所だらけでしたから、景色をうまく撮りたい気持ちが先行していたのを今も覚えています。

構図の知識もないのに、自画自賛ながら納得のいく写真でした。

 

 

成人後。

Twitterで、あるカメラマンさんが呟いた言葉に刺激を受けます。

 

「観光名所は誰が撮っても、美しくて当たり前。だから僕は(名所を)撮らない」

 

新しい視点を増やすのは楽しいです。

私はその人のポリシーに感化され、如何に美しく撮れるか考えるうちに、誰から教わったわけでもないのに植物や景色を被写体として撮るようになりました。

花畑を花がいっぱいあると見るか、花の群れとして見るか、花の個体がたくさん居ると見るのか?

考えれば考えるほど脳が湧きそうな話ですけれど、枠からはみ出ることで写真に込める想いも撮り方も変わっていったのです。

 

存在に対して「有難う」と感謝を伝えるのが以前の私。

農業の仕事に就いてから自然に触れる時間が増え、今は「可愛く撮るからね」と、主役に見立てて接しています。

 

****

【今回は最後にメッセージを】

 

『Stay Salty』1周年おめでとうございます!

ライター時代は伝えることを重視しましたが、アグリキュルターという農業就労者の肩書きでは発見を重視しているのだと、コラムを読み返してそう感じました。

この場をお借りして、書く機会をくださった木ノ下さんことALOさんに感謝を。

本当に有難うございます。

 

4.1.2021

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

シーズン終了間際の価値

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貯蔵みかんの出荷シーズンが終わりに近づくと、私の職場では黄色いコンテナがひとつ、倉庫に置かれます。

中に入っている物は無料のおやつ。

お昼の休憩時間中に食べて良し、お持ち帰りも良し。

B品以下のみかんだからです。

 

収穫の時点でかすり傷が綺麗に乾いていた物、赤ダニ(錆びダニとも呼ばれる)の被害で少し茶色くなった物は、B品として安く売ることはできますが

・傷みが激しくて変色した部分がある

・皮が浮きすぎる

・害虫の被害を大きく受けたり植物の病気にかかって、如何にも不味そうな見た目

これらは市場価値がないと見做されます。

おまけに日が経っていて「水くさい」物に遭いやすいのも特徴です。

※みかんの味が薄くて水っぽかったとき、徳島県では方言で「水くさい」と表現する。

 

受け売りですが、お客様は努力の過程を評価しても、結果にお金を出します。

お店に並べる物は見た目が綺麗で、味に自信のある物が良いとされるのは、商売をする上で当たり前の話。

 

対する私たちはB品以下のみかんを価値がある物として、有難く、喜んでいただきます。

なぜなら農作業で汗を掻いた日、空気が乾燥している日の水分補給に丁度いいからです。

しかも、温度の低い倉庫内に置いてあるみかんは、よく冷えています。

ビタミンCの摂取もできる。

加えて、赤ダニの被害を受けて茶色くなった物は、まるで自然の食べる炭酸ジュースみたいな味わい。混ざっているとラッキーです。

 

シーズンの終わり頃といえば、秋に入ると低確率で、黄色いすだちを産直市で見かけます。

こちらも市場価値を失っている状態ですが、お店に田舎寿司を卸す人、一般家庭で使いたい人によっては緑色よりおトクだと思って買うんですよね。

黄色のすだちのメリットは、価格が低い、皮が柔らかくて搾りやすい、果汁が多い、マイルドな酸味。

ドレッシング、酢飯には最適です。

 

……そう。

緑色は硬くて果汁があまり出ませんし、甘味を感じる物はなかなかお目にかかれないのです。

***

コロナ禍を機に注目を浴びたライティングの世界へ飛び込み、いまがシーズン真っ只中のライターさん、増えています。

純粋に「書く仕事がしたい」「生活のため」より、名前を売って仕事に繋げる人が目立っているように感じる今日この頃です。

 

私のほうは昨年、取材ライターの仕事をしませんかと、光栄にもお声かけいただいたことがありました。

復帰は可能でしたが、時代に沿ったフレッシュな記事を書く自信はありません。

流行りに便乗すれば競争疲れに参るのも、目に見えてます。

 

かつて、ドラマやドキュメンタリーに影響されて急に増えた職業がありました。

美容師、弁護士、花屋、芸人。

就いたは良いけれど、仕事に耐えれなくて辞めた人は多かったはず。

どれくらいの人が10年後も続けているでしょうか?

ライターも減ると思います。

コロナ禍の前と同じ書く必要のない状況が訪れたり、ほかにラクで楽しい仕事が流行ったら「書く」こと自体、廃れる可能性は高いです。

 

 

ちなみに農家のPさんはシーズンが終わり間際になっても、売りに出せる綺麗なみかんがあります。

実はこれって、簡単に真似れないのです。

みんながしない商品で価値を上げることは簡単ですし、みんながシーズン中に合わせて大量出荷するのも簡単。

でも、消費者がもう売ってないよねと諦めた頃に良い物を出すの、難しいんですね。

 

価値は上げるものではなく、満たすもの。

私も書くことにおいては、そう在りたいです。

 

3.1.2021

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

価値観を剪定する

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「シハさんも一緒にしましょうっ」

 

「いやぁ。わたしは見ているだけで十分です」

 

「ね、しようよ」

 

3人とも随分前に三十路を越えましたが、賑やかさはまるで、同年代の女学生が集まっているかのようでした。

 

***

 

農家をしているPさんの所では、陽射しが強い夏を除き、倉庫の前でお昼ごはんを食べます。

不要になったと思しきこたつの掛け布団らしき物をコンクリートの上に敷いて座り、食後は

・プライベートの話で盛り上がる

・仕事のスケジュールを話し合う

・スマホを触る

といった具合いに過ごすことが大半です。

昨年の12月26日(土)も、同じ流れになりつつありました。

 

「……あれ?誰か来た」

 

この場にいる人たち全員が足音に注目。

姿を見せたのは用事を済ませて戻って来た、Pさんの旦那さんでした。

 

「はい」

 

旦那さんは新品の道具を、女性陣の前に置きます。

オレンジ色の籠、銀色の枝掛けフック、段ボール箱を縛るときにも使える白いロープの3点セット。

 

「あら。買って来てくれたの?」

 

「数が足りないって、きみ、言ってたろ」

 

「ええ。あなた、覚えてくれていたのね。ありがとう」

 

Pさんに続き、私たちもお礼を伝えました。

ネーブルは大きい物だと、手の平からはみ出るサイズにまで成長します。

ですから、あっという間に籠が満杯。

直ぐさまコンテナへ移しに行けば、移動時間と労力が無駄にかかると考えたPさんは「ひとりにつき、2籠か3籠は必要だ」と述べていましたが、みかんの収穫期と被っていてほかの農家さんに先を越され、近所のお店から在庫が消えて手に入らない状態でした。

 

「このあと使えるように、いまから作っていいですか?」

 

先輩がPさんに尋ねます。

 

「いいですよ」

 

返事は二重丸。

Pさんのご家族が仲良くお昼ごはんを食べている側で、先輩とPさんの妹さんがじゃあ紐を通して作りましょうと、ご機嫌な様子で準備をし始めます。

私は作ることが好きな人、得意な人に任せておけばいいと思い、他人事でいました。

下手に「参加したい」と言わないほうが、スムーズにいく場合があるからです。

 

「シハさんも一緒にしましょうっ」

 

先輩がにこにこしながら声をかけてくれました。

妹さんも「ね、しようよ」と、朗らかな笑みを浮かべて誘います。

私は

 

「いやぁ、見ているだけで十分です」

 

と、笑って返しましたが、問答無用の押しを回避できず、3点セットを受け取りました。

 

 

見本を頼りにああでもない、こうだろうか?と試行錯誤しながら作ります。

誰が一番完成度は高いか見せ合いっこしたら、出来栄えは似たり寄ったりで不恰好。

3人は女学生のように笑い、午後の収穫作業まで楽しい時間を過ごしました。

と書けば、このコラムを読んでくださっている人は「皆さん、仲が良くていいな」と思うかもしれませんね。

昨年の正月明けから夏の収穫期に入るまでのあいだ、私は一生分かり合えないと決めつけていました。

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3年前だったか、ライター講座を受けた同期生数人と、切磋琢磨しながら案件に立ち向かったことがあります。

事務局側の意向でチームに分かれ、納品が完了するまで担当の編集者とのやり取りを共有し、学び合う。

とても良い雰囲気でした。

受講生のうちひとりが「編集者に媚びへつらっても、ライター同士で仲良くする気はない」という無言のスタンスを貫き、案件を適当にこなすようになるまでは。

自己中心の振る舞いはやがて他者に影響を与え、築いた纏まりは徐々におかしな方向へ進んで主旨は崩壊。

輪を乱したその人を、私は好きになれませんでした。

 

 

ライター時代の経験から、農業は自分さえ仕事がデキれば、無理に仲良くする必要はないと思いました。

ところが、個人プレーに見えて実際は共同作業。

与えられた仕事を完璧にこなしたい人とそこそこでも大丈夫と考える人が同じ作業をすると相手に対して合わせるよう求めてしまい、次第に不快な気持ちを抱く。

どこにでもよくある話です。

私と先輩は仕事面の価値観に大きなズレを感じ、劣悪な雰囲気になっていきました。

 

 

 

ゴールデンウィークが終わり、コロナ禍の影響と雨季の関係で休みを挟み、夏に入ってから先輩と再会。

笑みを浮かべて調子を合わせても、また一緒に仕事をすること、お互いに抵抗はあったと思います。

 

(でも、気持ちよく仕事をしたい)

 

正しいと思う価値観がズレてていい、私は見方を改めようと努めました。

休憩時間中にプライベートの話を交わす機会が度々訪れ、先輩が子育てで大変なことを理解し、仕事の大変さに共感したり共通の趣味を知ることで、見事、打ち解けることに成功。

以来、先輩のなかでも変化が起きたのか、仕事への熱意が私よりも大きくなったような気がします。

 

 

果樹は「秋芽」という、黄緑色の芽が生えます。

一見、綺麗に映りますが病気にかかりやすく、果実に感染すると味や見た目が悪くなりますので、不要なモノとして剪定します。

人間も「自分は正しくてあの人が悪い」と判断し、固執すると、正義感は綺麗だと勘違いすることがありますよね。

ですが、要らない価値観だなって知ると、剪定できます。

私は輪を乱した同期の行動に同調できなくても、背景を理解しようと努めたら不快にならずに済んだのかもしれません。

 

それも遠い昔話。

過去は変えれません。

代わりにいま、伸びた心の秋芽を剪定します。

気持ちよく未来を生きるために。

 

2.1.2021

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

一日に幸せを2杯いただく

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野外のコーヒータイム。

アメリカンスタイルが似合う風貌のおじさまと、可愛らしい奥さまがおもてなし。

まるで、喫茶店のテラス席に座っているような雰囲気です。

 

これ、いつもの休憩時間の様子ではありません。

奥さんは、私がお世話になっている農家さんのご友人。

旦那さんを連れて、収穫の手伝いに来てくれました。

旦那さんはコーヒーが趣味で、自ら豆を挽いて淹れる本格派。

今日は特別に3種類ブレンドして淹れたのを水筒で持参し、私たちに振る舞ってくれると言うのです。

 

どんな味か、早く飲んでみたい。

目の前には嬉しげな顔がたくさん並んでいるなか、

……1人だけ戸惑いを顔に出さないよう、堪えました。

 

コンビニの冷たいアイスコーヒーは、阿呆みたいに好きです。

反対に、熱いコーヒーは苦手。

高校生時代に全く飲み慣れていないブラックをバイト先で出され、胃に大きなダメージを受けたことが原因です。

それからはミルクと砂糖を混ぜても、熱いコーヒーを好きになれませんでした。

 

(今日は我慢しよう。ほかのみんなは飲むのに、断ったら空気読めない星人になってしまう)

 

次々に手渡されていく紙コップ。

私にも順番が回ってきました。

ブラックです。

 

「ミルク、砂糖、ありますよ」

 

奥さんの優しい声にホッとしました。

スティック状の紙を破って砂糖の粒を投入。

次は黒に近い茶色と白が混ざり、木製のマドラーを回すと薄茶色に変化しました。

紙コップに鼻を寄せます。

初めて嗅ぐ、統一されていない香り。

 

(飲む前から楽しい。すごい)

 

口にすると砂糖の甘味が、植物油性のクリープが、変な滑らかさで誤魔化す。

しかし、豆本来の味を完全に潰されることはありませんでした。

 

(おいしい)

そのあと、お昼の休憩時間中に「まだありますよ。もう一杯いかがですか」と奥さんが勧めてくださり、有難くいただきました。

ここで余興が。

みんなで歌おうと、話になったのです。

農家さんの妹さんが持参したフォークギターを旦那さんが手にし、奥さんがページを開いて楽譜を見せる。

表情を緩めて微笑み合う2人の和やかな表情に、平和を感じます。

 

「汽車を待つキミの横で僕は」

 

寒空の下でイルカの『なごり雪』を照れ臭げに小声で歌う。

時折、演奏に追い付こうと早口に歌っては、奏者も合わせに手の動きを急がせる。

終わるとみんなで拍手。

素敵な時間でした。

 

私は冬の気温でぬるくなったコーヒーを飲んで、幸せに浸りながら思います。

農業万歳。

 

12.1.2020

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

個と触れる

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しん、と冷える空気が苦手で雑木林の奥に身を隠しているのか、

11月の後半から姿を見せなくなったお友だちがいます。

『トンボ』さん。

縁起の良さで有名な勝ち虫です。

自宅付近を飛ぶトンボさんは私が手を前に差し出すと、指の上にとまってくれる愛嬌の良さが魅力的。

指にとまらずカラダを囲うように飛び回る可愛らしい動きをする子もいれば、

前方から威勢よく突進してきて、上着にくっ付こうとする強者(笑)もいます。

あっ、誤解しないでくださいね。

昔から虫を好きだったわけではありません。

20歳のとき、東京の自由が丘にお店を構えているセラピストさんのブログに出会い、

指の上にとまったトンボの写真画像を見て

「いいなあ。やってみたい!」と思ったのがキッカケでした。

実現できたのが昨年で、かかった年数は14年。

それまではトンボを見かけるたびに指へとまるか執拗に実験しましたが、

うまくいかず「やっぱり無理か。

犬や猫と違って、喜怒哀楽の表情が見えない生き物だもんね」と決めてかかり、諦めていました。

仲良くするなんて、夢のまた夢だと。

 

 

昨秋、みかん農家さんで働く前に、父方の祖父の実家から連絡がきて、ゆこうの収穫へ行きました。

持ち主がお年寄りのご夫婦とあって管理が行き届かず、畑は背の高い雑草の海。

ちいさい鎌を使って、人が歩ける道をつくることにしました。

仕事兼お手伝いとはいえ、雑草も命があって生きているのにと申し訳なく思い、

ひとり小声で謝りながら刈っては、うんしょ、引っこ抜く。

花の蜜を目当てにブンブン飛び交う蜂の横を通らなければいけないときは刺されるのが嫌で

「邪魔しちゃってごめん、通らせてね」と、まるで人に言う口振りです。

 

長年、頭のなかでは理解していました、虫も植物も地球上に存在する生き物だと。

しかし、彼らが個であるとの理解には至らず、接するに到達していませんでした。

人ならば、顔が違えば心も違う。

トンボを含めた生き物たちの場合は、一括りにしていたのです。

 

ターニングポイントはふたつの認識でした。

彼らは尊厳を持った個である認識。

収穫の休憩時間中に写真を撮るときの、虫も植物も被写体である認識。

自宅付近を歩くときは、3匹飛んでいても1匹1匹を別の個として見ました。

 

するとーー指にとまったのです、トンボが。

園児に還った気分で高揚しました。

ちなみに、いまの職場で出くわすトンボは私をおちょくっている様子で、全然とまってくれません(笑)

土地柄、人柄のように、虫柄があるのです。

 

 

自宅でひたすら記事作成の仕事をしていた頃を振り返ってみると、

表情、言葉、声を持たないちいさな生き物に対し、

頭で理解しがちだったことを、今更ですが、コラムを入力しながらそのように感じました。

物に触れてみて手にして初めてわかるように、個とのあそびは感覚を飛び越えた学びを得られます。

挑戦してみたい人はぜひ。

セアカゴケグモとマダニは……、おすすめしません。

 

11.1.2020

DAYS / Shiha Uenomori Column

酸いも甘いも

45度の風景

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軽自動車を動かせば、エンジンが泣きます。

新車だと、人間が大泣きします(笑)。

雨が降った日の翌日は濡れた草木でタイヤが滑り、途中で車がストップして上がれないことも。

そんな45度はある急な角度の坂道が、私の通勤経路です。

ハンドル操作を大きく誤れば、すってんころりん、すってんてん。

車がおむすびさんにならないよう、念のためか、一箇所のみガードレールが付いています。

恐らく、長さが3メートル未満……。

車出勤は神経を使います。

 

一方の徒歩出勤はとても気楽。

発見が多いから好きです。

たとえば

 

2020年10月。

この日は強風に見舞われた翌々日とあって、道に栗が落ちていました。

中腰になってよく見ると、ーー中身はすっからかん。

おおかた、人間が靴を履いた足で器用に取ったか、イタチや狸などの野生動物が食べたのでしょう。

栗が勝手に歩き出してどこかへ行くことはありません。

何者の仕業であったにせよ、絵本の登場人物グレーテルが落としたように並んでいる所が、なんとも不思議で可笑しいです。

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竹林の前を歩くときも気分が弾みます。

合唱です。

生きている薄青い竹のあいだに、枯れて横倒しになった竹が挟まっていて、風が吹き抜けると揺れてぶつかり合い、静かにカタカタ音を立てて歌うのです。

 

そして。

歩き続けているうちに気付きます。

見上げると知らない木が枝を伸ばし、葉っぱたちが屋根を作っているのです。

 

この山で仕事をするときは毎回通る道なのに、意識が向くのは車外に居るときだけ。

車内では外に対する五感が、鈍くなりやすいのでしょうか。

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たのしい発見はまだまだ続きます。

しかし、受け止め方次第では、とんでもない話に思われるかもしれません。

 

地元で昔から『ひゅうじの葉っぱ』と呼ばれている、大葉にそっくりの雑草が通勤路にも生えています。

『ひゅうじ』とは黒い芋虫のこと。

葉っぱがある所に彼らはいるはずですが、おなかいっぱい食べた形跡(穴)を残したまま、どこへ行ったのやら。

強風で飛ばされたか、鳥さんのごはんになったのか、姿が見当たりません。

 

彼らが居ないことは良いとして、ひゅうじの葉っぱがぼーぼーに生えて元気に育ちすぎるあまり、車出勤する度にドアと窓を擦ります。抜こうにも大量……。

一緒に働いている皆さんは、枯れるまで放置する気でしょうか?

私は休憩時間中に尋ねました。

 

「車を走らせていたら、ひゅうじの葉で擦れませんか?」

 

農家さんと先輩が笑います。

 

「誰が一番最初に我慢しきれなくなって刈るかしら。我慢くらべよね」

 

「センサーが大丈夫だから、まだ心配ないですね」

 

ふたりのポジティブな明るい返事がおもしろくて、私は笑いました。

結局、最初に痺れを切らしたのは、近くを工事するために来た人か、道の横に畑を持っている人たち。

私たちは不戦勝でした(笑)

***

45度の風景について書いていると、ライターだった頃もたのしい、おもしろいを発見するの好きだったなぁって思い出します。

本当はしている内容、場所が違うだけで、どんな気持ちで風景を見れるかは自分次第なのでしょうね。