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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

Tatsuro Rokudo Column

For Enjoying Toyama Life !

from  Toyama / Japan

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六渡達郎
太陽珈琲焙煎本舗

大学在学中より演劇の制作に携わり、一方では雑誌や広告の写真撮影を生業にすると共に、数々の舞台に関わる写真を撮影。

1999年写真展『小笠原生活様式』銀座コダックフォトサロン、2000年写真集『小笠原ターザン』を出版。
その後、2005年生活拠点を北京に移し、2007年「Caffè il Sole Beijing」開業。

中国人も驚く「神奇的杏仁豆腐」で巷では有名なお店となる。

北京在住の日本人中国人有志と共に2010年北京で自分の夢を追い求め奮闘する若者を描いた日本語喜劇『咖啡店的太太〜Catch the Beijing Dream』を企画演出し好評を博す。翌2011年再演。

その後も舞台演出、アフレコ、中国TVドラマ出演なども。2013年「Caffè il Sole Beijing」閉店。
日本スペシャルティコーヒー協会SCAJコーヒーマイスターの資格を取得。
2014年10月富山へ。2015年12月、コーヒー豆の焙煎加工を行う「太陽珈琲焙煎本舗」を開業。
2019年 タニノクロウ演出作品『ダークマスター2019TOYAMA』出演(主演ダークマスター役)富山オーバードホール

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9.6.2022

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

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2022年9月になって

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コロナ禍になる前、店がオープンしたばかりの頃からの知り合い。

後輩の松村が紹介してくれた、関西で劇団を主宰しているキホーさんが生業にしている会社勤めの富山出張で、ついでに病後の様子を見に来てくれた。

彼の仕事は富山には似つかわしいとは思えない某猫キャラのライセンス契約を取る営業の仕事。

最後に会ったのがコロナ前。

「ダークマスター2019 TOYAMA 」の稽古が始まって台本を受け取ったばかりの頃だから、正月が明けて間もない頃以来だ。

 

県外からの来訪者には、せっかくなら富山近郊で獲れる海鮮を食べてもらいたいと思うので、太陽珈琲焙煎本舗の店舗の近所、数百mのところにある美乃鮨さんへランチに行く事にした。

富山湾は3000m級の立山連峰からミネラルを含んだ雪解け水が流れ込むことから天然の生け簀と呼ばれている。

そんな富山湾で獲れる魚をネタにした「富山湾鮨」を提供してくれる。

ミシュランガイド北陸2021でも紹介され、東京からわざわざ訪れる利用者も多く、最近銀座クラブホステスに乱暴をして巷を賑わしている俳優さんも訪れる店でもあり、普段からなかなか予約の取れないところなのだ。

 

暖簾をくぐると大将が「もう身体は大丈夫ですか?」と透かさずカウンター越しに声を掛けてくれた。

退院して早半年以上が経ち、外見からは全く病人の体を成していない者としては、不意を突かれて気遣われてしまうともはや恥ずかしい気分になる。

実際は、未だ右手を使って文字が書けない。

箸はなんとか使えるのだが。

そして、自分でも自覚し辛いのだが、なんとなく集中力の持続が短くなってしまったような気がする。


その二日後。

2022年になって初めて、カターレ富山のホームゲームでスタジアム周辺でのテント出店する事になった。

退院して間もなく、第一日曜日の「護國神社 とやま のみの市」、第四日曜日の「越中大手市場」と月2回の出店は再開させたのだが、屋外でのイベントでその場に居続けることが体力的に不安だったり出来なかったりするのだ。

今まで何の迷いもなく普通に出来ていた事が不意に出来なかったりする。

二人前のカレーを更に盛り付けて、両手でひとつずつ持って何歩か移動しようとして、右手の握力はだいぶ戻って来たと思っていたが、突然意思とは関係なく手指の力が抜けて、皿を落として割ってしまいカレーを地面にぶちまけてしまう。

 

通院していた病院のリハビリも、先月の時点で退院して半年経ったという事もあって一段落した。

今後は独自に生活の中でのリハビリを意識しながら仕事の復帰を目指す段階となる。

 

そんなこともあって、今までなら夫婦二人でテント出店を切り盛りしていたところを、大事を取って男性一人をヘルプ要員として加わってもらうことにした。

何ともないなら、二十代の愛想の良さそうなカワイイ女の子にバイトに来てもらい、店主自身のモチベーションをアップすると共にお客様の印象の向上を図るところなのだが、カターレ富山の出店は荷物が多く重い物が有ったりする。

コーヒーグラインダーを動かすための電源は持参の発電機を動かさなければいけない。

それが中にガソリンを入れた状態にした場合30kgを越える重量になってしまい、搬入搬出時には運転してきたクルマから上げ下ろししなければならず、ヘルプ要員は愛想やビジュアルを重視する訳にもいかない状況であると判断するに至った。

 

カターレの出店では、いつもの出店のようにカレーこそ出さないが、カレーに変わる「台湾魯肉飯」を出すことに決めている。

他にも10店舗以上の出店者がいて中には移動販売車で乗り付けてキッチンを現場に用意出来てる店があったりする。

この場所に於いては、カレーなど珍しくもなんともないのだ。

そして、魯肉飯も仕込みはカレー同様、前夜の作業となる。

 

約40人前を目安に、豚バラ肉を10kg買っておいた。

今年になって初めての購入。

9ヶ月ぶりの豚肉は、このところの情勢や物価高騰もあってか、以前の価格から20%も値上がりしていた。

これは魯肉飯の販売価格もそのまま反映して値上げして良いのではないか!? とも思ったのだけれども、今回で復活する久々の出店ということもあって、なんとなく値上げはしたくなかった。

ブツブツ文句を呟きながらも魯肉飯を仕込むためには豚バラの塊を切らなければいけない。

10kgの肉をおおよそ2cm角に切るのは右手がマトモに動いていたとしても単純に時間が掛かる作業だ。

溜め息を付いていても作業は捗らない。

重たくてウッカリ落としそうになる豚バラを無心になって切る。

先ず10L鍋に入る程良い大きさに切って、火が通る程度に下茹でをする。

その茹でたものを氷で冷やし、もしくは冷蔵庫で冷やしたものを包丁で切る。

生肉を切ることも出来なくはないが、脂身を蓄えた生のバラ肉は柔らかく脂で滑って切りにくい。

茹でて低温で堅くしたものを切るのが効率的だ。

途中何度も包丁を研いで、何度も湯で刃を洗う。

ステンレスの包丁が良くないのか!? 

北京にいた頃、市場で肉屋の阿姨( アーイー:おばちゃん )が切り分けてくれる時の包丁はどこにでもあるような鉄製の錆びて焦げ茶色になった包丁だったが、驚くほど良く切れるものだった。

一度手を動かすだけでシャーッと切れていた。

切れない包丁を使うときは、包丁を鋸のようにギコギコやってしまう。
今のところ、下茹でして低温にした肉を切る方法がベストと思われるが、果たしてどうなんだろう。

とにかく右手を動かして切り続けるのが、生活の中でのリハビリとなる。

 

9月3日カターレ出店の当日は、生憎の雨。

それも結構真剣に降っている。

出店の準備の時だけでも止んでもらいたいが、自然相手では容赦ない。

店からコーヒーの道具や魯肉飯の鍋やらテントやテーブル、、、、久しぶりの出店でクルマに荷物を積み込む段取りが上手くいかず、出発をするまでに酷く時間が掛かってしまった。

決められた搬入時間を厳守しないと、スタジアム周辺に集まり行き交う観客の邪魔をしながらクルマを侵入させなければならず、場内を誘導する警備員さん達に大迷惑をかけてしまう。

だがしかし、スタジアムまでの道路は雨のため、富山市では珍しい渋滞を起こしている。

ワイパーを速く動かしても視界が悪く運転していて無性にイライラする。

 

事故になったりしないよう気持ちを落ち着かせ、なんとか搬入時間の締め切りを8分過ぎてスタジアムの入り口に到着。

ゲートに立ってる一人目の警備員さんに「すみません!遅れました!搬入に来ました!太陽珈琲焙煎本舗です!」と声を掛けたら、予定されてるテントの位置までの脇道へ誘導してくれた。

そのまま徐行して進んでみると、顔見知りの警備員さんが待ち構えていてくれた。

クルマのドアのウインドウを開け「すみませ~ん!遅れました~!」と叫び、小言のひとつも言われるんじゃないかと思いきや。

雨の中彼は小走りに近寄って来て満面の笑みを浮かべながら「お帰りなさ~い」と言って迎えてくれた。

 

今月半ば頃、北京から長期出張で主に東京に滞在している于智为が富山にやって来る。

美味しいものを食べにとは言ってるが、結局のところ脳梗塞を患ったオヤジの様子を見に来てくれるのだ。

 

7.11.2022

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入院

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予想していた通り脳梗塞と診断され、直ぐに幾つかの錠剤を飲まされ点滴が始まった。

脳細胞のダメージがより大きくならないよう血液をサラサラにする薬を投与された。

ストレッチャーに寝かされたまま数人の看護師さんに囲まれ、「へぇ~、太陽珈琲さんだ!? 」「あの市電通り沿いのお店やろ? 」「前から気になっとたんよねぇ~」と歓迎しているがごとく愛想の良い対応してくれていた。

それぞれが現在の麻痺の症状を把握するために「私の手をギュッと握ってください」と言って来るので握り返そうとするのだが全然力が入らない。

病院に到着してから数時間の間もずっと緩やかに、状態は悪い方に進行し続けていたようだ。

そのまま入院することが決まって病室に運ばれた頃は既に12時を回ってたように記憶している。

当直の研修医のデスクの上に乗ってるモニターで、CT画像を見せられ脳の左側に霞が掛かっているその辺りにダメージが有るという事を確認した。

説明してもらわないと何も判らない。

当人自身には全く痛み等無い。

右半身が全体的に重たく感じ、右目の瞼が意図することなく下がって来る。

唇にも右側が歯医者に行った時に掛けられた麻酔のような痺れ、普段とは違う動きの鈍さを感じていた。

そのためなのか看護師さん達と話をするにもどことなく話しづらい。

もどかしい。

これが「ろれつが回らない」ということか!?
病室に入って少し落ち着いたところで、ふと我に返り、先行きが判らず不安に陥ってみたりし勝ちなものだと思うが、急に睡魔に襲われ寝てしまった。

左手は点滴右手は麻痺で身動きも出来ない。

テレビを見るでもない。

スマホでネットを見るでもない。

今後果てしない退屈な状態を過ごさなければならないのだろうと情けない気持ちになりながら落胆しつつも腹を括った。
とは言え、今まで体験したことのない新鮮な出来事に直面している。

一寝入りして、目が覚めてももちろん病室のベッドの上に居ることには変わりがないが、今を思えば差ほど気落ちしている風ではなかった。

午前3時頃だっただろうか、脳梗塞になっても当然尿意を催すものである。

病室に入った時に「何かあったらコレ押してくださいね~」と動かしづらい手元の近くに置いてもらったナースコールのボタンを思い出した。

でも、思った通りに手は動かない。

立ってトイレに行くことも出来ないに違いない状態で、どうやってオシッコするんだろう?

点滴をしている最中ということもあって、身体から管が出ているイメージが先行してしまい、このままベッドの上で尿を排出させるための「尿道カテーテル」を施されてしまう!? と勝手な妄想で占められてしまっていた。

何らかの原因で自力での排尿が困難な場合、尿道口から膀胱へチューブを挿入し、人工的に尿を排出させる方法だ。

10年くらい前だったか、まだ北京で生活していた頃、PM2.5の影響か何かで喉に違和感を感じて診てもらった時に鼻から胃カメラを入れられた事があった。

喉の様子を診るための内視鏡だ。

いわゆる口から飲む胃カメラのような黒い太い管状のものではなかったが、鼻は呼吸をするための場所であって管を出し入れするようには出来ていない。

かつて味わったことのない苦痛を強いられた記憶だけが残っている。

鼻はズルズル、目から涙も出てた。
それが、今度は尿道口から膀胱まで。

いったい何センチ有るんだ!?

想像を絶する苦痛を強いられる気がしてならない。

苦痛を恐れるあまりナースコールのボタンが押す気にならない。

でも、精神的な緊張感と共に容赦なく尿意が高まっていく。

もう少し待つか、今押すべきか!?

タイミング良く点滴の交換をするために看護師さんが来てくれた。

幸い少し年配の経験も充分そうな、婦長さんかもしれない威厳を持ち合わせた方だった。

点滴の交換が終わるのを見計らって、「あの……、トイレに行きたいんですけど」と恐る恐る申し出てみたら。

「あ、まだ動けないでしょ!? 尿器使ってね。」

とベットの脇に準備されていた柔らかい乳白色のプラ製尿瓶を差し出された。

「使った事無いんですけど……」

と応えると、

「ちょっと待ってねぇ~」

とすかさず新型コロナ対策なのか部屋の入り口に置いてあるビニール製の透明エプロンを付け、薄いラテックス製の手袋を嵌めながら、準備万端と言わんばかりに手袋の端をパチンと鳴らした。

婦長さんには全く躊躇は見られない。

むしろ戦闘態勢のスイッチが入った。

有無も言わさず掛け布団を剥ぎ、病衣の下からトランクスを下ろし、迷いの無い慣れた手つきで、親指と人差し指二本でひょい摘まんで尿器の入り口にあてがわれた。

不意を突かれ、声には出なかったが「ひぃ~っ!」って悲鳴を上げそうになった。

婦長さんは、再び上に覆うかのように掛け布団を掛けて「少ししたら戻って来ますね~」と言って部屋を出て行った。今のうちに用を足しておけと言うことか。

そうは言っても、半世紀余り生きて来て横になった状態で用を足した記憶が無い。

婦長さんの手際の良さのあまり、先程のように高まっていた尿意が一瞬落ち着いてしまったようだった。

些か踏ん張るかの如くなんとか尿器に用を足し、さてどうしたものかとひと息付くや否や婦長さんが「おつかされさま~」と再登場。

ドアの外で控えて待ってたのかと思うぐらいの絶妙で無駄の無い間での登場だった。
お陰で、入院第一夜、ダメージを受けていると思われる頭の中で膨らんでいたカテーテル導入の恐怖からはあっさりと逃れられ、そのまましっかり静かに眠りに就けた。

しかし、普段の生活に比べ病院の朝は早い。

一寝入りすると、朝食の配膳のために廊下を行き交う人達がいて自然と目が覚めた。
思いの外、病院食が美味く感じられた。

 

5.5.2022

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

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病院なう。

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右手に持っていたチーズをポロッと落とし、Amazonの段ボール箱に倒れ込んでから4時間後。

富山市民病院の救急センターで測った血圧は上が 220 。

一昔前は「動かしちゃダメ!」と言われていた脳卒中(急性期脳血管障害)だが、いつの間にか病衣に着替えさせられ、ストレッチャーに横たわったまま移動しCTやMRIや心電図を採られ、当直の研修医には「ギリギリだなぁ~!」と言われつつ、血液をサラサラにする効果の点滴をつなげられ、そのまま即入院となった。


医者のデスクの上にあるモニターにはモノクロのCT画像が出されており、左脳の辺りが黒く曇りがかっている。

発症から病院に来るまでの間で右半身が重たくなり、右目が開きにくくなり口も呂律が回りにくい。

納得の右半身の麻痺。

緩やかだが進行している。

 

診察を受ける前に受付で書かされた書類の中に臓器移植提供の意思確認をするものがありヒヤッとさせられたのだが、考えてみれば脳の血管が詰まったり破れたりする脳梗塞や脳出血により脳が司っていた身体機能や言語機能が失われたりする可能性は充分有り、場合によっては生理機能に問題が生じ死に至る可能性も無くは無い。


少しずつヤバイ事態に陥ってしまった事を自覚せざるを得ない。

病棟に移る際には付き添って来てくれていた妻とも別れ帰宅してもらう。

コロナ禍でなければ病室まで来てもらい身の回りの事など整えてもらえるようなのだが、時節柄それらは叶わない。

病院に来た時まで来ていた服、コートやトレーナーやシャツ、ズボンや履き物に至まで全て45L以上のゴミ袋に詰め込まれ持って帰ってもらうことになった。

既に深夜になってるにも関わらず流れるように何人もの看護師さん達の手によって病室に運ばれ一段落。

手元に残してもらえたのはスマホを含めた財布などいつも持ち歩いてるバッグだけ。

ひとりになって何もする事が無い。

かと言ってベッドの上では左腕にずっと点滴につなげられ右半身の麻痺の進行もあって、寝返りを打つのがやっと。

動かしづらい右手でスマホのカメラを操作し、点滴されてる様子を撮影しFacebookに「病院なう。」と状況をアップした。

まんじりともせず。

 


ところが入院したばかりの第一夜。

夜勤の看護師さん達は絶え間なく点滴を交換に来てくれる。

患者の名前を確認し、体温を測り血圧を測り、血糖値を測り、足の曲げ伸ばし具合をチェックして、「私の手をギュッと握ってください」と手の握力を確認し、腕の上がり具合や目の動きも観察してくれる。

通常市民病院の看護師さんは一日2人がペアになっていて3交代。

一日6人が熱心に様子を伺いに来てくれる。

更に医師の診察があり、日によってはX線や心電図の検査が加わったりする。

そして、一日3食きっちり食事が運ばれて来る。

入院患者の一日は想像していたものとは打って変わって、何かと慌ただしく忙しいものなのだと実体験する事になった。

 

4.5.2022

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

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OH, NO !

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コロナ禍において丸の内店舗の営業はしばらくしない。
そう決めてから店舗内は、テント出店のための道具やら荷物やらで倉庫としての様相を呈している。

コーヒーを試飲してもらうお客さえも招き入れない方針なのだから、冬場の気温が低い日でも暖房は石油ファンヒーターで作業するときの自分の足下を温める程度にしていた。
今思うと、それも良くない原因のひとつだったのかもしれない。

 

お金を稼ぐのが仕事なのだから、請求書を書くのは「楽しい」という感情の部類にカテゴライズされモチベーションがいっそう上がっても良さそうなものなのだが、苦手な事務作業の中でも最も時間が掛かってしまい一向に捗ることがない。

区切りの良いところで一旦止めてランチにしておけば良かったのだが、ゴールがまったく見えて来ない嫌いな会計作業という事もあり沼に嵌まってしまって食べ損ねていた。

カウンター奥のコールドテーブルの中に何かあるかもしれないと漁ってみたら、カマンベールチーズが手付かずで丸々残っていた。

お手軽なので包み紙を剝いて一口齧り付き、再び作業に戻ろうとテーブルに戻ろうとしたら、ウッカリ右手の親指と人差し指からポロッと食べかけのチーズを床に落としてしまった。

 

「あ~~勿体ない! まだ一口しか食べてないのに!」と思いながら、しゃがみ込んで椅子の下に転がってしまったカマンベールを拾った。

「…………なんだ!?」

普段手に持ってるモノを落としてしまう事なんて滅多に無いので、瞬間的に不思議な違和感を感じた。

チーズを拾って、そのままゴミ箱へ捨てに行こうと一、二歩動いた途端、今度は目の前のAmazonの段ボールの空箱を積み上げた山へ頭から突っ込んだ。

その時は「くそっ!」と思いながらも、足がもつれたのは気になする事も無く、今度はチーズをつまんだままになってる右手の指が不思議と感覚が鈍いように思え気がかりとなった。

何かに手を打ち付けた記憶はない。

特に痛みが有る訳でもない。

そして、もう会計作業を続ける気は失せてしまった。

「とりあえず、コーヒーを飲もう!」

カウンター上に置いてあるデロンギの全自動コーヒーメーカーマグニフィカSのスイッチを入れた。
基本的にハンドドリップでコーヒーを淹れるのだが、ウチのコーヒー豆を定期的に購入してくれる飲食店さんが使ってるコーヒーマシンなので、店でもテイストやフレーバーを確認するために置いてみたがのだ。

これがスイッチを入れて間もなくボタンを押すだけでホットコーヒーを淹れられるのだから、ラクに使える余りそのままカウンターの上に鎮座しているシロモノだ。

そして、この日は、19:00~21:00で越中大手市場の定例オンラインミーティングの日でもあった。

18:00頃になって、妻が勤めている会社の退社時間が過ぎて良い頃合いになったので、一応オンラインミーティングがあるため、帰宅せずにそのまま店に残ることをメッセンジャーで伝えようとした。

スマホの文字を打つのにどうもミスタッチが多い。

捗らないのだ。指が太いからというような原因ではないミスだ。

指が痺れるという表現は的を射てない。

メッセージを打つ右手の指の感覚が鈍いのだ。

メッセージを打ちながら、この後店に残ることを伝える内容から右手の感覚が鈍いという内容に変化し、病院へ行ってみた方が良いというところまでの展開となった。

やがて30分程後、妻は会社から自転車を飛ばしてやって来てくれた。
店のテーブルに広げていた会計の書類やパソコンを片付け、暖房を消し電灯を消しながら病院へいく準備をする。

何かが進行して緩やかに体調が悪くなっていくような身体が重くなっていくようにも感じられた。

自家用車のN-VANを自分で運転して病院に到達出来たとしても、自走して帰って来られる自信はすっかり失われていた。
富タクへ電話してもらって、タクシーに店まで来てもらうことに。

東京と違って富山で流しのタクシーを都合良く捕まえられる事はまず無いと思って良い。

待ってる間、暖房を消してしまった店内は結構気温が下がり寒さを感じるくらいにまでなっていた。

ミーティングをドタキャンしてしまうことをメッセンジャーグループに送信し、タクシーを待った。

前もって銀行に寄ることも出来なかったので、タクシー代を支払う現金が足りなくなるのではと少々心配をしていたのだが、運転席の後ろのアクリルボードにPayPayが使えることを示すステッカーが貼ってあったので、安心して後部座席にぐったりして倒れ込んでいられた。
どんどん体調が思わしくない方へ向かい右半身が鈍くなって、顔や口でも麻痺を感じられるようになって来てるので、自分自身でも「いわゆる脳梗塞というヤツだ!」と判断するに至った。
ちょうど一年前、大学時代の同期のヤマグチが罹ったやつだ。

たまたま上京する用事があったので、病室まで見舞いに行って「血圧が高いのってヤバイよね~。明日は我が身だぁ~!」と、口では言っていたものの、まさかその一年後に本当に自分自身の身に降り掛かる事になるとは。全くの想定外の事だった。
緊急を要する事態とはこれっぽっちも考えずに「富山中央病院へ」と行き先を伝えたのだが、着いてみたら病院の受付で「今日は救急お休みなんですよ!」と残酷な返答。

富山市では、救急を受け持つ病院が定期的に交替するらしい。

呆れて冗談交じりに「死んだらどうすんだよ!?」と苦笑してしまった。

仕方なく富山市民病院へ移動せざるを得ない事態に陥り、あらためて妻にタクシーを呼んでもらった。

今を思えば、最初から太陽珈琲の店舗へ救急車を呼ぶべきだった。

そして、中央病院からも救急車に乗るべきだったのかもしれない。

かつて脳卒中と呼ばれる脳血管障害は、発症したと思われた時点から身体を動かさず安静にしなければならないとされていたようだ。

ところが、現代医療では対応がアップデートされ、発症からとにかく早期に発見され対処されることにより重症化を避けることが出来るとされている。

結局、富山市民病院の救急センターで診てもらえたのが右手からチーズを落として4時間後。

救急の医者の第一声は、その場に居合わせている患者の気持ちに対して配慮している暇など無いからなのか「発症したのは何時? ギリギリだなぁ~!?」というオブラートに包まれていないナマの発言を聞かされる事になった。

救急外来のエリアでは何人もの患者と思われる人が横たわっており、医者や看護士が小走りに動き回って対処している。

家族は中に入れてもらえず廊下で待っていなければいけなかったようで。

自分は気が付くと、いつの間にか着ていた服を全部脱がされ、前開きの浴衣のような病衣に着替えさせられていた。

部屋の奥の方では、小さな女の子が「イターイ~、イターイ~」と泣いていたり、首が動かせる範囲の見えるところでは頭から血を流してる老人が呻き声を上げていた。

ドラマや映画で見たことのあるような光景の中、ストレチャーに乗せられたまま病院の廊下を移動して、CTやら心電図やら採られていた。

ストレッチャーに乗ったまま仰向けになって目を開けてると、移動してるからなのか具合が悪いからなのか、目が回るようで気持ちが悪い。

就いてくれた研修医がモニターでモノクロのCT画像を見せてくれた。

自分自身で上から見たの脳幹部の左側に薄黒くくすんだ部分を確認した頃には、しっかり右半身の麻痺をも自覚出来るくらいになっていた。
当然そのまま入院することになり、いろいろな手続きが進められる中、看護士が書類を持って来て、なんの気兼ねもなく「臓器提供の意思登録されてますか?」と尋ねられた。

つい先程まで右手から落としたチーズを勿体ないと思っていたところに臓器提供とは、思いも因らない質問に不意を突かれ、一瞬時が止まった。

最近では運転免許証の裏面に臓器提供意思表示記入欄が儲けられており、意思表示出来るようになっていることは知識としては知っていた。

また、それで意思表示をしてはいなかったものの、提供するなら煙草を吸う習慣がなかった者としては肺が綺麗に違いない。

ぷりぷりで断然オススメだなとも思っていた。
だが、「エッ!? 脳死の可能性があるの?」と思わず問い返してしまった。
それくらい、今自分が置かれている現状に対する認識が伴っていなかった。
普段から血圧が普通より高いという自覚はあったが、健康診断など10年以上受けたことがなかったし人間ドックなど考えたこともなかった。
「病気」というものは、医者の診断によて病名を名付けられるから病気になるものだと思っていた。

 

入院が決まって、病室のベッドの上で測ってもらった血圧は上が220。

自分でも今まで聞いたことがない数値だった。

 

2.5.2022

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

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越中稲荷神社

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七年目となる越中稲荷神社での初詣テント出店。

毎年やることは同じでも、年齢を重ねるごとに体力的にキツく感じるようになってきている。

逆に、テント出店せずに新年を迎えた感じになれなかったりもする。

 

それにしても、去年は辛かった。

例によって夫婦して大晦日よりテントを設営し早々に訪れる初詣客を迎えた後、人が途絶えたのを見計らって一端休憩の為その場を離れた。

その後の予想を遙かに上回る大雪に、柔なタープテントは数時間降り続いた雪の重みに耐えかね、それぞれの足がグニャリと曲がり開脚してしまって潰れて全く用をなさなくなってしまっていた。

そのため、しばらくしてその場に戻って来て、一月一日の元旦から雪で潰されたテントの残骸の中からコーヒー機器を救出し、壊れたテントを束ねて処理し、疲れ果てて営業再開に漕ぎ着けるという無駄な労力を使うことになってしまった。

その後も大雪は続き、富山市の主要道路は除雪が全く追いついておらず、自分も4WDのエルグランドに乗っていながら雪に足を取られスタックし、保険会社のロードサービスにレスキューコールするもロードサービスの車両自体も現場に駆けつけられないという理由で、結果的にロードサービスにも見捨てられてしまった忘れられない大雪の日、1月18日だった。

 

そして、今年2022年寅年。

聞いたこともなかったラニーニャ現象だかの影響で早々にまた大雪になる事が予想され、学習した富山県民は、雪で屋内に閉じ込められても良いようにと非常食や水、インスタントラーメンを買い込んだ。

自営業で客商売を営む者は広い面積の駐車場を所持し管理していがちなものなので、秋くらいから大型特殊免許を取得し除雪用のホイールローダーを操作できるように備えたりしていた。

果たして、不意を突かれた去年と比べると全く足下に及ぶものではなかったのだが。

ウチの場合は、昨年まで乗っていたお気に入りのディーゼルのエルグランド4WDは5月に車検がやって来てしまって、幾つかの修理箇所を直して車検を通すよりかは新しいクルマのローンの足しにするべく修理代を新車に充てた方が経済的だと周囲から説明され、苦楽を共にしたエルグランドと別れ、泣く泣く乗り換えることを決意した。

 

次に選ぶは  N-VAN  。

軽自動車にしたのはいつまで続くかサッパリな景気への燃料費軽減対策とペーパードライバーと化して移動にいささか不自由に感じ始めている妻が運転を試みるキッカケになればという思いから。

日本に於ける車検制度を踏まえると、お気に入りなクルマがあったとしても古くなって乗り続けるのが難しい。

古くなったクルマを直しながら乗るというよりは、どんどん新しいクルマに乗り換えさせる方針なのだと感じた。

そういう国策なのだ。

そして、今後、燃料など日本独自で価格を決められるものではない。

ましてや世界は電気自動車にシフトしつつある。

10年後ガソリンエンジンの自家用車に乗っていられるとも限らない。

とはいえ新しい電気自動車には飛びつけないし、そもそも好きじゃない。

むしろ嫌いだ。

日常の移動手段として使う道具としては経済的でエコで進歩的でもある。

でも、クルマは何か有った時の非常時にこそ役立って欲しい道具である。

洪水で辺りが水没した時、土砂崩れや地震や災害時の足場が悪いところ、富山のように大雪が降ったりする地域にとって自然に対して気を引き締めて生活しないといけないツールである。

そう考えると電気自動車というものは大きく考えの偏りがあり、イザとなった時には使えない粗大ゴミとなったりする。

 

そして、この新しい N-VAN 。

このコロナ禍の御時世なのか世界情勢なのか、半導体やら部品が工場に揃わないという理由で、納車までに6ヶ月余り、12月上旬になってやっと富山の路上で運転出来るようになったのだった。

 

当然言うまでも無くこの N-VAN も4WD。

冬のデビューとなってしまったが何の心配も要らない。

重要なのはテント出店で持ち運ぶ荷物たちを積んで現場まで運べる能力。

カジュアル系軽貨物自動車なので、荷物のレイアウトを工夫すれば先のエルグランドとほぼ同じくらいの荷物を載せられる。

更に、燃費も良い。

優秀君だ。

 

大晦日。

荷物を積んでイザ越中稲荷神社へ。

既に30cm近くの積雪があったが、非常に首尾良く22時には営業を始められていた。

店開きを終えるまで N-VAN を設営したテントに横付けにしていたでので、傍若無人にいつまででも駐めておける訳もなく、予定していた駐車場へと移動させることにした。

行ってみると、その駐車場いや、もとい空き地だ。

その空き地は、入り口から辺り一面に真っ白のフワフワの新雪になっていた。

そういう綺麗な新雪には無防備に身を預け、思い切ってダイブしたいもの。

今回運転し慣れていない N-VAN に乗っていたにも関わらず、そんな衝動に駆られてしまったのだ。

新雪の中に、新しい N-VAN で「うぇ~~~ぃ!」だ。

N-VAN はちょうどクルマ一台分くらい突っ込んだ所で止まった。

全然問題ない。

この N-VAN は四駆なんだぞ。

、、、、、、、「あれっ!?」

最近の新しいクルマはデジタル制御されていて、空回りのようなタイヤに無駄な動きをさせないためなのか理由はさっぱり解らないが、アクセルを踏み込んでもタイヤが回ってくれる気配が無い。

スタックしたぁ!!!!

首尾良く開店出来たので,スタックから脱出するのに時間を費やすのは勿体ない。

N-VAN をそのままにして、徒歩でテントに戻り、カウントダウンをする間もなく新年2022年を迎えた。

 

2021年1月18日、大雪でエルグランドが動けなくなってしまい、ロードサービスを呼んでも来てもらえなかったことを決して忘れない。

あの時ほど大雪ではないにしても今回の N-VAN のスタックは、1月1日元旦である。

世の中の動きが止まっている日。

多くの人々はお雑煮喰ってお屠蘇飲んでテレビ見てゴロゴロしてるに違いない。

誰か初詣に来るついでにレスキューしてもらおうと思いつき、Facebookのタイムラインを見た。そうしたら、土偶が、自宅玄関先に積もった雪を除雪してる様子をアップしたばかりだった。

2022年令和4年初のラッキーが訪れてくれた。

午前中のうちに牽引ロープを携えハイエース4WDで駆けつけてくれ、 N-VAN は難無くスタックから脱出することが出来た。

 

12.5.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

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太陽珈琲PANGBIAN

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2021年11月30日午前0時から当面年末まで、日本は全世界からの外国人の入国を原則停止することを決めた。

新型コロナウイルスの新たな変質株「オミクロン株」の感染が各国に広がっている為だ。


富山県に住んでる者としては、正直なところ報道や都会の様子との温度差を感じざるを得ない。

11月に入ってからの富山県は新規感染者0人の日が長く続いており、27日県外の滞在歴がない70代男性が1人軽症で入院されたことが26日振りのニュースとなった程度なのである。

天気に恵まれた日曜日11/28の毎月レギュラーで参加しているイベントでは、普通に外出出来ることを待ち侘びていた親子連れで溢れかえった。

街に人出が戻り、閑散としていた飲食店にも少しずつ人が戻って来ている様子。

 

この秋で、太陽珈琲焙煎本舗が入ってる建物の他のテナントさん達は廃業され、最終的にウチだけが残ってしまった。この建物の大家さんは、冗談交じりに「隣も借りてくれないか!?」と言うが、今のこの場所の集客能力と家賃が見合わないと思っている最中、店舗面積と共に固定費の家賃を二倍にしてマトモに存続出来る自信がない。

もうこの場所で、コロナ禍以前と同じようにコーヒー豆の焙煎をして販売する店を再開する気になれないのだ。

そして、異常気象の影響か日本海側に、昨年に引き続き今年もラニーニャ現象で大雪が予想されている。

昨年の災害レベルのような大雪をイメージするなら、一般庶民は自宅に閉じ込められ生活必需品すらも買い物に出掛けられなくなる。

もう元には戻れないのだ。

店を構えて胡坐をかいてお客を待っている場合ではないのだ。

今は、人が集まる場所やイベントに出向いて出店する方法を選んで、ギリギリなんとか存続出来ている。

今後この状況を更に好転させるには、、、。

時を同じくして、ひとりの演劇人からメッセンジャーに連絡が入った。

「六渡さん、お元気でしょうか? 11月終わりから12月第一週までのどこかで富山でステージやらせていただくことは出来ますでしょうか。」

コレは、富山のステージを牛耳っているヤツ宛のメッセージなのか!?

次の一手を考えあぐねている矢先だっただけに、思わず笑ってしまった。

忘れもしない2020年3月28日、公演予定だった『ひょうげば富山+しめんげき』公演の中止を余儀なくされ、今度は2021年12月19日『清水宏の帰ってきたスタンダップコメディ~富山の皆さんお久しぶりです公演!』で演劇部門を再始動することになった。
俳優でありスタンダップコメディアンである清水宏氏の三度目の来県となる。

彼の事は知る人ぞ知る、2010年から英語でスタンダップコメデイを始め、世界最大のシアターフェス、イギリスのエジンバラ・フリンジ・フェスティバルに参加。

英国の大手新聞社THE TIMESの取材を受け、全国版に特集された程の人物だ。

前回富山に来てもらった時は、太陽珈琲焙煎本舗の店内にぎゅうぎゅう詰めで25人程。

駅前にある小劇場やホールを持つ地方公共団体の施設は、コロナの影響に非常に敏感で利用するにはリスクも大きい。今回は、当店の隣の物件がちょうど空いているので短期間借りることにして。

会場名は「PANGBIAN」中国語で「 旁边 (隣) 」の意味。

密を避けて30人程2ステージ行う。 

中止した『ひょうげば富山+しめんげき』公演の時と同様、新型コロナ感染防止対策は抜かりなくしっかりやるつもりだ。

動員数は多いとは言えない数だけれど、自分の意思を持ってフットワーク良く出来るところから、少しずつ動き出す。もし再びコロナが蔓延して状況が悪い方向へ向いたとしてもなんとか切り抜けられる感がある。

そんな現状に突破口を開いてくれるような熱い男が富山にやって来る。

 

11.5.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

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直径32cmの半寸胴鍋

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既に記憶が曖昧になってきているが、2020年3月28日に企画していた『ひょうげば富山+しめんげき』公演を新型コロナ感染拡大防止を鑑みて泣く泣く中止にして、その流れの中で太陽珈琲焙煎本舗の丸の内の店舗営業も自粛を理由に一般向けには休業にしてしまって久しい。

一方で、屋外に於けるマルシェやイベントのテント出店を積極的に行っているため、店内はそれらの荷物の置き場所となりコーヒー豆の焙煎作業場&倉庫と化している。
ある時から思い立ってスパイスを使ったカレーを作るようになり、それをテント出店の場でも提供するようになった。

客単価を上げるためというのが建前のひとつで、実のところは作っていて楽しいからでしかない。
 

今日は、某社の社員寮で行われる「カレーの日」イベントで提供される何種類かの一部として、2種類のカレーを50人前ずつ作って納品した。

「バターチキンカレー」と「豚肉と大根のカレー」。

どちらも50人前となると相当な量になる。

いつも使っている直径32cmの半寸胴鍋が23Lなので、確実に20L以上の内容になっており重さは20kgを越えるものとなっている。
高さが80cm程あるガスコンロからその鍋を下ろす時、一瞬たじろいでしまった。

重いのである。

重い物を持つ時は、気合いを入れて膝を曲げて真上に立ち上がるようにする。

決して腰を支点にして持ち上げてはならない。

 

もうこれは、コーヒー屋の仕事じゃないな。

新型コロナに直面して、世の中はもう以前のような元通りのカタチに戻れないだろうし、業態を変えてしまう事くらいを考え、やれる事をやって生き残れば良いと思う。



もう25年も前のこと。

90年代。

まだフィルムを使って撮影をする時代だったこともあり、写真を撮影するためには多くの重たい機材を持って出掛けなければならなかった。

今でこそ撮影するカメラはデジタルになり、照明機材はコンパクトになり軽量化された別のものに変わった。

当時周囲の先輩カメラマン達に「カメラマンは30前後で必ず腰を痛めるから」と散々注意を促されていた。
世の中がバブルで景気が良かったこともあって、まずは自分なりの腰痛対策としてスポーツジムに通うことにした。

新宿高層ビルの中にあるジムで入会金だけでも30万円くらい払った記憶がある。

「職業、フォトグラファー。仕事の後はスカッシュ。UFO信じる。……」

バブル時代の広告のコピーに習ったつもりは無かったが、特に何も考えずスカッシュを始めることにした。

でも、これがいけなかった。

右手にラケットを持ってスウィングする。

この片方向に偏る運動を繰り返すために、やや腰痛を抱え始めた者にとって本格的な腰痛持ちになってしまったのである。

後に、結局三日坊主のごとくスポーツジムには行かなくなってしまうのだが。


次に、何かメンテナンスを施さなくてはと思い、当時住んでいた恵比寿から徒歩で通える整体院を探し出した。

今のようにネットを使って評判を検索する術も無かったので、電話帳を使って恵比寿周辺の何軒かに電話して様子を伺った。

一度に回数券を購入させられるところもあれば、健康保険が利くところもあり、いろいろ選択に迷うところではあったが、一軒だけ掛けると留守番電話になり「施術中は電話に出られません。こちらから折り返し電話をしますので電話番号をお知らせください。」といった内容のメッセージが流れた。

単純に一人だけで営業しているのだと想像出来るが、施術を中断されるであろう電話を取らずに目の当たりにしている患者を一心不乱に診てくれるような気がして、そこに行く事に決めた。

その後、何かに付けて整体に行くようになり、その頃はいわゆるギックリ腰にはならずに生活することが出来ていた。

2005年より北京に移住して。

2008年の北京オリンピックを終えるまでは日本から依頼される写真の仕事で辛うじて食いつないでいた。

時折、現地の雑誌の仕事もしたりして、未だフィルム撮影もしていたけれど、現像所の仕事が粗い。

シビアなオーダーをしても応えてもらえない様子だった。

自然とデジタルでの撮影の比重が多くなった。

一眼レフで撮影するスタイルは大して変わるものではないが、メディアが変わるだけで持ち歩く撮影機材が変わっていった。

フィルムに対するノスタルジックな思いを抱えながらも、撮ってイメージを伝える作業には変わりがないんだと自分に言い聞かせ次第に移行していった。

そして、2006年頃からカフェに興味を持ち始める。

普段の生活の中で、基本的な移動はタクシーを使うのが便利だった。

バスは更に安い料金で利用出来たはずだったが、バス停でバスが来る時間を待つのが嫌で我慢出来なかった。

日本で生活していた頃のように重たい写真機材を持ち歩く機会が少なくなったとはいえ、やはり腰に不安を覚える事は多々有り、いくつかの鍼灸治療院と出会うことになる。
大企業の駐在員さんならば会社の経費でセキュリティがしっかりしている綺麗なマンションに住むのが普通なのだが、こちらは物好きな個人が海外生活をしたいがために渡航しているので、経済的理由から普通の中国人が住むローカルのアパートに住んでいた。

日本では殆どの家庭に風呂があり、風呂場には湯船があるのが疑いようのないのスタイルだ。

海外でしっかりしたホテルは別として、安いホテルやアパートにはシャワールームが有ってもたっぷりお湯を使う湯船があるところは滅多に見掛ける事は無い。

北京で住んでいたローカルアパートも御多分に漏れず、シャワールームには湯船が備え付けられていなかった。

入居した当時は北京オリンピック前で未だ物価が安かった事もあり、湯船だけ自前で購入しようかとも考えたのだが、排水溝の作りがあまりに陳腐で、仮に湯船をシャワールームに入れられたとしても湯船に溜めた湯を一気に排水した場合排水が追いつかずシャワルームから大量の湯が溢れ出てしまう事が明らかで、湯船の購入は断念せざるを得なかった。
北海道よりも寒いかもしれない北京に於いて風呂が無い生活は、たまに高級マンションの敷地の一角に有るスーパー銭湯のような場所を利用してはいたものの、日頃の生活から自然とカラダが冷えてしまい、特にウィークポイントになりがちな腰にはかなりのダメージを与えていたと思われる。

また丁度四十肩に見舞われてしまう年齢でもあった。
実際、北京で生活している時に初めてギックリ腰になってしまう。

初めての体験でも、これがギックリ腰なんだと瞬時に自覚出来るくらいピキッと来るものだった。

そして直ぐに痛みのあまり動けなくなった。

仕方なく最寄りの鍼灸治療院で評判の良い中国人の先生の治療を体験する。

疲れが溜まったた腰の部分の良くない悪血を出す治療で、腰の患部の辺りを鍼で傷つけガラス製カップを使って悪血を吸引するのである。

その時は、ハンカチくらいの白い布が真っ赤になるくらいの血が出た。

加えて整体のような治療も受けて、その時は比較的短時間で難を逃れられたと思われる。

その後、中国に鍼灸を学びに留学している日本人の先生と出会えたのは本当に運が良かったとしか言いようがない。

確実に言葉が通じて微妙なところを理解してもらえる安心感は非常に大きなものだった。

お陰でその先生には腰や肩の痛みに限らず、主治医のごとく何かにつけカラダにネガティブな感覚を覚える度に診てもらっていた。

風邪が悪化して高熱を発している時は、耳から悪血を出して解熱を促したり、花粉症の時は箸のように長いステンレスの鍼で鼻の奥の炎症に働きかけてくれたりもした。
西洋医学の薬は痛みに対して、痛くないように薬で対処するものだが、この東洋医学はカラダの痛みの原因を改善するように働きかけてくれるものだった。

特にこの先生の鍼に関しては、カラダの中で眠っている神経を鍼の刺激によって呼び覚まして元気を与えてくれるものだった。

秋が深まり気温がグッと下がり始める季節になると、ぼちぼちカラダのメンテナンスが必要だと感じる。

 

10.5.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

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黒いやつらがやって来た!

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新型コロナが蔓延し始めた2020年春より、太陽珈琲焙煎本舗の丸の内ある店舗は通常の営業を止め、店以外の屋外イベント、マルシェや蚤の市での出店を積極的に行ってきた。

当店はコーヒー豆の販売とコーヒーの抽出機器の販売が主で、有料によるコーヒーの試飲を目的として来店されるお客も若干数ながらいた。

富山でも地方自治体の助成金を申請して店内にコロナ拡散防止対策考慮した工事を早々に施すお店が多い中、新型コロナが終息したとしても、もう世の中は元通りには戻らないと踏んだ。

しばらくはヤレることをヤルのみ。

様子を見ることにして、場合によっては業態を大胆に大きく変更をする必要もあるかもしれない!? と。

 


毎週土曜日は黒崎屋さんの店先に出店させてもらっている。

富山市と高岡市を結ぶ国道8号線の南側に位置している魚屋さん。

独自の仕入れルートがあったり、魚を神経締めする手間を惜しまないからなのか、普通のスーパーマーケットに入ってる魚屋さんなどとは大きく差を付けて身が締まった刺身を提供してくれる。

全然違うのだ!
黒崎屋さんの営業は月曜から土曜、09:00~19:00。日曜は河岸がお休みなのでお休み。

富山市内の多くの飲食店さん、時にはお寿司屋さんまでもが開店前から店先に並んで扉が開くのを待っている。

朝イチの09:00に扉が開く前に並ばれる飲食店さん達は、魚丸ごと一匹とか柵で購入される。

特別な予め注文が入ってる魚達は裏口からやり取りされ、午後になると一般のお客さん用にお造りにされたパッケージされた状態で店先に並ぶのである。
そして、富山市近郊の農家で栽培されている季節の野菜や風変わりな野菜も売られている事も忘れてはいけない。

赤い大根や白い苦瓜など単純に珍しい野菜が並ぶので店内を見るだけでも楽しい。

それら、富山県内のいくつものミシュラン星獲得レストランの食材として提供されている。

( あ! 太陽珈琲焙煎本舗のコーヒー豆も、ミシュランの星を獲得されてるレストランに卸してます。)

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そんな農家さんの一人、青ちゃんの家で7月30日猫が12匹生まれた。

以前から、何気なく「黒い猫が欲しいな~!」などと言ってた事を覚えてもらっていたらしく、その12匹の中に「黒っぽいやつが2匹いるよ!」と連絡をもらい、即決。

迷わず2匹とも引き取ることにした。

大学を卒業した頃、東京で生まれて目が開いたばかりの子猫を2匹拾ってしまって、そのまま育てることになった経緯もあったので、今回も何かしらの縁があったように思えた。

生後4週間後親猫の母乳でしばらく育てられてから、2匹はウチにやって来た。

ちょうどミルクから離乳食へ移行するタイミング。

30年前飼っていた子猫達にも哺乳瓶でミルクをやっていた記憶があるが、離乳食などどうしていたのか全然覚えていない。

あらためてネットのブログやらYouTubeで確認してみると、時代が変わって猫達の地位はカナリ向上したように思える。

まず出自がハッキリしない野良猫に近い立場の猫は、獣医師に診てもらって健康診断してもらうべきだという事を知った。

猫もHIVや寄生虫など感染症に罹ってる可能性があるので、血液検査をしてもらったり身体検査、尿検査、便検査をしてもらうようだ。

それに、ミルクの後は適当に猫マンマを与えておけば良いという安易な認識だったが、どうも人間の食べ物を与える事が猫にとっては塩分の関係で腎臓に悪影響を及ぼしてしまうらしい。
良いタイミングで猫用ケージを譲ってもらったりもして、2匹は自宅で留守番をする形で飼う予定だったのだが、トイレの習慣を身に付けてもらわなくてはいけないし食事の時間や回数の事もあるので、しばらくキャリーバッグに入って一緒に出勤している。

店に置いてあるケージの中で寝ている時は静かで何の問題も無いのだが、起きてる時はケージの中で走り回って大運動会である。

こちらが焙煎をし終えた後ケージを覗いて目が合ったりすると、「腹減った~!」とか「ココから出せ~!」とか「遊んでくれ~!」とか、2匹揃って容赦なくニャーニャー訴えて来る。

そうなると、ほぼ根負けして彼らの言うことを聞き入れてしまう。
彼らがウチにやって来て一ヶ月足らず、すっかり猫の親バカの出来上がり。

2匹とも雄。

クロネコの大和 ( ヤマト ) とクロネコの端午 ( タンゴ ) と名付け、家内安全、商売繁盛、ウチの招き猫に就任した。

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9.5.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

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コロナ禍のオーディション

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北陸の中でも比較的人流が少ない富山ならばきっと大丈夫だろうと誰もが思っていたはずだ。

今までは常に石川の方が感染者数は多く、北陸の中でも観光地であり普段から人流が絶えることがない金沢がダントツで密になる都市である限り、富山の感染者数はそれらの足下にも及ばないものだとばかり思っていた。

そうして、五輪が実施されるなら、夏休みが始まったから、お盆になったからと8月に入った途端、富山市内の主要な道路では県外ナンバーのクルマを頻繁に見掛けるようになり、家族ぐるみで利用するようなファミレスや店舗面積の広い回転寿司屋などが書き入れ時の時間帯になると普通に満席になるようになっていた。

そして当然の結果、富山県内の一日の感染者数は100人を超えるようになった。

今年2021年8月10日には県内で感染者や入院者の増加が続いているとして、県独自の感染拡大特別警報(富山アラート)を発令したが、その後も県内の感染拡大に歯止めが掛からず、8月16日には富山県感染拡大特別警報の警戒レベルはステージ3に引き上げられた。

また、8月20日から9月12日まで県内全域の約4千店を対象に午後8時以降の営業自粛を要請。

富山市を軸に まん延防止等重点措置の適用地域となった。

こんな最悪な状況まで想定されていたかどうかは判らないが、富山県と石川県で某映画のキャスト、エキストラの選出目的での公開オーディションが8月27日、28日、29日の三日間予定されていた。

公募要項には、コロナ禍であることを考慮し動画審査の受付も⾏うとも書いてあった。
となると、直接面接を受けるより、動画での応募者の方が応募者側に手間が掛かるだけに、監督を始め審査をするスタッフに印象深く目に留めてもらえる可能性が高いと推測される。あとは日程さえ合うのなら、映像を送った後に駄目押しで直接面接会場に出向きオーディションを受けても良いのだ。

 

まずは自分で印象深い動画を撮ることが必要だ。

昨年から興味を抱いて最近購入したiPhone用ジンバル・スタビライザーを使って動画の撮影をしようと思いついた。

iPhoneのお陰で写真も動画もお気軽に撮影出来るものになって久しい。そのiPhoneの動画の撮影とはいえ、スタビライザーを付けて映像を見る時に煩わしく感じる手ブレ振動を除去してやりさえすれば、整然とすっきりした映像に見えるはずだ。

ましてや映像のプロならそれらの映像の工夫が加えられたものだと気付くに違いない。

むしろ気付かないような撮影組には関わらない方が良いはずだ。
DJI OM 4 COMBO、iPhoneに専用アプリをインストールして起動させると、かなり優秀なビデオシステムになってくれる。

ひとりで撮影するので、自撮りモードにして内側のカメラを使い、自分の顔を認識記憶させてやるとその後はそのまま被写体の顔の位置を把握し追尾フォローしてくれる。

テーブルの上に付属の小さな三脚を立てて固定してやれば、人物の上半身のちょっとした動きに応じカメラ任せで顔を追いかけてくれる。

機能を判っていて購入しているのに実際チョコチョコっと設定して期待している映像が撮れてしまうと「オ〜〜!」と自然と声が漏れてしまう。
収録する内容は、「自己紹介(約30秒)」「好きな映画、ドラマの台詞の朗読(約30秒)」

「特技・アピール(3分以内)」3点にも関わらず、カメラの追尾機能が面白くて無駄に動いて撮ってしまった。

映っているのは、オーディションの領域から大きく外れ、もう単なる挙動不審なオッサンでしかない。
 

世の中的にあまり実績が無いと思われる動画審査なだけに、何かデータに問題が有った時のため、締め切りを待たず映像データを制作会社の担当者宛でギガファイル便を使って送った。
案の定、映像データ送信後数日経ってもギガファイル便の送り先相手がデータをダウンロードした確認の通知が全然こちらに届かない。

絶対何か問題があったに違いない。

まぁ、写真撮影の仕事をする時にもなんら起こり得るトラブルだ。

想定内のこと。
 

そうこうしている内に、周囲のオーディション仲間たちの何人かは面接の日が決定したとか、オーディション会場はどこだとか、今回の出演者は未だ公表されていないとか、ネットなどでは知らされていないはずの新しい情報を得ている。

何かのトラブルで観てもらうべき動画が先方の審査スタッフに到達していないなら、まずは確認して直接面接でなんとかリカバリーしてもらうしかない。
 

問い合わせ先に電話してみると、予想は的中していた。

電話に出てくれた若い女性が制作アシスタントのようで、話しぶりから察するにまだ現場の経験が浅い。

今回が初めての現場なのかもしれない。

更に今回のオーディションの応募者が想像していた以上に多数だったため、それらの処理が間に合ってなさそうですっかりパニクってる雰囲気を醸し出していた。

映画やドラマの撮影現場には、ひとりやふたり居勝ちなタイプだ。
こうした場合、狡猾なオッサンは、ここで若い女の子をやり込めたりするような事は決してしない。

優しく宥め賺し、味方になってもらって、再度なんとか自分の映像データを観てもらえるようメールアドレスなど再確認して再送出来るよう丁寧に取り計らった。

そして、8月27日(金)午前中に金沢某所にて直接面接のオーディションを受けられるよう漕ぎ着けた。

あらためて受け取ったメールには、日程や場所の決定事項に加え「オーディション会場でのコロナ対策」が添付されていた。

オーディション会場に来る前には、検温など体調管理すること。

過去2週間以内に感染拡大が続いている国や地域への訪問歴があるなど、健康に不安がある場合来場を控えろと。
次に、オーディション会場への来場時には、各自必ずマスク着用。

ロビー備え付けの手指消毒液の使用。ハンカチ・ポケットティッシュを用い咳エチケットを遵守。

受付で検温をし37.5℃以上の場合スタッフへ申し出ること。

飛沫感染予防の観点から審査中もマスク着用。

自己紹介の際には飛沫防止のパーテーションの中でマスクを外してもらう可能性があること。

会場内で待機や入退室の際可能な限り周囲との間隔を確保すること。

会場内の換気の実施。

等々。
 

だが、既に富山は感染拡大が続いている地域なのでは?

日本が全国的に未だ感染拡大しているのでは?

監督始め制作スタッフたちは、パラリンピックを強行している東京からやって来ているのでは?
 


奇しくも、8月27日(金) は、映画『鳩の撃退法』全国公開の日。主演、藤原竜也。

 

この映画、昨年2020年春、富山出身のタカハタ秀太監督によって、すべてのロケが富山で行われたもの。

コロナが全国的に広がり始め、撮影スタッフたちが慣れないマスクを付けて煩わしく感じながら動いていた頃である。

コロナ禍が映画公開になる頃まで未だ続くとは誰が予想していただろう。

一瞬だけれど、バケツを蹴り飛ばす荒っぽい作業員の役で出演しているはず。
映画本編のストーリーには大きく関わらない台詞をしゃべってるので、そのシーンを丸々カットされてしまってる可能性も無くはない。

台本上の決められた台詞は与えられていなかったのだ。

撮影当日、いや、まさに撮影現場で、その場での思いつきのアドリブで本編とは関係ない台詞をしゃべってる。

午前中に金沢のオーディションを受けて、直ぐにも映画館へ駆け込みスクリーンに映ってる自分を確認したいところだが、明日8/28(土)はカターレ富山のホームゲームスタジアムでの屋外出店があり、しっかり前日の仕込みをしなければならない。

コロナ禍に於ける大事な大事な収入源となるだけに、これはこれで魂を込めて。

 

8.2.2021

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新記録更新

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2021年7月31日、東京都が新たに発表した感染者は過去最多記録を更新し4058人。

全国で確認された感染者は急拡大を遂げ1万2342人。

五輪開催中とはいえ、この記録は更新されなくて良い数字だ。
少なくとも7月中の富山は感染者の増加が落ち着いた様子で、県外からの来訪者との接触があったり出張などで上京していた者だったり、感染の原因がある程度突き止められるものだった。

それが、二桁になったかと思いきや20人を超えている。

富山県全域に新型コロナウイルス感染拡大警報(富山アラート)も発出されている。


最も腹立たしいのが、大会組織委員会の武藤事務総長は8月1日の会見で感染拡大と五輪の関連性について「菅総理大臣も小池都知事も因果関係を否定していて、私もその考えに同調している」と述べているらしいのだ。

昨年からの新型コロナに関する対策などすべてが五輪を優先して講じられて来ていた。

そして、世界的にデルタ株が拡大している最中、東京に於いては緊急事態宣言が発令されている最中に五輪を強行開催していて、五輪との関連性が無いなど誰が信じると思っての言動だろう。

一貫して支離滅裂で矛盾した愚策。

世界的な大イベントのために大勢の人々が時間と労力を費やし天井知らずの予算を投じてしまって、こうしたこの上なく重たい舵を反対方向へ大きく切ることの出来る器の大きな人物は今の政治家の中に居ないのだろう。

太陽珈琲焙煎本舗は、第一回目の緊急事態宣言が出された頃、2020年3月13日辺りから今までずっと店舗を閉めた状態です。

一方で、屋外に於けるイベントに出向いてテント出店する営業にはむしろ積極的で、仮にコロナが終息したとしても、今後そうした移動販売を主な営業として考えるつもりでおります。
店舗を構え、ふんぞり返ってお客さんを待つような時代では無くなったのだ。

コロナが終息したとしても、もう元の生活や仕事のやり方には戻れないでしょう。

変化することを恐れず、新しいカタチを求めて変身し続けることが今後の仕事に必要と思われます。


新たに移動販売させてもらえるイベントが行われる場所を見つけた事もあって、8月末には今までのレギュラーに加え更に一カ所で大きく稼ぎ出す意気込みが生まれてきている。

今はそれらの準備として主催者側と連絡を取り合い、出店する際の商品の写真や宣伝文をやりとりしたり、お互い協力しあってイベントを盛り上げようと静かに情熱を燃やして頑張っている。
今までは、自家焙煎のコーヒー豆を使って挽き立てのハンドドリップコーヒーを淹れ、前夜ほぼ寝ない徹夜状態で毎週異なるこだわりのスパイシーカレーを作り続けて来た。

緊急事態宣言だろうが富山アラートだろうが、仕事としてはやはりお客さんに集まって来てもらう事が大前提である。

反発心と自分自身の中のモチベーションがどんどん盛り上がってきていることもあって、ついに伝家の宝刀を抜かなければならない時が来たような気もする。

とはいえ、このまま富山県内の感染者数が増え続けたり国内の感染者数の記録を更新し続けたりすると、そうした人を集客するイベント自体が中止となってしまう。

そう、普通のイベントなら中止にして感染を拡大させないよう人命を優先するのだ。

チケット収入が無いなど予算に見合わないようなら、中止という選択をして致命的な痛手を負わないよう次の機会を待つのだ。

ゆっくり考える暇も無く暑い夏8月を終え、9月がどんな事態を迎えることになるのやら。

 

7.2.2021

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市役所のカレーラーメン

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午前中のうちに、未だ人が混まないうちにと、富山市役所の駐車場に滑り込む。

ほぼ毎日のように乗っていたディーゼル四駆の愛車エルグランドが令和3年6月19日で車検が切れることにより、まず点検をしてもらったところ潜在している様々な部分の故障箇所を修理して消耗品を交換して乗り続けるには想像以上の費用を要してしまうと言い渡された。

泣く泣くまだ充分に乗れるクルマを手を加えて修理もせずそのまま廃車にするという判断をした。

その一連の手続きのために実印の印鑑証明が必要となったのである。

今やマイナンバーカードさえ有れば、最寄りのLAWSONで印鑑証明やら住民票やら取得出来るはずなのに、どうも慣れない新行程を辿るのに抵抗があって、つい面倒臭い方の選択をしてしまった。

しかも、市役所の中に入ってみると、昨年くらいまでは設置してあった住民票や印鑑証明を取得する機械が、駐車場から一階に駆け上がって一寸見渡すと有ったはずの場所に置いてない。

どこに移転したんだ!?と総合受付のに駆け寄って尋ねてしまった。

移転ではなく機械自体が撤去されてしまったらしい。

普通に従来のやり方で、希望する書類の申請書を記入し整理券を受け取って印刷物が仕上がりを待つという原始的な作業に戻ったのである。

暗に「印鑑証明が欲しければマイナンバーカードを持ってLAWSONへ行け!」という当て付けなのだろうか?

幸運にも人為的な行程を踏んだにも関わらずほんの数分で印鑑証明の用事は済んだ。

せっかく地下駐車場に代車を駐めたのに、30分も経たずに出庫してしまうのは何だか勿体ないと思ってしまったこともあって、ふと市役所の食堂を思い出したので行ってみることにした。

だいたい市役所には頻繁に来ることがない。

そして、お昼前後のタイミングで来るとは限らない。

市役所には一般市民も使える食堂があると知っていても、なかなか利用するまでに至るチャンスがないものだ。

この食堂について話をしてくれたのが、S 師匠。富山出身の落語家さんで、東京都内での活動が主だが日本全国いろんな所に神出鬼没、八面六臂の方なのである。

今でこそコロナのためにその動きを大分妨げられてはいるものの、コロナ前のフットワークの良さ、強靱な体力には見習うべきものがあり、勝手ながら密かに「心のアニキ」に位置付けさせてもらっている。

毎週のように東京と富山の往復移動をされて、その移動だけでも疲れてしまうものなのに、行く先々にはしっかり高座をお務めになる。

Facebookで様子を伺っていると、お酒も良く飲まれる方で、食べ物も自らお弁当を作ったり小まめに何かと作られたりしている。

そんな師匠のFacebookコメントの中に「ウコン摂取」というキーワードが何度も登場している。

カレーがお好きなようだ。

そして、何故か富山市役所の食堂のカレーラーメンが複数回数登場していた。
カレーうどん の方が一般的にポピュラーだと思うが、この市役所の食堂に於いては「カレーラーメン」なのである。

食堂の入り口には食堂内で提供される麺類や定食の蝋細工の食品サンプルがガラスの陳列ケースに入れられ紹介されている。カレーうどん は見当たらない。

元々、富山の人たちは、カレーが好きなのである。

 

富山県射水市のイミズスタンを拠点に広まったパキスタン&インド系のスパイシーで本格的なカレーで盛り上がってるというカレーとは別の、根本的に習慣化されたジャパニーズカレーが好きなのである。

近所のスーパーマーケットに行けば、ハウスやらS&Bやら有名メーカーのカレールゥが迷うことなく売られているコーナーがあるものだ。

これが富山に於いては、他県のスーパーと比べると什器が二倍。

倍の棚に商品が並べられている。

それだけ需要があると判断して良いだろう。

どこが発表しているデータなのか定かではないのだが、富山市は「住み続けたい街ランキング2020」のトップ1と言われている。

在住者にとっては身近な事柄過ぎて客観的な判断が出来ない。

また、2014年都道府県別の持ち家率の変化では富山県が第一位。

2017年都道府県別の自家用自動車の普及状況でも富山県は第二位だったりする。
こうした一見ポジティブに思えるデータから富山県民は喜ばしい事と満足してしまうようなのだが、しばらく海外生活を経験してきた50代男性は世の中に流布されてるデータをそれほど素直に受け入れることはない。

決して日本に限った事ではないが、富山は一家の長男が結婚を機に家を建てる事、マンションを買って新居を構える事が重要視されてるエリアのようだ。

自分の場合、一人っ子の長男であるため大した自覚も無いまま、海外から富山に戻って来てみたら夫婦2人が住める戸建てが有った。

富山に生活拠点を移すことを決めた時、かつて祖父母が住んでいて、その後空き家となって誰も住まなくなっていた一軒家をリフォームして住むことになった。

ほとんどの長男は家の後を引き継ぐ事が出来てラッキーなのだが、次男以降は独自でなんとかしなければならないようだ。

富山県の西の方は、そうした成人男性の婚期につきまとうプレッシャーが強いらしく、次男のことを「家持たず」と揶揄した表現をされてしまうこともあるらしい。

要は、人生に於ける大きな買い物である「家」や「クルマ」に対する執着が非常に大きいのだ。
 

 

その大きな買い物を現金一括払い出来る人などそう多くはない。

富山の働き盛りの年齢に達している夫婦の多くは、家のローンとクルマのローンを抱え否応なしに共働きで汲々としているのである。

その共働きの家庭では、大量の作り置きが可能で、家族の皆が喜んでくれるカレーというメニューが重宝され、富山の多くの家庭でカレーが大人気だったりするのは極自然な現象に他ならない。

そんな事を考えながら、太陽珈琲焙煎本舗ではもう一年以上も前から毎週のようにカレーを作り続けている。

話の節々に統計データやら数字が出て来たりすると、ただただ好きで無心にカレーを作っている訳ではなくて、マーケティングや市場を賢く見極めて外食産業に取り組んでいるようにも見受けられ高尚な風に感じてもらえるかもしれない。

けれど、こうしたヘッポコ広告代理店が言うような理屈程度のものは、ある瞬間に感じる 閃き と比べると一向に太刀打ち出来るものではない。

富山県のコーヒーの消費量は、全国ランキングの上位から三分の一くらいには入る。

因みに、最もコーヒーを消費する県は京都府。

日本の上位三分の一に食い込むくらいの富山で、2015年に創業した太陽珈琲焙煎本舗は売上がどんどん伸びて楽勝なのかと思いきや、富山の人たちのコーヒー消費のほとんどは「コーヒー飲料」、缶コーヒーやインスタントコーヒーになるものの消費が一際多いらしい。

太陽珈琲焙煎本舗が活躍して、富山県民にコーヒー豆を消費してもらう伸びしろは果てしなく大きい。

おっと、カレーラーメンの話だった。

カレーうどん が無いのに、カレーラーメンが有る。

個人的には、どちらも大して好きではない。

カレーうどん なんてもう何十年も食べたことないし、カレーラーメンは師匠が食べてなかったら決して食べなかっただろう。

恐らく、今後また市役所に行ったとしてもカレーラーメンを選ばないと思う。

 

6.2.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

For Enjoying Toyama Life !

イミズスタン  富山県射水市(いみずし)

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太陽珈琲焙煎本舗の常連さんに声を掛けられ、 ザイカ(ZAIQA CURRY HOUSE) に連れて行ってもらった。

彼は残念ながらコーヒーの常連さんではない。

毎週土曜日のテント出店の為に作ってるカレーの常連さん。

一年半程前から毎週毎週作り続けているカレーをほぼ毎週、夫婦2食分を買い続けてくれている。

彼らの食事がカレーになる頻度は週に一度や二度ではない。

太陽珈琲のカレーだけではなく、県内に点在するインド、パキスタン料理の店のカレーもローテーションに組み込まれている。

それぞれのお店で働いてる現地インドやパキスタンから移住している店員さんと顔馴染みらしく、簡単なヒンディー語?で挨拶を交わし、メニューなど見ずに当日のお薦めカレーをオーダーしてしまうレベルなのだ。

 

その日5月12日水曜日は、ラマダンが終わりザイカの関係者やお客さんが集まって皆でお祝いをしようという日。

連れて来てもらいはしたが、実のところムスリムの事をよく知らない。

何度か中東地方へ旅行をしたこともあるし、中国で生活していた頃にはウイグル自治区出身の知人もいて羊肉串を頻繁に食べていた。

けれど、豚肉を食べない人たち、ラマダンの期間に断食をする人たち、といった程度の乏しい認識しかない。

あらためてウィキペディアで調べてみると、聖なる月とされるラマダンの期間、日の出から日没にかけて、一切の飲食を断つことにより、空腹や自己犠牲を経験し、飢えた人や平等への共感を育むことを重視する。

また親族や友人らと共に苦しい体験を分かち合うことで、ムスリム同士の連帯感は強まり、多くの寄付や施しが行われるとのことだ。


コーヒーに携わる者としては、コーヒーの起源に関わるイスラムの知識を深めておく必要があるのではないだろうか。


いくつかあるコーヒーの起源のエピソードのひとつ、イスラム教の聖職者シーク・オマルがコーヒーを発見した説がある。

オマルは、疫病が流行っていたモカの港町で多くの人のために祈祷を捧げていた。

ある時、モカ王の娘が病気にかかってしまい、オマルの祈祷によって病気を治したのだが、その娘と恋に落ちてしまい、王の怒りを買って街から追放されてしまう。

洞窟で暮らし食べ物も満足に得られなかったオマルはある日、木の枝になる赤い実を使ったスープを飲むと爽快な気分になる事を覚えた。

その後オマルはこの不思議な飲み物を街の人々にも伝え、再び街へ戻ることを許される事になったという。

 

後に日本の中沢清二により歌詞を付けられ、1961年「コーヒールンバ」が作られた。

西田佐知子が歌い、後に井上陽水や荻野目洋子にもカバーされた。
 

 

 

  昔アラブの偉いお坊さんが

  恋を忘れた あわれな男に

  しびれるような 香りいっぱいの

  琥珀色した 飲み物を教えてあげました
  やがて 心うきうきとっても不思議 このムード

  たちまち男は 若い娘に恋をした
  コンガ マラカス 楽しいルンバのリズム

  南の国の情熱のアロマ

  それは 素敵な飲み物 コーヒー・モカマタリ

  みんな陽気に飲んで踊ろう 愛のコーヒー・ルンバ


ムスリムの手によって共に中東から東のインド半島へ伝わったコーヒー文化は、後にイギリスの植民地化により紅茶文化へと次第に移行しチャイが普及したと考えられる。
17世紀になるとヨーロッパがアジアに進出し、植民地化が始まり、18世紀後半にイギリスがインドを植民地支配するようになる。

イギリスのインド植民地化は1858年から1947年まで続き、第二次世界大戦終了後、イギリスが植民地を手放す形で、1947年イギリス領インド帝国が解体し、インド連邦とパキスタンの二国に分かれて独立へ。

インド半島内のヒンドゥー教徒とイスラム教徒が統合できず、ヒンドゥー教徒が多い地域がインドとして独立、ムスリムが多い地域(現在のパキスタンとバングラデッシュ)がパキスタンとして独立した。

 

ここ富山県射水市の通称「イミズスタン」と呼ばれるエリアがある。

通称で呼ばれているはずなのに GoogleMap で検索すると、カシミール、ザイカカレーハウス、アルバラカのパキスタン料理店3店舗を指し示してくれる。
大学へ進学するまで富山に住んでいた頃はそんな話を全然聞いたこともなかったので、恐らく90年代以降のこと。

国道8号線沿いに日本の中古車ロシアへ輸出する中古車販売店が建ち並んでいた。

クルマで国道8号線を走るとズラ~っと英語やロシア語の看板が並び異国情緒を醸し出している。

そのほとんどがパキスタン人が経営しており、中古車販売と共に似たようなプレハブ造りの様相で現地の人たちが通う本格的パキスタン料理の店が出現したようだ。

未だ続くコロナ禍においてはリアルな旅行は難しいが、思わず県内に実在する近場の外国に触れることとなった。

しばらくは、飽きずにイミズスタンに通うことになりそうだ。

 

5.2.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

For Enjoying Toyama Life !

Uber Eats

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このいつまで続くのか判らないコロナ禍にあっては、今まで通りのやり方じゃダメだ。
そして、コロナが終息したとしても、以前と同じ世の中が戻って来るとは限らない。
いや、きっともう元通りにはならない。

2014年秋に帰国して、富山に戻って来たのは30年振り。
富山市の出身とはいえ、高校まで生活していた後大学進学と共に上京しているので、自転車移動出来る程度の行動範囲でしか街の事を知らない。

また不在にしている間に街も大きく変化してしまっていて、ほぼ新しい土地に来た時の感覚と変わりがなかった。

まさにこの年、北陸新幹線が開通し今後は富山も活性化するだろう。

そんな幻想を抱く人達も居たのだろうが、それこそ昭和の考え方だ。

こうしたハードが整って都会への人の流出に拍車が掛かるだけで、結局のところ地方から発信出来るほどの魅力が無ければ地方に於ける活性化は有り得ない。

そんな事を考えながら、時の流れでシャッター街と化してしまった中央通りや総曲輪(そうがわ)通りから差ほど遠くない場所、住所も「丸の内」と書くところにコーヒー豆の店を構えてみた。

もう写真撮影を生業にするのはやめよう。

自分の作品を撮ろう。

富山に於いてもブライダルや家族の記念撮影の仕事は有ったとしても、出版社やメディアが無いと思われる地方で東京と同じ感覚で写真のカメラマンは食べてはいけない。

広告の仕事も都会から出向いてる代理店に仕切られて地方にはイニシアチブが無いだろう。

ましてや時代はフィルムからデジタルに移行し、写真の価値も大きく変わってしまった。

今となっては、性能の良いカメラ付きスマートフォンを買うべきか、ムービーも撮れるコンパクトなデジカメを買うべきか真剣に悩んでしまう。

 

北京に居たときに衝動的にカフェを作ってしまった流れから、全く迷いなく富山でもコーヒー関連の仕事を。

世の中では世界的なコーヒーブームの到来を感じていた事もあり、自分自身が美味しいコーヒーを見極められるようになれるためにも、コーヒー豆の焙煎屋を始めることにした。
自分一人でコーヒー生豆(なままめ)を仕入れ焙煎して、それを販売する。

店内ではコーヒーの試飲は出来る。でもカフェのようなスイーツも食べられるような、場合によっては食事も出来てしまう喫茶店にはしない。
地の利もよく判らない富山で、もちろん繁盛店にする事が目的ではあるが、ひとりで切り盛り出来て、カフェではなくて、コーヒー豆の焙煎の作業をしてコーヒー豆を販売する店として誤解なくこちらの意図通りに認知されるようになるまでには多くの時間が必要だろう。

地方の家賃は東京に比べて安いとは言え、固定費として出て行く家賃、そして人件費の出費は大きい。

まずはミニマムを成立させること。

豆の販売店としての認識がされて経済的な余裕が出来てからカフェを併設するなり別の場所に作りたい。

だが、最悪の場合、豆屋の認識が成立させられなかった場合、店舗としての存続のために保健所の食品衛生許可だけは取得しておこうと考えていた。

店舗を構えて3年目、2017年の冬。富山に戻って来て初めての大雪を体験する。

( 昨年2020年の冬は更に酷い大雪だったが。)

お店のシャッターを開け、パワフルなガスストーブを点けて待っていても、営業時間内にまったくお客さんが来ない。客足が悪天候に影響されてしまうのは頭で判っているつもりだったのだが、単純に売上に反映されてしまい様々な支払いが滞ることになってしまう。

富山に於いては店舗を構えたからと言って商売が成り立つとは限らない。
お客を待つのではなく、人が集まるところへこちらから出向いて商売をすべきとテント出店を積極的に行うようになった。

だが、テント出店も天候に左右されてしまう。

スマホの時代、もっと通販を強化しなければ。
その後、協力者が現れ何度か打ち合わせを試みてはいるが、こうした販売の流れの中で注文が入ってから「翌日発送」や「送料無料」などの多くのネット販売の企業が当然のように行ってるサービスが、ウチのようにたったひとりで稼働させている小規模店舗では対応仕切れないのである。

誰かアルバイトに来てもらえば解決することなのか。

イベント出店だけでも手がいっぱいになっている現状や売上が不安定な点からも、通販部門の強化はもう少し先の話になりそうだ。

一方で、富山でも四角い箱型のリュックを背負って自転車で街を駆け抜けるUberEatsを見掛けるようになってきた。
昨年のコロナが蔓延しはじめた頃から店舗は基本的に休業状態。

イベント出店だけは積極的に出向いているが、店舗内は倉庫と化し、常連さんのためにコーヒー豆の焙煎はしているもののイベントで売るカレー作りにエネルギーを注ぐあまり傍ではカレー屋に商売替えしたとも思われてる。

保健所の食品衛生許可を取っておいたのが正解だった。
カレーも作る豆屋としては、バターチキンカレーとインド AA モンスーン・マラバール をセットでオーダーしてもらえると結構嬉しい。

カレーとコーヒーのマリアージュと言ったところだ。

2021年4月22日。
UberEatsに申請したのは昨年12月だったか。

既にかなりの時間が経っている。

まだ会ったこともないUberEatsの担当者にメニューを早くアップするようにと、半ば強引にメニューの撮影日を決められ、自分で撮影してアップしてやろうかとも思ったのだけれどUberEatsのメニュー写真のガイドライン等があるだろうから、初回は大人しく様子を見ておこうとも思い、素直にこの日を迎えた。

担当者とは電話で何度か話もしたが、メニュー撮影に関する件はメールで日程や準備しておくモノなどが伝えられただけだった。リモートが徹底している。
15:00スタートの予定だったが、14:30にカメラマンさんから電話が入って「まだ小杉インターを出たところです。」とのこと。

高速に乗って来た!?

どこから来るんだ!? 渋滞だなんて大きな事故でもあったのか?
30分ほど遅れて金沢在住のカメラマンがやって来た。
この日富山の西ではブルーインパルスが上空を飛ぶとかで、富山市までの途中の道では大渋滞が起こっていたようだ。
順調ならUberEatsサイトで5月連休明け頃には、太陽珈琲焙煎本舗のメニューの一部が稼働し始めるらしい。

 

4.1.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

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Chocolat Blend

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3月28日。昨年の今日は、富山で行う予定にしてた芝居の公演を新型コロナの拡散防止を鑑みて泣く泣く中止にした日。

命日と言っても良い。

早くも一年が経ってしまった。

幸いにも一年後の今日、富山市の総曲輪(そうがわ)グランドプラザでは「田畑真希ダンス2021公演『カーーニバル』は予定通り開催された。

ここ数年連続で毎年のようにダンスワークショップが企画され、富山県在住のアマチュアダンサー達が集い稽古を重ね公演をしている。
2014年秋日中関係が思わしくなくなって北京に住みづらくなり富山に生活の拠点を移すべく日本に戻って来て間もなく、富山市内の街中で貼られていたコンテンポラリーダンスのポスターを偶然にも見つけたのがキッカケ。

この田畑真希さんとウチの奥さん陳黛英が桐朋の演劇科での同期だったのである。

大学時代の二人が思いもよらぬ富山で再会を果たした事から、その後黛英も直ぐにダンスワークショップに参加するようになった。

この田畑真希ダンス公演は、毎度毎度 コーヒー屋のテント出店の日と重なってしまって、黛英との結婚後一度もコンテンポラリーダンスを踊っているところを観たことがなかった。

正に仕事が忙し過ぎて子供のピアノ発表会に行けないお父さん状態。

幸か不幸かコロナの影響で例年のような春のイベントやマルシェが軒並み中止になり日程がズレて何もどこにも出店することのない第四日曜日を迎えることになってしまった。
そんなこともあって今回は特別。
会場のグランドプラザでは、朝から立ち位置の確認から簡単なリハーサル、本番2ステージが終わるまで、合間合間でダンスの関係者にコーヒーを飲んでもらおうとポットに入れたコーヒーを用意して控え室に置いてもらうことにした。

だいぶ暖かくなって来て、富山市内の桜の名所では三密お構いなしで人が集まり始めている感じ。

とは言え、無防備な様相で長時間屋外にいるとすっかりカラダが冷えてしまうという感じ。

参加者のほとんどが女性ということもあって、太陽珈琲焙煎本舗では最も人気でコスパの良いブラジル セラード カラメリッチ#18 をベースに コスタリカの豆の爽やかな酸味を少し加えてチョコレートっぽい印象になるように仕上げ「ショコラブレンド」とした。

ウチの店、普段は基本的にシングルオリジンの豆を推しているので、ブレンドを作ったりするのは珍しい。

そして、仕事として舞台写真を撮らないながらもやはり現場に出向く以上は何かしらの撮影をせずにはいられない。絶対に手持ち無沙汰になって居心地が悪くなってしまう。

そこで、iPhoneカメラのムービーで記録撮影をすることにした。

iPhoneを手持ちで約20分間持ち続けるのは手の振動がそのまま映像に伝わってしまうため、少し前にAmazonでポチッとやってしまった iPhone用のスタビライザー、ジンバルをデビューさせることにした。

一応、スチールカメラも用意していく。

けれど、仕事モードにはなりたくないので仕事では使わないオモチャカメラ パナソニックG2を忍ばせて行くことにした。
ところが、いざ撮り始めると自分の中のスイッチが入ってしまってオモチャカメラではメモリーバッファのスピードが遅く、EVF(電子ビューファインダー)では実際の被写体の動きとファインダー内の動きとのタイムラグに耐えがたい不快感を覚えてしまい強烈なストレスになってしまった。

iPhoneジンバルも安物買いの銭失いと言った感じで、iPhoneとジンバルを繋ぐBluetoothが現場環境に飛びまくっている電波なのか何かノイズのようなものと干渉してしまうようで、大事な録画中に勝手に機能しなくなり仕舞いには痙攣したような動きをするといった機材トラブルに見舞われてしまった。

やはりどんな現場であろうとも、自分の機材は常にベストの状態に保持しておかないと、自分の精神衛生上よろしくないという事を再確認してしまう事となった。

 

うっかり気を抜いた撮影はともかく、3月21日の緊急事態宣言解除から間もない今回のダンス公演は例外なく県外からの来訪者である田畑真希さんは事前にPCR検査を受けて来ている。

本日の公演2ステを終えた後も、参加者や関係者の打ち上げもナシ、慰労会もナシ、乾杯もナシなのである。


この一年、演劇のみならずイベントが行事が冠婚葬祭が学校の授業が悉く中止になり延期になり小規模になって本来のものとは異なる不本意な状態を余儀なく選択させられてしまった。

誰が悪い訳でもない。

新型コロナウイルスの拡散防止の為だ。

仕方が無い。

そう思って自分自身に言い聞かせて来た。
しかし、ここへ来て、どうも東京オリンピックだけが例外的に強引に実施されようとしているような気がしてならない。

3月21日、東京都の感染者数が下げ止まりと言われる中、どういう訳か緊急事態宣言が解除され、3月25日からフライング気味に聖火リレーが福島をスタートした。
「復興五輪」「コンパクト五輪」というフレーズはどこに行ったのだろう?

当初の予算を遙かに超えてるにも関わらず、強引に開催しようとするのは誰の思惑なのだろう?

説明もされること無く、誰も責任を取らない。

理不尽極まりない。

Days Top
 

2.1.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

For Enjoying Toyama Life !

コスタリカ  グラニートス・デ・オルティス・レッドハニー

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大雑把に言うと、コーヒーの実から中の種を取り出して乾燥させた物がコーヒーの生豆(なままめ)となる。

そう、便宜的に「コーヒー豆」と言ってしまうが、豆では無く「種」なのだ。

コーヒーチェリーと呼ばれる実の収穫後の加工処理が後々のコーヒーの味や香りに大きく影響を与える。
完熟したコーヒーチェリーをピッカーと呼ばれる人たちが手作業で丁寧に摘み取り、実の皮を取り除く。

チェリーと呼ばれるくらい見た目はサクランボと似てはいるが、少々小振りで、それほど果肉は厚くない。

表皮を剥いてやるとヌルヌルした果肉が出て来る。

果肉はフルーツらしくジューシーで甘酸っぱい。

詳しく言うと、このヌルヌルした粘液質がミューシレージ(スペイン語 miel : 蜂蜜の意)と呼ばれるものであり、それが種に残った状態で乾燥させる精製処理を「ハニープロセス」と呼ばれる。
この加工法で仕上げられたコーヒー豆は、果肉の糖分が種に凝縮され尚且つ爽やかな酸味を豊かに持ち複雑な香味も併せ持つ。更にその後の焙煎によってはカラメル感も出て来たりもする。

「レッドハニー」は50%のミューシレージを残して12~14日間掛けてゆっくり乾燥する。

手間が掛かっているだけに美味しいコーヒーになること間違いなしだが、値段もそれなりに良かったりする。
 

2019年の夏のこと。
魚津漁業協同組合 魚津おさかなランドの建物を使って、映画のロケが行われた。

このところ、富山県の観光課が運営している TLO (富山県ロケーションオフィス)が大活躍されているようで、映画やドラマの撮影が県内の至る所で行われるようになっている。
この春、舞台『ダークマスター 2019 TOYAMA』富山オーバードホールで舞台デビューしてしまったこともあって、今回の映画の撮影では主人公の上司の役で出演することになったのだ。


こうした現場は初めてではない。

都内で写真撮影を生業にしていた頃、かつてVシネが流行った頃には、そうしたビデオパッケージの写真撮影もした事があったし、TVの2時間ドラマのスチールスタッフとして地方ロケに出向いたこともあった。

そうした映像現場のスタッフとして関わり、ついでの ”内トラ” として、身内がやるエキストラとして、いわゆる通行人のような台詞の無い扱いで出演をしたこともあった。
けれど、今回は違った。

ちゃんと一丁前の出演者扱いされて、一応一言二言の台詞があるため、若干大切に扱われいたような気がした。

映るっているか映ってないか結果の映像を見ないと判らない、台詞の無いエキストラとは明らかに違う扱いなのだ。
「控え室はこちらなんで~」とサードくらいの助監督さんなのか、男性スタッフが部屋を案内してくれて入っていくと、窓際の外光が入る明るいところでは映画の主演である女優さんがメイクさんと思われる女性スタッフと雑談を交わしながら顔のマッサージを受けている。

その反対側の壁の辺りにはハンガーラックが4台くらい置かれていて、撮影で使われると思われる衣装がたくさん掛けられており、その横で簡易的にカーテンで仕切って目隠しされた更衣室、いや、その着替えエリアでは主演の幼馴染み役の俳優さんが正にお着替え中だった。
案内してくれた男性スタッフは「上司役の六渡さんで~す!」と紹介してくれたので、出演者ぶって「おはようございます! 地元富山の出演者、六渡です。よろしくお願いします。」と挨拶をしてみたものの二の句が継げない。

「こちらに座っててください。もう少ししたらお弁当持って来ますんで。」と言われても、なんだか場違いのような居心地悪さを感じる。

借りてきた猫だ。
そもそも、2005年から北京で生活して2014年には富山に戻ってきたけれど、自宅にTV受像機を置かないTVを見ない生活を続けている事もあって、この2人の俳優さんの事をほとんど知らなかったのだ。

この撮影に入る前、熊澤尚人監督の作品はすぐにレンタル屋に駆け込んですべての作品を観まくった。

だが、共演者の作品まではチェックしていなかった。

迂闊だった。

 

 

主演の2人結子と一郎を含め、町のお年寄り達と町役場の人たちが集まる宴会シーンでは、サプライズもあって居心地が異なり、こうした撮影現場が初めて楽しいと思えた。

 

こうした大勢の人が映るシーンでは、ストーリーを紡ぐメインの役者がカメラ前で演技をして、その他の出演者達は奥で背景に映り込みながらも、場の雰囲気に合わせた演技を要求される。多くの場合、背景になる人達には台本上の設定のみで台詞は与えられておらず、雰囲気に見合ったアドリブを声を発する事無く、見た目は普通にお互い意思が疎通しているかのように見せて映らなければいけない。

助監督さんの指示で宴会の座る位置を決めてもらい、テーブルに着いてみて、驚いた!

大学進学で上京して間もなく、友人の紹介で下北沢本多劇場で黒衣のバイトをするようになり、「お前、写真撮れるんだって!?」と言うことで舞台写真を撮るようになって差ほど時間が経ってない頃、渋谷パルコ SPACE PARTⅢで上演されていた『クラウド・ナイン』の舞台写真を撮るためゲネプロで劇場内に入っていた。

イギリスの戯曲家の翻訳劇なのだが、当時現場で目の当たりにしていても内容はさっぱり理解出来ていなかった。

ただ、演出家と照明さんがモメててなかなかシーンが決まらない。

劇場の退出時間を越えて翌日再び撮影に来るという異常事態に陥っていた事だけは明確に覚えていた。

今ウィキペディアで調べてみると、1986年の公演だったようだ。
ナント!? その『クラウド・ナイン』に出演されていた女優の京子さん(仮)が、30年余りの時を経て、この富山で、テーブルを挟んで向かい側で「このマグロの赤身美味しいわぁ~!」と言いながら、宴会シーン用に用意された消え物の刺身盛り合わせをスタッフの指示も待たずにパクパク食べていらっしゃる!

仕舞いには「アンタも食べなさいよ!」と声を掛けられ、指示を待たない共犯者を募る始末。
「いや、ボクは富山在住者なので……、いつでも食べられますから~」
「じゃ、アンタ! 東京じゃ、なかなか食べられないわよ~、こんなの」と彼女の隣に座っている、既に芸能歴20年選手の明日香さん(仮)の脇を小突いて、加担するように強引に誘った。

屈託の無いおばちゃんキャラ炸裂である。

思えば、ベテランの京子さん(仮)の計算ずくなのか天然なのか、宴会で楽しく盛り上がってるシーンを前にして、現場を和ませる言動と振る舞いだったに違いない。

こちらも調子に乗せられ嬉しくなって、思わず「『クラウド・ナイン』のゲネの撮影で劇場内に居たんですよ!」と口を突いて出てしまった。

撮影中のリハーサルを繰り返す短い待ち時間だけでは、30年前の渋谷から現在の富山に至るまでの経緯を話し終える事は出来なかった。

ただ、勝手ながら、演劇特有の、時間と空間を共有して過ごしたという仲間意識を覚えた。

出来ることなら、もう少し当時の話など直接伺いたかった。

きっと、実際の映画の宴会シーンでは、主人公結子が将来を決定付けるお年寄りと会話を交わす奥の方で、ちょっとピントがぼけた状態になりながら、メタボなオヤジが楽しそうにお酒を注いでもらっているように映ってるに違いない。

残念ながら、京子さん(仮)とは後の撮影スケジュールが合わず、御挨拶も出来ず仕舞いになってしまった。

いつか舞台に出演されるような事があれば、観劇がてら楽屋口に会いに行こうと思った。

控え室に戻ると、結子と一郎に加え、明日香さん(仮)も戻って来ていた。
この映画は、ほとんどのシーンが富山県内で撮影が行われ、彼らは既に一ヶ月近く富山に滞在しているようだ。

この日の撮影は魚津漁港の近くだが、3人の話を聞いていると携帯の電波も怪しい山の方での撮影も行われたらしい。

主演の2人が中心になって撮影が進んでいくため、気分転換に「ちょっとコンビニ行って来る~」って事も出来ないらしい。そして、最寄りのコンビニ自体が無い。

いつの間にか明日香さん(仮)の撮り分は、すべて終了していたようで、晴れ晴れとした表情で「また東京で会おうね~」などと帰り支度をしている。

この時初めて判ったのだが、3人とも同じ所属事務所なのである。

詳細は伝えられていないが、事務所の「設立25周年企画」という体裁の映画なのだ。

周囲のスタッフさん銘々に「お先に~!」と挨拶をしていたかと思うと、明日香さん(仮)は、控え室の片隅で差し入れてもらった野菜ジュースをズルズル啜っているメタボなオヤジのところにもやって来て「楽しかったです! どうもありがとうございました! また会いましょう! 握手!」と言いながら、両手を差し出してくれた。

こちらは、もうただオロオロしながら片手を差し出し「また、よろしくお願いします!」と小さな手を握るのが精一杯で。

これで、20年下の女優さんにすっかり心を奪われてしまった!

本番の台詞のあるシーンを残しているにも関わらず、もう大業を成し遂げたような脱力感に襲われたのだが、ふと我に返りロケ現場まで乗って来た自分のクルマにコーヒー豆も乗せていた事を思い出した。

こんな時の「コスタリカ  グラニートス・デ・オルティス・レッドハニー」だ!
ロケ現場の建物に横付けされた黒のアルファードに乗り込んだ明日香さん(仮)に、「チョット待って! コレ、自分で焙煎したコーヒー豆です!」と。

一瞬、中学生男子が同じクラスの可愛い女の子に初めてプレゼントを渡すかのような気分になった。

 

 

撮影が終わってから約一年経って、都内で関係者の完成試写会が設けられたのだけれど時間的に都合が付かなかったり新型コロナの事もあったりで富山から向かうことも出来ず。

今年2021年になって、富山での試写会が予定されるも35年振りに降った大雪で中止になってしまう。
まだ自分のスクリーンデビューの姿を確認出来ていないのだ。

 

期せずして、本日1/29(金)全国公開となる。

 

映画『おもいで写真』は、コスタリカ グラニートス・デ・オルティス・レッドハニー の味がする。

Days Top
 

1.3.2021

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

For Enjoying Toyama Life !

Siphon Coffee

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浅煎りのコーヒー豆で淹れるフルーティーで水色(すいしょく)も紅茶のようなコーヒーは、普段ウエッジウッドのピオニーシェイプのカップに注いで飲みたくなる。ところが、雪も降って寒い季節がやって来るとピオニーのようなお上品なカップだと一杯飲みきるまでに中のコーヒーがすっかり冷めてしまっていたりすることがある。そう思うと、冬の寒い時期にはサイフォンで淹れて地が厚くてぽってりとした口当たりのマグカップで苦味が利いたコーヒーを飲みたくなる。

ハンドドリップの場合、沸騰したヤカンからドリップポットにお湯を移し替えコーヒーの粉に注ぐ頃には90~85℃くらいの湯温になって抽出されている。サイフォンの場合は、器具の下部フラスコの丸い部分で湯が沸騰に伴う蒸気圧によってフラスコ内が正圧になり、大気圧を超えた時点で湯が器具の上部の漏斗に移動し、湯がコーヒーの粉と接触し混ざり合って抽出が開始となる。フラスコの湯が移動し切ったところで火を外してやると、今度は下部フラスコ内部の温度が下がり始め陰圧になり抽出液は上部漏斗からフィルターで漉された状態で下部フラスコへ吸引されコーヒー抽出液となる。そうした抽出器具の性質上、コーヒーの粉はドリップの場合よりも高温状態でやりとりされる。

コーヒーの苦味の成分は、高温で抽出されやすい状態にある。時には脂肪分多めの温かいミルクもマグカップ注いでカフェオレとして飲みたかったりもする。

このところのコーヒー業界の売り文句は「爽やかな酸味」「明るい酸味」というのが流行っているが、一方でカフェオレにする時にはミルクに負けないコーヒーの苦味や存在感を要求したい。

そうすると、アフリカ系の元々酸味がしっかりあるコーヒー生豆を黒っぽい深煎り豆に仕上げて苦味もコクもあるコーヒーにする。今年の太陽珈琲焙煎本舗では、ケニア AA キウニュウ の深煎りが人気だった。これが力の無い豆だと、焦げてただ苦いだけの炭で抽出したような黒い汁になってしまう。

 

爽やかな酸味のコーヒーも美味しいが、苦味の利いたコーヒーも美味しい!

 

 

12月に入ってから、今年のクリスマスブレンドは酸味系から苦味系にシフトしようと思いついた矢先のことだった。
フリーランスのカメラマンの先輩と言える I さんからFacebookMessengerに連絡をもらった。
東京に住んでいた頃は、幾年も続けて某メーカーのファッションショーの撮影を一緒にしたり、江戸川区だったか江東区だったか区内の道路脇の緑地帯を写真で記録する地味な仕事をしたり、ある時は名古屋のデパート内の店舗の什器に商品が陳列されている様子を記録する撮影をしたり、、、、年何度かは一緒に仕事をする数少ないカメラマン仲間の一人だった。


「 22日、23日、24日の三日間、空いてないか? 福岡ロケ!」
土曜日曜に掛かってない。店は相変わらず閉めてるし、断る理由が無かった。
富山からだと、富山空港から羽田乗り換えで福岡空港。もしくは、小松空港までクルマ移動して福岡空港。時間の関係もあって、22日クルマで小松まで移動して夕方の便で福岡空港。博多のホテルで合流。23日と24日撮影で、帰りは便の時間の都合で一日延泊させてもらい、翌25日福岡空港から富山空港へ戻ることとなった。エアチケットはネットでスグに便の予約が出来た。
撮影内容を更に詳しく聞くと、難しい撮影ではない。だが、どうも今持っているレンズでは心許なく感じるところもあり、ワイド系ズームレンズもスグにAmazonで購入して備えることにした。
何年ぶりだろう? 久しぶりの福岡。まだ北京在住の頃、本帰国することを決めて、日本のコーヒー屋さん巡りをしようと海外在住者のためのJR特別周遊券 JAPAN RAIL PASS を活用した時以来。2013年だったか、その時は珈琲美美(びみ)さん、REC COFFEEさんには行ってコーヒーを飲んだ。今回は、延泊することになって時間に余裕も有りそうだし、是非とも あだち珈琲さん、ハニー珈琲さんには行ってみたい。

ところが、日に日に新型コロナが猛威を振るい12月18日には東京都を目的地としたGoToキャンペーンが一時停止となってしまった。
自分の場合エアチケットを単独で予約しているだけなので、キャンペーンに関わりが無いものの撮影が仕事だから、福岡が楽しみだからとは言え、強行して撮影後富山に戻って来て年末に突入するなか二週間の自己隔離出来るような時間の余裕が有る訳でもなく、フリーのカメラマンが一度引き受けた仕事を断るなんて!?  今回は泣く泣く仕事自体をキャンセルさせてもらうという有り得ない選択をする事となった。
 

この年末年始は越中稲荷神社の初詣にむけて、神社の境内でテント出店する予定です。今回でもう6年連続の出店となります。日本全国一斉にロックアウトにならない限りは、出店してコーヒーを淹れながら新年を迎えます。
全国的に疫病退散と謳う妖怪アマビエがもてはやされていますが、実は富山にも似たような「霊獣クタベ」というやつがおりまして、2020年の悔しい思いを吹き飛ばすべく太陽珈琲焙煎本舗はスペシャルなコーヒー「クタベ ブレンド」を作って2021年に臨みます。

皆様、2021年は、是非とも、良いお年を!

 

12.1.2020

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

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Drip Bag Coffee

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もう間もなく 2020年12月2日(水)~6日(日)、劇作家で演出家のタニノクロウ作品『笑顔の砦 ’20帰郷』が富山オーバードホールにて上演される。

大雑把な言い方をするならば、富山に於ける市民劇(?)、富山出身のタニノクロウとキャスト・スタッフ共、富山出身もしくは在住者によって演劇を製作するプロジェクトである。

昨年2019年3月に上演し全公演チケット完売で好評を博した『ダークマスター 2019 TOYAMA』に続き、2作目となる。

今回は舞台写真撮影をする予定。

ちなみに、前作『ダークマスター 2019 TOYAMA』では、53歳にして初舞台初主演を演じさせてもらうこととなった。

当時キャスト・スタッフが集う稽古場や本番の楽屋では、ケータリングサービスのコーヒーを太陽珈琲焙煎本舗のコーヒー豆に切り替えてもらい関係者には充分にコーヒーを楽しんでもらえた筈と自負している。

ところが、残念なことにコロナ禍の真っ最中の今年の公演ではそんな訳にはいかない。

多数が関わって共有するような事が許されないためケータリングがNGなのである。

今回の出演者は10人。

通常稽古が始まり台本を受け取ったばかりの頃は、皆で芝居の雰囲気を掴むためだったり、出演者の台詞の確認をするために「本読み」という作業をする。

この『笑顔の砦 ’20帰郷』はZoomを使った本読みから始まった。

Zoomミーティングのようでもあり先進的合理的とも思えるが、台詞の間を大切にするようなシビアな部分になると、ネットを介した場合のタイムラグが生じてしまったりすることもあって、どうも今ひとつ残念な感覚に陥る。

世間では演劇を不要不急のものとカテゴリー分けされてしまう事もあるようだが、真剣に関わる当事者達は人一倍感染拡大防止の対策を取り長い期間に渡って気が緩むことのないよう細心の注意を払って公演本番に臨んでいる。

密にならないよう稽古場の重たい防音扉も全開の状態で稽古が続けられ、休憩時間を取る度にスタッフが人が居た辺りを念入りにエタノールを噴霧している。

恐らく主要なキャスト・スタッフはPCR検査をして、陰性を確認した上で本番を迎えるだろう。

富山オーバードホールの舞台上特設シアターというのは、通常の大きなオペラやミュージカル用の舞台なので本来の客席は使用せず、大きな舞台上に役者の息遣いを感じられるような距離感の舞台をわざわざ設置してしまうステージオンステージの劇場で、元々260席を想定していたところをコロナ対策のソーシャルディスタンスを考慮してワンステージ最大130席を上限とされている。

つまり、満席になったとしても、チケット収入が半減してしまうのだ。

すべての来場者は、劇場受付で体温を計測し連絡先を記し両手のアルコール消毒をする事になるだろう。

更に、関係者達は無事に本番を迎え千秋楽を終えた後も、いつものような公演の成功を喜び祝う打ち上げも許されないに違いない。

劇場に足を運び観劇するという行為は、当然芝居の内容や役者の演技を観てその空間を共有して楽しむものだと思うのだけれど、このコロナ禍の中で実施される公演に関しては、その関係者達のなんとかして無事に本番を迎え成功させようという心意気をも垣間見てもらいたい。

Show Must Go On !

 

コーヒー豆屋としては、個包装のドリップバッグを差し入れしようと思っている。

 

11.5.2020

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

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Mundo Novo (ムンドノーボ・新世界)

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富山地方気象台は10月17日、立山の初冠雪を観測したと発表した。

平年より9日遅いとの事。

しかし、今年2020年は春から時間の流れが可笑しくなっている。

何もかも新型コロナの所為にしてしまえば説明が手っ取り早いのだが、今年に限って周囲で訃報が続きまくって両手の指で数え切れない。

どうも気が滅入る。

3月から毎月のように葬式に参列して、かつてない頻度で黒いスーツを着ている。

そのお葬式もウイルス感染防止対策の為、会場の中ではソーシャルディスタンスが取られ、両腕を大きく広げて体操が出来てしまうくらい不自然に間隔が開けられている。

会場側から参列者は「30人まで」と制限される場合もあれば、自宅に祭壇を設け遺影を置いた玄関先で御焼香を済ませる超簡素なものもあり、メールやFacebook等で訃報を知り、そのまま「こんなご時世ですから葬儀は行いません」と伝えられるものもあった。

それぞれ、何ヶ月も何年も会ってなかった人達でもあったので、こうした簡素な葬儀で故人を痛み死を噛み締めるものでなかったりすると、単に長期に渡って会えないでいる状態がそのまま継続しているだけのような気になったりもして、どこか踏ん切りが付かないでいたりする。

 

歳は10くらい上のフリーランスのカメラマン。

ある時期に通った写真のワークショップで出会ったのがきっかけで。

お互い、あ~でもないこ~でもないと独自の写真論を交わしながら一生懸命モノクロの作品を作って、一緒に暗室に入ってプリントをしたり、お互い撮影の手伝いをし合ったり。

毎月目黒で行われるワークショップの集まりの後は、必ず近所の中華屋さんでピータン豆腐と紫蘇入り餃子を食べて、その後新宿に移動して何軒かハシゴした挙げ句カラオケに行って、そのまま朝までがお決まりのコースだった。

90年代後半だったと思う。

当時既にバブルは弾けていたけど、彼は、ばっちりバブルの恩恵に預かったカメラマンで、出会ったばかりの頃は、メルセデスベンツの大きいやつ、CだかSだかの600に乗っていて、ワゴンじゃないのだ。

撮影の仕事には役に立たない車なのだ。

そして、ボンネットの上のエンブレムは金で出来ていた!

そのベンツをハードモヒカンの頭でロングの毛皮のコートを着て歌舞伎町の中に突っ込んで行くもんだから、クルマから降りた時には「いろんな人」が頭を下げて挨拶してくれたとか。

南青山の事務所には、20は歳下の彼女が良く出入りしていて、いつも隣で甲斐甲斐しく水割りを作っていたのが強く印象に残ってる。

とにかく喧嘩っ早くキレると手が付けられない。

破天荒を絵に描いたような人で、そんな一見住む世界が違うような人なのだが、写真の大学を出た訳でも海外の写真大学に留学していた訳でも無く、下積みとして写真スタジオで働いた経験も無い。

ましてや著名写真家に師事した訳でも無い自分にとっては非常に貴重なフリーランスの先輩の一人であり兄貴的存在だった。
型破りで派手なところばかりでは無い。

バブルが弾けてから出会っているので、その例のベンツを売って、見たことがない無駄に大きな時計を手放し、気合の入った仕事の時には登場していた愛機SINER 8x10 を売っ払って、そうした生活をダウンサイジングせざるを得ない状況に陥っていっても、何事も無かったように飄々としているように見えていたのには、見習うべき覚悟のようなものがあると感じた。
所詮、写真の仕事なんてヒトが生きていく上ではどうしても必要なのかと言われると、無くても良いとされてしまう仕事。

世の中が不景気になってくると大きく売上に影響を受けてしまう。

アリとキリギリスに例えるならば、どう考えてもキリギリスさんチームに所属することになる。

でも、キリギリスにはキリギリスの生き方が有って、環境の変化に従い世の波に乗るように生活を変えてでも人生を楽しむというプライドがあるのだ。

キリギリスの立場としては、冬がやって来たら夏を求めて移住すれば良い。

ずっと夏を求めて生きてさえいれば、人生はエンドレスサマーだ。

共通のカメラマン仲間の知り合いも多く、コロナが落ち着いてまた気軽に上京出来るようになったら皆んなで集まって池袋の火鍋屋に行こうと言ってた矢先、虚血性心不全で急逝。

本当に呆気ない。

意外にも人は簡単に死んでしまう。

それ以降、Facebookはまったく更新されていない。

折しも、今年3月からずっと閉めたままの太陽珈琲焙煎本舗に新しいブラジルの生豆が届いた。

もちろん、数日前に自分でオーダーをしたからなのだけれど。

生豆の名は「ブラジル トミオ・フクダ Bau Dry On Tree」。

ブラジルの日系二世フクダトミオさんが経営するBau農園で作られたコーヒーで、Dry On Tree。コーヒーの実が木に成っている状態で完熟し更に果肉が付いたまま乾燥したもの。

いわゆるコーヒーチェリーが枝付き干し葡萄のようなもになっている。

意図的にその状態にさせるため干しコーヒーチェリーの中の種(豆)に中に果肉の甘みが染み込んで行くことを想定して作られている。

しかも、そのコーヒーの苗の名前は「ムンドノーボ」。

新世界という意味が付けられている。
太陽珈琲焙煎本舗が創業した時からブラジル産のムンドノーボは焙煎していたのだけれど、ブラジル ミナスジェライス州にあるイピランガ農園は、何か経営の方針でムンドノーボが育てられていた土地を別の農場経営者に売り渡してしまい、以降同じムンドノーボが入手出来なくなってしまっていました。

ビターカカオを思わせる雰囲気がムンドノーボの特徴のひとつだが、今度の新しいムンドノーボはよりクリアな透明感があり農作物自身の質の良さを感じさせてくれる。

美味しい♪

太陽珈琲焙煎本舗も、そろそろ新しい世界を目指さなければならない。

 

10.3.2020

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

For Enjoying Toyama Life !

Pour Over (ハンドドリップコーヒー)

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新型コロナウイルスは容赦ない。

富山県内でも3月末には感染者が確認され、富山大学ではネットを利用したリモート授業が主流になり、太陽珈琲焙煎本舗が構内で出店を始めた6月になっても五福キャンパス内を歩いている学生は疎ら。

今年度の新入生達は、サークル活動も始められず新しい友達も作ることも出来ないまま、ただ時機を待つしかない。 

6月の富山は気温25℃を超え、富大五福キャンパスも例外なくアイスコーヒーが売れた。

ランチタイムのスパイシーチキンカレーがテントに来てくれるお客さんほぼ全員の目的だったりするのだけれど、セットのようにアイスコーヒーも抱き合わせで買ってもらえる。
そんな中、キャップを被った男の子が自転車に乗って近づいてきた。

コーヒーグラインダーにガムテで貼ってある豆のメニューを、彼は自転車に跨がったままじっくり吟味して「コスタリカ プエンテタラス ティピカ ナチュラル をドリップで!」。

ほとんどのお客がアイスコーヒーを頼む中、ホットコーヒーをオーダーしてきたのである。

そして、浅煎りの豆。
カセットコンロのつまみを捻ってヤカンのお湯を沸かし直しながら「おや!? コーヒーサークルの人なの?」思わず尋ねてしまった。

富大には、コーヒーのバリスタをもじって『パリスタ』と名乗るサークルがあり、メンバーが30人程居ると聞いていた。

「ボクも近々移動販売を始めようと思ってて……」

沸いたお湯をドリップポットに移しながら「あぁ、またサークルで総曲輪(そうがわ)の街のイベントとか企画しようとしてるのかな?」
「いや、サークルじゃなくて、自分で手網焙煎とかしたりしてるんですよ。もう移動販売車も買ってしまいました!」

アタマの中には、クロネコヤマトが配達でよく使っているトヨタ クイックデリバリーという車種が思い浮かんだ。

2016年には生産終了している車両である。

コーヒーの粉をペーパーフィルターにセットしながら「スゴイね~! 行動力あるね~!」と素直に驚いてあげたい気持ちもあったが、手元のドリップに気を取られてしまって、気のない返事で返してしまった。


ヤカンの沸いたばかりの100℃のお湯を、タカヒロのドリップポット『雫』に移し替え、それで約10℃ほど温度が下がって90℃。

ぐらぐらした100℃のお湯でもコーヒーは抽出出来ないことはないが、高い温度帯では不必要な苦味や雑味が出易い状態にある。

第一投目、ドリッパーの中にセットしたコーヒーの粉の真ん中にお湯を置いてやるかのように 約20~30ml。

コーヒーの粉を湿らせて、そのまま30秒蒸らし時間を取る。

ちゃんとタイマーできっちり測る。

しっかり蒸らして粉の表面積を広げてやる。

表面積が広い方が次からのお湯の投入する際に効率良く抽出出来るようにする為。
そして、第二投目、プラス90ml。

ドリッパーの中の粉の真ん中にゆっくり500円玉くらいの大きさで円を描くようにお湯を注ぐ。

あくまで粉の上にお湯を注ぐ。

ドリッパーの中とはいえ、コーヒーの粉と紙フィルターの際のところに注ぎ入れてはいけない。

お湯がコーヒーの粉と接触する為にコーヒー豆からコーヒー液が抽出されるのであって、紙フィルター側にお湯を注いでもお湯としてサーバーに落ちていくばかりで、結果サーバーの中のコーヒー液は薄いものになってしまうのである。
また、粉の中をお湯が早く通過すれば薄いコーヒーになるし、ゆっくり通過して粉との接触時間が長くなればその分濃いコーヒー液が抽出出来る。
ドリッパーの中の水位を見極めながらの第三投目、プラス40ml。
最後に、プラス20ml。

この最後のお湯を落としきらずに紙フィルターをドリッパーごとサーバーから外してしまう方が良いと考えられている。

ドリッパーに残った落ちきってない液体には、ここにもコーヒーの雑味が残っている可能性があるため、全てを落としきらずに捨ててしまうそうだ。

たかが一杯のコーヒーとはいえ、こうして極力ネガティブな要因を排除して一杯を淹れる。

せっかくのテント出店で、お客さんと対面接客なのだから流暢な口調でコーヒー豆の説明をしながら、手際良く淹れたいものである。

 

「最近の若者は~」などと出来るだけ比較しないように、口にしないように、文字にしないようにと心掛けているつもりだが。

50を過ぎて、大学生達はちょうど自分の息子だったり娘に相当する年齢だったりする訳で。
「コスタリカ プエンテタラス ティピカ ナチュラル 入りました!」と紙コップに注いで渡すついでに、「お金儲けはいずれ嫌でもしなくちゃいけない事になるんだから、焦らずに、今しか出来ないような事をやった方が良いんじゃない? コーヒーの事が好きなら、このコスタリカとか、コーヒーの生産国に行ってコーヒーの農園を見て、このティピカがどんな花を咲かせるか、このナチュラルが収穫後にどんな処理をされているのか、実際に見て体験する事が貴重な財産になると思うよ。」と、つい余計な事を口走ってしまった。

上から目線で、自分の経験を押しつけるような事を言ってしまった。

「ありがとうございます!」彼は屈託のない笑みを浮かべながら、紙コップに一口付けて「フルーティー!」と付け加えて去って行った。
放っておいても商才のある彼は移動販売車でコーヒー豆をどんどん売って、最新の焙煎機を使いこなし、見る見るうちに店舗をいくつも持ち、従業員を何人も抱えるオーナーになるかもしれない。

何が正解なのか誰にも判らないし、誰も保証してくれるものではない。

新型コロナウイルスのために海外に行くことが簡単ではなくなってしまった為に、尚更海外に行きたいと思えてしまう。

店を持ってしまったが為に、長期旅行に行くことが意外に出来なくなってしまった。

北京から富山に戻って来て、その後一度も海外には出向いていない。

パスポートも有効期限が切れてそのままになってしまっている。
丸の内の店舗が出来る前は、コスタリカ、グァテマラ、ブラジルと立て続けにコーヒー生産国に出向いてコーヒー農園の見学に行った。北京滞在中は、雲南省のコーヒー農園にも行って来た。

コロナ禍にさえ見舞われなければ、そろそろエチオピアに行って、コーヒーの発祥の地を見届けておきたかった。

何度かエチオピアに足を運んで、写真を撮って、一連の作品を作って、写真展を開催して、その場でエチオピアのコーヒーを淹れて、来場者には写真を見ながらコーヒーを飲んでもらいたい。

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

 

9.4.2020

DAYS / Tatsuro Rokudo Column

Coffee +

コーヒーがあるところに人が集まる !? そして、写真も映画も芝居も。

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働くことこそ遊びなれ

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プロローグ

 

2020年3月28日(土)、本来ならば富山に戻って来て初めての公演の初日を迎えるはずだった。

太陽珈琲焙煎本舗の店舗は完全に休みにして、東京から迎える役者や地元スタッフと関係者達のために、

プロデューサーとしてカラダを開けておく予定にしていた。

思いつく限り出来る限りの対策を講じるべく、

既にマスクを観客の人数分以上確保しラテックスの手袋や次亜塩素酸水も大量購入しておいた。

が、北京から故郷である富山に戻って来て、初の自主公演を強行してしまうには、

成功する確信が満たされることが無く言いようがない不安が拭い切れなかった。

たとえ実施する側のエゴで本番を強行しても、今度は観客席を埋める事が出来なかっただろう。

ナマで演じる芝居を、無観客で上演するのは有り得ない選択だ。

(初めから無観客で上演する意図の芝居の企画ならば話は別だ。)

稽古開始の頃の早い段階で、演出松村との打ち合わせでは、

もしこの企画の関係者の中で一人でも感染者が出たら公演は中止にするという取り決めにはなっていた。

毎日世界の新しいニュースを目にする度、

松村と頻繁にメッセンジャーを交わし本当に公演を実施出来るのか出来ないのかを一喜一憂し検討し続けた。

そして、本番を迎えるべき2週間を前にして、ナント東京の方で、

劇場や稽古場等の貸しスペースが完全に封鎖され本番直前の仕上げが出来なくなってしまったのである。

その頃富山県内では未だ感染者第一号も出ていなかったのだが、

この未曾有の事態を鑑み、公演は無期延期とした。

この芝居の公演の実施と珈琲豆の焙煎屋の営業は関係無いと言えば関係無いのだが、

臥薪嘗胆の思いで、その時が来るまでは焙煎屋の通常営業は止め、

ついでに自分の髪も切らずに伸ばし続けポニーテールにすることにした。

ホントに関係無いのだけれど、そう言う事にした。

 

Cold Brew “水出し” Coffee

この2020年の夏から、やっとコールドブリューコーヒーを始めてみた。

数年前からだと思うが、コーヒー業界はもちろんコンビニやスーパーマーケット、コストコに至るまで、

猫も杓子も「水出しコーヒー」「水出しパック5個セット」などと

世の中が異常なくらい水出し水出しと五月蠅く感じたので、すっかりウチではやりたくなくなってしまった。

何社かガラス製の水出しコーヒーメーカーも仕入れて箱買いしてあったのだが。

コーヒー器具を予め仕入れて店の棚に並べておいても、ホコリをかぶるばかりで。

驚く事に、メーカーからの仕入れ値と一般のネット通販の価格があまり変わらなかったりもする。

そりゃ百貨店が廃れ個人商店が汲々してしまう訳だ。

でも、コーヒー器具の仕入れ値が高いから水出しコーヒーを売りたくなくなった訳では無い。

 

「本当に水出しコーヒーは美味しいのか?」


日本国内においては、紙フィルターに入れたコーヒーの粉に

お湯を注ぎ入れるハンドドリップコーヒー(pour over cooffee)が最も人気がある。

これがコーヒーメーカーだったとしても、基本的な構造はドリップコーヒーの形を成しているはずだ。

そして、ドリップコーヒーの場合

コーヒーの粉にお湯を注ぎ紙フィルターによって漉された抽出液を飲むのが通常のスタイルだ。

人の好みは多種多様で、一概に言いのけててしまうのはカナリ乱暴にも思えるのだが、

コーヒーの粉の量、お湯を注ぐ時の温度、注ぐお湯のスピード、、、、

コーヒーがカップに注がれ、最終的に自分が口にするまでには幾つもの課程のそれぞれの選択肢によって大きくコーヒーの味が左右されるものなのである。

その幾つもの課程の中で、お湯を注ぐ時の温度が常温以下の水の場合

「水出しコーヒー( cold brew cooffee )」と呼ばれる事になる。

では、その注ぐ温度で何が違ってくるのか?

 

一般に、コーヒーは温度が高いお湯で抽出されると苦味や雑味が強く出てしまう傾向にある。

ウチの店にいらっしゃるお客さんの中で

「最近自分でコーヒーを淹れてるようになったんだけど、なかなか美味しく淹れられなくて~」

と言われる方には、先ず

「お湯を沸かしたヤカンからそのままコーヒーの粉に注いでませんか?」

と聞いてみる。

沸かしたばかりの100℃グラグラのお湯をコーヒーにダァ~ッと直接注がれてしまっている可能性が高い。

結果、その所為で苦味や雑味が強く出てしまっているのだ。

一方、水で常温で抽出する場合は、高い温度帯で出て来てしまう成分が出にくい状態であるために、

その他の成分がゆっくり抽出され、比較的まろやかな優しいテイストに感じられたりする事になる。

でも、温度が高いからと言って毒が出て来る訳でもないし、

「美味しくない」と断言してしまうのは気が早いと言うか、

蓼食う虫も好き好きで、

その苦味や雑味がたまらないと思ってる人も絶対に居るに違いないと思ってしまうのだ。

例外はあるものだ。

 

また、今売られている水出しコーヒーメーカーを使ったり、

コーヒーを一晩くらいボトルに入れてゆっくり抽出するタイプのやり方では、

なんだか水っぽく薄い仕上がりになってしまう事が多い。

個人的な感覚に他ならないが、

自分が「?」と引っ掛かるものを口八丁手八丁で売り抜けられるほど長けた商売人ではない。

そんな事もあって、ウチの店では水出しは低い評価に位置づけられていた。
 

しかし、今春ウチの店に某社の水出しコーヒーメーカーがやって来た!
飲む際に満足な濃さを得るためには普通の5倍くらいの粉の量が要る。

このマシンの場合、4Lの抽出に500gのコーヒーの粉が必要だったりする。

特長としては常温の水でドリップして抽出したコーヒーを

更に何度もコーヒーの粉の上に注ぎ入れ多重抽出する事が出来る構造になっている。

 

インドネシア マンデリンG1の深煎り豆を使って抽出してみたら、

程良い苦味を持ちながら、しっかりコクも有りつつ、いつまでも口の中に残る嫌な後味が無い。

グラスに氷を入れても負けない濃さがある。

今までウチの店で作った水出しコーヒーの中で最も理想に近いものが出来た。

 

新型コロナウイルス拡散防止対策として、丸の内の店舗は積極的に自粛休業することにしたが、

オープンな状態で営業が出来る外部のテント出店の営業は、

富山に戻って来てコーヒー屋をヤルと決めた時から続けてやっているので、休まないことにした。

 

月の第1日曜日、富山縣護國神社とやまのみの市はもう25年以上も続けられている骨董市のイベントである。

残念ながら、今年2020年の4月と5月と6月がイベント自体があっさりと中止になってしまい、

7月5日(日)は久しぶりの出店となった。

記録では、最高気温25.3℃。最低気温20.8℃。のみの市にテント出店するようになって5年目の経験から、

「最高気温が25℃以上になったらアイスコーヒーを売り始める」というウチの店の条件をクリアして、

満を持しての水出しコーヒーデビューとなった。

 

水出しコーヒーメーカー「マシン」と偉そうに言っても普通のドリップに比べれば、

同量の抽出液を作るためには10倍くらいの時間を要してしまう。

水出しが量産型ではないため、昨年までと同様お湯出しアイスコーヒーも並行して販売することにした。

今年はブラジル セラード カラメリッチ#18をベースにして、マンデリンの苦味を芯に加えたものにした。

お湯でやや濃いめに抽出したコーヒーを氷を使い

急冷して冷蔵庫保存したものをアイスコーヒーとして販売するのである。
そうすると、お客さんから「アイスコーヒーください~♫」と言われると、

こちらは「今年のアイスコーヒーは二種類ありまして~」といちいち説明しなければいけない事態に陥る。

予想は出来ていた。

想定内である。

水出しのアイスコーヒーは、粉を大量に使うこと、抽出に時間が掛かってしまうことを考慮して、

普通のお湯出しのアイスコーヒー400円に対して100円高い、販売価格500円。

そうした場合、

「あなたのコーヒーは、金のコーヒーですか? それとも銀のコーヒーですか?」

といった問い掛けをしているような、

「ポテトはよろしかったですか?」的なお客さんの自尊心をくすぐるような会話になってしまい、

こちらは若干の後ろめたさを持ち合わせてしまう。

実際「どちらのコーヒーにされます? 水出しは100円高いのですが~」と言うと

「じゃぁ、水出しで!」と返される事がほとんど。

お湯出しよりも手間が掛かっている分、水出しの方に軍配が上がるのは当然の事として単純に嬉しい。

けれど、世の中はこの数年のコーヒー業界の宣伝でそんなにも水出しコーヒーが普及していたのか!? 

いつの間に、そんなにも大衆は水出しが好きになったのか!? 

マジぱねぇ水出しコーヒー!

自分自身が天邪鬼で水出しを敬遠していたことは別に後悔していないが、

世の中の現実を目の当たりにしてみて驚くしかなかった。

そんな水出し現象は護國神社のみの市のみに留まらなかった。

月の第4日曜日もしくは最終週の日曜日に開催される越中大手市場の出店でもほぼ似たような様子が繰り広げられたのだ。

 

その間、特に深い理由はないのだけれど、

インドネシア マンデリンG1 のシングルオンリーで抽出していたものを、

今度は25% ブラジル セラード カラメリッチ#18をブレンドして、

カカオっぽい雰囲気を足しほのかな甘みを加え少しだけマイルドな仕上げに変えることにした。

この越中大手市場も、富山市内の丸の内に店舗を構える前から出店を開始して早5年も経った。

太陽珈琲焙煎本舗にとってはホームグラウンドのような場所だ。

2015年の春、5月だったと思うが、富山で最初にテント出店したのが越中大手市場だった。

テント出店することによって、

アンテナショップのように富山のお客さんを目の当たりにしてみたら何か反応を感じ取れるのではないか、

実店舗を作った時の前宣伝にもなるのではないかとか、

とにかく五十歳を間近に控え富山で再スタートを切る男には出店しない理由が全く無かった。

テスト走行な意味合いも含んでテントによる出店のつもりだったのだが、

後々になって実店舗が出来ても知名度を上げるため、

人が集まるところに出向いて行かない事にはと、

テント出店の意味合いが変化していくとは思いもよらなかった。

 

そして、今年7月から富山大学五福キャンパス構内にて、テント出店する日程が加わる事になった。