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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Yoko Kaise Column

最大の喜び

from  Paris / France

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海瀬葉子
Official French Government Guide

1998年よりフランス在住。
リヨンやボルドーにも滞在経験があるが、現在はパリで通訳ガイドとして働いており、ルーヴル美術館やヴェルサイユ宮殿等案内、解説を中心に、

更にはワイン、ガストロノミーが得意分野で、各地を巡るツアーも常に企画中。

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7.2.2021

DAYS /  Yoko Kaise Column

最大の喜び

パリでマルシェを楽しむなら

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フランスに来て一番初めに住んだのはリヨン市で6ヶ月間。

もう20年以上前の事であるが、その時はグルメの話題に主に興味を持っていた。

 

レストラン、近辺のワイナリー巡りも良かったが、日曜日には語学学校のクラスメート達が学校主催の遠足に参加する代わりに私は川沿いのマルシェで買い物をして、大師匠のポール・ボキューズ(もうお亡くなりになってしまったが、フランス料理界を代表するグラン・シェフで特にリヨンと言えば、この名を知らないとモグリである)の料理の本を片手にその中で出来そうなものを作っていた。

そう言えば今ではリヨンには〈マルシェ・ポール・ボキューズ〉という屋内市場があって、地元の質の良い食料品を販売しているのでお勧めである。

 

今はワンパターン料理しかしなくなった私ではあるが、その時は美味しいものを作る事に夢中になっていた。

勿論マルシェでお惣菜を買って味見も欠かさなかったけど。

 

そんな理由からマルシェは私のフランス生活の基本になっていたので、今回はマルシェについて少し話させていただこうかと思う。

現在はパリの端っこに住んでいるのだが地方のマルシェも大好きで、リヨンのマルシェに加えて具体的に例を出すと、2年位前にブルターニュ地方のモルレ(Morlaix)に行った時に偶然朝市にあたり、そこには大きな蟹がわんさと並んでいて驚いたこともあるし、ボルドーに住んでいた時は毎週日曜日には河沿いのマルシェに行き、そこの中央にビュヴェットというワインなどが飲めるカウンター(ただしそういうところでグラン・ヴァン等期待するのは大間違い)があって、まわりの生牡蠣(アルカションの牡蠣は有名)スタンドでテイクアウトして合わせても良いし、そのままワインだけ立呑して友達づくり(その場合オジさんしかいない)も出来る。

 

地方を旅行する時にマルシェの開催日に合わせて計画を立てることもある位私はフランスでのマルシェの存在を高く評価している。

 

とは言っても、それはそれで話し出すときりがないので、今回はパリを中心に触れてみようと思う。

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パリのマルシェと言っても様々である。先ずは

①ー それぞれの地区でおよそ週2回開かれる食料品や衣料、日用雑貨をスタンド形式で販売する屋外マルシェ

②ー 古本市、がらくた市、BIO専門市など週1、年1あるいは2回行われる市場

と2種類に分かれると思う。

そのうち旅行者、大抵の場合フランス短期滞在者が訪れる機会があるのは紛れもなく①である。

同じ①でも内容はだいたい2つに分かれると思う。

一つは場所的にいわゆる観光スポット周辺、要するにエッフェル塔近くなどにあり、値段も断然高いが売られているものには高級食料品やオシャレグッズなどもあり、土産になりそうな物もあったりする。

例を挙げればイエナ地区で水曜日と土曜日の午前中に行われるマルシェなんかまさにそう。

普通に野菜、果物なども売っていて形も整っていて味も鮮度もよい。

はちみつ、洋服、雑貨、お菓子などは土産にも良さそう。

以前ここのトリュフ屋でトリュフクリームを買ってパスタソースを作ったら美味しく出来た。

たまたま都合が合って、ちょっと覗いてみようかなという場合はこういうマルシェがお勧め。

 

去年15区のグルネルのマルシェから徒歩2分のところに引っ越して来た友人は、以前住んでいた郊外のイッシー・レ・ムリノーのマルシェに比べて値段が高いと言って嘆いていた。

でも私は先日偶然そこで見つけたスカーフがずっとお気に入りである。

ここは水曜日と日曜日のみ開催される。

 

屋内のマルシェ以外は皆週2回開催されるのでスケジュールを頭に入れておくと便利だ。

私の家の近くでも毎週火曜日と金曜日にマルシェが出る。

地元の住人気分を味わって見たい人にはこちらが良い。

平均して値段は安く、食料品中心で、特にロティスリーが比較的多く出店しているので価格と質を考慮して自分の家計に合わせて選べるところが気に入っている。

 

例えばうちの向かいの肉屋のローストチキンは量り売りなので、とても美味しいとわかっていても鶏もも一本が一度なんか9ユーロしたことがあった。

フェルミエ(農家の自家製とでも言うか)だからしかたないが、せこいようだがマルシェの行きつけのロティスリーは一本2.30ユーロなので、しかもフェルミエでさえそこでは3ユーロで買えるので、最近ではマルシェでついつい買ってしまう。

 

ここのマルシェは道路を挟んでスタンドが2列になっている。

ロティスリーはなぜか片側に集中している。

そちらの方に惣菜やチーズ、魚屋が数軒。

野菜やフルーツもBIOのものが集中している。

惣菜はラタトゥイユやパエリア、ファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)などで、特に先日ロティスリーが作っているパエリアを買ってみたけどムール貝や海老の具もフレッシュで、フランスに未だにありがちな米に火が通り過ぎでクタクタにということもなく、アルデンテで美味しかった。

 

道路を挟んでもう片一方は何があるかというと、半分は衣類、日用雑貨で残り半分は野菜フルーツと、一軒だけ魚屋がある。

こちら側の野菜フルーツは皆安い。

同じマルシェでも反対側の列とかなり違う。

例えば今のシーズンスイカがたくさん出てきたが、反対側では1kg2ユーロ以上するが、こちらでは同じ1kgでも1ユーロから1.5ユーロである。

特にモロッコ産が安くて甘い。

ただし以前はよく見ていないと結構おつりが間違っていたり(多くもらったことは一度もなく、その反対である)油断出来ない場合が結構あった。

要するに人を見ているのである。

私も最初は「あれっ?」と思うことがあったが、今では面が割れて地元の住民とわかっているのでごまかされたりはしなくなった。

反対におまけしてくれることが多くなった。

 

全体的に店によっては油断は出来ない。

例えばこれって言ってないのに袋に入れられそうになったりした事もあった。

でもこれはちゃんと見ていない自分が悪いのである。

貰ったお釣りも確認しないといけないのは当然。

たまにあるのはユーロになる前のどこかの国のコインが混ざっていることがあり、あとから気づいても手遅れと言う事も。

 

今では段々スーパーマーケットも自動レジが増えてきたのでそのような心配も少くなってきたが、逆にマルシェではぼんやりしないことと(たとえ高級住宅地でのマルシェにだってスリは出没する)、販売する人とのやり取りを円滑にするコミュニケーションを学ぶこともできると割り切る事が必要である。

 

マルシェには他では経験できない事が多々あるので、このままいつまでも存在し続けて欲しい。

去年の春のロックダウンの時に突然マルシェ禁止されて、勿論マルシェのせいだけではなかったけれど、街中死んだようになった事は一生忘れないだろう。

 

6.2.2021

DAYS /  Yoko Kaise Column

最大の喜び

マドモワゼルと呼ばないで

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これはフランスで暮らし始める前からしばしば考えていた事だけれど、フランス人と上手くやっていけるかどうか全く自信がなかったのである。

 

私はフランスが好きでやって来たわけであるが人間社会で問題なく溶け込んでいけるかは不安の塊であった。

ここでは私は一人、自分の事は自分で何とか解決しなくてはいけない。

ここでは人前で自分の意見が言えないと相手にされないとよく言われたものだ。

これは強くならなければと常に思っていた。

 

と言いながらも何とかなるさといつもの事ながら呑気に構えていたところも多々あった事は確かであったけれど。

 

フランスの文化や社会、考え方などで前々から気になっていて納得いかないけれど仕方ないと思うことがたくさんあるのでその内ほんの一部を挙げてみる。

 

最初に、フランス語には男女の区別が意外と多く存在することなのだが、例えば日本語だったら「〜さん」といっただけでは男女の区別は出来ない。 

ところがフランス語では<ムッシュー>というと男性のことであり、年齢に関係なく使う。

女性の場合は少し複雑で、基本的に結婚前の女性には<マドモワゼル>で既婚者には<マダム>と使い分ける。

ところがこれが曲者で、たとえ未婚でもある程度の年齢の女性に<マドモワゼル>と声をかけるのは失礼にあたるそうなのだ。

これは例えば30歳以上の女性に「お嬢ちゃん」と言っているようなものなのである。

 

この使い分けはややっこしい。

行政上の書類等では例えば50歳でも未婚の女性には宛名のところに<マドモワゼル>がつく事があるし、名前の前に<ムッシュー>あるいは<マダム>のどちらかしか選択出来ない場合もある。

 

<マドモワゼル>は何かを決定する権利が無いとみなされてしまうのか?

社会に存在していないと言いたいのか?

 

 

その他、日常生活においてフランスで「おや?」と思ったのは大型車の女性ドライバーが多い事。

市営バスだってかなりの確率である。

また、女性警察官も多い。

ただしこれは慣れてくると段々不自然さを感じなくなってきた。

何かトラブった時に「責任者を呼んで」というと日本だって女性が出てくることが多くなった今日この頃とはいえ、特に体力仕事でこれだけ女性が活躍する事はないのにと呆気に取られたものであったが同時に彼女達がキラキラと輝いて見えることもあった。

 

さて、ここで私の数少ないフランスでの友人(勿論皆素晴しい魅力の持ち主)の中でひときわ輝いているなあと思う女性を紹介しよう。

 

****

 

彼女の名はコリンヌ。

私が一番凄いなあと思うところはとにかく一見は優しくて明るいが、芯が強いこと。

何か困った事があっても決して逃げない。

 

出会いはクラシックバレエのクラス。

2人ともバレエと言うには年を取り過ぎていた。

しかしながらコリンヌは子供の頃からやっていたので長いブランクがあってもなんなく続ける事ができている。

私は無理をし過ぎてあちこち痛め、現在は大人しくしている。

 

コリンヌは肩まである綺麗なブロンドをクルクルパーマしている。

女優出身で現在はアートセラピスト。

具体的にはアート、演劇、ダンス、また簡単なストレッチのクラスを担当したりして患者さんを診察する。

仕事に凄くやり甲斐を感じているのが傍で見ていてもよくわかる。

 

すぐに仲良くなって、バレエクラスの終わったあとは一緒にメトロの最寄りの駅まで喋りながら帰るようになったし、コンサートや講演会など誘いあって行くようになった。

彼女は仕事柄特に<アウトサイダー・アート>に興味があり、やはりこちらも全然興味のない人と行くより面白かったので丁度よかった。

 

一度遠出してとある心理学研究者の講座まで2人で行った事がある。

私は個人的には内容は何とかわかったものの自分の意見を述べるところまで及ばなかった。

私だけでなく、殆どの参加者が完全に聞き手に徹していた。

ところがコリンヌは違った。

自分の意見を私達にもわかりやすく皆の前で(しかも笑顔で)述べたのだ。「流石!」といつも通り感心。

 

しかし研究者は彼女の意見を頭から否定し、聞く耳持たずという感じであった。

第3者の私でさえ明らかにその研究者の許容量の狭さを感じ取った程である。

もし相手が彼女でなくて普通の男性だったらどうであったか?

その時の会場は殆ど女性しかいなかった。

最後まで一方的に彼のペースで進み、まるでコリンヌは余計者扱いと見れた。

 

ガッカリした様子であったし、帰り道は流石に2人でガーガー言いながらも何故研究者は彼女のことを全く相手にしなかったのか最後までわからなかった。

私達が若く見えたのか?マドモワゼルに思えたのか?

 

勿論私達2人の間にも言い争いはあったし、今だって最低月一回位はお茶をして情報交換をするが、その時でさえお互い言いたい放題大声で話す事もある。

 

特にコロナ禍のせいで一年以上一緒にお茶も出来なかったが、彼女のほうから週末にはメッサージをくれたりして、今ではお互い近況を確かめあっている。

 

フランスも状況が良くなりつつ、そろそろご無沙汰の友人達とぼちぼち約束をし始めてカフェのテラスで一杯が楽しみである。

 

勿論コリンヌとも。

 

私達2人とも行政上はマドモワゼルであるが外見も中身も立派な独立したマダムである。

 

5.2.2021

DAYS /  Yoko Kaise Column

最大の喜び

親愛なるマダム・セーヌへ

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フランスに住みだしてかれこれ20年以上、パリ12区の現在の場所に住み始めて早くも6年経った。

基本的には普通の生活を送っているが、ガイドという仕事は不規則で、しかも常に気を引き締めていないといけなく、またパリという街自体がある種の緊張感の漂う場所であることは改めて言うまでもない。

 

2003年まではボルドーに住んでいた。ほんの5年間ではあったが、また、パリに比べればのんびりしていたが、それなりに生活は充実していた。

友達はスポーツクラブに通っていた時に知り合った人が多く、そのうち数人とは今でも時々やり取りをしている。

 

ボルドーでは日本に住んでいた時は殆んど行ったことのなかった海によく行くようになった。

ガイドブックを見て一度行ったラカノーの海に心惹かれるものがあり、また自分にとても合っていると感じたからである。

 

週末は一人の時は早朝バスで一時間かけてラカノーの砂浜で午前中いっぱいゆっくりと読書したり、海をぼんやりと眺めたり、時にはうとうとと半分寝てしまったり、必ず最後に散歩をするのも楽しみであった。

ラカノーは小さな町で、中心部にレストラン、カフェ、ミニスーパーと後は土産物屋が数軒あるだけだったけれどそれらをひやかすのも楽しく、また地元の人達と会話をする事もあったが、当時私はよく日焼けしていたので「サワディカー」と声をかけられた。

 

友人達と出かける時は大抵車だったので、それも楽しかった。早起きしなくて済んだし、サンドウィッチやフルーツを持ってピクニック気分で最高だったし、時には頑張ってカリフォルニアロールを作って持っていく事もあった。

浜辺で食べると実際よりとっても美味しく感じた。

 

パリに引っ越してからは生活的には 安定して忙しかったけれど海はなかった。

パリ・プラージュというタイトルで、セーヌ川沿いの一部を砂浜のようにし、デッキ・チェアやドリンク・スタンド等が用意されていて、仕事の都合などでシーズンの間パリ残留を余儀なくされる人達にもヴァケーションの雰囲気を楽しんでもらおうというアイディアのものもあった。

私は南のモンペリエの観光局で一ヶ月の研修をした事もあり、その時思う存分パラヴァスやグランド・モット等、さらにはもっとスペインよりのコリウールの海(アーティストにも愛された町で、私個人的にもお気に入りでオススメ)をすでに満喫していたのでパリ・プラージュでは物足りない。

それが私のパリ生活での最大の不満であった。

「ヴァケーション気分を味わうにはパリを脱出するしかないのかなあ。」と真剣に考え始めた。

 

 それでも段々と私のパリ生活は様々な発見のおかげで、特にセーヌ川の存在を利用して、遠くまでいかなくても、あまりお金を使わなくても休暇気分を味わえる様に改善されていった。

ストレスもたまり始め、とにかく無理をしないで生活をもう少し楽しむことを考えなくてはいけないと気づき始めた矢先であった。

 

まずは市営プール再発見、パリ市内には39ヶ所ほどあるのだが、それまで行ったところはイマイチ楽しめる感じではなかった。

皆むしろ真剣に泳ぐといった感じ。

ところがセーヌ川に浮かんでいる<ジョゼフィーヌ・ベッカー>という名のプールはガラス張り部分の多い船で、また天井がオープンする時はサンサンと輝く太陽の光を直接浴びながら泳いだり、デッキに出て日光浴したりと、これならボルドー時代の海気分で、しかも自宅から10分内で着ける。

サウナ、ハマム、ジャクジーもあってアクアジム、フィットネスクラブもあるが市営なので料金もかなり安い。

申し訳ないが多少のお金でこんなに楽しめるのなら無料のパリ・プラージュよりも使える。

 

また、その近くには学生食堂の船があって、まだ利用した事はないが、セーヌ川眺めながらの食事なんて、それだけでもサーヴィス料払うのに値すると思う。

 

パリというところは高いお金で贅沢しても良いし、また少々の予算で自分なりの最高の時を過ごす事も可能であると言い切れる。

特にセーヌ川は立って見ているだけでも良いので、是非その素晴らしさに一度は触れて欲しい。

 

 更に違う楽しみ方も思い出した。

ブキニストという、川沿いに深緑のボックスのスタンドを利用して古本を売る人達がいるが、これは昔からあるパリ名物のうちの一つである。

今でも数はかなり少なくなったもののセーヌ川を背景にしてパリならの雰囲気をさらに盛り上げるならこれだ。

販売されているのはおおかた古本、ポスター、ポストカードなどで、そぞろ歩きしながらお気に入りを探すというのもいいのではないか。

 

****

 

コロナ感染予防対策でフランスが去年の春に一度目のロックダウンを課せられた時は今思えば非常に辛く、近所の公園さえも閉鎖されてしまった時は絶望感の塊であった。

しかしながら、私の場合はギリギリでセーヌ川が見えるところが家から1kmだったのでどれだけ救われたことか。

連日見に行っても飽きなかった。

 

また、これは友人から聞いた話しだが、ロックダウン中のある日セーヌ川のほとりのベンチに腰掛けて一杯のシャンパーニュを飲んでいた中年の男性を見たと。

彼は時間を気にしながらも、それでも景色を楽しんでいた様子で、やはりパリジャンにとってセーヌ川はかけがえの無い存在なのであろう。

シャンパーニュというところがまたフランス人らしいなと思った。

 

セーヌ川の水源はブルゴーニュ地方。

パリを横断して、最後はノルマンディー地方のル・アヴルと言う港町で海に注いでいる。

フランスで3番目に長い。

そんな偉大なるセーヌ川だが私にとっても今やなくてはならない家族の様な存在なのである。

親しみやすくて頼りがいのある、これからもお世話にならなくては。