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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Yurino Oshima Column

Guided Journey

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大島由梨乃
俳優 / デザイナー

ウィーン在住。欧州と日本を拠点とする俳優、デザイナー。

座右の銘は「FAITH, HOPE, AND LOVE - 信仰、希望、愛 ♡ 」

クリスチャンとして信仰的な視点で見つめる世界について書いています。

出演: イギリス映画「OSAKA」(主演)、ギリシャ映画「PERSEPHONE」、CF 「Philips Sonicare」等。

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ミュンヘンの住居探しとチェスキークルムロフの夜更け

4.15.2024

DAYS /  Yurino Oshima Column

Guided Journey

ミュンヘンの住居探しとチェスキークルムロフの夜更け

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東京からウィーンへ戻り、2月は毎週のようにミュンヘンへ、日帰り又は宿泊ありで行き来を繰り返してた。毎度車で片道5,6時間をかけて...中々ハードだった。

というのも(実は以前から話のあった)夫の6月からの転勤がほぼ確定となり、"ヨーロッパで最も部屋探しが困難"と謳われるミュンヘンで、早いところ住居を見つけなければならなかったから。

幸い元々「市内でなくても良い」つもりで探してたから、競争率の高過ぎないところもあり、結果的に中心地へは特急電車で45分、車では一時間ほどの位置で良い賃貸を見つけることが出来た。

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一先ずホッ...なんて安堵するには実はまだ早くて、肝心の転勤本契約は済んでいない。新しい住居の契約と共に、今のウィーンでの住居の解約まで済ませたのに!えええ。

 

欧州に住むようになりこういうギリギリまで不確定・危機一髪的な状況を、6年間の在住期間でも何度も経験した。

 

特に国を挟めば手間数が増えたり審査に時間がかかったり、にも関わらずある方向からこちら側に対してはリスクある俊敏さを要求されたりと、ハードルが上がる。隣接国ですら全く違う文化圏という事にも驚かされる。

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でも先が見通せない時こそ神様に信頼する、というのが信仰者的生き方。無事に転勤と引っ越しを済ませられるのが自分達にとってはベストに決まってて、それを祈る。

 

と同時に「例えもし想定外が起きたとしても、できる限りを尽くしたのだから後は神様の導きに委ねる。」という心構え。

 

どう転んでも、何を持っててもいなくても、わたし達の根本的使命と価値は変わらない。状態や世間の見る目が変わっても、神様がわたし達を見る目は変わらない。共に居てくれる。

 

これが真理だと信じてるし、良い時も悪い時もこのスタンスで居続けられたら心は平安だ。

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このように新生活に向けてバタバタとしている中、いつも可愛がってくれていた義祖母が亡くなった。ミュンヘンから、シュトゥットガルト近郊で行われたお葬式に参列した。

 

いつかこの世での生が尽きることを思えば、長い旅路を思えば、全ての事象は幻のようなものかもしれない。

 

命を失ってからも思い出されるような、本当に大切なことは、どれだけ周囲の人々に愛を実践し、また与えられた賜物により貢献してきたかということではないか。

 

各々の器と役割に応じて...それはきっとわかりやすい数字やインパクトに依存しない、容易に人には測れないものだろう。

 

オマ(ドイツ語で祖母)、あなたの存在、そして決して言葉だけではなかった沢山の愛をありがとう。大好きだよ。また会える日まで。

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その後の2024年3月25日、私は32歳になった。学生時代とてつもなく憧れた美しく毅然とした女性が、出逢った時にこの歳だった。自分が同い年になった時にはどんなだろう?と当時想像した。

 

今、私と彼女が"似ても似つかないほど全く違う人間"だという真実に、もはや喜びすら感じる。幾つになっても自分は自分でしかないことを受け入れ愛し、自分を極めたい。

 

神様が一人一人を創造したと信じるなら、そのことによって自分は「本当の役」にも立てるのだと思う。それが果たしてどのような形態を指しているのか、人間に全貌はわからなかったとしても。

 

誕生日旅行として計画していたポルトへの旅は、オーストリア航空のストライキにより中止となった。

 

急遽代わりにと訪れた、チェコにある小さな街チェスキークルムロフのパブレストランで過ごした夜更けに、この5,6年で一番の充足を感じた。

 

”人は心に自分の道を考え計る、 しかし、その歩みを導く者は主である。“ - 箴言 16:9

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世界中どこに居てもTOKYOと繋がっていたい

2.10.2024

DAYS /  Yurino Oshima Column

Guided Journey

世界中どこに居てもTOKYOと繋がっていたい

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誰にとっても居心地良い場所などというのは、天国くらいなんじゃないかな。だからする選択と工夫、私なりの現在地。

これまで出生地である愛知県では3カ所、東京2カ所、神奈川県内で2ヶ所、エディンバラ、ブレーメン、ウィーン、その他細かい移住も合わせ10カ所を越える場所に住み、40カ国程旅をした。

その中で15の時から学校も習い事も仕事も、その形態も様々経験することになったから、31歳にしては、場数という趣意では踏んできた方だと思う。

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良否ではない。そういう人生を送ることになってしまったのは、都度一つ場所に落ち着けない理由や性質があり運命だったということ。

その上で随分と腹落ちしてるのは、「同じ自分でも、環境、共に過ごす人々によって全く違う人生になる」という事実。

折々の成長レベルも少なからず関係するけど、

"元々の自分らしさがまんまで大歓迎される場所・郷にあっては郷に従えを意識しても一筋縄にいかない場所・どうしたって輪に溶け込めない場所"

...というような違いが明らかにあるから、日本社会に揉まれ培われた{自責思考}もほどほどに、置かれる境遇に冷静な分析を心がけるようになった。

私にとって居心地の良い場所というのは、一番は「ある程度礼節を保ち合えた上で個性が受け入れられ、且つ一人前に役に立てる場所」だ。

どんなにその街や食べ物、生活面の諸々が好きでも、そういう場所がなければ、自分は幸せとは言い難い。

~自分は神様に愛されていて、これで良しとして創られた~

と、何処でどんな目に遭っても根本的には信じられてる上でも、身近な人々と、幅広い意味を込め“愛し合えていること“を感じられる場所が、人間には必要不可欠だと思う。

それでも尚我慢し続けるしかない時もあり、試練からこそ学べることは多い。

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ただし自分次第で状況を変化させられる時にはベストな足場を確立することで、与えられている力も十分に発揮させることができる。感謝し又されることで幸せの連鎖も起きやすくなる。

夫に付いて移住7年目となるヨーロッパ、ブレーメンとウィーンではそれが本当に難しかった。街々自体は好きだけど、想定以上に自分の専門とする仕事や個性に優しい土壌ではなかったから。

ならばとヨーロッパ全域に活動範囲を広げてぼちぼち機会を得ることが叶い始めたら、かのコロナ発生で全停止。その間の詳細はあちこちに記してるので省くとして。

公にできないような理不尽や圧迫も多々あり、働きながらも鬱発動。命と仕事があるだけで感謝なのは言うまでもなく、それでも週一は泣いてたよ本当に~!

2023年初頭に「どうぞ幾らでも好きなことを選びしてください︎」的なボーナス期に入ってからも、元の自分を取り戻すのには時間がかかった。

人間長い間抑えつけられ続けてると、自分の望みすらよくわからなくなることがある。本能が痛みを感じにくいモードに切り替えるから、多方面に対して鈍くなるのだ。

 

だから昨年春、そして秋から今年にかけて、計4ヶ月間東京に滞在していたことは、私にとってある種の療養期とも言えるものだった。

慣れ親しんだ街中を歩くだけでも、感動と癒しを覚えた。数百の再会と出逢いが、心持ちを引き上げ正してくれた。

自分のお金で好きなものを買う・自分を労り大切にする等という至極真っ当なことへの、暫く余儀なくされたストイックさや後ろめたさからも、少しずつ解放されていった。

 

“わたしは貧に処する道を知っており、富におる道も知っている。わたしは、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、ありとあらゆる境遇に処する秘けつを心得ている。“ - ピリピ人への手紙 4:12

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旧知の人々も姿を変えながら、現在の私を笑顔で迎え入れてくれた。お借りしていた部屋の位置した東池袋には今じゃ愛着たっぷりで、お世話になった中央福音教会も、この先幾度も顔を出したいホームの一つとなった。

東京は肌に合う。青春を謳歌した18から25まで関東圏に居て、そのスピードや人との距離感がなんとも心地良いと今も感じる。

冷たい・怖い街と称される訳もよくわかるけど、今の私にとっては「これほど寛容で機会とユニークな出逢いに溢れた街は世界有数ではないか?」という期待感の方が大きい。

幸い日本語ネイティブだから気楽というのも大いに含まれるのだけど、明確な目的と志を共にする仲間が存在する限り、方策次第で最高の街だと思う。

二拠点生活構想については、今すぐに部屋を持つという選択はしなかったものの、「近い将来きっと」とタイミングを見計らってる。

今回は春の帰国に増して、リモートで準備しながら各地でコラボレートできる繋がり・ものづくりにおけるインスピレーションも得られた。お陰で日本を離れてる間も、以前とは打って変わった心強さと楽しみを持って生きられる手応えがある。

これが私の求めていたこと。神様、繋がってくれた皆んな、本当にありがとう。

 

“あなたがたがわたしにつながっており、わたしの言葉があなたがたにとどまっているならば、なんでも望むものを求めるがよい。そうすれば、与えられるであろう。” - ヨハネによる福音書 15:7

 

世界中お一人お一人の心の平安も、切にお祈りしています。

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再びの東京は朗読劇公演と二拠点生活構想

12.10.2023

DAYS /  Yurino Oshima Column

Guided Journey

再びの東京は朗読劇公演と二拠点生活構想

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春の単身一時帰国から半年、私は再び東京に居る。

 

今回の主な目的は、朗読劇公演と二拠点生活の実現構想。

現在本拠地であるウィーンから、来年半ばからはミュンヘンへ移る予定だ。

私個人としては人生10回目位の引っ越しで、なんとも落ち着かない人生~。

なんてことはさておき、同時に日本にも拠点を持つことを構想してる。

 

当初東京へは約一ヶ月間の滞在と決めて来た。ところがあらゆる手応えから「滞在延長したい」という願いが生まれ、そんな突然の我儘を前回の帰国時と同じ部屋の持ち主が受け入れて下さった。

なのでクリスマスと年越しは日本で、来年2024年1月末までいられることになった。感謝!

現在、濃厚な日々に心にも大きな変化が相次いでいる。

残念ながら全てを記すにはこの記事の〆切にも間に合わないためw、かなり割愛して書くことになってしまう。

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さて前回の一時帰国時に出逢った、俳優の水澤心吾さん率いる4人での朗読劇「恋におちて ~嘘も愛、されど愛に嘘はなし~」は、大祝福の中に終了した。

 

脚本はさらだたまこさん作で、主軸は熟年夫婦の波乱万丈。

 

「お母さんが赦したのは、 お父さんにも悲しみがあったってわかったからよ」「忘却は赦しなのかもしれない」という言葉が、私の心奥深いところに残っている。

 

個人的には8年ぶりの舞台公演となりドキドキしてたものの、お陰様でなんとかかんとか、一先ず安堵してる今。

 

久々の日本で芝居をする中で感じた事、ご厚意により見学させて頂いてる大劇場開催の舞台稽古や、幾つか仕事のお誘いを頂く等する中で、今後の歩の進め方が少しばかり見えてきた気もしている。

 

水澤心吾さんとはその昔トップスターとして大河ドラマや映画等で大活躍されていた方だけど、40歳の時に休業。心理学の世界に入り、暫くした後に俳優復帰し、10数年前クリスチャンになられた。

 

現在は信仰に沿った自主公演を中心とし、メディア露出を控えられている事から、知らない世代も多い中、観劇した方々が口を揃えて

 

「あの俳優さん凄かった...‼︎」

 

と感嘆されるのはやはり実力、そしてそれは才能や技術のみならず人間力や信仰にもよるのだと思った。

 

ご本人は謙遜されながらも、

「演技自体の勉強は勿論だけど、心理学を学びまた信仰を持つようになってから、以前以上の演技が出来るようになった。」

と仰られる。

 

ちっぽけな私が、水澤さんのような方と引き合わせて頂き共演までもが叶ったのは、再び俳優に挑戦したいという志・クリスチャンという信仰の共通点があったから。

 

長らく日本を離れていたに関わらず "人生の全ては繋がっているから大丈夫"と励まされる出来事になったのみならず、水澤さんとの出逢いは私の「失われない半生のトラウマや痛みを癒したい」という願いに対する答えの一つでもあった。

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アートセラピーという概念・実際に療法があるのは衆知のこと。

私が文章や演技を含め【創る/表現すること】を曲がりなりにも続けてきたのは、根本的にはそこが大きいのだと思う。

 

特に水澤さんは心理学を本格的に学ばれた方。

稽古中に催されるワークや座談会のようなものや時折下さる一言一言により、役を演じるという事を越えた私自身の潜在意識にまで作用し、押し殺してきたモヤが少しずつ取り扱われるのを感じている。

 

また人生の酸いも甘いも噛み分けて、晩年に尚コツコツ新しい境地を「今が一番良い時だ」と歩まれている水澤さんの生き様。

ここに“目に見えるものによらず、信仰によって歩む”ということの体現、そしてその報いであろう内から溢れる喜びを見せて頂いている。

 

先にも書いたように、有難いことに今回、複数の方々から俳優や朗読に関連する仕事のお誘いを頂いた。

ところがその度に容易じゃないと感じることがある。

 

10年前活動を始めた当初からの悩みの種ではあったけど、たいてい経済的報酬になるのは自分の気の進まないことで、やりたいのはビジネスにすらしづらいこと。

 

特に「信仰上携われない」と個人的に感じることが、思想の入りやすい演劇・映像作品には結構ある。

 

悪役だとか宗教施設が舞台だとか不倫劇だとか、そういう単的な意味ではなく、基本は話の筋書きだ。

その作品自体が何を動機と目的としているか?

 

需要が高くて商売にはなるとしたって、それが受け取り手の人生や社会にどんな影響を残していくのか?

 

突き詰めて言えば、神様はその作品が創造されることを喜ばれるか?

少なくとも悲しまれないか?等という事を考える。

 

人間が欲的に求めているものが、必ずしも真の幸福に繋がっていくとは限らない。

寧ろ逆なことのが多いのではないか。

 

名も無き私一人の選びの影響等たかが知れてると言われるかもしれないけど、そんな小さな人の一つの祈りや一つの行動の重要さを私は強く信じてる。

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...ならば自分で本を書き始めるのも良いんじゃないか?とも思えてきた。

それならプロジェクト単位でしててる俳優やデザイナーとしての仕事の合間、ヨーロッパに居る間にも出来る。

 

それが小説でも脚本でもエッセイだとしても、言ってしまえば本、文章ですらなくとも。全ては手段であり、都度自分の状況や体調にも合わせ、目的を叶えやすい方法を選び取っていく自由を持ち続ければ良いだけなのだ。

 

そして「楽しみ幸せで居て良いのだ」という許可を自分に与えよう。

 

そんな風に考えてたら、心に解放と平安を覚えた。

30過ぎて選ぶ自由を得られてきたにも関わらず、まだ枠組みに囚われていたのは自分自身なのかもしれない。

 

ところで日本へ来たもう一つの目的である、二拠点生活構想について。

これは今のところ、毎日考えが変わるくらい揺らいでいる。

 

右往左往し続けてる時点で、心は向きつつも、あらゆるリスクを背負ってまで拠点を作る程の、十分な情報と意義が足りてないのだと思う。

 

そういう意味でも残り約二ヵ月間の滞在で、ゆっくり今後の動きを判断していけたらと思う。

 

大切にしたいのは、一番の目的をブラさないこと・心身の健康を守ること・信頼できる人々の意見に耳を傾けつつ、最終的には自分自身とパートナーが深く納得した上で決断すること。

 

それから考え過ぎるより動いて感じること、かも。

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バンコクでタイ料理を食べる以上の喜び

10.15.2023

DAYS /  Yurino Oshima Column

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バンコクでタイ料理を食べる以上の喜び

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9月にまた日本滞在予定だったものの、朗読劇の出演日程が11月にズレた。

 

今回は夫も2週間ほど参加するつもりだったので、共通の休みが予定無しになってしまった。

どうする?と話していた中で、「タイ料理が食べたいからバンコクへ行こう。」と夫。

「美味しいご飯食べてマッサージして、ちょっと観光して… それも良いけど、もっと目的を持った旅がしたいなぁ。」と呟く私。

 

2泊3日位で近隣国へ行くのとは距離も期間も違うし、30歳を過ぎてからは顕著に"自分(達)を喜ばせるためだけにする何か"というものへの興味関心が薄れてきているからだ。

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そんな風に考えている中で、友人のAndy Gameが今バンコクに居ることを思い出した。

私達夫婦が出逢ったのは彼が横浜で立ち上げた7MEDIAのプロジェクトがきっかけで、今私達がオーストリアで携わっているGottkennenも彼の紹介だった。

 

「Andyに会うのが一つの目的になるならいいね!」と、早速彼にメッセージをし決定。

その後ちょうど連絡を取り合っていた女性もバンコク在住であることが発覚。ー自己紹介頂いたのが数年前で忘れていた。

そしてもう一人、ウィーンで仲良くしている友人がまたその友人をと紹介してくれた。

 

バンコクで会うことになった3人の共通点は、デジタルメディアを用いて聖書を基盤とした宣教活動を行っていること。

且つ各専門分野のプロフェッショナルであること。一言で言えば、私達みんな同志。

 

この3人との会合を考慮したら丁度良く10日間のスケジュールが埋まりそうで、行く前から既に人智を越えた導きを感じていた。

「インドに呼ばれる」とはよく聞くけど、私は今回「タイに行くことを神様に命じられてるのではないか(事の発端が夫のタイ料理欲だったとしても...)」と思った。

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タイの蒸し暑さには覚悟していたものの、雨季のため想像してたよりは大丈夫な気候だった。

それ以上に道路の交通量、殊に車の隙間を縫って走るバイクの多さと危うさ、昔社会の授業で習った大気汚染をウワッと肌で感じた、というのが真っ正直なところ。

 

食べ物は期待通り美味しくて、日本円にして300円ほどの切り立てマンゴーの絶品さにほぼ毎日食べることになった。

初日駆け込んだマッサージセラピストの腕前で、凝り固まってた身体が解された。

 

田舎にも行けば尚更だろうけど、街を歩くと貧富格差というものを思わずにいられなかった。

普段「(全てが悪い訳ではなくとも)競争社会的価値観や生活に毒されたくないっ。

惑わされないぞ!」等と嘯いてる自分が、抗いながらもその中を生き多大に影響されていることを思い知らされた。

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私自身その日生きるので精一杯の経済的困窮は、結婚前にも後にも、働きながら又失業においても結構な期間経験した。それでも常にある一定の衣食住は保たれていた。

 

そして尚「自分に与えられた資質を活かした仕事や活動をする」というテーマを諦めず建て直しして来れたのを、ただ個人的な努力の結果等と考えることがあっては断じてならない、と改めて思わされた。

 

かと言って個人的な幸せは、そのようなことばかりで決まる訳でもない。

特に現代では誰にしたって生活や仕事に確約等ほぼ無い。移ろいやすいものを頼りに生きるなら、心の平静を保つのは難しい。

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先に記したオーストリアで携わっているGottkennenでは、主にYouTubeやソーシャルメディア、街頭・映画前広告等を用いて人々が福音により救われたストーリーを発信している。

 

貧困、病気や虐待など個々生きていくのにあらゆる難題のあるこの世で、聖書の愛のメッセージを知ることによって多くの人々が救われ、生きる希望と力を取り戻している。

そしてこれは決して一時的に通用するというものではない。

 

"お金を渡すことは大きな助けになるが、稼ぐ方法を教えた方が長期的にその人を助けることが出来る"道理と同じように、

 

「愛とは一体何なのか・何のために生まれてきたのか・心に平安を持って生きていくにはどうしたら良いのか/どのように考えたら良いのか」等という人生の疑問に対する普遍的答えが、聖書に記されているからだ。

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バンコクでは結果的に3人のみならず計10人を超える同志達と、これまでの経験やこれからのビジョンについて話し合うことが出来た。

 

私達がオーストリアで行ったプロジェクトのインタラクションを共有し、「今この時必要で祈り求めていた知恵だった。お陰でタイでのプロジェクトを確実に加速させることが出来る。」と聞けた時の喜びといったらなかった。

 

共通の目標を持っていれば、世界中皆んなが仲間でチームだ。

オシャレなカフェも超ローカルなタイ料理レストランも大歓迎だけど、それ以上に誰と何を話して、それがどんな未来へと繋がっていくかが重要だと思う。

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10日間の中で一日だけした日帰り観光はアユタヤへ。

私が拠点としているヨーロッパにも幾多の遺跡が残されているように、世界中に"その土地の多くの人々が信仰する(/していた)対象に祈りを捧げる場所"が存在することに、人間の魂底にあるものを感じた。

 

私たちはどこからやって来てどこへ向かって行くのか。

死んだら生まれ変わる・ただ無になるだけ等と様々な意見を聞くけれど、私は聖書の説く天国の存在を信じていて、そこで神様に真っ直ぐ目と目を合わせられる生き方が出来たら本望だ。

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呼応がいざなったロンドン映画撮影と現在地

8.5.2023

DAYS /  Yurino Oshima Column

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呼応がいざなったロンドン映画撮影と現在地

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長らく停滞していた中で、急にコトの運びが良くなるタイミングというのがある。

 

今年春 “今後の身の振り方“を模索するため日本へ一時帰国する手前、ロンドンで撮影する映画の日本人主演俳優募集を見つけた。

俳優活動再開に首を傾げていた時期ながら、ヨーロッパでこのような募集は極稀。

内容にも強く惹かれ、このオーディションへの参加を決めた。

 

Hank Orion監督のインディペンデント映画「OSAKA」ー '大坂'という女性が日本での在り方の葛藤から単身ロンドンへ移り住んだものの、想定以上に困難を極め突破口が見つからない。

そんな日々の思考模索について描いた作品。

 

ー 「20代後半を丸ごと異国で四苦八苦し、やっと(家庭バランスにおける)挑戦の自由と自分自身を取り戻し始めた今の私でこそ、この感情の機敏を演じたい。というかほぼ再現だ。」と、キャスティングのやり取り中にもそれを伝えた。

そして自宅で撮影し送信した課題シーンに対し「まさにOSAKAのイメージ通りだ。」との応答を得て、生意気ながら「やっぱり!」と感激した。

 

でもこの時点での安堵は出来ない。

国を越えた選考や事前ミーティングはオンライン上でのみ行われ、チームに初対面するのは撮影当日現地というのは結構珍しくない。

今回もそうだった。

それは無論お互いにとってリスクであり、綿密な調査や準備を重ねても最終博打のようなもの。

文化や勝手の違う異国・異人種同士でなら一層の緊張感がある。

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ロンドン渡航は10年ぶり。

21歳の時に参加したヨーロッパ14都市を周る格安バスツアーの出発地と解散地がロンドンだった。

「いつかは色んな国を飛び回って映画に出る。」と野望を持ち出逢う人々にも語ってた頃。

 

ヒースロー空港から中心地へ、長い長い地下鉄を利用し向かったのは今回が初。

方向音痴なりに日頃から早め行動を心掛けてるものの、初っぱな撮影前の打ち合わせ場所へと向かうバスが大遅延。

いつまで経っても来ないので一般ドライバーによるライドシェアBoltを呼んでもらい、お陰で時間前にたどり着けた。

 

監督Hankはウクライナ生まれでイタリアやロサンゼルスを経由しロンドン在住、日本人の婚約者が居る。

アシスタントJessicaはロンドン育ちの香港人で、「アジア人がメインのプロジェクトということに感銘を受け参加した。」と語っていた。

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ロンドンはどデカい。

と言っても実は東京の方が大きく、23区はロンドン中心部面積の2倍というから驚いた。

撮影は人々でごった返すタワーブリッジやバラ・マーケット等、ロンドンの主要スポットを含め20箇所以上をチームで練り回った。

タイトなスケジュールで、撮り直しはしても3、4回まで。監督Hankの意向でその場での確認は無し・作品形式からサウンドは全て後にボイスオーバーという、低予算で超実験的映画ゆえかなりユニークな撮影進行だった。

 

移動/休憩中は彼らがあちこち指差しガイドしてくれ、短期間でロンドンの主要スポットの多くを網羅した。

他にも欧州の映画業界事情や私的な近況について話しながら、始終なんとも平和で気持ちの良い仕事環境だった。

彼らのフレンドリーさと押し付けがましくない心遣いに沢山救われた。

 

“お互に、またみんなに対して、いつも善を追い求めなさい。 いつも喜んでいなさい。 絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。” - テサロニケ人への第一の手紙 5:15-18

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オフ日は7年ぶりに、友人であり主に彼女も映画監督をしているMeg Igarashiに会えた。

中心地から少し外れたキューガーデンという美しい王立植物園を歩きながら、日照りと雨の洗礼を交互に受け座ったり走ったりしながら... 流れた時が変えたことと変えなかったことが浮かび上がった。

 

彼女の前向きさと愛情深さは作品にもそのまま表れてて、元気をもらえる。

良い友達とは必ずしも過ごした時間や連絡頻度に限らず、ここぞという時ハッとするような形で励まし合えることがある。

そんな結び付きに生かされてると感じる。

 

ウィーンへ帰って来てからはボイスオーバーの収録等に励む日々を一ヶ月間過ごし、この連載を書いてる今思う。

技術的にはまだヒヨコでも、俳優・執筆活動を再開してから充足感と幸せを感じられる時間が格段に増えた。

 

「得意もだけど、好きだって与えられたものだから大事にしてね。」なんて大人になると中々言ってもらえない。

だから自分で言おう。そして「好きこそ物の上手なれ。」をきっと体現できると信じよう。

 

楽しく、健やかに。

ミッション探しの一時帰国と再挑戦

6.10.2023

DAYS /  Yurino Oshima Column

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ミッション探しの一時帰国と再挑戦

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6年ぶりに一ヶ月超、単身で東京に滞在していた。

 

当初の予定より長くなっている欧州生活。

元々は5年以内に日本へ戻るという話だったから、その時期を過ぎた頃、心に張り詰めていた糸がプツンと切れた。

腑抜け状態になり、八方塞がり感に苛まされ、生きてる心地がしなかった。

 

今住んでいるウィーンでは、コロナ禍の影響により窮地に追い込まれた生活から抜け出し、デザイナーとしては時季ごとにGottkennenという使命感を持って取り組めるプロジェクトに参画している。

気軽にお茶するお友達も出来たし、ご近所さんとは日本語バイブルスタディも始めて、様々な人種の良い仲間に恵まれている。

オーストリアはどこもかしこも美しくて好きだし、それに加えて連休には近隣国に出掛け気分転換する等、一見充実した日々を送っていたはずなのだけど。

 

では何が私の心を窮屈にしていたのか。

それは数言ではとても言い表せない色々が積み重なった結果なのだけど、根本にあったのは間違いなく「自分という人間をフルパワーで生きられてない。」、即ち「自分に与えられている資質、時間やエネルギーを持て余している。」と感じていたこと。

そしてそれらを注ぎたい・注ぐべき先は、以前から抱いていた思いと変わらず「主に母国日本にある。」「“ 日本人として”というところにある。」と直感していた。

 

~長めの一時帰国をして、今の日本、特に東京の状況を知りたい。

今の自分が具体的に何を“情熱と喜びを持って”出来るのかを知りたい。

そして本帰国前から、一時帰国を繰り返す中でもそれをしたい。

愛しの母国ともっと繋がっていたい!! ~

 

そう志しながらも、問題が発生していた。

旅資金にしようと決めていた、1ヶ月半分のとあるデザインプロジェクトの給与が長らく延滞されている。

東京ではカプセルホテルでさえも一泊5000円以上と宿泊代高騰していたから、それがなければとても行けない。

でも、「今この時に行きたい。4月9日は母教会の復活祭に出席したい。あの人やこの人達に会いたい。桜も見たい。」

「そんな願いは単なるわがままなのだろうか?」

「でも長らく多くのことを忍耐し続けて、やっと実現しそうなタイミングだったのに・・・あんまりだ。」

等と呟きながら、神様に祈り、Instagramストーリーを通して人々にも助けを求めた。

 

「どうしても日本に行きたいんです。これだけの予算しかありませんが、東京都市部で一ヶ月程宿泊できる場所を知りませんか?」

ダメ元だったそんな呟きに、メッセージを下さったTさんという方が居た。

Tさんはいつも私のストーリーを見ていた訳でなく、「丁度その時は見ていた」そうだ。

以前からクリスチャンという共通点から各種SNSで繋がっていたけど、お会いしたことはなかった。

けれど結構な期間その方の発信の多くに共鳴を感じていたから、「この方なら。」そう思い有り難く詳しい話を伺った。

そしてトントン拍子に、Tさんの奉仕されている教会に所属する方が持つ空き部屋に、とんでもなく良い条件で住まわせて頂けることになった。

泣いた。

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“求めよ。さらば与えられん。”

人々の厚意によって開かれたドアも、「御心であった。」ということだと、私は信じる。

Tさんもお部屋のオーナーの方も、特定の信仰を持っていない方々でさえも、今回の旅については口を揃えてそう仰った。

何故なら結論を先に言うと、当初願い求めてたこと全て、寧ろそれ以上のことがこの旅を通して叶えられたのだから。

 

ただ旅にちょっとしたトラブルはつきもので、渡航前に普段壊さない肩を痛めたり風邪を引いたりしてしまった。

それでもなんとか肩の痛みは減少し、PCR検査も陰性。

よしっ!と、ウィーンからはフランクフルト経由で、後は順調かのように思われた。

ものの、フランクフルトからの飛行機が繁忙期のオーバーブッキングで乗れないことに。

次も明日も乗れない可能性があると言われ、どうにか心を落ち着けながら、5時間ほどの待ち時間に“イエスキリストの受難と復活”に思いを馳せた時間は充実した。

次の飛行機には乗れるとわかった時の安堵と勝利感と言ったらなかった。

 

機内で隣の席に座っていた初老の日本人マグロ漁師は、私がイヤフォンを付けず目を開けてる限り話しかけてきた。

「魚を釣るときは魚の気持ちを考える。釣りたい魚の性格とか必要なものを想像する・・・そうすると釣れる。それは仕事とか人生における求めを得る方法と同じなんだよ。面白いよ~。」と、遠征帰りの日焼け顔で語っていた。

機内エンターテイメントにラインナップされていた、映画 ホイットニーヒューストンに出てきた台詞「神に授かった才能は正しく使って。」が心にしっくりと響いた。

 

そうこうしている間に羽田空港到着。

「ただいま~♪」と確か呟き、預け荷物やSIMカードの受け取り・換金を済ませ、リムジンバスで例の部屋の最寄り駅へ。

駅にはTさんが車で迎えに来て下さった。

アクセスの良い都市部で8畳間程のレトロな部屋の中は、Tさんがご家族の所持品を運び無理なく生活を始められる状態に整えられていた。

私、タオルでも掛けて寝れたら上等と思ってたくらいのサバイバルモードだったのに・・・布団も敷物もテーブルも椅子も洗濯用具も... 食器やストーブに至るまで準備して下さっていた。

お陰でとても心地の良い空間で、すぐに自分の居場所と感じられた。

 

晩御飯にと最寄りスーパーで購入した400円に届かない格安和食弁当も絶品で、「安過ぎる。

顔も名前も知らないけど、この弁当作りに関わった方々全員にチップを差し上げたい。」と心の底から思った。

喜びと期待でいっぱいの初日だった。

「今日も明日も明後日も、絶対に素敵な毎日になる。そして最後には必ず素晴らしい経験や次の扉への鍵を持ち帰れる。」

こんな前向きな確信に満ちた心持ち、本当に久しぶりだった。

 

東京では殆ど休息することなく、毎日会えるだけの人々に会い、縁ある・気になる場に顔を出し続け、そして会う人がまた人をと繋げてくれた。

旧友人知人、大御所俳優、ミュージカル女優、ラジオパーソナリティ、ライター、書籍編集者、音楽事務所の社長、映画プロデューサー、会社員をしながら使命的な活動に没頭してる人々…等と、書き切れないほどの多くの出逢いと語り合いの機会に恵まれた。

 

全てが欧州に居る時とは相反するスピード感。

それは人々の歩く速さやファッション、渋谷や池袋等の街の変化にもはっきり表れていた。

「あぁ、東京での毎日ってこんな感じだったな。」

懐かしく愛おしく最高に楽しく、同時にその慌ただしさや抜け目のなさにお節介な心配をしてしまう瞬間もあった。

自分自身も「忙しさ・華やかさの中では特にしっかりしてないとね。

元の主旨を見失わないように・・・。」と、時折身を引き締めながら。

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6年の年月の経過により人々から“大人扱い”されるようになっていることにも気付かされた。

こそばゆいような、嬉しいような切ないような・・・で、「日本では特に、私はもう所謂“若者”ではない。東京では個性こそ大目に見てもらえても、日本式の礼節やマナーと共に大人らしく振る舞わないと、違和感たっぷりな人になってしまう。気を付けよう。」と思わされた。

でも大人前提認定があるから砕けられる部分もあるのは、大人得。

以前は持ち得ていなかった経験や生活背景を、意外なところで面白がって貰えることにも気付かされた。

 

そうやって今の東京と自分の立ち位置を確認しながら、多種多様な人々に現在胸の中にあるありのままを語っていった。

以前なら素直に答えを聞けなかったかもしれない問いも投げかけた。

日本での生活を含めた色々にブランクのある30過ぎの自分に、尚情熱と喜びを持って役に立てることが何なのか、本当のことが知りたかった。

そして様々頂ける意見や提案に、長らく抑え込んでいた自分の感性がどう動くのかを見ていた。

 

最終的に、私は主に日本での演劇や文章を用いた表現活動の再挑戦を決めた。

一ヶ月超を生きる中で、「その道に導かれていて、そこに適性がある。」と感じられたから。

日々の出来事を報告する中で、長い間首を縦に振らなかったパートナーにも納得してもらえたから。

それに「過去にその道への自信を失わせた出来事や止まっているセルフイメージというのは、今やこの先の自分にとって重要でない。だって今と昔の自分は違うから。」と言い切れる出来事の連続だった。

まさに“時が来た”という感じで、「自分で自分の限界を決め付けず、今私に仕事を任せてくれる人・神様の導きに信頼し尽力したい。」と思う。

 

旧師を通して出逢った方から、今秋東京で公演する朗読劇の機会を与えて頂け、既に台本も読み始めた。

その前にもうすぐロンドンでの映画撮影もあり、翻訳作業や役作り等の準備で結構忙しいのだけど・・・

使命と信じられることへの没頭や努力というのは、困難の中にも喜びがある。

それにどちらもこの6年間の苦悩があってこそ深く寄り添えると感じる役柄であり、希望のストーリーだ。

私が文学的な芸術を愛しているのは、「人間」「人生」ということを大きなスケールで考えさせられ、真理が真理たることを再見し励まされるからだ。

 

このような文章に関しては昔から息をするように書き続けてるけど、公にしてきたのはほんの一部。

しかし今回、自分の内から湧き上がる言葉をもっと表を出していく意義と勇気も与えられた。

そして帰国してすぐ、以前noteを通して知り合い特集して下さった、このSTAY SALTYのアートディレクターであり編集長の木ノ下さんに「連載させて下さい。」とメールを通して頼み込んだ。

すぐに快く承諾して下さって、本当に嬉しかった。

 

旅することは、大なり小なり印象的な転機を迎えることだと思う。

日常を離れ新しい風を受けると、思いもよらぬ方向に人生を豊かにされる。

トラブルや困難だって、振り返れば「あれがあったからこそ」と思える収穫が後にある。

今回だってTさんに出逢えてなければまだ日本に行けてなかったかもしれず、給料の延滞がなければ全然違う旅になってたはずで、今ある自分とは絶対に違うから。

此処ではそんな連載を、脚色なくさせて頂きたいと思っている。

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