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#03
AUGUST 2020

「ユキオ」くんとの出会い

 

「それは、独立して、1年目の頃。

もう12年くらい前だと思います。
 

上野でのお仕事の合間に時間があったので、ふらりと上野動物園を訪れました。 

久々の動物園はとても静かで、みんな寝ていて。

それまでの動物園のイメージはわたしにとってネガティブな印象しかなく

「檻の中でかわいそう」という苦い気持ちの方がこの頃は大きかったんですね。

そんなことを思いながらさらに進んでいくとホッキョクグマのエリアに到着。
ふと見上げると、何やらホッキョクグマが直立していました。

 

 かわいいじゃないか… !

 

さっきまでは動物園を憂いていたのに、この出会いがすべてを変えてしまったのです。

それがホッキョクグマの「ユキオ」くんとの出会いでした。

 

最初は単純に「ユキオくんがかわいいから」という、とてもシンプルな理由で動物園に通っていました。

そして何度か通ううちに少しずつ動物ごとの生態データ情報が蓄積されていきます。

そのうち、それぞれの個体のキャラクターなどが理解できるようになり、ますます愛おしい存在が増えていったのですね。

動物たちそれぞれへの興味関心が湧いたことで、1つまた1つと動物園へ抱いていたネガティブな感情が消えていきました。

そして「動物園が誕生した理由」「動物園の本当の役割」など少しずつ調べたり、自然と園内で目についた活動報告などの看板や配布物から知るようになったのです。

 

社会生活を送る上で、しかもクリエイターとして生きてゆく上で、お金を稼ぐことや成果物を生み出してゆくことは切っても切れない大切なことです。

でも、その実、その活動内容は刺激にあふれながらも、とても忙しく、疲弊も消耗も伴う日々の大変な営みです。

それはそれで、自分が求める「もう1つの大切なもの」を、ある意味犠牲にしている日々とも言えるわけです。

動物園に行けば、心身ともに自由になれる気がして。

心の中で見て触れて感じることができ、大きく深呼吸をして何ものにも捕われることのない時間を過ごすことができます。

ここに来れば「とてもシンプルで1番大切なこと」を思い出すことができるのですね。

それは言葉にできず、目に見えなくて、とても温かいもの…

わたしたちが生きてやがて死んでいくこと。

この世界の美しさや喜び。

説明できない不思議な出来事や大自然の神秘の力。

自分が求める「もう1つの大切なもの」がここにはあったのです。

そしてこの動物園を巡って、動物たちをカメラに収めるということが、次第にライフワークになっていったんですね。

 

思えば、私がこの仕事を選んだのも「思いつき」でした。

志を持って入社した、クルマの設計デザインをするという、CADエンジニアとして働いていた会社の研修期間中に、ふと降りてきた大きくてとても明るいエネルギーのようなワンダーな思いつき。

ある朝急に「私はカメラマンになる!」と決めたのです。

 

生きていると、道を選んだり、何かを選択する機会の連続だと気づきます。

そんな中で常に何を指針にしたり頼りにするのかは人それぞれだと思います。

もちろん選択の中には経験という大きなエネルギーが欠かせないものもありますが、経験のないことを選んで決断する時に必要なことは、こういう不思議な力の作用というものがあるのではないか。

私にはまさに「センス・オブ・ワンダー」ともいうべき感覚が道を示してくれるような経験が常にあるのですね。

 

役者として生きた経験

 

小学2年生から大学生まで、役者として仕事をしていました。

小学2年生のとき、ミュージカル「アニー」の出演者を募集していたので、親がオーディションに応募してみたらなんと合格して 。

その舞台は役者業未経験の幼い私に、やることなす事全て巨大な壁となって迫ってきていました。

学校も早退したり修学旅行も欠席しました。

演技、歌、ダンスだけではなく、経験値の何もかもがゼロでしたから。

それでも、半年後多くのお客様の前で歌って、演じていました。

スポットライトを浴びたあの時の感動は今でも忘れることができません。

そしてその日々は小さいながらも、「現状をどうしたら打開できるのか」を毎日必死に学ぶ日々でもありました。

どうしたらいいのか、日々淡々とトライ&エラーをしていたと思います。

導いてくれた指導者やスタッフの方々によって示されたその先に見えた答えをなんとか習得しようと必死だったのです。

そういう不器用なトライ&エラーをこの頃から経験できたことは、その後のフリーランスのフォトグラファーとしての活動や、仕事やプロジェクトに立ちはだかった壁たちを乗り越えるために必要な、そういうチカラを身につけることに繋がっていたのかなと感じています。

そして、そこで経験したことが悩みにぶつかっても「なんとかなる」とか「やってやれないことはない」と思えるような今の私に深くつながっていて、今の人生にとって大きなエネルギーと自信になっているのかもしれません。

 

 

新しい命

 

私のお腹の中には今、小さな命が宿っています。

妊娠6ヶ月の安定期を迎えています。

もともと私には「わたしは男性になりたい」というような想いが大きかったのではないかと思っています。

女性としての性を存分に味わい尽くしたいという気持ちと、それを差し置いてでも、自分の人生を自由に生き抜きたいという両極端の気持ち。

わがままなわたし自身と常に戦ってきたように感じています。

多分これはずっと子どもの頃からずっと引きずってきた感覚なのですが、とうとう高齢出産という年齢になってから、後悔だけはしたくないので妊活にトライすることにしたのです。

 

今の日本社会の子育て環境や世界情勢や自然環境などを鑑みて、本能的に近年は子作り自体を躊躇っていたのも事実です。

ただ次の世代には次の価値観が生まれるし、また違う進化をしていく過程のような気がするので

それに対して良し悪しを個人が勝手に判断すべきではないとも思ってもいました。

さらに、ここで1つ妊活で難しい壁が。

旦那さんの仕事柄1年のうちに半年以上、多い時は3/4は海外へ出張へ行ってしまうため、自然妊娠でのタイミングが難しいと感じていたんですね。

数少ないチャンスに一か八かに賭けるには、高齢の今となっては勝てない賭けだと思っていたので、2019年夏に体外受精ができる専門クリニックへ行くことになりました。

その時、わたしは37歳、旦那さんが41歳。

結婚した当初はいつか自然妊娠できたらいいなと思っていましたが、2人の生活そのものが時間と距離を隔てていることが多いので、タイミング法や人工授精ではなく、最初から抵抗なく体外受精スタートを希望。

結局、顕微授精になったのですが、最短コースでトライして、今年2020年3月に無事妊娠することができたのです。

 

妊娠して、お腹の中の子どもと一緒に過ごしていて、今はゆっくり母になっていく変化の時間を味わっているところです。

お腹からノックされるときの不思議な感覚や、今日も元気に育っているのか気になって仕方がない毎日です。

命を育むという神秘的で素晴らしい経験の真っ只中にいるのだと思うと、思い切って妊活に踏み切って良かったと思っています。

 

 

センス・オブ・ワンダー

 

これまで、ただ好きでライフワークにしていたことが自然と仕事に結びついて、動物園と関わる貴重な時間と機会をいただくことも少しずつ増えてきました。

そんな中で、動物園とそれに関わる環境そのものにまつわる様々な問題も知ることになります。

そして、数えあげればキリがないたくさんの課題と密接に、今も精一杯現場で取り組んでいる動物園の方々が多くいることも知るのですね。

何か力になれないかと常に考えている状態なんです。

とにかく、わたしにできることは「動物園に今日も行く」ということしかないと思いました。

かわいい推しメンに会いに行くだけでも元気をもらえますし、原点に立ち返る時間になります。

これからも、書籍、雑誌、アプリや写真教室の開催などで、動物、動物園へ出会う機会を増やして、その楽しさ、素晴らしさを伝えられるのは、わたしにとっては写真しかなかったので、少しずつでもたくさんの方に魅力を発信できるようにこれからも活動していきたいと思います。

 

そして、子どもが産まれた後、これまでと違った価値観に出会うのかなと思っています。

復帰した後もこれまでのがむしゃらな働き方とは変わって、子どもの成長に合わせてスケジュールを組んだり、仕事や撮影内容ももしかしたら変わるのかなと思っています。

写真や動画を通じて、子どもの事を発信していきたいと旦那さんと話していたので、SNSの発信内容もまた変化していくのかもしれません。

 

これまでも興味関心あることに対して、自然と仕事に変わっていったり、次の出会いに結びついてきたので、出産後もまた何かしら違う変化に出会えると確信しています。

それが今から楽しみで仕方ないです。

自身にとって必要なことしか人生に起こらないと思って生きてきたので、最適なタイミングに、出会って別れて、何か失って得ているのかもしれません。

なので、こうして今を存分に葛藤しながら、一瞬一瞬を大事にしていこうと思っています。

そして、そこでまた、「センス・オブ・ワンダー」な感覚と出会えたらいいなと思っています。

 

その感覚はこれからもきっと、私の道しるべであり続けるのかも知れませんから。

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PEOPLE

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征く。

Sense of wonder

Yurica Terashima

8.2 2020

photographer   寺島由里佳

センス・オブ・ワンダ

 

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photographer

寺島由里佳

Yurica Terashima

ポートレイトを中心に、広告雑誌媒体などで活動中。ライフワークで動物園にいる動物たちを撮り続け、全国・世界の動物園を巡るのが夢。ポストカード、iPhoneケースなど企業とのコラボグッズ開発の他、立教大学の講師、企業・行政とのイベント企画なども行う。

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PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

征く。

 

 

When you forgive yourself,

no one can take it away from you 

自分を許すと誰にも奪われない

親譲りではない無鉄砲で大人になっても損ばかりしている。

 

突然、花の仕事をしようと思い立ったのは、

お勤め約10年、フリーランスになって7年ほど経った頃だった。

それまで花屋のバイトすらしたこともなく、

パソコンをいじるだけの全く違う職種だったにもかかわらず、

そんな文字通り頭ん中お花畑状態の発想に至ったのは、

当時気持ちの面で大きな変化があったからかもしれない。

 

 

まだ働き始めて間もない20代の頃、

ある時私がミーティングで出した改善策に周りから反対意見が挙がり、却下となった。

ところが数分後、別の人の発言に皆んなが賛同したと思ったら、

さっき私が言った事と全く同じ内容だった。

反対したその舌の根も乾かない内の掌返しに椅子から転げ落ちそうになりつつも、

 

「ああ、人っていうのは話の内容じゃなくて誰が言ったかを見てるんだ」

 

と衝撃を受けたことを覚えている。

 

実績もなく、周りの信頼も得られていない私が、

たとえ有益なことを言っても何も説得力がないらしい。

それならば、もっと私自身が人生経験を積んで、

もっと発した言葉を真っ向から受け取ってもらえるような重みのある人間にならないと!

そう初々しい私は思い始めることになった。

 

 

さて、その後の私は、長い年月をかけて、

いわゆる多くの人が経験するような酸いも甘いものクエストを次々とクリアしていくことになる。

 

結婚、出産、離婚、子育て鬱、転職、独立。

イタリアの取引先が倒産し、

「お金がないから代わりに僕が飼ってるオウムあげるけど、いる?」

と社長から手紙が届き、債権が回収できないことを知った時もある。

 (オウムは貰わなかった)

 

病気で働けなくなったり、

DV毒親との死別があったり、

子どもとの関係がこじれたり。

 

そんな具合に、まあまあ色々あった事だし、

そろそろあの頃欲しかった経験値的なものが貯まってきたはずだった。

それなのに、結局しんどい思いをしただけで、

何かを成し遂げたわけでもないし、

大したことができるわけでもないし、

特別な経験を積んだわけでもないという実感しかなかった。

仕事はやりがいがあったけれど、

いつも世の中の基準で正解と言われるものを探していて、

プロジェクトを、その場を、失敗ではない方に転がそうと必死だった。

一見、それは仕事だから当たり前に思えるけれど、

実際は、正解に見えることに近づけることや失敗しないことは、成功ではなかった。

 

そして、何よりも

自分が発案して完成までこぎつけたものが

他の人の成果として表向きに発表することになった時、

華やかな会場の外でメディア向けのお土産を地味に用意しながら、

「結局あの頃と変わってないな〜自分」

と愕然としてしまう。

 

そんな自分はやはり経験が足りず、

あるべきレベルに達してないからまだまだ薄っぺらいのだと、

潜在意識の中でさらに「もっと苦労しようよプロジェクト」は加速した。

 

 

しかしながら、そんな折り、あの若かりし頃の

「ミーティングで私と同じ意見が採用される事件」

のアンサーソングともいうべき出来事が頻発したのだった。

 

とある機会での意見交換、

子育てで大事なのはこんな事でと、ある方が熱弁。

周りも私も聞き入って共感したが、その方には子育て経験がなかった。

 

・・・あれ?

 

時はSNS時代に突入。

「○○に行った時の経験を活かしてコンサルタントになりました」

とつぶやく誰かはとっても説得力がある若い起業家だ。

でも、行ったっていうのは1回のようだ。

 

・・・あれ???

 

誰かに自分の言葉を信頼してもらうためには、薄っぺらい自分じゃダメで、

実績だとか、経験に基づいた考えとかが必要なんじゃないのか。

でも、若くても経験が浅くても、

私も共感できたり、信じたい気持ちにさせてくれる人がいる。

どうしてその方たちは、多くの人の信頼を得られたのか。

それはこういう事だった。

たとえ浅い経験でも、

「そこまではやった」という事実を自分に認めてあげられている人は、

それをありのまま成果として伝える事を自分で自分に許している。

今のレベルでできることを心の底から信じている人は強く、信頼できるのだ。

 

当時の私は、経験の浅い分野に対して強く意見することは、

知ったかぶりのようで何となく気が引けていた。

どこかに1回行ったくらいで知ってるような事を言ってはいけないような気もしていた。

でもそれは、誰かに禁止された訳でもなく、自分で自分に許していないだけだった。

せっかく作った自分の成果を奪っていたのは他人ではなく自分だった。

 

とかく、周りの人というものは、自分が自分を扱うように自分を扱ってくるものだ。

自分を粗末に扱えば、周りも自分を粗末に扱ってくる、といった具合に。

つまり、自分を許可できず、認められない私は、

周りにも信じてもらえる訳がなかったのだ。

 

「なんだ、いいんだ自分のこと許しても・・・」

 

私に足りないのは、

苦労して言葉を裏付けるような経験や実績を積むことではなく、

いつもその時点まで自分がやってきた事を認めてやる事、

ただそれだけだった事にようやく気づく事ができた。

それはまるで、

遠い旅先に向けてわらじを編み、

竹皮で包んだおむすびを胸に忍ばせつつ峠をいくつも超え、

血の滲む足がもう一歩も前に出ないと倒れかけた時に、

「じゃあ後はヘリで行こうかぁ」と言われたような気分だった。

それがあるなら最初に言ってよ最初に、という。

 

 

今から数年前のそんな気づきの後、

堰を切ったように、私は自分を信じて見切り発車でも何でもやりたいことをやるようになった。

無鉄砲に始めた花の仕事も、

もちろんまだ何十年も磨いていかなければいけないヒヨッ子である事は認識しているけれど、

それでも卑屈な気持ちは全くない。

ある一定のレベルを到達点にして、

その点との差異がある自分を恥じるのではなく、

「至らないかもしれないけど、でも、今の自分はこれだから」

と堂々と思うことができる。

現状への満足は成長を止めることになりかねないが、

暫定的な今の立ち位置までやってきた自分を許して認めると、

またそこから精進しようという気になるから不思議なものだ。

 

 

ある時、ふとこんな事を思う。

「人間って60兆個もの細胞があって、毎日がん細胞やあらゆる菌を免疫力で死滅させて、怪我したら治してくれて、数十年分もの記憶を蓄えていて、この世にないものを生み出したり問題を解決したりするクリエイティビティがある。こんな奇跡のように高性能で精巧な生き物、宇宙を探してもいないかもしれない。

あっ!でも、その高性能な貴重な生き物、そういえば私も持ってた。この自分!! 」

 

自分はちっともすごくないけれど、

人間っていう生き物はスゴい!という感覚を持つと、自分の未来を信じられる。

試しにいろいろやらせて成長させてみたくなる。

性能を強化していったらどうなるのだろうと。

そうやって自分の先々を良い方に信じて託せるような感覚を

自信というのだろうと思う。

最近は承認欲求という言葉がよく使われるようになったけれど、

誰かに認められることよりも、

自分で自分を認めて許すことで揺るぎない自信がつく。

 

人間の色気みたいなものも同じで、

「いえいえ、私なんか」と卑下したらそこでせき止められるけれど、

「私はこういう所もあるんです」とその人が自分に許したラインまで、

色気はダダ漏れてくるような気もしている。

 

 

草木の花はいずれ散る花。無常の姿。

花を生けることは、

根を絶たれて死へ向かうまでの一瞬の命の煌めきを浮かび上がらせる祈りの行為。

そして、その自然と切り離す作為的な提示によって観る人の感覚に語りかける。

 

人もまた無常の存在であるけれど、

今の瞬間に個性を見い出し、

それでいいと認められたら、

そして、

それをありのままに提示していくことを自分に許せたら、

伸びやかに成長して大輪の花を咲かせるに違いない。

floral designer   杉山香林

8.2 2020

Karin Sugiyama
 

text and photographs -  Karin Sugiyama

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floral designer

杉山香林

Karin Sugiyama

撮影でのフラワースタイリング、イベント・ウェディングでの装花、御祝い花などで、固定のスタイルを持たず、コンセプトに応じて多様なデザインを提案するフラワーデザイナー。

広告代理店、IT企業などでマーケティング・コミュニケーションに従事したのち、2008年株式会社アンジュウシを設立、企業の環境保全活動やサスティナブルな社会を創る取り組みへの指針作りやプロジェクトの企画、マネジメントを行う。

その中で、植物の美しさや生きざまに惹かれ、自然界にこそこの世の真理があり、持続可能な社会を築くためには、樹木や草花などの植物に触れ、憧れと畏怖を感じることが必要と考え始める。

2016年4月、装花TOKYOを開業、華道における学びを活かしながら、ヨーロッパでフラワーアーティストに師事したエッセンスも取り入れ、花一輪の個性を活かすスタイリングを目指している。

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BRAND『装花TOKYO』

オートクチュール・フラワーブランド「装花TOKYO」
「装花TOKYO」は、店舗を持たないアトリエスタイルのオートクチュール・フラワーブランドです。命を持つ生花のみにこだわり、特別なシーンのフラワースタイリングをオーダーメイドでご提供しています。

 

​生花の命の煌めきを活かす空間づくり
商品ディスプレイや撮影用プロップ、プロモーションイベントのフォトブース作りなど、特別なシーンにおいて、草花が持つ命のインパクトと視覚的魅力を活かした空間づくりをサポートします。

 

​「アート」ではなく「デザイン」する
装花TOKYOは、「アーティスト」ではなく、「デザイナー」として、クライアントの皆さまとプロジェクトの目的と課題を共有し、草花での解をデザインすることを目指しています。

したがって、1つのスタイルに絞ることなく、花の毒々しさや艶かしさ、可憐さ、草木の清々しさや力強さなど、目的に応じて植物の多様な個性を発揮させていくアプローチ方法を試みます。

入荷可能な場合は、街のお花屋さんであまり見かけないような草花もご提案しています。

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ロックダウン中、そしてこの文章を書いている間、いつも聞いていた曲です:Sleeping at Last – Southern.

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© Roger Villena
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ロックダウン...

ロックダウンをきっかけに、多くの人が仕事もライフスタイルも変えようと思ったかもしれません。でも私は、とてもそんなふうには思えませんでした。トラベル・フォトグラファーの仕事と、マルチピッチルートでのクライミング。最も愛する2つの世界。長い年月をかけてようやく巡り会えた素晴らしいクライアントたち。お気に入りの暮らし。恵まれた環境に私は感謝していました。

 

そんな中、世界が一変してしまったのです。刻々と変化する不安定な状況に、私は打ちのめされました。モーターホームでの生活も、クライミングもできなくなり、私の記事が掲載される機内誌もしばらく休刊になり、仕事も入ってこなくなりました。

 

 世界中がショックを受け、喪失感と悲しみに打ちひしがれていました。生活が大きく変わり、大切な何かを手放すことを余儀なくされたのです。深い悲しみの感情には、拒絶、怒り、罪悪感、落ち込み、受容という5つのステージがあるそうですが、都市封鎖が始まった当時の私は、現実を受け入れることを完全に拒絶し、ときに怒りを感じていました。

 

 スペインの作家アルベルト・エスピノーザは、父親によくこう言われていたそうです。「人生とは、手に入れたものを失うことを学ぶ場所だ」と。この言葉は、トラベル・フォトグラファーとしての私のキャリアにも、よく当てはまります。過去15年間で100以上のクライアントと仕事をしてきましたが、今も付き合いがあるのは10~15社。その十数社でも、メンバーがすっかり入れ替わっている会社は少なくありません。リーマンショック後の2009年を中心に消えていった雑誌やメディアも多く、今回のCovid-19の影響で倒産した会社もあります。

 

 50日間にわたり完全な都市封鎖が行われたスペインでは、マスクと手袋の着用が義務付けられ、生活必需品の買い物や通院のために1人で外出することのみが許可されていました。警察が毎日街をパトロールし、車両の通行規制や職務質問を行う姿も。街は静まり返り、スペイン全体に、まるで黙示録が示す終末のような光景が広がっていました。

 

 ロックダウン期間中、私は写真家としてのキャリアを高めるための活動を行い、「LVRS」と名付けた新しい写真プロジェクトを進めることにしました。LVRSは、火・土・水・空気という四元素と性との関係性をテーマにしたフォトエッセイ・プロジェクトです。

 

もう1つ、外出できない期間に私が没頭したのは編み物です。手元に毛糸があったので、帽子1つとマフラー2つ、ショール1枚、マスク2つ、それから、コースターのセットも作りました。今はターコイズ色のマフラーを編み始めたところです。

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これから…

これを書いている今、私がいる村はフェーズ2(完全都市封鎖が解除されてから35日)に入りました。フェーズ2では、外出が許可され、地区内での移動が可能となり、多くの店が営業を再開しました。クライミングも許可されています。ただ、残念なことに大都市バルセロナはまだその前の段階、フェーズ1に入ったばかりです。スペイン人にとって最も難しいのは、不慣れなマスクを着用しなければならないこと。そして、友人や知人と2mの距離を取らなければならないこと。挨拶のときハグをして、両頬に1回ずつキスをする私たちにとっては、辛いことです。

 

これまでの生活が失われたことへの悲しみはまだ癒えていません。特に仕事については、厳しい状況が続いていて、先が見えません。ですが私には強みがある。それは「人生の津波」を乗り越えてきた経験です。2009年にはクライアントの半分が倒産し、2015年には、13年連れ添った夫と離婚し、新たな人生をスタートさせました。そこで私は、永遠に続くものはない、ということを学びました。

 

 だからこそ、自分自身と、愛する人たちを大切にしたいと思うのです。毎日をハッピーに、元気に過ごそうと思うのです。そして、目の前のことに集中して、焦らないこと。不確実さに対応する方法を学び、先の先まで計画を立てすぎないこと。この状況が落ち着いたら、立て直す時が来る。その時のためにエネルギーを蓄えておこう。そして何より重要なのは、自分のハートに注意深く耳を傾けること。ハートはいつも、どこに向かえばいいか、次に何をすればいいかを教えてくれるのです。

 

今は、この状況下でも稼働しているクライアントの仕事を続けながら、ソーシャルメディア・ビジュアルコンテンツ・クリエイターというもう1つの専門スキルに力を入れ、企業やNGOとのプロジェクトを進めています。常に学び続け、最新の動向をキャッチしながら、時間があるこの時期を生かして、前からやりたかったビデオ編集とデザインのスキルを磨くための勉強もしています。

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© Maribeth Mellin
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text and photographs - Itxaso Zuñiga Ruiz (unless otherwise specified)

translation - Mikiko Shirakura

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PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

紡ぐ。

Inspiring transformation

© Víctor Tardio
© Víctor Tardio
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© Patrick Golding

freelance travel photographer

イチャソ・ズニガ・ルイス

Itxaso Zuñiga Ruiz

1978年、スペイン、テラサ生まれ。フリーランス写真家。

ツーリズム分野を得意とするソーシャルメディア・ビジュアルコンテンツ・デベロッパー。熱心なロッククライマー。モーターホーム愛好家。ニッター。2005年から2009年まで、スペインの通信社や日本の旅行雑誌の仕事をしながら東京に在住。2010年から2016年まではアジア諸国の旅行雑誌の仕事をしながらインドのデリーやリシュケシに暮らす。2017年よりスペインのカタルーニャに戻り、海外メディアの仕事を続けながら、NGOや旅行関連会社のソーシャルメディア向けビジュアルコンテンツを制作。

2018年、旅と写真への想いを紡いだ2冊目の写真集

『The Journey』を出版。

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写真集『The Journey』

「旅」と「写真」をテーマにした写真集。説明的な写真やキャプションを使わず、ポエティックなイメージや文を用いて、各国への旅、人生の旅への想いが綴られている。どこで撮られた写真なのか、何が写っているのかよりも、時間と空間を超えた内的世界に触れ、自分がどう感じるかを観察しながら楽しみたい一冊。

著者:イチャソ・ズニガ・ルイス

初版:限定版150部(番号・サイン入り)

サイズ:21cm x 21cm

頁数:208頁

内容:カラー写真188点とテキスト。

トレーシングペーパーの別冊(20頁)に著者インタビューと過去に発表された関連する写真エッセイの紹介等を収録。

言語:英語、日本語、スペイン語、カタルーニャ語

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インスピレションのはざまで

これまで...

2020年3月14日、スペインでは緊急事態宣言が発令され、完全な都市封鎖が始まりました。その前日、私はバルセロナから約240km南に位置するポルツ・デ・ベセイトで、高低差300mのロッククライミングを楽しんでいました。岩壁がそそり立つ自然豊かな美しい国立公園が有名なエルス・ポルツは、クライマーたちの楽園です。素晴らしいクライミングパートナーとこの岩壁を登るひとときは、私にとって宝物のように大切な時間です。

 

現在はスペイン、カタルーニャに暮らし、ロッククライミングに夢中になっている私ですが、それまでの12年間は海外で生活していました。2001年には、障害者のための活動を行うフランスの非営利団体Horizons pour Tousに参加し、フランスから南太平洋に浮かぶ仏領ポリネシアまでの世界一周セーリングに同行。その後、2005年から2009年までは東京に、2010年から2016年まではインドのデリーやリシケシュに暮らし、フリーランス写真家として、旅をテーマとした各国の雑誌や国際的メディア・通信社の仕事をしてきました。

 

長い海外生活の後、2017年にスペインに戻った私は、本格的にロッククライミングにのめり込むようになりました。ですが、クライミングに心を撃ち抜かれたのは2016年の夏のこと。ロッククライミングは、サーフィン同様、単なるスポーツではなく「生き方」です。私は、クライミングという生き方に、恋をしてしまったのです。

 

仕事の面でも充実していた2019年は、メキシコ出張で幕を開けました。チャヨテというメキシコ原産の野菜に関する取材旅行でした。その後、スペインのバレンシア地方での取材。3月にはノルウェー産のタラに関する記事のためロフォーテン諸島へ。さらにスペインのバスク地方やフランス南部にも行きました。セネガルでは、マッドフルーツという果実の取材をし、一年の締めくくりにはザクロをテーマにした記事のため、イランへ向かいました。

 

出張のない期間はロッククライミングを満喫しながら「Maya」での生活を楽しみました。Mayaとは、全長6mの私のモーターホームです。海辺で夕日を眺め、鳥たちのさえずりで目を覚ます。自然に囲まれながらヨガをし、Mayaに当たる雨音に耳を傾け、ベッドから見える月を眺めながら眠りに落ちる。そんな豊かな毎日を過ごしていたのです。

7.1 2020

Itxaso Zuñiga Ruiz

 freelance travel photographer   イチャソ・ズニガ・ルイス

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#02
JULY 2020
 

2020年、新型コロナウィルスが文字通り、世界を一変させた。

この原稿を書いている6月下旬の今も、うがいや手洗いの励行とともに、ことあるごとに手にシュっと除菌ジェルやスプレーを噴射するのが、新しい常識として定着しつつある。

仕事で訪れた企業の受付でシュッ。

スーパーやファンションビルでシュッ。

その度に私は、2018年12月に訪れたインドの旅を思い出している。

 

フリーランスのライター、コピーライターとして、この22年間、色々な体験をしてきたが、インド取材はこれまでの人生で「最高級の旅」であった。

ガンジス河のリバークルーズ船での7泊8日の旅。

上げ膳、据え膳は当たり前。

日本語を話すハンサムなインド人ガイドのラジャさんが執事のごとく世話をしてくれ、クルーズ船のクルーたちがコーヒーや水のお代わりを継ぎ、ドアを開けてくれる日々。

観光に出かけるときは、ガイドとクルーによる完全警護。

そして、カメラマン桂子と私が“衛生班”と呼んでいた「除菌ジェルと除菌ウエットティッシュを両手に持ったクルー」が常に傍らに待機。乗船客である我々の衛生が危険にさらされた瞬間に、すぐさま傍らにやってきて、笑顔で除菌ジェルをプッシュしてくれるのであった。

 

さすがに初日は戸惑ったが、3日目ぐらいにはちょっとでも衛生の危機に瀕すると「衛生班は? どこ?」と彼を目で追うようにすらなっていた。

生まれたばかりの子ヤギを「ちょっとあんたも、抱っこしてみる?」とインドのおばちゃんに勧められるなど、日印おばさん外交にいそしんでしまいがちな私のことを、衛生班のクルーは要注意人物としてマークしていたようだった。

 

外国人に対してそこまでの衛生管理が必要な国であることを、インド人たちはさほど気にしていなかった。

露店のアイスクリームを目で追っていたら、ガイドのラジャさんに日本語で「買い食いはダメです」と注意された。

立派な中年になったのに「買い食いはダメ」などと、修学旅行生のような注意を外国人から日本語で受けるとは。

人生、何が起こるかわからない。

 

クルーズ船の自室の窓からガンジス河を眺めていると、沐浴をしている人たちが手を振ってくる。

手を振り返しながら、『私が沐浴したら多分、瀕死なんだろうな』と思った。

元気に沐浴している彼らと私との違いは、獲得免疫の違いであろうことは分かっていたが、世界は広いな、とシミジミした。

 

コロナ禍が世界を覆いつくしたとき、このときの旅のメンバーのグループLINEにラジャさんから「ogenkidesuka,watasihagenkidesu」とメッセージが届いた。

私はローマ字で書かれた日本語を黙読できないので「おげんきですか」とひとりで声に出して読んだ。

ラジャさんは私たちの体調を気遣ってくれ、インドでは外出が制限されているので食品の買い出しが不便だけれども元気で暮らしているよ、と書き送ってくれたのだった。

返信はGoogle翻訳で英語にして送る。

大変、便利である。世界は広いが、人の心の距離はとても近くなった。

 

コロナ禍で「これからどうなってしまうのだろう?」という不安にさいなまされている人も増えているという。

私は、というと「仕切り直すチャンス」と感じていた。

じつは、2019年の下半期ごろから、低迷期に突入していた。

消費税の増税の影響もあったのだろう。

手掛けていた案件が、サラサラと指の間から砂がこぼれていくように消えていった。

そこにきてのコロナ禍。

廃業もやむなし、と腹をくくった。

廃業して何をするかも、まったくわからなかったが「こうなったら、なんでもアリだな」と考えていた。

地球規模で危機に直面しているのである。

今の私にできることは、うがいと手洗いの励行と外出の自粛ぐらいだ、と思った。

 

ところが、である。

開き直った直後から、予想外のところから、次々と仕事が舞い込み始めたのだ。

2019年の下半期に、低迷しながらも蒔いていた種がいっせいに芽吹いたような感じであった。

結果、緊急事態宣言の中で、自宅にいるのに毎日、忙しく仕事をしていた。

緊急事態宣言が解除となった今も、ありがたいことに日々、忙しく過ごしている。

 

今年の3月ごろまで、しょぼくれた日々を送っていたのが嘘のようだ。

旅を専門とするライターでもない上に、英検3級の私のところにインドへの取材旅行の依頼が来た時も「人生、何があるか分からないものね」と思ったが、今回も本当に予想外の展開だった。

まあ、私の人生は、だいたいがそんな感じではあるのだけど。

 

今、私は発行部数30万部のフリーペーパーの編集長なのである。

緊急事態宣言のさなかに、オンライン面談で業務委託契約での採用となり、フルリモートで業務を遂行している。

スタートから1か月半ほど経った今も編集部の面々と、一度もリアルに会ったことがない。

しかし、編集長だ。

我ながらいろんな意味ですごいなと思う。

 

「なんでもアリ」と開き直った私であるが、嬉しい方向に「なんでもアリ」という結果になってくれたんだな、とシミジミする。

冷静に考えれば、このコロナ禍は地球上のすべての人に変化することを強制的に課したわけである。

つまり、これまでのセオリーどおりにコトを運べるはずがないのだ。

従来のやり方に固執すればするほど、苦しいのではないか、という気がしている。

 

コロナ禍以前の日常に満足していた人たちや、今と比べると以前の方が良かったと感じる人は「戻りたい」「戻って欲しい」と思うのかも知れない。

私は半年以上、低迷期を過ごしていた上に、仕事で不愉快な人間関係に振り回されていたこともあって、戻りたいとは思わない派だ。

とはいえ、「戻そう」と思う人たちが頑張ることも大切だし、新しい時代を作っていこうとする力もまた、必要なのだと思う。

愚痴ったり、不満を言ったり、社会や政治や誰かに怒りを向けたりせずに、自分自身が前進することに集中してエネルギーを注げるかを、今、問われているように感じる。

 

私たちがインドを訪れた時、ガンジス河はカフェオレ色で、空は霞んでいた。

それがインドなのだと思っていた。

ところがコロナ禍での外出自粛により、ガンジス河は清流のような透明度を取り戻し、大気汚染が晴れて30年ぶりにヒマラヤ山脈を見渡すことができたことを、ネットニュースで知った。

 

コロナ禍によって起きた変化は、悪いことばかりではない。

これは地球上のすべての人に与えられた機会であり、チャンスも潜んでいる。

それを活かすも殺すも自分の在り方次第、ということを私は身をもって体験した。

だから、たくさんの人におすすめしたいのだ。

クヨクヨ、モヤモヤするのではなく「なんでもアリ」と開き直ってしまおうよ、ということを。

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PEOPLE

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紡ぐ。

You don't know what's in store for you in life.
The moment you open up, the path is clear.

人生、何があるのか分からない

だから「何でもアリ」と開き直った瞬間に道は開ける

kimono evangelist   栗原貴子

7.1 2020

Takako Kurihara
 

text - Takako Kurihara

photographs -  Keiko Oda

ガンジス河の夕日 (1)
ガンジス河の夕日 (2)
ガイドのラジャさんと
最後の夜のパーティ (1)
最後の夜のパーティ (2)
サリー体験
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writer / Kimono evangelist

栗原貴子

Takako Kurihara

フリーランス歴22年目。きもの歴は25年以上。紙・WEBメディア、SPツールの企画・構成、取材・インタビュー、ライティングを手掛けている。2020年6月よりホームセンターマガジン『Pacoma』編集長をつとめている。

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CD『春夏秋冬』

ハンサムボーカルグループ『春夏秋冬』のメジャーデビューシングル「スタートライン〜春空〜」とセカンドシングル「1ページ目のLOVE STORY〜夏恋〜 」収録のボイスドラマのシナリオを担当。

「1ページ目のLOVE STORY〜夏恋〜 」ではジャケットの衣装を担当。

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レッスン『着物パーソナルレッスン』

2~3回の集中個人レッスンで自分で着物を着られるようになる

パーソナル着付けレッスン(女性のみ)

1レッスン 30,000円/6時間程度

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PEOPLE

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Lovely little moments

何気ない幸せの一瞬

Hiroko Sakomura

7.1 2020

cultural producer   迫村裕子

 

一年のうち、半分くらいは国内外を動き回りながら仕事をしているので、3月の終わりにフィンランドから帰国して以来、ずっと東京、それも自分の仕事場兼住宅から大体10キロ以内の範囲にいたのは、久しぶりのことだった。

 

実のところ、最初の内は、バンザーイと思った。

今年に入って、毎月海外に出張していてちょっと息切れ状態、これで時間が稼げる、普段から気になっていたことが出来る、世界中の仕事仲間がみんな同じ状況だからテレビ会議システムと携帯とメールで凌げば良いじゃんというノリであった。

しかし、しかし、物事はそうはうまくいかない。

生きている限り、どんな状況であろうといろんなことが起きる。

ましてや非常事態であれば、ますますいろんなことが降りかかって来る。

予測出来ないことが次から次へと起きる。

こうなると、もう性根をすえて、逃げない、負けない、頑張ると覚悟を決めるしかない。

 

とは言いながらも、このような状況の中でも日々の生活の中で得ることはいっぱいあった。

それで、ささやかな近況報告。

 

まずは定番の「片付け」に挑戦。

ただ捨てるだけでなく、ちょっとした工夫もしてみた。

例えば、チューブに入った歯磨き粉。

飛行機の中や出張先のホテルから持ち帰ったものが積もり積もって箱いっぱい。

最初はそのままごっそり捨ててしまおうとしたが、思い直して使い切ることにした。

極めてささいなことではあるが、今までの「ついつい溜め込んでしまう自分の癖」を、この際是正しようと試みた訳だ。

使い切るには当分かかったが、山のようにあった小さなチューブがみ〜んな無くなった時の達成感は、なかなかのものだった。

鏡に映る自分に向かって「やったね」とニッコリ。

どうしてこんなことでこんなに嬉しいんだろうというくらいだった。

 

続いて、縁ある人たちからもらった着物の何枚かを、自分で解くことにした。

既に、着物や羽織や帯に仕立て直したものもあるが、今回は、柄や色を選びながら、一枚一枚自分で解こうと思ったのだ。

丁寧に解いて、手洗いして、アイロンをかけた。

元の反物状態に戻った布を畳の上に並べて、これもうっとり。

着物の素晴らしさは、こうして何回も蘇ることだ。

布自体も次に何になるのかを静かに待っているような気がして、これまた達成感に浸った。

この状態であれば、誰かにもらってもらうにしても、すぐに上げることが出来る。

何よりも、シャーッと古い糸が割けて行く時の気持ち良さ、カタルシス、楽しかった。

 

日々の「ご飯づくり」では、前から憧れていた糠漬けをスタート。

最近は既に発酵済みの糠床が売っていて、何と便利なこと。

昔は、台所の床に置いてあった糠漬け用の壺が、今ではビニールパックを閉じて冷蔵庫の中へ入れるだけ。

定番のキュウリやナスだけでなく、キャベツの芯もブロッコリの茎もズッキーニも、余った大根もみんな漬ける。

一日経つと、何もしないのに美味しくなっている。

この野菜の使い切り感、贅沢な気分になる。

 

調子に乗って、実にささやかな自給自足も試みた。

まるで「ままごと遊び」のようだが、ベランダにミニトマトとレタスとシソ、コリアンダーを植えた。

本格的なアルミの立派なジョウロも買って、毎日水やり。

ミニトマトは最初の3個を無事に収穫。

まだまだ実が鈴なりだから、当分は楽しめそうだ。

葉っぱたちも、毎朝、新しいのを摘んで、茹で卵と一緒に食べている。

大好きな朝ごはんがますます好きになった。

ふふふ。

 

そして、一日の仕事終わりの「ぶらぶら歩き」。

ご近所を歩きながら、ステキな佇まいのお宅を見つけてどんな人が住んでいるのだろうと想像したり、お庭の花を愛でさせてもらい、庭の手入れに感心したり、これでお茶なんか一杯どうぞなんて言われたら嬉しいなぁ〜と余計なことを思ったり。

路地でバドミントンや縄跳びをしている子供や親子連れの楽しそうな声を聞きながら、暮れなずむ一日の終わりの豊かな時間を味わう。

ゆったりとした時間の流れに身を任せていると、懐かしい子供の頃の思い出も蘇ってくる。

 

毎日のように歩いていると、近所には緑道も古墳も緑あふれる公園もあることにも気づいた。

渓谷までもある。

今までは、道中は目的地までのアプローチにすぎず、電車か車かタクシーで「移動は出来る限り早く」が鉄則。

幹線道路や近道は知っていても、小さな路地や狭い通りがどう繋がっているのかなど、あんまり興味もなかった。

だから、足の向くまま気の向くまま歩いているうちに、「えっ、ここに出るの?」と気がついた時などは、ちょっとばかりワクワクした。

大げさに言えば、まるで自分の中に新しい回路が出来た気がしたのだ。

最近では、歩くことが日常になり、友人との物々交換にも、出来るだけ電車に乗らないで歩いて行く。

「すぐに宅急便」という発想しかなかった私にとってはとても大きな進歩。

 

また、このぶらぶら歩きには、時々、「トントゥミッラ」が合流してくれる。

トントゥはフィンランドの遠い北、コルヴァトゥントゥリ山にサンタクロースと一緒に住んでいる小人たち。

トントゥには、サンタクロースのお手伝いさんとして、世界中の子供たちの様子を観察してサンタクロースさんに報告する仕事があるから、世界中どこにでも飛んで行けるのだ。

ミッラはその中でも一番小さいトントゥで、最近は、すっかり私の散歩パートナー。

自分の視点だけでなく、ミッラの目で見てみるのもなかなか新鮮。

 

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先日、とある新聞で、6歳の女の子が「クリスマス、コロナでサンタさん来ないかなぁ。外国のお年寄りだし」とつぶやいているのを読み、これは大変、トントゥミッラと一緒に「サンタクロースは今年もきっと来ますよ!」と伝えて回らなくっちゃと思い始めた。

そろそろ、世の中も外出自粛要請が解除されたから、お呼びがあれば、トントゥミッラと一緒にどこにでも出かけて行って、一人でも多くの子供たち、いや、子供の心を持った大人たちにも、サンタクロースのこと、トントゥのこと、世界は不思議なことがいっぱいあることを伝えたいと願っている。 

 

トントゥの話もそうだが、この何年間か、次世代を担う子供たちとの時間を持ちたいと願うようになった。

会社をスタートして以来モットーにしているのは、「みんなちがってみんないい。でもみんなつながっている」。

子供たちに、世界中のいろんな人と友だちになるのは面白い、それには英語がちょっと出来ると便利だよってアピールしたい。

それで、「サコママ イングリッシュ」プロジェクトを勝手にスタートさせた。

子供が集まるところに、小さなテーブルと椅子を持って行って、やって来た子供と一緒にちょっとした英語のレッスンをするというものだ。

目指すは、英語を話す不思議なおばさん。

「あのおばさん(バアさん?)は、ちょっと不思議だけど、英語も教えてくれるし、どうもボク(ワタシ)のこと、随分と気にしてくれているらしい」という立ち位置。

子供一人一人と繋がりたい。

特に、大勢の中ではなかなか声が出せない、恥ずかしがり屋さんたちと繋がりたい。

子供のつぶやきを聞きたい。

内緒話をしてくれるような関係になりたい。

 

そしてこの時期には、仲間たちとアルファベットで遊んでみた。

一つ一つのアルファベットの文字に、イラスト、アニメーション、効果音、英語の読み上げがついている。

小さな年齢の子供たちが、面白がって遊びながらアルファベットを覚えてくれたらいいな、動物の動きを真似して遊んでくれればいいなと思ったのである。

制作チームのイラストはWanju、アニメーションと効果音は瀬尾宙。

読み上げは齊藤実梨、制作マネージメントは迫村俊太郎。

データで簡単に配信可能。

 

 

こんな感じでこの3ヶ月過ごしていたある日、スウェーデンの仕事仲間とTV電話で話していると、いきなり彼女が、「今まで、まるで、’headless chicken’ みたいに仕事していたんじゃないか?」と言った。

私もそれを聞いた途端、自分の姿と、首を切られても走り続ける鶏の姿が重なった。

「ああ、そうだ、じっくり考える暇もなく、ただ走っていただけかもしれない」。

東奔西走、それが自分の仕事スタイルに合っていると思っていた。

「ああ、なんてことだ!」

それから、当分の間、headless chickenについて考え続けた。

朝目覚め、まずto do listを頭に浮かべて仕事モードで動き出すよりは、朝の新鮮な水をジョーロに汲んでベランダの草木に水やりをすることにした。

ドラッグストアで歯磨き粉のセールをしていても、使い切るまで買わない。

夕方には、美味しいご飯を炊いて、漬物と旬の野菜いっぱいの実だくさんお味噌汁を作る。

時にはゆっくり歩いて帰る。

日々を丁寧に生きる。

時間の流れをゆっくり味わう...

すごくシンプルなことだけど、今になってやっと気づいた。

そう、もう、headless chickenには戻らないし、戻れない。

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photographs and text - Hiroko Sakomura

cultural producer

迫村裕子

Hiroko Sakomura

文化プロデューサー。S2株式会社代表。美術展やイベントなど国際的な文化プロジェクト、教育プログラムを企画実施。この30年はフィンランドを中心に北欧との繋がりが強い。主なプロジェクトに、「来て、見て、感じて、驚いちゃって!おもしろびじゅつワンダーランド展」、「オードリー・ヘプバーン展」「観世座ニューヨーク公演」「チベット密教美術展」「フィンランド陶芸展」「マリメッコ・スピリッツ展」など。One Show Interactive 2002最高賞、2008年度グッドデザイン賞、2008年第2回キッズデザイン賞-金賞・感性価値デザイン賞、Faith & Form International Awards 2009を受賞。著作翻訳に「アメリカ・インディアンの神話」、「ラップランドのサンタクロース図鑑」、「ありいぬうさぎ」、「ノニーン!フィンランド人はどうして幸せなの?」、「トントゥミッラとなかまたち」など多数。

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展覧会

「ムーミン展」THE ART AND THE STORY

7月4日から大阪・あべのハルカス美術館でオープン。2021年の春まで全国巡回。

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トーベ・ヤンソン

《イースターカード 原画》

1950年代

グワッシュ、インク・紙

ムーミンキャラクターズ社蔵

Tove Jansson,

Drawing for Easter card,

1950s, Moomin Characters

© Akane Suenaga

展覧会

アイノとアルヴァ 二人のアアルト 建築・デザイン・生活革命 

 木材曲げ加工の技術革新と家具デザイン』展

2021年の3月からは規模を拡大して、世田谷美術館、兵庫県立美術館に巡回。

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photo by 久保博司(Photo Studio K)

#01
JUNE 2020
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PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

還る。

The importance and love of seeing, listening, and feeling

 

planner / producer  新谷佐知子

Sachiko Shintani

見て、聞いて、感じることの

大切さと愛しさを

5月のある日、自転車で

あれはゴールデンウィーク明けすぐだったかな。

緊急事態宣言が出てから1ヶ月、ずっと家と徒歩2分のところにある事務所を静かに往復する毎日を続けていた。

おまけにアレルギー性鼻炎のようなものにかかってしまい、咳が止まらず体調もずっと低空飛行で不安を何重にも纏ったような日々が続いていた。

家で過ごす時間が長くなってまず気づいたのは床の汚れ。

3年前にプロの大工さんが講師になって、姉や友人とDIYで自宅のリビングの床を一新したのだが、そのまま何の手入れもせず放置して薄汚れていたのだ。

綺麗にするなら今しかないと一念発起して床の汚れを拭い、そこへオイルを刷り込み、乾かしてまた刷り込むという工程を丸四日間ストイックに続けていた。母以外、誰にも会っていなかった。

そんなある日、義理の兄が自転車を貸してくれた。

「公園で待ち合わせしようよ!きっと気持ちいいよ」という姉の誘いに恐る恐る乗って、兄の電動自転車を借りて恵比寿から中目黒公園までひとっ走り。

5月の光が気持ちよくて、心地よい風を感じながら新緑まばゆい公園についた時、突然自分の輪郭がふわっと広がったような感覚になった。

木々や土の匂い、風の感触、光の移ろい。

あ、私ここんとこずっと、閉じてたな。狭いところにいたな。

自粛生活の中でもそれなりにアクティブに生きているつもりでいたけれど、完全に縮こまっていた。

は〜。なんて気持ちいいんだろう〜!

自転車ありがとう! 公園ありがとう! 5月最高! って思った。

おまけに2ヶ月ぶりに姪っ子にも会えて(ソーシャルディスタンスしながらね)、ちょっと泣きそうになった。

半分閉じていた瞼がパチッと開いて、久々に深呼吸。

 

先週見たNHKの「日曜美術館」で、95歳になる染色作家の柚木沙弥郎さんが

「閉じてしまわないで。心持ちを開いて」とおっしゃっていた。

柚木沙弥郎さんはご高齢の不自由な体を精一杯使って、「いのちの樹」という自分の背丈よりも大きい新作の下絵描きに取り組んでいた。モノクロの右に左に伸びる枝、太い幹の形。なんと力強い絵なんだろう。生命力溢れる形に、画面越しにもハッとした。なんか自分の、この小さく閉じた状態が恥ずかしくなってしまった。

そうか。そうなんだ。閉じちゃダメなんだって。

どんな時も、心持ちを開け!って。

この言葉を忘れちゃダメだと思って、近くにあった紙に急いで「心持ちをひらく」って書いた。

それだ。

6.1 2020

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ここでちょっと自己紹介させてください。

私は、いろんなジャンルのアーティストと一緒に物作りをしたり、ワークショップや展示の企画をする仕事をしています。いつもうまく説明できないんですが、その全部をひっくるめて「アートマネージメント」って呼んでいます。

この自粛期間中、時間だけはたっぷりありましたよね。

世界が一時停止ボタンを押されている前代未聞な状況下で、「自分がやりたいことってなんだろう、大事にしたいことって?」と自問する時間を過ごしていたような気がします。

これから世界がどう変わったとしても、大事にしたいことはなんなんだい、さちこよ。

それが私への問いかけでした。

それで、ここにきてなるほどなあと見えてきた。

自転車で公園に行った時の、ひとまわりもふた周りも自分自身が広がる感覚や、染色作家の柚木沙弥郎さんが描いていた「いのちの樹」。

大事なのは、「心持ちをひらく」というようなこと。

 

五感をひらく場を作りたい

思えば、私はずっと前から感覚をひらくことに興味を持っていたなあと思います。

2年前、岡山県にある奈義町現代美術館で子どもたちのためのアートの1日を企画しました。

その名も「なぎこどもアートデイ」。

奈義町現代美術館は作品と建物とが半永久的に一体化した美術館です。太陽、月、大地と名付けられた3つの展示室から構成された、日本でも珍しい「体感型の美術館」と言ってもいいかもしれません。

「なぎこどもアートデイ」は、この美術館で現代美術家や作曲家、装丁家やパフォーマーが子どもたちに向けて五感を使って楽しむワークショップを開催するというものでした。

 

 

現代美術家のシェリンさんは「ふしぎティーパーティー」というワークショップを開催。

参加した子どもたちと一緒に青いケーキを作って食べるプログラムで、見た目と味のズレの面白さに触れてもらう企画でした。これは子どもたちにとって新鮮な体験だったようです。

装丁家でアーティストの矢萩多聞さんは、美術館の常設作品「月」と「太陽」を体験した後に大きな絵を描くというワークショップを開きました。なだらかな坂になった芝生の上で自分の体よりも大きな絵を描く。身体全体を使って、表現する時間です。

作曲家の宮内靖乃さんのワークショップは、「月」の作品空間で子どもたちの声の響きを使って「月夜の森」を奏でるというものでした。子どもたちは、どのワークショップも楽しそうに生き生きと過ごしていました。

身体の感覚をぜんぶ使って、自由に作り、奏で、感じる時間になっていたらいいなあと思います。

 

五感つながりでもう一つ。

2013年に恵比寿ガーデンプレイスで行われた展示で、「香りの温室」という作品です。

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香りの温室

 

 

アロマセラピストの和田文緒さんを中心に、デザイナー、作家、音楽家が集って香りの森のような場所を作りました。訪れた人は、様々な植物の香りを思い思いに体験します。

小さな家の形をした蚊帳のような中に入ると、5つの薬瓶や小瓶が並んでいます。

そこにはタイトルと詩が添えてあって、その詩から想起された5つの香りを体験できるようになっているというものでした。

一つの瓶からは、音も聴くことができました。「雨上がりの光の梯子」という瓶です。

体験した人からは、「忘れていた古い記憶を思い出しました」とか「温かい色が見えた」とかいろんな感想がありました。

普段は眠っているその人独自の記憶や感覚を呼び起こすような、香りと言葉、音で感じる作品です。

****

 

作品と出会う、山小屋という二坪だけのギャラリー

最後にもう一つ。

家族で運営している小さなギャラリーを紹介させてください。

その名も「山小屋」というのですが、恵比寿の街で、いや多分東京で一番小さなギャラリーだと思います。

訪れる人がちょっと一休みする峠の茶屋のような存在になりたくて、そんな名前をつけました。

2012年にオープンして、もう8年目になります。

有名無名問わず、私たちがいいなあと思うアーティストの作品をここで発信しています。

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山小屋企画展「Strawberry Fields Yusuke Sato」

 

 

「山小屋」で展示を企画していてよく立ち会うのが、初めて作品を買うというシーンです。

普段展示を見ることがあんまりないという人も、作品やアーティストと出会って、話して、山小屋で過ごすことで、何かが変わる。

作品の世界観に触れることで、作品と一緒に暮らしてみたいと思うんだと思います。

私はこの「初めて作品を買う」という行為は、その人の中にある新しい扉を開けることなんじゃないかなと思っています。

作品は、ただ美術館やギャラリーで眺めるだけの存在じゃなくて、その人の家のリビングや寝室で、一緒に暮らす存在にもなり得るということ。

そう気付いた時、「作品を遠くで見る」から、「作品と暮らしながら見る」へ劇的に変わる瞬間が訪れる。作品は、見る人がいて初めて息づくものなのです。

見る人は、作品から日々何かを受け取る。

それは想像力というものなのかもしれないし、自分の中の創造性にスイッチを入れることなのかもしれません。

面白いのは、四季折々、自分がどんな精神状態か、例えば疲れているのか、心身ともに充実しているのかで作品から受け取る印象も変わります。

半年間ずっと壁にかけていて、毎日目にしていたとしても、ある日突然、作品の中に潜んでいた小さな窓や鳥のモチーフに気づいてハッとするなんていうことも。

なぜ今まで気づかなかったんだろう、そうか!…と、同じ作品がある日を境に違って見えることもあります。

作品は、その人の毎日にそっと寄り添い、時にエネルギーを送ってくれて、時に心を鎮めてもくれるのです。

そう、作品は、その人の心を動かして、日々の暮らしに新しい風を吹かせてくれる存在。

一度開けたら、ワクワクして仕方ない。

作品を買うとは、そういうことなんだと思います。

その人の感性の扉をひらいてくれる。

作品との応答を楽しむこと。

山小屋が、そんな扉を開けるきっかけを作れているなら、これ以上嬉しいことはありません。

 

見て、聞いて、感じることの大切さと愛しさを

コロナがいつ終息するのかは、誰にもわかりませんよね。

これからまだ2年か3年か、コロナありきの世界でなんとか工夫しながら生きて行くしかないのかも。

これから先、オンラインでの勉強会やワークショップ、オンライン個展や音楽祭なんかもまだまだ増えていくかもしれない。

私がこれまで企画して来たことは全て、その場に集まって、見て、聞いて、感じてこそできる体験でした。

集うこと、同じ空間で体験することが難しくなった中でも、なんとか、この見て聞いて触れて感じることで生まれる感覚を大事にして行きたいと思うんです。

それは遠く離れた人にアート作品を届けることかもしれないし、自宅で香りや音や物語を体験してもらう仕掛け作りなのかもしれない。

世界がどんな風に変わったとしても、届け方を試行錯誤しながらでも、大事なことは変わらない。

あなたはそこにいて、私はここにいる。

今日も明日も、心持ちを開いて、新鮮な風を取り込んで、お互いのいのちの木があっちにもこっちにも自由に伸びてくれるように、やってみるしかない、そう思います。

 

(と言いつつ、早く山小屋でぎゅうぎゅうになって乾杯できる日が戻りますように!と心から願いつつ!)

text - Sachiko Shintani

photographs - Nagi Kodomo Art Day:Katsuhiro Ichikawa
                        Kaori no Onshitsu:Jun Sanbonmatsu
                        Strawberry Fields Exhibition:Yusuke Sato

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みんなの声で「月夜の森」をつむいでみよう
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photograph by Mioko Takano

planner / producer

新谷佐知子

Sachiko Shintani

1976年生まれ。1999年東京造形大学卒業後、2000年にMOVE Art Managementを創業。展覧会やイベント、グラフィックなどの企画・プロデュースを行う。2012年、東京・恵比寿にgallery and shop 山小屋をオープンし、様々な展示を企画。五感、記憶、劇場をテーマした体験型、参加型の作品制作を行う。

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アート・マネージメント『MOVE Art Management』

「心が動く」をキーワードに、デザイナーや写真家、映像作家に音楽家など様々なジャンルのクリエイターとともに、デザインや編集のディレクション、

展覧会やワークショップの企画を行うアートマネジメントの会社です。

<主なプロジェクト>
2010年   Paris 59 Rivoli 企画展「夜の庭」キュレーション
2011年〜  「恵比寿文化祭」メインビジュアル制作
2012年〜  「gallery and shop 山小屋」企画、運営
2013年   「香りの温室」展示企画
2014年     「渋谷ズンチャカ!」のネーミング及びコンセプト、メインビジュアル制作
2015年          恵比寿文化祭「舞台の上のティーパーティー」企画
2018年     奈義町現代美術館「なぎこどもアートデイ」企画

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作品と暮らす風景

ギャラリー『gallery and shop 山小屋』

東京・恵比寿駅からほど近くにある、ちいさな、ちいさなお店です。
扱う作品は時期によって色々ですが、日々の暮らしにふわりと風を吹かせてくれるアート作品や器、本や香りの品々です。
忙しい恵比寿の交差点に「山小屋」という名前は少し不思議ですが、ぶらり訪れて知らない方同士が偶然に出会ったり、素敵な風景を一緒に見たりできたら、という気持ちで名づけました。


*現在は、コロナ情勢に伴う移動自粛要請などの事情で

 一次休業となっております。

 年に4〜5本の山小屋による企画展と、それ以外の空いている期間は、

 作家さんへスペースの貸し出しも行っています。詳細は下記へ。
 


山小屋が企画制作したアートブックや、アーティストのグッズを販売しています。詳細は以下へ。

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Yusuke Sato  strawberry fields
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PEOPLE

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還る。

My story about wine

ワインにまつわる私の話

6.1 2020

wine stylist  大野明日香

Asuka Ohno

ワインスタイリストって何?

名乗り始めた最初の頃、からかい半分に沢山の人から聞かれたものだった。

ワインの勉強がてらバーで3年修行して独立することになった時、最初に企画したイベントは「ワイン10」という、10本のワインにそれぞれ10のアート作品があり、見にきたお客さんはなんのワインかは知らずに、アートをみながらワインを飲む、そこでアートとワインをセットで感じてもらう。というもの。我ながら面白い企画だったと思います。笑

そのイベントに来てくださったある方が、「あなたを紹介するのに肩書きがあった方がいいわ」ということでつけてくださったのが、「ワインスタイリスト」。

自分でも最初はこっぱずかしい気持ち満載でもじもじしていたが、オーダーされたパーティーやイベント、人に「似合う」ワインをセレクトする。

仕事として名乗るうちにまさに私がやりたかったことは、ワインスタイリストそのものだなと思うようになっていったのは、なんとも不思議なものだなと思った。

3年私が修行したそのワインバーは、常時グラスワインで100種類出しているという珍しい店で、全くワインの知識がなかった私は1からその店でワインについて教わった。

深夜3時に営業が終わってから学ぶワインの授業。

様々な品種を試飲していく、カジュアルな価格帯のもの、グランヴァンと呼ばれるような高級ワイン、そして「自然派ワイン」と呼ばれるワインの世界と出会ったとき、仕事として私が選ぶなら、この色んな意味で癖の強いワインがメインでやりたい。もっとワインを知りたい。勉強したい。

でも私が知りたいと思っていることはいわゆる「ソムリエ」とは違うことなんじゃないか。

どうしても私は知識としてのシャトー名であったり、格付けであったりという、ソムリエになるためには必要不可欠なジャンルに興味を抱けず、「ワインを作る人」にばかり興味がいき、仕事でワイナリーさんに会いに行くという人がいれば、運転手役をかってでて連れて行ってもらうようになっていった。それが「日本ワイン」と出会った始めの一歩になりました。

 

日本ワインとは、日本で栽培した葡萄のみをつかって日本で醸造しているワインのこと。

そうしたワイナリーさんを訪れていくうちに、私は大手のワイナリーさんで作られるしっかりとして安定した味わいのワインよりも、つくっている人の人間性なのか、その土地の個性なのか、どこか「ゆらぎ」のようなものが感じられるワインに強く惹かれていき、それはやはり「自然派ワイン」の世界観であると気づいた。

 

今やすっかり定着した呼び名となった自然派ワインの定義は様々だけど、1番大きな特徴は、つくり手自らの自然に思える作り方をする、ということだと私は理解している。

 

独立してから早くも4年たち、私はいま、自分が選ぶワインのジャンルを「オルタナティヴワイン」と名付けた。

音楽のジャンルでよく聞くオルタナティヴという言葉の意味は「時代の流れにとらわれない普遍的な精神」。

流行でもなく、誰かが決めた決まりでもなく、かといえ自分自身の偏愛でもなく、ただいつかどこかへ流れ着くためのぶれない精神。

そこには良きものを目指して進む時間を感じる。

私が選ぶワインは自然派ワインにも、日本ワインにも、グランヴァンにもとらわれない。

ただ私が感じる何かに忠実だ。

 

そんななか、世界はコロナウィルスによって一変した。

私自身、全ての予定していたイベントは無くなり、手伝っていた飲食店も休業、テイクアウト中心になり、今現在外出自粛が解かれても出勤はできない。

乾杯も、くだらない会話も、下世話な冗談も、熱い討論も、甘い抱擁も姿を消した世界で、私に何ができるのだろう?と考えた。

snsで繋がる飲食店関係者、ワインを作る人、誰もが途方にくれている、それならば今まで直接会って、繋がって仕事をしてきたワインを生業にするプロフェッショナル達から、お客様に向けて、ワインを作る人達をsnsで紹介できないだろうかと考えた。

以前から、「作る人」に比べて「紹介する人」の個性はなかなか注目されないが、実は紹介する人の個性でワインは味わいが全く異なることが面白いと思っていたので、同じフォーマットの中でリレー形式で繋いでいけば偏りなくワイナリーを紹介できるし、紹介の仕方、セレクトの仕方の違いも際立つと思った。

結果総勢45名の豪華な顔ぶれの「日本ワインリレー」となった。

心から感謝です。ありがとうございました。

45人が選んだワインはジャンルも様々で、もちろん自然派ワインではないものもたくさんあったけれども、この時代の中で飲んでほしいと選ばれたワインはまさに、「オルタナティヴワイン」と言えるのじゃないかしら。私はそう思いました。

「ワインの恋文」という連載をさせてもらっているウェブマガジンGOTTA webで「日本ワインリレー」をまとめてもらうことになったのでそちらで是非読んでみてください。

 

この先、どんなふうになっていくのか私自身も世界も全くわからないけれど、ワインに導かれて出会ったり繋がったりしてきた人達や、音楽、テレビの仕事で出会った人達と、また重なり合う時間をつくっていけたらいい。

それが誰かのなにかのちょっとした救いになることを願って仕事していく。

文章なのかな、イベントなのかな、スナック明日香をまたどこかでやりたいとも思ってるし、わからないけど優しい時間を過ごしたいですね。

一緒に、ダンスを踊るみたいに、軽やかに楽しく、無責任でとるにたらない会話をしましょう、ワインと共に、いつかの夜に。

 

text - Asuka Ohno

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wine stylist

大野明日香

Asuka Ohno

島根県松江市出身。日本のワイン、ヴァンナチュールを中心に扱うワインスタイリスト。映像、音楽関連の仕事を経て、いくつかのワインバーに勤務後、ワイン スタイリストとして独立。ワイン関連のイベントの主催やプロデュース、ケータリングなどを行う。「日本ワインと手仕事の旅」(光文社)沼津の雑貨店halの店主 後藤由紀子さんとの共著がある。

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書籍『日本ワインと手仕事の旅』

2018年9月、書籍『日本ワインと手仕事の旅』が出版されました。
これは、静岡県沼津市にあるセレクトショップ〈hal〉店主の後藤由紀子さんと
ワインスタイリストの大野明日香さんが日本各地を旅して、
お薦めのワイナリーと手仕事を紹介する本。

著者:後藤由紀子、大野明日香

制作:委員会

判型:A5判ソフト

定価:1400円(税抜)

発行所:光文社

発行:2018年9月20日

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6.1 2020

PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

還る。

Sun Distance

太陽のディスタンス

b ookstore landlord   熊谷聡子

Satoko Kumagai

京都の伏見の南の端の方、京都市内だけど、いわゆる「そうだ 京都、行こう」でイメージする京都からは結構な距離があるし、駅からも距離があるし、距離なら間に合ってますっていうくらい距離はあるんです。

そういう場所で、2018年の2月15日に絵本専門店「絵本のこたち」をオープンしました。

築75年の古民家を改装し、靴を脱いで上がれる店内は荷物を横に置いて床に座って、ゆっくり絵本を手に取って吟味出来ます。

お客様と話に花が咲いて2〜3時間経つこともしばしば。

絵本を通じて人との距離が縮まる場所になりつつあると実感していました。

徐々に知ってくださる人も増え、3年目に入った矢先にソーシャル・ディスタンスって何? 

距離を無くそうとしてきたのに距離をとれって? 

と思ってたのが既に遠い昔のことのように思います。

2月の京都なんて観光地とは思えないほど人がいない。

だから、すぐに終息するだろうと思ってました。

手指の消毒液を店内に設置したし窓も開ければ換気は問題なし。

そもそも混雑するほど来客がないので密集もなし。

3月に予定している原画展『マルをさがして』(山本久美子作/ひだまり舎)の前にクラスターは絶対に出すまいと、念のため営業を予約制にしました。

やり過ぎたのかな。お客様が激減。

会期中もこれほど少ないのは初めてで、東京からお越しいただいた作家さんにも版元さんにも申し訳なく情けなかった。

それでも、今から思うと、まだ楽観してたんですね。

惨敗の3月の分まで4月は盛り返すぞとイベントを企画したんです。

『関西弁で読む遠野物語』(エクスナレッジ)の著者で民俗学者の畑中章宏さんをお招きし、朗読と解説をしていただくというイベント。

『遠野物語』は言わずと知れた岩手県遠野に伝わるお話を柳田国男が文語体でまとめたものです。

その『遠野物語』がぐーんと向こうからやってきた感じ。

東北から関西にぐーんと。もうこれ、No distance ですよ。

面識もない畑中先生にメールで依頼すると数日後には、ひょっこりご来店くださって、なんて話が早いんでしょう。大阪在住の先生ですからね。京都と大阪も No distance です。

 

3月も中旬過ぎると京都もお花見客が続々。

世界はこんなに麗らかなのに感染者数は増え続け、私の頭の中は「4月11日のイベントどうしよう」でいっぱい。

大規模じゃないからいいよね。

実家から譲ってもらったマスクを参加者に配ろう。

大きな声を出さなくていいようにカラオケ用のマイクも買った。

間隔を空けて座ってもらえるようにスツールも買った。

定員15名の募集は10名で締め切った。

考えられる対策は全部やったのに適切な間隔は2mって、なにそれ、コント? ラジオ体操でもやるわけ? 店内で10人も一遍にラジオ体操は出来ない。

せいぜい3人くらい。無理じゃん。

そこに速報が「緊急事態宣言の発令を検討する準備に入りました」でしたっけ。

なんですか、その「よ〜い、ドンと言ったらスタートしてください」みたいなやつ。

ふざけてるんですか?

 

延期の結論を出したのは、予定の日まで一週間をきってました。

申し込んでいただいた方には大変申し訳なかったです。

イベントは「不要不急」と自ら烙印を押してしまうような気がして悔しくてたまらないし、あらゆる文化的な事を止まっていくことに言いようのない不安も感じてました。

何か形を変えてでも発信はし続けないといけないという思いは畑中先生も同じで、予定の日にインタビューをさせていただくことにしました。そのために「note」にも登録して、インタビュー記事を5回連載で公開しましたので、ぜひ、お読みくださいね。https://note.com/cotachi/n/n6746bb7cac7b

インタビューを終えて、4月13日から5月22日まで実店舗は休業し、記事を発信しつつ、Web Shopに主軸を移しました。

休業する基準に京都府の病床数が満杯になったらというのを自分で決めていたからです。

実店舗を休業することで一番の不安は忘れられること。

世界的な行動変容が起きて皆が外出しなくなる。

通販で買い物をすることが今よりもっと当たり前になる。

在庫数もサービスも太刀打ちできない他の何万軒もある中で埋もれずにやっていけるんだろうか。

再開した時、みんな出掛ける楽しみなんて忘れちゃってるんじゃないかな。

思わず、Twitterで「忘れないで」と呟いたら、たくさんの人が応えてくれました。

常連さんも遠くの方からも励ましのメッセージとともに注文もたくさん入りました。

オンラインショップのある書店リストが出版関係の方から立ち上がったり、これはもう、No distance 距離って何? 

地球から太陽までの距離は1億4960万km。

だけど、光と熱は届く。

掴めないけど感じる。

きっと、これから考えるべきは太陽のディスタンスなんじゃないかな。

 

photographs and text - Satoko Kumagai

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b ookstore landlord

熊谷聡子

Satoko Kumagai

京都・伏見の絵本屋さん「絵本のこたち」の店主。絵本を通して、文化の伝承・交流などを通して、想いや感じたことを発信中。

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ブックストア『絵本のこたち』

絵本のこたちは、京都市伏見区の絵本屋です。

2018年2月15日にオープンしました。
営業時間 11:00-19:00定休日 水木曜日

駐車(2台)可。近くに提携駐車場があります。京阪中書島から徒歩約20分。

 

〒612-8241 京都府京都市伏見区横大路下三栖辻堂町76 
TEL & FAX : 075-202-2698
営業時間 11:00〜19:00 / 定休日 水・木曜日

絵本の新刊書店です

新刊の絵本を主に取り扱っています。

長く読み継がれる絵本を中心に揃えていきたいと思います。

ほんの少しですが実用書や写真集、アート本などもおいています。
 

店内は靴を脱いでお上りください

築70年を越す民家を改装して店舗にしました。

畳を敷いてた床は板張りにしました。

小さいお子さまをお連れの方も大きな荷物を汚れを気にせず床において絵本を吟味していただきたいので、靴は脱いでお上がりください。
 

ギャラリーを併設しています

土間の部分はギャラリースペースにしました。

原画展やフェア、ワークショップなどのイベントに活用ています。

過去の原画展はこちらから

Naoko Morioka

inn general  森岡尚子

6.1 2020

PEOPLE

STAY SALTY ...... people here

還る。

Living on the banks of the Yanbaru Forest ___The role of connecting

 

やんばるの森のほとりで生きる

 

—繋いでゆくという役割—

シンプルで豊かな暮らし。

自然の恵みに感謝する暮らし。

そんな暮らしが好きなんです。

 

かつて彼女は著書の中でそう語っていました。

 

彼女の名前は森岡尚子さん。

 

沖縄本島の北部には「やんばるの森」と呼ばれる、ヤンバルクイナやノグチゲラ、アカヒゲ、アマミヤマシギなどの希少生物の宝庫である貴重な亜熱帯の森があって、そのほとりに高江という小さな集落があります。

その村で、森岡尚子さんは『やんばる野草の宿』という宿を始めました。

 

東京で生まれ育ち、学校でも日々の暮らしの中でも、本当の自分や、自分が信じていようと思えるものが見つからなかった尚子さんは旅に出ます。

東京からアフリカへ向かい、そこで人の「今を生きる力」を目の当たりにしました。

訪れたアフリカの子どもたちは、常にお母さんの背中から世の中を見て育ち、子どものうちから生きるために何をしなければならないかを学びます。

小さいうちから、弟や妹をお母さんと同じように背負い、家事をこなし、ナイフを巧みに操れるようにもなります。

必要なものは自らが作り、彼らの日々の生活がまさに「生きる力」に満ちているのを見て、自分が何にも出来ない、今を生きるための能力のなさに愕然としたと言います。

 

この旅が彼女の大きな分岐点となりました。

アジアや島々を巡り、そして石垣島を経て、自分と自然や生命との安らかなリンクを求めて、生活の拠点を転々としながら最後にたどり着いたのがこのやんばるの森のほとりでした。

 

そこで彼女は「何かの犠牲のもとに成り立つ暮らし」から距離を置くことを始めます。

好きなことをして、誰かが困るならそれをやめてみよう。

誰かが犠牲になって生まれたものはなるべく使わないようにしてみよう。

つまりそれは、人として、生命として、自然や地球と共存した「依存しない暮らし」とでもいうもの。

自給自足の生活を始め、ここで子どもを産み育み、心地いい生活の柄を探しながら実践するという生き方。

15年ほど前には様々なメディアにも紹介され「情熱大陸」にも取り上げられるほど、自然と共生して生きるという彼女の生活スタイルは特筆するインパクトを人々に与えました。

 

自分を探しながらずっと旅を続け、自分が腑に落ちる生活様式を探しながら、信じていいと思えるものをひとつひとつ集めながらたどり着いたこのやんばるの森のほとりで、根を張り育むということを実践して来た彼女が踏み出した新たな地平が、宿を始めるということでした。

 

彼女が常に寄り添って来たものがここにはあります。

川のせせらぎ、鳥の声、風の音、木々のささやき、そして自然の恵みを味わって欲しい。

五感を研ぎ澄ませて、この世界にいることの幸せを感じて欲しい、と尚子さん。

 

高江は今、沖縄米軍基地のヘリパッド建設という問題に揺れています。

この高江は何もないような場所だけれど、もともとはかつて林業の拠点として戦後の復興を支えた場所のひとつでもありました。

土地が集落になるには理由がある、と尚子さんは語ります。

暮らしという文化が育まれるには、土地自体が持つ良質なエネルギーがあって、そういう場所には必ず水があって、風があって、太陽がある。人が生命として生きてゆく上でちょうどいいという場所には、そういう力が必ずあるのです。と。

米軍が来て道路ができたために高江の村は現在の場所に移転しましたが、今の宿がある場所はもともと高江の集落があった場所。

つまりこの場所は、人の暮らしの営みを生んだ良質なエネルギーに満ちた場所だったわけです。

そんな、地元の人には大切な場所であるここで、大切なものを分断しないように、ここでまた人の想いを繋ぎたいと語ります。

今彼女は、今まで自分のための探し物をして辿り着いたこの場所で、今度はここで生きる人の想いや、この場所が育んできた歴史を作って来たかつての想いまでも、未来に繋いでいこうとしているのです。

 

それは「役割」だと尚子さんは語ります。

自分が何かを成したいと希求して辿り着いたものではない現在があって、それは役目が降りて来たのではないか、と。

人は「無駄なことは何もない」と語られる人生において、その歩んできた道の全部が、現在(いま)にたどり着くための準備だったのかも知れないと思うことがあります。

彼女のこれまでの生きた道がそうだったのかどうかはわかりません。

それでも、彼女はここに辿り着きました。

そしてそれを自らの「役割」だとイメージしながら、これから色んな想いを繋いでいこうとしているのです。

 

シンプルで豊かな暮らし。

自然の恵みに感謝する暮らし。

そんな暮らしが好きなんです。

 

そう語って生きてきた彼女が今度は、高江という場所のエネルギーを受けて、それをこの場所の文化としてみんなに伝える、という役目を得たのかも知れません。

 

コロナ騒動が収束したら、ぜひ、この宿に足を運んでください。

そこで出会える自分を楽しみにして欲しいと思います。

photographs - Naoko Morioka

text - Kalākaua

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photo by So Kuramochi

inn general

森岡尚子