#07
DECEMBER 2020
PEOPLE
STAY SALTY ...... people here
逓る。
Delivering Books and Feeding the Future
writer / editor / book selector 梅田 梓
12.1 2020
Azusa Umeda
本を届けて、未来にむすぶ
『アマゾンの料理人』は小学6年生の男の子。
岩波少年文庫の『おとうさんとぼく』はプレゼント用に。
『新しい須賀敦子』はよく本を買ってくださるあのお客さん。
売上スリップを見る時間は、いつも背筋が伸びる。
自分の仕入れた本が、だれかの手に渡っていく。
この確かな手応えはなんだろう。
3年前に東京から長野に移住し、縁あって北軽井沢で「おむすびブックス」という本屋をしている。北軽井沢は浅間山をのぞむ、標高1000mを超える高原地帯。
ここにアスレチック施設を併設するルオムの森があり、築100年の洋館が建っている。
2018年5月、おむすびブックスはその洋館の一室にオープンした。
私は月1回のペースで北軽井沢に通い、売り場の棚を入れ替える。
おむすびブックスは、在庫500冊ほどの小さな営みだ。
それを2年半ほど続けて思うのは、ささやかだけれど、この営みにはすごく可能性があるのではないか、ということだ。
毎月たくさんの本が出版されるなか、どんな本を仕入れるかは、いまの社会で起きていることや、そのときの自分の気持ちのありようが反映される。
浅間山麓の北軽井沢という場所、お客さんやルオムの森のスタッフの方との会話も影響する。
目指すのは、並んでいる本を眺めているだけで、何か気づくことがあるような、世界の広がりを感じるような本屋だ。
本のタイトルや装丁を眺めるだけでも、心の中に変化は起きている。
訪れた人の心の風通しをよくする棚を作りたい。
例えば、本屋で一冊の本に出合った人が、家に持ち帰り、どこかのタイミングで読みはじめる。
そして一冊読み終えたとき、その人はなんだか優しい気持ちになっていて、
翌日、困っている様子の人がいたら何か声をかけることがあるかもしれない。
普段は聞き流すようなたぐいのニュースを、自分のことのように感じるかもしれない。
そこから世界が変わる可能性だってある。
おむすびブックスには、私のほかにもう一人、「鮭」という名前で活動しているメンバーがいる。
私たちはかつて、銀座にある小さな編集プロダクションで働いていた。
一緒にコンペに挑戦したり取材に行ったりと、いろいろな思い出があるのだけれど、最後のほうは、激動の日々だった。
会社が解散することになり、仕事は急に慌ただしくなった。
毎日パソコンの前で適当なものを食べ、日付が変わるころ終電に転がり込む。
鮭と深夜の銀座中央通りを何度走ったことだろう。
これからのことについてゆっくり考えたいのに、いつも疲れていて、焦っていて、何から考えていいかわからない。
あーあ、みんなバラバラか。
いやはや、あの狂騒と混乱の日々の先に、北軽井沢で一緒に本屋をする未来が待っていようとは!
洋館に、取次から鮭と私の注文した本が到着する。
さあ、新しく来た本を並べよう。無限の可能性を秘めた本たちを。
鮭の仕入れた本を眺めると、こんなにも見ている世界が違うのだなあと驚く。
鮭の注文した『退屈をぶっとばせ!』を手に取り(こんな本があったのね)、私の注文した『13歳までにやっておくべき50の冒険』を隣に置いてみる。
タイトルや装丁、本を手にした時の存在感、五感を全開にして本が輝く場所を決める。
二人の異なる視点が響き合い、多様な世界を感じる棚となっていればいいなと思う。
仕入れた本をすべて並べ終え、車を走らせ帰路につく。
道中に通る嬬恋パノラマラインはこの日も見渡す限りの広大なキャベツ畑、その向こうに山々が連なる。
胸のすくような景色がどこまでも続く。
今年5月、緊急事態宣言下で仕事がストップし、子どもの保育園は登園自粛が続いていた。
そんななか、私は鮭がすすめてくれたカレル・チャペックの『園芸家の一年』を読んでいた。
あの時期、この本にどれほど救われたことか。
『園芸家の一年』には、庭の植物を壮大なスケールで描写する場面がある。
例えば、「芽」という短いエッセイでは、春の芽吹きを行進曲にたとえて、こんなふうに表現していた。
<書かれざる行進曲のプレリュードよ、開始せよ!金色の金管楽器よ、日に映えよ。響け、ティンパニ。吹きならせ、フルート。無数のヴァイオリンたちよ、めいめいの音のしずくをまき散らせ。茶色と緑に萌える静かな庭が、凱旋の行進をはじめたのだから。>
※『園芸家の一年』「芽」より引用(カレル・チャペック 著、飯島周 訳/平凡社)
私は「芽」を読んだあと、思わず本から顔をあげて、窓の外の山々を見た。
山の緑は夏に向かってぐんぐんその色を濃くしている。
すっかり忘れていたけれど、季節は着々と移り変わっていた。
張り詰めていた緊張がほぐれ、感受性が息を吹き返した。
久しぶりにのびのびとした自由な気持ちになった。
この原稿を書いている11月現在、ふたたび感染が拡大し、
じわじわとまた切迫した状況になってきた。
重苦しい気持ちになるような報道がつづく。
それでも私たちは、この世界で言葉を介して、手をたずさえることができるはずだ。
言葉は必ず、誰かのもとに届く。
あきらめず、屈することなく、本と人をむすぶ小さな営みを続けていきたい。
さて、そろそろ次回仕入れる本をリストアップしなくては。
2020年最後の棚。
今を見つめ、希望を感じられる本を選びたい。
text and photoprahs - Azusa Umeda
writer / editor / book selector
梅田 梓
山口県生まれ。大阪芸術大学卒業。編集プロダクションを経て2015年に独立。
ライター、編集者、おむすびブックスとして活動中。
2017年長野県へ移住。夫と2歳の子どもと暮らしている。
ルオムの森
ルオムとはフィンランド語で「自然に従う生き方」という意味。洋館では北軽井沢産の生はちみつや地元の食材を使った加工食品を販売。またコーヒーなどドリンクも提供しています。ギャラリーでは多彩な企画展が行われ、現在は北軽井沢の暮らしを伝える「あさまのぶんぶん展」を開催中(2021年3月末まで)。※おむすびブックスは1階の奥の部屋にあります。
〒377-1412 群馬県吾妻郡長野原町北軽井沢1984-239
10:00-17:00(冬季営業時間 10:00-16:00)/火・水曜 休
週末おむすびチャンネル
おむすびブックスの二人が毎週行っている読書トークを読み物にしたコンテンツ。毎回1冊の本をとりあげています。週に1回更新中。