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DAYS

STAY SALTY ...... means column

Tsutomu Kinoshita Column

SUNNY DAYS SCENERY

from  Chigasaki / Japan

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木ノ下努
creative director / art director / designer

神楽坂・茅ヶ崎を拠点に、

デザイン・オフィス『アロハデザイン』を主催。

WEBマガジン『STAY SALTY』のアート・ディレクター&編集長。

 

4.1.2021

DAYS / Tsutomu Kinoshita Column

SUNNY DAYS SCENERY

海へ帰る人

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道路を走っていて、道の向こう側に海が見えた瞬間。
京都に住んでいた時代は日本海でも太平洋でも、大阪の南港であってさえも、超テンション上がる大好きな瞬間でしたよ。
長い道のりを走った果てにたどり着く海は何物にも代えがたいくらいに尊かったのです。笑
もちろん今でも、逗葉を越えてトンネルを抜けるといきなり現れる渚橋の海や、逗子マリーナのトンネルを抜けると現れる材木座海岸の海の光景などは大好きな瞬間でもあります。

京都から茅ケ崎に越してきた当初は夢のようでした。
ただでさえ出掛けることがまるで小旅行みたいな新鮮さに溢れてるのに、帰ってくるたびに海が眼前に現れるのです。

 

時間帯によれば、海岸通りのR134はいつも対向車線が混んでる状態になる場合がありました。
出掛ける時は湘南へやってくる人たちで対向車線が混んでいて、帰ってきた時には湘南から帰る人たちの車で対向車線が混雑というわけです。

つまり僕は海が帰る場所になったわけなんですね。

♪~江ノ島が見えてきた オレの家も近い~♪
歌詞の通りなんだなって思いながら
海の側に住んでいるんだという実感で毎日が楽しかったものです。 

 

住みたいところに住むというのはとっても大事だと思ってるのです。
家賃や仕事場との距離など、人それぞれ優先するモノは違うと思います。

もちろん、会社への距離の方が優先だと思ってる人も、田舎より都内の方がいいと思ってる人もそれはそれで全然いいのですよ。
でも、僕に関していえば、その中でも一番大事にしたいのは「住む場所」なんですね。
通りを挟んでこっちかあっちか、というレベルでも望んでなかった方を選んだらずっと後悔するんです。
だから大きな選択でもある、会社の近くか海の近くか、ということになれば、僕は間違いなく後者を選んでしまうと思います。

生まれた家がある場所を僕らは選ぶことは出来ません。
でも、自分が独り立ちする時には選べるんです。

自分の住む場所は。
なのに仕事場が遠い、とか言って会社への通勤が便利な場所を選んでおいて、やれ○○がよかったとか●●に住んでて羨ましいとかいうのはどうしたものかと思ってしまいます。笑
住みたい場所があるなら、そこに住んでそこから通えばいいのにって。
僕は今でもドア・トゥ・ドアで2時間かけて神楽坂のオフィスに通います。
それが大変だと思う時もありますが、茅ヶ崎に住んでることの方が大事であって、通勤時間が何の問題にもならないのです。

ここに住めてよかった。
ここを選んでよかった。
そう思えるかどうかの問題ですから、僕にとっては今の選択に間違いはなかったなと思うのですね。

まあ、ぶっちゃけて言うとね、
「好きなら好きって選べばいいじゃねーか!忖度抜きで!」
ってことなんですけどね。笑

でもね、やっぱり海に住んでいるとちょっと残念に思うこともあるのです。
それはあんなに好きだった「眼前に海が現れる光景」に感動しなくなってしまうこと。
それが当たり前になって馴れてしまうんですね。
これはテリー伊藤さんもかつてTVでおっしゃってました。
「それがちょっと淋しいね」と。
まさにそうなんです。
ちょっと贅沢な悩みなんですけどね。笑

「自分も汚れちまったなぁ」
そんなふうにがっかりもしつつ、まあそれでも海の側で暮らしているありがたい日々は続いていくわけです。笑

 

でもあれは、家族と両親で西伊豆に行った時だったでしょうか。
山道のワインディングロードをクネクネと走り続けていたんです。
「もう山はいいよーー」
なんて言いながら走っていたらいきなり眼前に西伊豆の海が開けたんです。
「おおおーー!海ーーー!」
思わずあの大好きだった感覚が蘇りましたよ。
「夏はやっぱり、海だねーー!」
大はしゃぎでハンドルを握ってました。

よかった!
汚れちまったと思ってた自分に言ってやりましたよ。
大丈夫!まだ汚れてなかったよって。(笑)
あの湘南の海に馴れちゃってただけでね。
未だ知らない海を見たら100%感動する人ですから。
まだまだ海は素敵。
海ピュア僕は大丈夫!笑
そして僕らは今日も今日とて
西日に照らされながら海へ向かって帰るのです。

10.3.2020

DAYS / Tsutomu Kinoshita Column

SUNNY DAYS SCENERY

高い所へ逃げな

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地球の反対側。
遠い遠いチリで起こった大地震の余波がグランド・オーシャンを渡ってこの日本にもやってくることがあります。
津波。
そういう時は茅ヶ崎にも津波警報が発令されます。
僕の携帯にも藤沢市から直メールで詳しい情報が数回送られてきたことがあります。
何かに登録した覚えはないのですが、大きさ予想と警報の詳細をいただきました。
しかも茅ヶ崎市住民の僕にも直接送っていただけるというのはどういうことかは分かりませんけれども、ありがたいことです。
その時は、幸い茅ヶ崎には被害はありませんでしたが、東北の太平洋沿岸では大きな潮位で浸水などもありました。
まあ大きな被害がなくて本当によかったなと思うわけです。

海の側に暮らしていると、いつか必ず起こると言われてる東南海地震の際には津波の被害を想定していなくてはいけません。
起こった場所による津波の被害予想などもありますから、そういう情報が柔らかいレベルではありますが自然と耳や目に入ってくる土地柄です。
海の側で暮らすということは、そういうことも覚悟というか、心の準備は必要なのですよね。

その時の津波は1mから2mという情報でした。
ちょうど津波が到達する予想時刻に、当時小学生だった息子は友達と公園に遊びに行きましてね。
海には絶対に近づかないように釘を刺すのを忘れてしまいました。
そのお友達の家の前でまだ遊んでたり、別のお友達を待ってたらいいなと思い、奥さんがお友達のお母さんに電話を入れたんですが二人はもうそこにはいませんでした。
「言うの忘れたんだけど大丈夫かなぁ…」
するとそのお母さんは
「大丈夫大丈夫。津波が来たら高い所に逃げなーって言っといたから! w w」
なんというおおらかさ。
まあ、2mなら134号線を越えて津波が流れ込んでくるということはないことを知っているからそうなんだろうけれど。w w w



この辺りの小学生には、学校でも、普段でも、簡単に海には近づかないよう教えています。

それでも、普段から海に入ってるサーファーの小学生もいます。
なので海の側で暮らす子供たちは津波の存在を知っているものです。
それでも僕らは、本当に大きな津波が来ることがわかった時の対処を知っているとは言えません。
でもゆるい対応を責めるのは、ちょっと違う気がします。
小さな津波時にこそ、こういう対応や助言などで会話に津波が登場することが実は大切だと感じるんですよね。
「津波が来たら高い所に逃げな」。
この公園にもし水が流れてきたらどの遊具に登るのか。
もしあの松林を越えて水が流れてきたらどのマンションに逃げ込むか。
海から続くあの道を水が流れてきたら、どの方面へ逃げたらいいのか。
そういうことのシュミレーションはこういう小さな津波の時にこそ、子供たちに考えさせることが出来る重要な機会でもあるのですね。

「津波が来たら高い所に逃げなーー!」
標語のようでいいアドバイスだと思うのです。笑

 

8.2.2020

DAYS / Tsutomu Kinoshita Column

SUNNY DAYS SCENERY

サザンがそこにいた夏

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時は1999年。
京都で勤めていた光琳社出版が倒産してフリーになった僕。
約1年間京都を拠点に頑張りましたが、仕事のメインが東京の仕事ばかりだったのでこちらに出て来ることにしました。
事務所はすでに恵比寿に借りていたので家族で住む新居探し。
海の側に住むことは決めていたので、とりあえず奥さんと家探しに茅ヶ崎へ。

2000年の早春。
茅ヶ崎の駅に生まれて初めて降り立った僕らが最初にしたこと。
それはサザンオールスターズの茅ヶ崎でのライブを実現するための署名表に署名することでした。


「サザンの茅ケ崎ライブの実現のために署名をお願いしまーーーす!」


駅前の陸橋の上で署名活動をされてた方に声をかけられました。
「住む家を探しに来てるんですけど、僕らはまだここの住人じゃないですよ?」
「大丈夫です。茅ケ崎に住まれるんでしょ? よおこそ茅ケ崎へ。是非お願いします!w w」
僕らはサザンのファンでもあったので署名は全然OKなのですが、
まだ家も決まっていないのに何だか茅ヶ崎の住人になったような、
嬉しいような恥ずかしいような申し訳ないような複雑な感覚で署名をしたのでした(笑)。


そしてその半年後の夏。
僕らは茅ヶ崎市民として、サザンオールスターズの茅ヶ崎ライブの生音を家から聴いていたのです。
しかもあの署名が役に立ったような気がして、署名した一員としてちょっと誇らし気に(笑)。

海。
潮風。
暴風。
砂害。
花火。
戦闘機の爆音。
そして、潮風とともに家に流れてきた生音に誘われて、自転車で野球場横の海辺に駆けつけて聴いた『ラチエン通りのシスター』のリハ音。
あの茅ケ崎での初めての夏は、何もかもが初めての夏。
間違いなく忘れられない夏でもあったわけです。
ずっとずっと憧れていた、海の側に住むということの喜びに最も溢れていた夏でしたよ。

****

あの日のライブはWOWOWで完全生放送。
ちゃんとビデオに録画してあったのでDVDに焼き直して今もライブラリに並んでいます。
あの夏の大切なアイコン。
そしてあの夏のために、僕らが茅ヶ崎の駅に降り立って初めてしたこと。
サザンの茅ヶ崎ライブ実現のための署名。
なんかとてもよかったと思う。
降り立っての初めてがウンコ踏んだとかヤンキーに絡まれたとかじゃなくって。笑
象徴的ないいこと。
不可能だとされてたあの伝説のライブの実現に役立てた嬉しさ。
うん。

 

あれからもう20年。

生活のすべてを変えたあの年の夏。
あの素敵な夏から僕の今は完全に繋がっている。

 

6.1.2020

DAYS / Tsutomu Kinoshita Column

SUNNY DAYS SCENERY

ビーチコーミング的な。

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海の側で暮らす人の家にはほとんど必ず「海から拾ってきたもの」が置いてあります。

流木だったり木片だったり。

時には浮き玉だったり珍しい外国の空き缶などもあったりします。
もちろんそういったものは本人の趣味趣向に関係するので、人それぞれ、種類も量もまちまちであるわけです。
まあガラクタと言ってしまえばその通りなんですけれども、綺麗な物はやはりインテリアのアクセントになったりもしますよね。
なので人それぞれ拾ってくるものは違うものなのです。

そういうものを集めてコレクションしたり、細工して楽しんだりすることをビーチコーミングといいます。


「海の側に住む人なら誰でも一度は拾ったことのあるもの」なんていうのもあります。
この写真はビーチグラス(もしくはシーグラス)といって、長い時間をかけて波を漂い岩や海底に削られて出来るガラスの破片です。
海の側に住む人ならほとんどの人が拾った経験をもっていますよね。


潮の流れの関係で沢山見つけられる場所とそうでもない場所があるのですが、茅ヶ崎は比較的大物が出ない見つけ難い場所でもあります。
見つけ難いと言ってもビーチをよく探せば必ず見つかるくらいのものなんですけれども。
横須賀沖の「猿島」の岩場なんて大きなビーチグラスがゴロゴロしてるし、森戸海岸なんて茅ヶ崎よりも色んな色のビーチグラスが見つかったりします。
岩場や岩礁が多くある場所の浜に集まりやすいようなので、茅ヶ崎のように砂浜が続く海岸には波に乗ってこれるくらいの小物しかやって来ないのです。


また色も見つけ難い色とよくある色というのがあって、「白」とか「茶色」とか「緑」は簡単に見つかったりします。

逆に見つかりにくい色としては「青」や「黄色」や「赤」だったりします。

僕としてはあくまでもビーチに散歩に行ったり、子供と遊んだりした土産にビーチグラス探索を行う感じ。
なので「すごい珍しい色のビーチグラス」をわざわざ拾いに遠方各所に遠征に行くものでもないのですね。
それでも見つかり難い茅ヶ崎のビーチで、これまた見つけ難い「青」や「黄色」や「赤」のビーチグラスを探してしまうのです(笑)。
最初そんな気はなくとも、探しはじめると小さかった子供たちは夢中になって探し始めたりします。
でもやっぱり思うのです。
ビーチグラスをコレクションしたりするビーチコーミングが目的にはならないのは、やはり海の側に住んでいるからなのかも知れないなと。
次第に集まる。
これも立派なコレクションの形態なのかも知れませんが、やはり集めることが目的にはならない。
海で遊ぶことの一環に「モノ拾い」があるのです。

いつか「ものすごく綺麗な色のビーチグラス」や「素敵な宝物」に出会えるような気がして、ついつい、何気に、結構な時間、探し物をしてしまうのですね(笑)。

お店にも行けないし遠くにも行けない。

こんなご時世ですから、浜まで散歩して、密にならない程度に宝物を探してみようかと思います。

​ゆるーい、ついでのビーチコーミングでもしましょうかね。w

 

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